戻る道の景色
主環を出たのは、翌朝だった。
入ってきたときと同じ巨大な扉を抜ける。
けれど、景色は少し違って見えた。
「閉める?」
レグが振り返る。
「閉める」
ハヤトは答えた。
開けたままにする理由はない。
ただし今度は、誰かを中へ閉じ込めるためでも、役目を押しつけるためでもない。
ディオルが中央の操作板へ手を置いた。
「《見張る》は返す」
自分で受けた役目。
自分で終わらせる。
白い光が消える。
「こんな簡単だったんだな」
ディオルが呟いた。
「何が?」
レグが聞く。
「役目をやめることだ」
以前なら。
一度登録された役目は、次の人間が現れるまで残す方が安全だと思っていた。
空けることが怖かった。
「空いてたら駄目だと思ってた」
「空いてたら探す」
レグが答える。
「いなかったら?」
「待つ」
「危なかったら?」
「そのときはみんなで考える」
ディオルは少し笑った。
「それが一番難しいんだよ」
「でもやる」
「ああ」
今度は否定しなかった。
主環の扉がゆっくり閉じる。
最後まで見届けてから、一行は北環へ向かって歩き出した。
◇
帰りの道では、今まで通った場所を一つずつ確かめていった。
第二環門。
ノイが《閉じる》を押しつけられていた場所。
今は水の音がしている。
通気口も開いていた。
「ここ嫌い」
レグが正直に言う。
「私も」
ノイも苦笑した。
それでも。
逃げるようには通り過ぎなかった。
自分が何日も押していた四本の操作棒を確かめる。
「戻ってる」
排水。
通気。
補助路。
扉。
全て本来の状態になっている。
「継ぎ片は?」
ハヤトが聞く。
「外します」
ノイが答えた。
「今?」
「はい」
少しだけ手が震えていた。
ユアンは何も言わず工具を渡す。
ディオルも手を出さない。
ノイ自身が黒灰色の部品を外した。
最後の留め具が抜ける。
「……取れた」
「うん」
セラが近くで見ていた。
「大丈夫?」
「はい」
ノイは部品を見つめ。
自分の工具袋へ入れた。
「北環まで持って帰ります」
「捨てない?」
レグが聞く。
「捨てません」
「なんで?」
「失敗した記録だから」
ノイは少しだけ笑った。
「次に同じものを作らないために、残します」
レグも頷く。
「それならいい」
◇
第一環門へ着いたのは翌日の昼だった。
行きでは三つの役目を使って開けた大きな扉。
帰りも同じように認証を求められる。
「今度は俺いらないか?」
ハヤトが言う。
《運ぶ》。
《見張る》。
《守る》。
三つ。
ユアンは《運ぶ》。
セラは《守る》。
残る《見張る》。
「俺がやる」
ガルドが前へ出た。
レグが父親を見る。
「受ける?」
「記録庫で一回やったからな」
手を置く。
「ガルド。《見張る》を受ける」
白い光が灯った。
「普通に通った」
ハヤトが少し驚く。
「何だその言い方」
「ガルドって無理やり開ける側だと思ってた」
「お前にだけは言われたくねぇ!」
セラが笑いながら《守る》へ手を置く。
ユアンも続く。
三つの光。
互いの名前を示す。
扉が開いた。
ハヤトは何もしなかった。
「……本当に俺いらなかった」
「寂しい?」
セラが聞く。
「ちょっと」
「便利な人でいたい?」
「それはそれで嫌だな」
前を歩き出したガルドが振り返る。
「使わなくて済むなら、それが一番だろ」
「ガルドに正論言われると悔しい」
「何でだよ!」
◇
さらに一日。
旧監視塔が見えてきた。
レグの足が自然と少し速くなる。
「狼いるかな」
「前に残ってたやつ?」
「うん」
首輪を外したあとも。
この場所に残ることを選んだ狼型の獣。
塔へ近づく。
赤い光はない。
代わりに。
最上階から、淡い白い光が森へ伸びた。
「知らせた」
ユアンが足を止める。
誰も動かない。
少し待つ。
一分。
二分。
何も来ない。
「来ない?」
レグが森を見る。
「来ないなら、それでいい」
ハヤトが言った。
「うん」
さらに少し待った。
それでも姿はない。
レグは残念そうにはしなかった。
「今日は来たくない」
「かもしれないな」
塔へ入る。
レイドとエナはまだ残っていた。
ハヤトたちを見るなり、二人とも驚いた。
「戻ったのか」
