第22話 帰っきたら、また騒ぎになった
ローデ村を出たのは、朝食を済ませてすぐだった。
村長のロイドから正式な討伐証明を受け取り、救出した狩人二人の状態も確認する。
二人とも傷は深かったが、命に別状はない。
「本当にありがとうございました」
村の入口。
ロイドが深く頭を下げた。
その後ろには、助けた狩人の家族や村人たちも集まっている。
「依頼ですから」
ハヤトは少し照れくさくなって頭を掻いた。
「それに、俺たちも結構楽し……」
横からセラが肘で小突く。
「痛っ」
「最後まで言わなくていい」
「楽しんだんですか?」
ロイドが聞く。
「いや、何でもないです」
危険な魔物を倒すのが楽しかった。
村人の前で言うことではなかったかもしれない。
足元ではレグが子供たちに囲まれていた。
「レグ、またね!」
「今度喋って!」
「人になって!」
昨日の夜の出来事は、朝には村中へ広まっていた。
誰が話したのか。
考えるまでもない。
セラだ。
「私は事実を説明しただけよ」
「説明する必要あった?」
「村長に『夜中に何の騒ぎだったんですか』って聞かれたから」
「俺が叫んだせいか……」
レグは子供たちへ向かって、小さく鳴く。
人の姿ではないため言葉は出ない。
それでも意味は通じているらしく、子供たちは嬉しそうに手を振った。
ハヤトたちが歩き出す。
しばらくして。
レグが当然のようにハヤトの肩へ飛び乗った。
「お前、もう普通に飛べるなら自分で歩けるだろ」
「きゅ」
「聞こえないふりすんな」
頭へ移動。
「そこはもっと駄目」
尾がハヤトの額へ垂れる。
「前見えないって」
セラが隣で笑う。
「昨日まで人だったとは思えないわね」
「一晩だけだけどな」
ハヤトは頭の上に手を伸ばす。
小さな角に触れる。
昨日の姿。
長い黒緑色の髪。
金色の瞳。
小柄な人間の女性。
今こうして見ると、本当に同じ存在なのか少し疑いたくなる。
だが。
中身は間違いなくレグだった。
飯。
ハヤト。
寝る。
だいたいそれで頭の中が埋まっている。
「ラーデン着いたらガルドさんに相談してみるか」
「人化について?」
「うん。何か知ってるかもしれない」
「期待しすぎない方がいいわよ。人化できる竜なんて、私も昔話でしか聞いたことないもの」
「でもガルドさん、物知りじゃん」
「本人に言ったら嫌な顔しそう」
それもそうだった。
◇
帰り道は平和だった。
一度だけゴブリンらしき集団の気配を見つけたが、こちらへ向かってくる様子はなく、そのまま通り過ぎた。
夕方前には、ラーデンの城壁が見えてくる。
「帰ってきたな」
ハヤトが言う。
頭の上のレグが身を起こした。
見覚えのある街が分かったらしい。
「落ちるぞ」
レグは翼を広げる。
そしてハヤトの頭から飛び立った。
数メートル。
以前とは比べものにならないほど安定している。
「おお」
ハヤトが見上げる。
レグは一度大きく旋回し、そのまま――。
「こら!」
ハヤトの頭へ着地した。
「結局そこかよ!」
少し離れたところを歩いていた旅人が振り返る。
セラは笑いを堪えていた。
「気に入ってるのね」
「俺の頭を何だと思ってんだ」
レグは喉を鳴らした。
街門が近づく。
以前。
レグを初めて連れてきた時は大騒ぎになった。
槍を向けられ、レグも怯えていた。
今回は門番も顔を覚えている。
「お、竜連れの冒険者」
「その呼び方定着してる?」
「分かりやすいからな」
門番の男が笑う。
「依頼帰りか?」
「ガルネ山麓から」
「例の大型魔物?」
「ホーンベアの変異種でした」
門番の顔が引き締まる。
「倒したのか?」
「三人で」
「三人?」
門番が周囲を見る。
ハヤト。
セラ。
頭の上のレグ。
「……そいつ含めて?」
レグが鳴く。
「そうです」
「本当に冒険者みたいになってきたな、その竜」
「本人に言ったら喜ぶかも」
門番は意味が分からない顔をした。
まだ人化と会話については黙っておいた。
説明が長い。
どうせギルドで話せば、いずれ広がる。
今から積極的に騒ぎを増やす必要はない。
門をくぐる。
ラーデンの街並み。
人。
荷車。
店先から漂う食べ物の匂い。
レグの頭が動いた。
右。
左。
右。
「飯の匂い追ってるだろ」
尾が揺れる。
「ギルドが先」
レグの動きが止まった。
明らかに不満そうだった。
「報告終わったら肉な」
再び尾が動く。
