同じ場所に立って
ガルドの叫び声が谷に響いてから、しばらく。
集まってきた竜たちがようやく散り始めた。
「見世物じゃねぇぞ!」
鼻先を押さえながらガルドが怒鳴る。
「お前が騒ぐからだ」
少し離れた場所から、年長の竜が返した。
「俺のせいか!?」
「ほぼ」
レグが言う。
「お前まで言うのかよ」
ミレアはそんな二人を眺めながら、静かに笑っていた。
ハヤトが以前会ったときより、少し表情が柔らかい。
その視線に気づいたガルドが、急に居心地悪そうに顔を逸らした。
「……何だよ」
「別に」
「絶対何かあるだろ」
「帰ってきたんだなと思って」
ガルドが黙った。
さっきまであれだけ大声を出していたのに。
「ただいま、でいいの?」
ミレアが聞く。
「ああ」
今度は迷わなかった。
「ただいま」
「おかえり」
短い言葉だった。
けれどレグは、それを聞いて嬉しそうに笑った。
◇
その日の夕方。
三人は谷の奥にある静かな場所へ移った。
ハヤトたちも一緒だったが、最初は少し離れて座っている。
レグが望んだからだ。
「ハヤトたちもいる」
ガルドが尋ねたとき、レグは当然のように答えた。
「うん」
「家族の話だぞ?」
「ハヤトとセラも家族みたい」
言われた二人の方が反応に困った。
ハヤトがセラを見る。
「みたい、だって」
「そこで確認しないの」
セラは照れたように笑う。
クロもレグのすぐそばに伏せていた。
ミレアはその様子を見てから、何も言わず頷いた。
「じゃあ、一緒に」
ガルドだけが少し考えていたが。
「まあ……レグがいいならいいか」
「うん」
そこでようやく話が始まった。
◇
最初に謝ったのはガルドだった。
「改めて言う」
大きな身体を伏せたまま、レグとミレアを見る。
「長く離れすぎた」
レグは黙って聞いている。
「追ってたものはあった。危険もあった。それは本当だ」
一度息を吐く。
「でも帰れなかった理由を、全部それにする気はねぇ」
怖かった。
止まれなくなっていた。
やるべきことがあると言い続けて、帰る時期を自分から遠ざけた。
「悪かった」
レグはすぐには返事をしなかった。
代わりに、ミレアを見る。
「おかあさんは?」
「私も同じ」
ミレアも逃げなかった。
「私は近くまで行ったこともあった。でも、レグを危険に巻き込むのが怖かったし……会うのも怖かった」
「二人とも同じ」
「そうね」
「何で相談しなかった?」
今度は両親が黙った。
「そこなんだよな」
ガルドが困ったように言う。
「俺は俺で何とかするつもりだった」
「私も」
「二人とも勝手」
「……はい」
珍しくミレアまで少し気まずそうだった。
レグは腕を組む。
「次は?」
「次?」
「また何かあったら」
ガルドとミレアが顔を見合わせた。
「話す」
先にミレア。
「連絡する」
ガルドも続く。
「レグにも?」
「ああ」
「危ないから言わない、は?」
「なるべくしない」
「なるべく?」
レグの目が細くなる。
「……しない」
「よし」
完全に娘の方が強かった。
◇
「でも」
レグはそこで少し声を落とした。
「レグも謝る?」
「何で?」
ガルドが聞く。
「怒ってばっかだったから」
「怒って当然だろ」
返事は即座だった。
ミレアも頷く。
「怒られて当然だった」
「じゃあ謝らない」
「切り替え早ぇな」
「でも」
レグは二人を見る。
「会えて嬉しい」
ガルドの表情が一気に緩んだ。
「俺もだ!」
「声大きい」
「そこ今言う!?」
ミレアが小さく笑う。
「私も」
レグは少しだけ目を潤ませたが、今回は泣かなかった。
「これからいっぱい話す」
「ああ」
「小さい頃のことも」
「何でも聞け」
「変な話はだめ」
「どこまでが変な話だ!?」
「レグが失敗したやつ」
「それ一番面白――」
ミレアの視線がガルドへ向く。
