第24話 王都へ行く前に
王都へ行く。
昨日までは、まだ少し先の話だった。
セラが金貨五十枚を貯めて、治癒術院へ行けるようになったら。
その時に考えればいい。
ハヤトもそんな程度に思っていた。
だが翌朝。
冒険者ギルドへ顔を出すと、話は一気に現実味を帯びた。
「ガルネ山麓の素材回収、終わりましたよ」
ミレイが受付台の下から革袋を二つ取り出す。
「早くない?」
ハヤトが聞く。
「昨日のうちに近くにいた回収班へ依頼を回しました。変異ホーンベアの素材は需要がありますから」
牙。
爪。
毛皮。
それに魔石。
かなりの額になったらしい。
ハヤト用。
セラ用。
それぞれの取り分が入った袋が置かれる。
ハヤトが中を見る。
「おお……」
レグの餌代が真っ先に頭へ浮かんだ。
隣を見る。
セラは黙ったまま、自分の硬貨を数えている。
一枚。
二枚。
最後まで確認して。
止まった。
「どう?」
ハヤトが尋ねる。
セラは顔を上げる。
「……五十枚、超えた」
一瞬。
ハヤトも黙った。
ずっと目標にしていた金額。
最初に聞いた時は、何年かかるか分からないような話だった。
それが。
今。
手元にある。
「やったじゃん」
「……うん」
セラはまだ実感がないようだった。
革袋を両手で持っている。
「これで治癒術院、行けるな」
「入学金だけならね」
「だけ?」
「王都までの旅費。宿代。生活費。それに教材だって必要かもしれない」
「なるほど」
言われてみれば当然だった。
金貨五十枚だけ持って王都へ着き、その場で全部払ったら一文無しになる。
「じゃあ、もう少し稼ぐ?」
「そうしたい」
セラの答えは迷いがなかった。
以前なら。
金額の大きさを理由に、行かない選択をしていたかもしれない。
今は違う。
行くことを前提に。
どうすれば行けるかを考えている。
その変化が、ハヤトには少し嬉しかった。
「じゃあ俺も貯めるか」
「何を?」
「王都で遊ぶ金」
「あなたは少し我慢を覚えなさい」
「なんでだよ」
「宿を一段いいところにしたがるし、食事もすぐ高い方選ぶでしょ」
「使いたいところには使う」
「それでレグの餌代に困ってるじゃない」
足元。
人の姿のレグが顔を上げた。
今日は昨日買った服を着ている。
「ごはん?」
「お前の話」
「レグ、たべる」
「知ってる」
朝からすでにかなり食べている。
人の姿でも食欲は変わらなかった。
むしろ食べやすくなった分、増えた気すらする。
「王都って、遠いんですか?」
ハヤトがミレイへ聞く。
「徒歩だけなら十日以上は見た方がいいですね」
「遠っ」
「乗合馬車ならもっと早いです。商隊に同行する方法もあります」
ミレイは少し考えてから。
「ちょうど五日後に、王都方面へ向かう大きな商隊がありますよ」
「五日後?」
セラが反応する。
「はい。冒険者も何人か護衛に入る予定です」
ハヤトとセラが顔を見合わせた。
行ける。
思っていたより早く。
「どうする?」
ハヤトが聞く。
セラはすぐには答えなかった。
革袋を見る。
王都。
治癒術院。
ずっと行きたかった場所。
でも。
いざ本当に行けるとなると、不安もあるのだろう。
「……五日」
小さく呟く。
「急すぎる?」
「少し」
「じゃあ次の便でもいいじゃん」
ハヤトは軽く言った。
「別に今日決めなきゃいけないわけじゃないだろ」
セラがこちらを見る。
「行きたい時に行けばいい」
その言葉に。
セラは少しだけ肩の力を抜いた。
「……そうね」
それから。
もう一度考えて。
「でも、行く」
今度ははっきり。
「五日後」
「決まり?」
「決まり」
ハヤトは笑った。
「じゃあ俺も行く」
「本当に?」
「王都見たいし」
「それだけ?」
「十分だろ」
使命があるわけではない。
王に会いたいわけでもない。
何かを成し遂げなければならないわけでもない。
ただ。
行ったことのない大きな街がある。