「本当に分かりやすいわね」
セラが笑った。
◇
冒険者ギルド。
扉を開けると、夕方前ということもあり中はそれなりに賑わっていた。
そして。
ハヤトが入った瞬間。
何人かの冒険者がこちらを見る。
「帰ってきたぞ」
「竜のやつ?」
「あれが?」
最近、こういうことが増えてきた。
「嫌?」
セラが小声で聞く。
「まだ慣れない」
「そのうちもっと増えるかもね」
「それは嫌だな」
目立ちたいわけではない。
でも、やりたいことをやった結果として目立つなら仕方ない。
それを理由に行動を変えるつもりもなかった。
受付へ行く。
ミレイがハヤトたちを見る。
そして。
一瞬だけ笑顔になる。
「お帰りなさい」
「ただいま」
「どうでした?」
「変異種のホーンベアでした」
ミレイの手が止まった。
「……討伐したんですか?」
「はい」
「二人で?」
「三人で」
レグを指差す。
ミレイがレグを見る。
レグが胸を張った。
「まさか……」
「炎吐いてくれました」
「怪我は?」
「もう大丈夫そうです。飛んでました」
ミレイは額へ手を当てた。
「数日前まで厩舎で治療してたんですけどね……」
「竜ですから」
ハヤトが言う。
ミレイが顔を上げた。
「その言葉、便利に使い始めてません?」
ばれた。
依頼書。
討伐証明。
狩人二名救出の報告。
順番に提出していく。
ミレイの表情が少しずつ変わっていった。
「討伐だけではなく、行方不明者も二人とも生存?」
「はい」
「変異種の素材は?」
「村で保管してもらってます。運べる量じゃなかったんで」
「回収依頼を別途出しましょう。査定後に追加分が入ります」
「追加?」
ハヤトの目が変わる。
セラが横から言った。
「今、絶対レグの餌代考えたでしょ」
「よく分かったな」
「もう分かるわよ」
レグも何か察したのか、ハヤトの頭を前脚で軽く叩く。
「お前の話してんだよ」
ミレイは報告書を書きながら苦笑していた。
「それと今回の実績ですが――」
そこで。
奥から声がした。
「先にこっちへ来い」
ガルドだった。
支部長室の入口からこちらを見ている。
「報告書は後でいい。面倒な話が増えそうな顔をしてる」
「顔で分かるんですか?」
「お前らが普通に帰ってきた試しがない」
言い返せなかった。
◇
支部長室。
ハヤト。
セラ。
ガルド。
そして机の上にレグ。
「なぜ机に乗せた」
ガルドが言う。
「勝手に乗りました」
「降ろせ」
「レグ」
指差す。
「下」
レグはガルドを見る。
そして机の上へ伏せた。
「完全に無視されたぞ」
「すみません」
「謝るなら降ろせ」
抱き上げる。
レグは嫌そうにしながらも、ハヤトの膝へ収まった。
ガルドは報告書を読む。
「変異ホーンベアか。厄介なのを引いたな」
「珍しいんですか?」
「変異種そのものはいる。原因は様々だ。魔力の濃い土地、餌、長く生きた個体……一概には言えん」
そこでレグを見る。
「それより」
来た。
ハヤトとセラは顔を見合わせた。
「この幼竜が炎を強化した、と」
「あと喋りました」
沈黙。
ガルドの眉が動いた。
「もう一度言え」
「喋りました」
「人の言葉を?」
「はい」
「今は?」
「竜の姿だと鳴き声に戻るみたいです」
ガルドがゆっくり椅子へ背を預けた。
「……『竜の姿だと』?」
ハヤトは思った。
やっぱりそこに引っかかるよな、と。
「人にもなりました」
ガルドが目を閉じた。
「お前はなぜ報告するたび問題を増やす」
「俺のせいじゃないですよ!」
「説明しろ」
昨夜のことを話す。
金色の光。
人の姿。
言葉。
朝になると竜へ戻ったこと。
今は再現できないこと。
ガルドは途中から何も言わなくなった。
全部聞き終わってから、長く息を吐く。
「竜人化……いや、擬態か。それとも変化術の一種か」
「知ってるんですか?」
「知らん」
「知らないのかよ」
「古い文献に、人の姿を取った竜の記録はある。だが俺は学者じゃない」
セラが尋ねる。
「危険なことでは?」
「少なくとも、それだけで危険とは言えん」
ガルドはレグを見る。
「むしろ成長に伴う能力なら自然な可能性もある」
「自然?」
「竜にとっては、だ」
また便利な言葉だった。
「ただし」
ガルドの表情が真面目になる。
「人化できることは、むやみに広めるな」
ハヤトも表情を変える。
「狙われる?」
「ああ」
珍しい魔物。
喋る竜。