「言わねぇ」
即座に撤回した。
◇
話が少し落ち着いたところで、ミレアがハヤトたちを見る。
「それで」
「はい?」
なぜかハヤトが緊張した。
「二人は?」
「二人?」
「あなたとセラ」
セラまで固まる。
レグがすぐ答えた。
「付き合った」
「レグ!?」
「言っていいでしょ?」
「いいけど本人より先に言う!?」
ミレアが少し驚いたあと。
「そう」
微笑んだ。
「よかった」
「反応それだけ?」
ハヤトが思わず聞く。
「もっと何か必要?」
「いや、ガルドがうるさかったから……」
「おい!」
名前を出された本人が反応する。
「俺は普通だ!」
「普通の父親でもないのに何であんな絡んできたんだよ」
「レグと何年も旅してた男だから気になるだろ!」
「セラと付き合ってるんだけど!」
「分かってる!」
また始まった。
ミレアがガルドを見る。
「うるさい」
「……悪い」
レグが満足そうに頷いた。
「おかあさん強い」
◇
その夜。
谷では小さな宴のようになった。
ガルドが帰ったことを知った竜たちが、次々に顔を出したからだ。
食べ物も増えた。
話も増えた。
何より。
ガルドの声が増えた。
「昔こいつがな――」
「おとうさん」
「何も言ってねぇ!」
「今から言う顔」
「顔で止めるな!」
レグは忙しい。
怒ったり。
笑ったり。
ミレアへ質問したり。
ルクアに父親を紹介したり。
クロにも何度も食べ物を運んでいた。
ハヤトは少し離れたところで、その様子を見ていた。
「終わったな」
隣からセラの声。
「うん」
「今度こそ」
「うん」
レグの家族の話。
長かった。
捨てられたのかもしれないと思っていたところから始まり。
守るために離れたことを知り。
ミレアと会い。
最後にガルドまで見つけた。
全部が綺麗に消えたわけではない。
何年も離れていた時間は残る。
怒りも。
寂しさも。
でも。
これから埋めていける。
「ハヤト」
「ん?」
「私たちも、明日話す?」
少しだけ緊張した。
「これからのこと?」
「うん」
「いいよ」
竜の谷のあと。
トルカ。
その先。
今度は二人で決めると言った。
「今日は?」
「今日はレグの日でしょ」
セラは前を見る。
ガルドに何かを言われて、レグがまた怒っている。
次の瞬間には笑っている。
「そうだな」
◇
翌朝。
ハヤトが目を覚ますと、レグはもう外にいた。
ガルドとミレア。
三人で谷の端に座っている。
クロも一緒。
邪魔しない方がいいかと思ったが。
「ハヤト!」
レグが手を振った。
「来る?」
「いいの?」
「うん」
ハヤトはセラも呼び。
二人でそちらへ向かった。
「何してた?」
「これからの話」
レグが答える。
「決まった?」
「ちょっと」
まず。
ガルドとミレアはしばらく竜の谷に残る。
離れていた間のことを整理する。
谷の《閉じる》の修復についても、ガルドが持っている知識を共有する。
「それと」
ガルドが続ける。
「北環と連絡取れる道を一本ちゃんと残す。何かあったとき、何年も分からなくなるのはもう無しだ」
「いいじゃん」
「お前に褒められると何か腹立つな」
「何でだよ」
ミレアが無視して続ける。
「私も白い森の整理が終わったら、ここを中心にするつもり」
「じゃあ二人ともここに住む?」
レグが聞く。
「しばらくは」
ミレアが答えた。
「その先は、そのとき決める」
レグは嬉しそうに頷く。
「レグは?」
ハヤトが尋ねた。
「今日と明日はここ」
「二日だけ?」
「もうちょっといるかも」
ガルドがすかさず口を挟む。
「もっといろ!」
「決めるのレグ」
「……はい」
「そのあと」
レグはハヤトとセラを見る。
「一緒に行く」
「トルカまで?」
「うん」
「本当にいいの?」
セラが確認する。
「お父さんたちと、もっといたくない?」
