第23話 レグ、街を歩く
「広めるなと言った直後だろうが!」
ガルドの怒鳴り声が、冒険者ギルド中に響いた。
ハヤトは反射的に肩をすくめた。
隣では、ハヤトの上着を身体に巻きつけたレグが不思議そうに首を傾げている。
「がるど、おこってる?」
「うん。たぶん俺たちに」
「なんで?」
「そこから説明するのか……」
周囲には冒険者が十数人。
受付の職員。
依頼を持ち込んでいた商人。
全員がこちらを見ている。
もう遅い。
どう考えても遅い。
ガルドもそれを理解しているらしく、額に手を当てて長い息を吐いた。
「……全員」
ざわついていたギルドが少し静かになる。
「今見た件について、ギルドから積極的に情報を流すことはない。余計な騒ぎを起こすな」
一人の冒険者が手を挙げた。
「支部長。あの子、本当にあの竜なんですか?」
「そうらしい」
「すげえ……」
「人化できる竜なんて聞いたことねえぞ」
「俺もない。だから面倒なんだ」
ガルドが睨む。
それ以上騒ぎ立てる者はいなかった。
完全に口止めできるとは思えない。
だが少なくとも、ギルドが珍獣として大々的に宣伝することはなさそうだった。
ハヤトはレグを見る。
「とりあえず、次から人になる時は場所考えような」
「ばしょ?」
「人がいっぱいのところでは、できればやらない」
レグは周囲を見る。
大勢。
もう一度ハヤトを見る。
「だめ?」
「絶対駄目ってわけじゃないけど……」
言葉に詰まる。
自由に姿を変えられるようになったレグへ、変わるなと言うのも違う気がした。
危険があるから隠す。
それは必要だ。
だが、本人が人の姿で街を歩きたいと思っているのに、ずっと竜のままでいろと言うつもりもない。
「知らない人の前で、わざわざ変身を見せない」
「うん」
「人の姿で歩くのは?」
レグの目が輝く。
「あるく!」
「それはいい」
「いいのか?」
ガルドが口を挟む。
「本人がやりたいなら」
「お前は本当に……」
ガルドは何か言いかけてやめた。
「せめて目立つ行動は避けろ」
「分かってます」
セラが横から小さく呟く。
「その返事、支部長ももう信用してなさそう」
「俺今回は何もしてないだろ」
「レグを連れてきたのはあなたよ」
「そこまで俺の責任?」
レグがハヤトの袖を引く。
「はやと」
「ん?」
「ふく」
上着の中から、自分の身体を見る。
「ああ」
一番重要な問題が残っていた。
「まず服だな」
◇
人の姿のままギルドを出る。
当然、レグにはハヤトの上着だけでは足りない。
そこでミレイから余っていた大きめのローブを借りた。
足元まで隠れるため、とりあえず外を歩く分には問題ない。
「あるきにくい」
レグが裾を踏みそうになりながら言う。
「だからゆっくり」
「りゅうのほうが、はやい」
「じゃあ戻る?」
レグが即座に首を横へ振った。
「このまま」
「人の姿が気に入ったのね」
セラが隣を歩く。
レグは自分の両手を見る。
指を一本ずつ動かした。
「これ、できる」
「何が?」
レグがハヤトの手を取った。
指を絡ませる。
「つかめる」
ハヤトが一瞬固まる。
レグは何も気にしていない。
ただ、新しく手に入れた指で物を掴めることが嬉しいらしい。
「……そうだな」
「はやとのて」
「うん」
「つかめる」
ぎゅっと握られる。
セラが横からじっと見る。
「何?」
ハヤトが聞く。
「別に」
「その顔、絶対何かあるだろ」
「何もないわよ」
レグが今度はセラへ手を伸ばした。
「せらも」
「私も?」
「て」
セラは少し迷った後、手を差し出す。
レグがそちらも握る。
結果。
真ん中にレグ。
左右にハヤトとセラ。
三人並んで歩く形になった。
レグは満足そうだった。
「さんにん」
「……これやりたかったのか?」
「うん」
どうやら昨日言っていた「三人」に、本人なりのイメージがあったらしい。
セラの表情も少し柔らかくなる。
「まあ、いいんじゃない?」
「俺はちょっと恥ずかしいけど」
「なんで?」
レグが聞く。
説明するのが難しい。
「何でもない」
「へんなの」
「お前に言われたくない」
◇
服屋へ入ると、店員の女性が三人を見た。
正確には。
レグを見る。
次にハヤトを見る。
そしてセラを見る。
「妹さんですか?」
「違います」
ハヤトとセラがほぼ同時に答えた。
レグが首を傾げる。
「いもうと?」
「後で教える」
「じゃあ……ご家族?」
「それも説明しづらいです」
店員が困った顔をする。
セラが助け舟を出した。
「この子の服を選びたいんです」
「かしこまりました」
それだけなら普通の客だ。
問題はサイズ。
人の姿になったばかりのレグには、自分が何を着たいかという基準もない。
店員が何着か持ってくる。
白いブラウス。
茶色のスカート。
薄手の上着。
レグは全部を見る。
「どれがいい?」
ハヤトが聞く。
「わかんない」
「好きな色とか」
「おにく」
「色の話」
セラが笑いを噛み殺している。
「私が選ぶわ」
「頼む」
そこからはセラの独壇場だった。
服を合わせ。
サイズを見て。
次。
その次。
レグはされるがまま。
「せら、いっぱい」
「女の服は色々あるの」
「これも?」
「それは下着」
ハヤトは無言で一歩離れた。
セラが振り返る。
「何してるの?」
「俺、外で待ってた方がいい?」
「最初からそうして」
「はい」
追い出された。
◇
店の外で十五分。
二十分。
長い。
「服買うだけでこんなかかるのか……」