人に化ける竜。
希少価値という意味では、どう考えても厄介だ。
遺跡でレグを捕らえていた連中のことを思い出す。
「分かりました」
ハヤトは頷く。
「本人にも言っときます」
「通じるのか?」
「たぶん」
膝の上のレグを見る。
「レグ。人になっても、知らない人についてくなよ」
レグが顔を上げる。
「肉もらっても」
尾が止まった。
「今迷ったよな?」
セラが笑う。
ガルドは頭を抱えた。
「……こいつ、本当に大丈夫か」
「俺も心配になってきました」
◇
支部長室を出たところで。
レグが急にハヤトの服を引っ張った。
「何?」
床へ降ろす。
レグは人の多いギルドを見回した。
冒険者たち。
受付。
行き交う人間。
それから。
自分の前脚を見る。
「どうした?」
ハヤトがしゃがむ。
レグはハヤトを見る。
セラを見る。
もう一度、自分を見る。
そして。
喉の奥で小さな声を出した。
「きゅ……」
何か伝えたそうだ。
「人になりたい?」
セラが尋ねた。
レグの顔が上がった。
反応した。
「そうなの?」
ハヤトが聞く。
尾が動く。
どうやら正解らしい。
「でも昨日みたいにならないんだろ?」
レグは前脚を見つめる。
ぎゅっと力を入れるような仕草。
何度か繰り返す。
何も起きない。
「焦らなくていいって」
ハヤトが頭を撫でる。
「できるようになったら、その時で――」
光った。
「え?」
金色。
ハヤトの手の下から。
レグの身体を包む。
「ちょっと待て、ここで!?」
セラが周囲を見る。
「ハヤト!」
「分かってる!」
抱き上げようとした時には遅かった。
光が大きくなる。
ギルド中の視線が集まった。
「何だ?」
「光ってるぞ!」
「魔法か?」
ハヤトは頭を抱えた。
隠す。
もう遅い。
光が人の大きさまで広がる。
輪郭が変わる。
翼が消え。
前脚が腕へ。
後ろ脚が人間の脚へ。
そして光が収まった。
そこに立っていたのは。
黒緑色の長い髪。
小さな角。
金色の瞳。
昨日と同じ、小柄な成人女性の姿。
ただし。
今回は。
「……」
ハヤトが固まる。
セラも固まる。
レグが自分を見る。
そして。
満面の笑顔。
「できた!」
ギルドが静まり返った。
「……やったな」
ハヤトはどうにか答えた。
「うん!」
レグがハヤトへ飛びつく。
「はやと!」
「ちょっ――」
勢いを受け止める。
竜の姿の時と同じ感覚で来られたせいで、危うく二人まとめて倒れそうになる。
「お前、人の姿だとそれ結構危ないから!」
「できた!」
聞いていない。
レグは嬉しそうにハヤトへしがみついたままだ。
周囲。
何十人もの冒険者。
全員。
見ている。
セラがゆっくり額へ手を当てた。
「秘密にしろって言われて、何分経った?」
「……一分くらい?」
「支部長呼んでくるわ」
「頼む」
レグだけが事情を理解していない。
ハヤトから離れると、自分の両手を見た。
そして。
嬉しそうに言った。
「レグ、できた」
「ああ。できたな」
「まち、あるける?」
ハヤトは少し驚いた。
それが目的だったのか。
竜の姿では。
街を歩けば騒がれる。
店に入れない場所もある。
人間たちと同じ場所へ行けないこともある。
昨日。
人の姿になったレグは、それを覚えていた。
だから。
自分でこの姿を選んだ。
「歩けるよ」
ハヤトが答える。
レグの顔が明るくなる。
「はやとと?」
「一緒にな」
「せらも?」
セラが戻ってきながら答えた。
「私も行くわよ」
「さんにん?」
「そうだな」
レグが笑う。
その表情を見て。
ハヤトも少しだけ笑った。
人でも。
竜でも。
自分の好きな姿を選べる。
それがレグにとっての自由なら。
悪くない。
ただし。
「その前に」
ハヤトはレグを見る。
昨日と同じ。
服がない。
変身したことで、当然ながら何も身につけていない。
幸い金色の光がまだ身体の表面を薄く覆っているため、周囲から直接見えてはいない。
だが時間の問題だ。
「服!」
セラも気づいた。
「早く何か!」
ハヤトは慌てて上着を脱ぐ。
レグへかぶせる。
ぶかぶかの上着から顔だけ出したレグが、嬉しそうに言った。
「はやとの」
「喜んでる場合じゃない!」
その直後。
支部長室からガルドの怒鳴り声が響いた。
「広めるなと言った直後だろうが!」
冒険者ギルドは。
今日も朝からではなく、夕方から大騒ぎになった。