「いたい」
正直だった。
「でもハヤトたちとも行きたい」
どちらかを選ぶ必要はない。
「また帰ってくる」
ガルドの顔を見る。
「だめ?」
「駄目なわけあるか」
今度は。
ガルドもすぐに答えた。
「帰ってこい。好きなときに」
「うん」
「でもたまには連絡――」
「分かってる」
「まだ最後まで言ってねぇ!」
◇
「クロも?」
ミレアが黒い獣を見る。
クロはレグの横に座っている。
「一緒」
レグが答える。
クロの尻尾が一度動いた。
「聞いてないけど?」
ハヤトが言う。
レグがクロを見る。
「行く?」
クロは立ち上がり。
レグの隣へ寄った。
「行く」
「今のは分かりやすいな」
ガルドが笑う。
◇
少しして。
ミレアとレグは谷の奥へ向かった。
母娘で話したいことがあるらしい。
クロもついていく。
残ったのは。
ハヤト。
セラ。
そしてガルド。
「何?」
ハヤトが聞く。
ガルドがずっとこちらを見ている。
「いや」
「絶対何かあるでしょ」
「セラ」
「はい?」
「こいつでいいのか?」
「おい!」
セラは少し考えるふりをした。
「今のところは」
「今のところ!?」
「冗談」
「最近みんな冗談多くない?」
ガルドが大きく笑う。
「いいじゃねぇか」
「何が?」
「そういう相手がいるのは」
急に普通のことを言う。
「ガルドは?」
ハヤトが聞き返した。
「ミレア?」
「……あいつは別だ」
「何が別?」
「色々だ!」
「逃げた」
「逃げてねぇ!」
セラが笑っている。
ガルドは少し不満そうだったが。
やがて谷の奥を見る。
ミレアとレグが歩いていった方角。
「まあ」
声が少しだけ小さくなる。
「これから話す」
それで十分だった。
◇
昼前。
今度はハヤトとセラだけで谷の外れへ出た。
風が気持ちいい。
遠くに山が続いている。
「さて」
セラが言う。
「話す?」
「話そう」
「まずトルカ?」
「俺は行きたい」
「私も」
最初は簡単だった。
「どれくらいいる?」
そこで止まる。
「セラ次第?」
「それ禁止」
即座に返された。
「ですよね」
「ハヤトは?」
ハヤトは考える。
「俺も何か習いたい」
「治癒?」
「それも。あと、ベルドのところももう一回行きたい」
「ああ」
「前より動けるようになったし、続き教えてほしい」
「じゃあ結構いたい?」
「一週間とかじゃ足りないかも」
セラが嬉しそうに笑う。
「私も」
「ならしばらくトルカ?」
「うん」
「宿暮らし?」
セラが少しだけ考える。
「長くいるなら部屋借りる?」
ハヤトが止まる。
「部屋?」
「二部屋ね」
「……ああ」
「何考えた?」
「何も」
「顔」
「何も考えてないって」
完全に見抜かれている。
セラは少し笑ったあと。
「でも」
「ん?」
「ずっと二部屋かは分からないけど」
今度はハヤトが黙った。
「それって」
「今はそこまで」
「はい」
前にも聞いた言葉だった。
でも。
あのときより距離は近い。
◇
「その先は?」
セラが尋ねる。
「トルカのあと」
「まだ分からない」
「うん」
「でも」
ハヤトは遠くを見る。
以前は。
行きたい場所がなければ、適当に進んでいた。
それが嫌だったわけではない。
今も旅は好きだ。
「また知らないところ行きたい」
「私も」
「レグも多分言う」
「絶対言う」
二人で笑う。
「じゃあ」
セラが手を差し出した。
「とりあえずそこまでは一緒」
ハヤトはその手を取る。
「そこから先も一緒に考える」
「うん」
「自由に?」
「二人で」
握った手を。
セラが少しだけ強く握り返した。
帰る場所は増えた。
立ち止まれる場所もできた。
それでも。
まだ知らない場所へ行きたい。
今度は。
一人で好きに歩くためではなく。
一緒に行きたい相手と、行き先を選ぶために。