ハヤトが壁にもたれて待っていると。
扉が開いた。
「はやと!」
振り返る。
足が止まった。
レグが立っていた。
白いシャツ。
深緑の短い上着。
動きやすそうな黒いズボン。
足元は革靴。
長い黒緑色の髪はそのまま。
頭には小さな角があるため、帽子は諦めたらしい。
竜の時とは全く違う。
普通に見れば、旅装姿の若い女性だ。
「どう?」
レグが両手を広げる。
「似合ってる」
素直に言った。
レグが嬉しそうに笑う。
「にあう」
「自分で言うんだな」
後ろからセラが出てくる。
「意外と何着ても似合ったわよ」
「へえ」
「何その反応」
「いや、服のこと分かんないし」
レグが近づいてくる。
「はやと」
「ん?」
「かわいい?」
以前。
村の子供に教えてもらった言葉。
ハヤトは少しだけ答えに困った。
見た目はもう幼竜ではない。
真正面から聞かれると、妙に照れる。
「……かわいいんじゃない?」
「かわいい!」
レグが嬉しそうにハヤトへ抱きついた。
「うおっ」
「はやと、いった」
「分かったから離れろって」
「なんで?」
「人の姿でそれやられると、ちょっと違うんだよ」
「なにが?」
「説明が難しい」
レグは納得していない。
むしろさらに顔を近づけてくる。
「はやと、へん」
「近い近い」
横からセラの声。
「レグ」
「なに?」
「ハヤトが困ってるから、そのくらいにしなさい」
「こまってる?」
金色の瞳がハヤトを見る。
「……ちょっと」
レグは素直に離れた。
「じゃあ、しない」
意外とあっさりしている。
ハヤトは少し安心した。
「でも」
レグが手を差し出す。
「ては?」
「手?」
「つなぐ」
「それはいいよ」
握る。
レグはすぐに機嫌を直した。
セラがそれを見て小さく息を吐く。
「手がかかるわね」
「竜の時より増えてない?」
「確実に増えてる」
◇
次に向かったのは食堂だった。
レグの希望である。
正確には。
「おにく」
その一言で決まった。
人の姿になったレグが、どうやって食べるのか。
ハヤトは少し気になっていた。
結果。
何も心配する必要はなかった。
「うまい!」
肉を頬張る。
早い。
とにかく早い。
「ちゃんと噛め!」
「かんでる!」
「口に入れたまま喋るな!」
「んぐ」
飲み込む。
そして次。
セラが呆然としている。
「人の身体でもその量入るの?」
テーブルにはすでに空の皿が三枚。
四枚目も半分。
「分かんない」
レグ本人も気にしていない。
「はやと、これも」
ハヤトの皿を指差す。
「駄目」
「なんで?」
「俺の」
「ちょっと」
「駄目」
じっと見てくる。
金色の目。
以前は竜の顔だった。
今は人間。
威力が上がっている気がする。
「……一個だけな」
肉を一切れ渡す。
セラがすぐに言った。
「甘い」
「分かってる」
「絶対そのうち利用されるわよ」
レグが肉を食べながら首を傾げる。
「りよう?」
「覚えなくていい」
レグは食べ終える。
満足したのか背もたれへ身体を預ける。
「おなかいっぱい」
「そりゃそうだろ」
「ねむい」
「自由すぎない?」
「りゅうだから」
ハヤトとセラが同時にレグを見る。
「それ誰に教わった?」
ハヤトが聞く。
「みれい」
「あの人……」
便利な言葉まで覚えていた。
◇
その日の夕方。
三人は再びギルドへ戻った。
レグはまだ人の姿を維持している。
昨日は一晩。
今日はすでに数時間。
少しずつ安定しているらしい。
受付ではミレイが待っていた。
「ちょうどよかったです」
「何かありました?」
「先ほど、今回の依頼の査定が終わりました」
ホーンベア変異種の討伐。
狩人二名の救助。
村からの追加謝礼。
素材については回収後に別途精算。
かなりの金額だった。
セラも報酬を受け取る。
硬貨を確認した瞬間。
彼女が少しだけ目を見開いた。
ハヤトは気づく。
「どうした?」
「……あと少し」
「何が?」
セラは財布を握る。
「五十枚」
王都の治癒術院。
入学に必要な金貨五十枚。
ずっと遠かった金額。
それが。
「あと少しで届く」
声が少し震えていた。
ハヤトは自然と笑った。
「じゃあ本当に行けるじゃん」
セラはすぐには答えなかった。
以前なら。
大変だから。
職業が違うから。
自分には無理だから。
きっとそう言っていた。
だが今は。
「……うん」
小さく。
しかしはっきりと頷いた。
「行きたい」
その言葉を。
今度は誰に言われるでもなく、自分から口にした。
ハヤトはそれ以上何も言わなかった。
言う必要もない。
横でレグだけが首を傾げる。
「せら、どこいく?」
セラが笑う。
「王都」
「おうと?」
「大きな街」
レグの目が輝く。
「おにくある?」
「たぶんね」
「レグもいく」
即答だった。
「お前は飯基準かよ」
「はやとも?」
レグが聞く。
ハヤトは少し考えた。
王都。
まだ行ったことのない場所。
大きな街。
治癒術院。
きっと今まで見たことのないものも多い。
「面白そうだな」
セラがこちらを見る。
「まさか」
「五十枚貯まったらさ」
ハヤトは笑った。
「王都、行ってみる?」
セラは一瞬だけ驚いた顔をして。
それから。
「……そうね」
笑った。
レグが両手を上げる。
「さんにん!」
まだ何も決まっていない。
いつ行くのか。
何日かかるのか。
そこで何があるのか。
それでも。
次に行きたい場所が一つ増えた。
ハヤトには、それだけで十分だった。