見てみたい。
それだけだった。
「レグは?」
セラが尋ねる。
二人が見る。
レグは受付横に置かれていた菓子を見ていた。
「レグ」
「なに?」
「王都行く?」
「おうと」
「大きい街」
「おにく?」
「あると思う」
「いく!」
「即決か」
三人。
王都行きが決まった。
◇
「ところで」
ミレイが書類を出した。
「ちょうどいいので、こちらもどうします?」
「何これ?」
「パーティー登録です」
ハヤトとセラが同時に止まる。
前にも話題になった。
何度も一緒に依頼を受けているが。
ギルド上では、まだ正式なパーティーではない。
「王都まで一緒に行動するなら登録しておいた方が楽ですよ。依頼の受注や報酬分配もまとめられます」
「デメリットは?」
ハヤトが聞く。
「自由に抜けられますし、特に大きな縛りはありません」
「ならいいんじゃない?」
セラが言う。
「俺はいいよ」
二人とも。
以前よりずっと簡単に決まった。
何度も一緒に戦った。
旅をした。
飯を食った。
オーガも。
変異ホーンベアも。
気づけば。
今さら登録するかどうかで悩むような関係でもなかった。
「じゃあ代表者は?」
ミレイが聞く。
ハヤトとセラが互いを見る。
「ハヤトで」
セラが即答する。
「俺?」
「あなたが一番勝手に依頼見つけるから」
「それ理由?」
「あとレグもあなたについてくるし」
レグがハヤトの腕へ抱きつく。
「はやと」
「ほら」
「それなら……まあ」
代表者。
神崎ハヤト。
構成員。
セラ・アーヴェル。
ミレイが記入する。
「レグさんはどうしましょう」
「冒険者登録できるの?」
「人間ではありませんから、通常の登録は難しいですね」
レグが不満そうな顔をする。
「レグも」
「仲間なのは変わらない」
ハヤトが言う。
「書類の話だから」
「しょるい?」
「紙の上でどうするかって話」
レグは考えた。
「レグ、なかま?」
「うん」
「なら、いい」
納得した。
ミレイは少し笑いながら。
「従魔扱いにはしません。同行する魔獣として備考に記録しておきます」
「従魔は違うしな」
契約して従わせているわけではない。
レグはレグの意思でいる。
そこは変えたくなかった。
「パーティー名は?」
「いるの?」
「必須ではありません」
「じゃあなしで」
ハヤトが即答する。
セラが意外そうな顔をした。
「考えないの?」
「変なの付けて後悔しそう」
「それは分かる」
「レグなら何にする?」
ハヤトが聞いてみる。
レグは少し考える。
「おにく」
「なしで正解だった」
セラが笑った。
◇
王都行きまで五日。
やることは多かった。
装備の点検。
旅の準備。
宿の整理。
必要なら依頼を一つか二つ。
レグ用の食料。
「一番多いな」
市場で肉を買いながら、ハヤトは荷物を見る。
自分用。
セラ用。
レグ用。
明らかにレグ用が一番大きい。
「現地でも買えばいいでしょ」
セラが言う。
「道中で『おなかすいた』連発されたら困る」
レグが肉屋の前で立ち止まった。
「おなかすいた」
「ほら」
「さっき食べたでしょ!」
セラが突っ込む。
レグは自分の腹を撫でる。
「もうない」
「消化早すぎるだろ」
結局、小さな串焼きを三本買った。
一本目。
レグ。
二本目。
レグ。
三本目。
ハヤト。
「はやと」
「これは俺の」
「ひとくち」
「覚えたな、その言葉」
「ひとくち」
見つめられる。
ハヤトは少し考えて。
串から肉を一つ外した。
「これだけ」
「ありがと!」
嬉しそうに食べる。
セラが横でため息をついた。
「王都着く前に破産しないでよ」
「大丈夫」
「根拠は?」
「稼ぐから」
結局それだった。
◇
午後。
ギルドの訓練場。
王都へ出る前に、レグの人化について少し確認することにした。
今のところ。
竜から人。
人から竜。
どちらも一応、自分の意思でできるようになってきている。
ただし。
「ずっと人でいられる?」
ハヤトが尋ねる。
「わかんない」
「昨日は何時間くらい?」
「いっぱい」
「時間の概念まだ弱いな」
セラが横で見ている。
「魔力を使うなら、限界があるかもしれないわね」
「試す?」
「街中で突然戻るよりは、今分かった方がいい」
確かに。
人の姿で王都へ入り。
人混みの真ん中で突然竜になったら、また騒ぎになる。
「レグ。ちょっと人のままでいてみよう」
「うん」
しばらく。
何も起きない。
一時間。
二時間。
普通に歩く。
飯を食う。
木剣を持たせてみる。
「こう?」
レグが両手で握る。
「逆」
「こっち?」
「それで合ってる」
振る。
ぶん。
予想以上に速い。
ハヤトが少し驚く。
「力あるな」
「レグ、つよい」
「でも剣は初めてだろ」
「うん」
「じゃあゆっくり」
人の姿になっても、竜としての身体能力が多少残っているらしい。
ただ。
技術はない。
力任せ。
「そこ、足をもう少し開いて」
ハヤトが立ち位置を直す。
「こう?」
「そう」
「はやとみたい?」
「まだ全然」
レグの頬が少し膨らんだ。
「じゃあ、いっぱいする」
「練習したい?」
「はやと、けん」
自分を見る。
「レグも」
ハヤトは少し笑った。
何でも自分の真似をしたがる。
剣。
飯。
街を歩く。
人の姿。
「じゃあ王都までに少し教えるか」
「うん!」
セラが口を挟む。
「あなた、剣の先生できるほどだった?」
「初級くらいなら」
「自信ないのね」
「変な癖つけるより、ちゃんとした人に習わせた方がいいだろ」
「それはそうね」
レグはそんな会話を聞かず、また木剣を振っている。
その時。
身体が金色に光った。
「あ」
レグが自分を見る。
次の瞬間。
光が縮む。
服だけが地面へ落ち。
その中から幼竜の頭が出てきた。
「きゅ?」
ハヤトとセラが黙る。
服の山の中。
レグがもぞもぞしている。
やがて顔だけ出した。
「……三時間くらいか」
セラが言う。
「今のところはね」
「王都の街中でこれ起きたら終わるな」
レグが服から抜け出す。
そして当然のようにハヤトの頭へ飛んだ。
ずしり。
「重い!」
セラが笑う。
「そっちの方が落ち着くんじゃない?」
「本人はな」
レグは満足そうに喉を鳴らしている。
どうやら。
人の姿はまだ長時間維持できない。
そのうち伸びるのか。
成長すれば自由に変えられるようになるのか。
分からない。
でも。
急ぐ必要もなかった。
剣も。
魔法も。
人になることも。
覚えた瞬間に完璧である必要はない。
少しずつできるようになればいい。
それはハヤト自身と同じだった。
◇
夜。
いつもの宿。
食事を終えた三人は、一つのテーブルを囲んでいた。
正確には。
ハヤトとセラは椅子。
レグは幼竜の姿でテーブルの横。
王都までの地図を広げる。
「五日後に出発」
セラが言う。
「途中で二つ町を通るみたい」
「結構遠いな」
「王都だもの」
地図の中央。
アルディア王国の中心。
王都。
今までラーデン周辺しか知らなかったハヤトにとって。
初めて大きく生活圏を離れる旅になる。
何があるのか。
誰に会うのか。
分からない。
でも。
楽しみだった。
「治癒術院、受かるといいな」
ハヤトが言う。
セラは少しだけ黙った。
「入れるかどうかは、まだ分からないけど」
「行けば分かる」
「簡単に言うわね」
「行かなきゃ分からないよりマシだろ」
セラは苦笑した。
「そうね」
足元。
レグが地図へ前脚を乗せる。
「きゅ」
「ここ行くんだよ」
王都を指す。
レグがそこを見る。
もう一度。
小さく鳴く。
ハヤトは地図を畳んだ。
「じゃあ決まり」
五日後。
王都へ。
セラがずっと諦めていた場所。
レグが初めて見る大都市。
そしてハヤトにとっても。
また一つ。
自分で選んだ、新しい行き先だった。