「ああ」
「主環は?」
「動いた」
「直ったのか?」
ハヤトは少し考える。
「直し始めた、かな」
「始めた?」
「全部一気には無理だった」
レイドは少し困った顔をしたが、ユアンが記録を広げるとすぐ真剣になった。
◇
塔の状態も変わっていた。
首輪は使っていない。
人による見回りも増やした。
まだ人数は十分ではない。
「でも二人来た」
エナが言う。
「何が?」
「道守りをやってみたいって」
レグの目が明るくなる。
「自分で?」
「うん。一人は近くの村の人。もう一人は前から旅人の案内をしてた人」
「ずっと?」
「一人は冬まで。もう一人は一か月だけ」
期間が違う。
それでもいい。
「足りる?」
レグが尋ねる。
「全然」
エナは笑った。
「だから私もやる」
「エナも?」
「前からやってたし。ただ、今度は自分で」
レイドも頷く。
「俺も続ける」
「嫌じゃない?」
「今はな」
「今は?」
「嫌になったら次探す」
レグは少し笑った。
「それいい」
完璧ではない。
人手不足も変わっていない。
それでも。
首輪で無理やり数を揃えていたときとは違う。
◇
夕方。
塔の白い光がもう一度森へ伸びた。
今度は。
しばらくして茂みが揺れた。
「あ」
レグが立ち上がる。
一匹の狼型の獣。
首輪はない。
あのとき残っていた個体かどうか、ハヤトには見分けられない。
だがクロは知っているようだった。
静かに近づく。
互いに匂いを確かめる。
狼型は塔の周囲を一度歩き。
森へ戻っていった。
「守った?」
レグが聞く。
「見に来ただけかもな」
ガルドが答える。
「それでも来た」
「ああ」
誰にも命令されずに。
◇
北環工房へ到着したのは、その翌日の夕方だった。
門が見えると、ノイが大きく息を吐いた。
「帰ってきた……」
ディオルは黙って工房を見ている。
「怖い?」
レグが尋ねる。
「何がだ」
「怒られる」
「……少しな」
「バルク?」
「ああ」
「いっぱい怒られた方がいい」
「容赦ないな、お前」
「リドにも謝る」
「分かってる」
門をくぐる。
最初に出てきたのは、バルクだった。
その後ろには。
「ノイ!」
リドもいた。
まだ少し痩せているが、自分で歩いている。
「リド!」
ノイが駆け寄ろうとして。
セラを見る。
「走っても?」
「そこはいいよ」
許可を得てから走った。
「そこ聞くんだ」
ハヤトが笑う。
「大事」
レグは真面目だった。
◇
ディオルとバルクの話は長くなった。
途中からユアンも入り。
カイルも記録を並べる。
その日のうちには終わりそうもない。
「俺は数日ここに残る」
カイルが言った。
「やっぱり?」
「あの量の記録を見て、そのまま帰れるわけないだろ」
「どこへ帰るの?」
レグが聞く。
「……それも考える」
カイルは少しだけ笑った。
「しばらく北環と西路を行き来するかもしれない。古い記録をまとめる人間が必要になりそうだ」
「カイルがやりたい?」
「ああ」
答えはすぐだった。
「ならやる」
レグもすぐ返す。
「お前に許可されたみたいだな」
「許可じゃない」
「分かってる」
◇
ユアンとも、ここで一度別れる。
「明日、西路へ向かう」
「一人?」
レグが聞く。
「途中まで商隊と一緒だ」
「また会う?」
「お前、それ何回聞くんだ」
「大事」
ユアンは少し笑った。
「主環の仕組みを本当に続けるなら、嫌でも会う」
「じゃあいい」
「ハヤト」
今度はこちらを見る。
「何?」
「自分の工房が欲しくなったら来い」
「何で!?」
「お前、資格だけなら何でも通るんだろ」
「技術ないって!」
「だから覚えろ」
「勧誘だったの?」
「半分」
ガルドが横から口を挟む。
「こいつに工具持たせんのやめとけ」
「ガルドよりは壊さないよ」
「何だと?」
「ほらすぐ怒る」
ユアンは少し笑い。
ハヤトへ手を差し出した。
「またな」
ハヤトも握る。
「ああ。また」
◇
翌朝。
北環工房の門の前。
ここから先。
道はまた分かれる。
カイルは残る。
ユアンは西へ。
ディオルとノイも北環に残る。
そして。
ハヤト。
セラ。
レグ。
ガルド。
クロ。
五人と一匹は、竜の谷へ向かう。
「減った」
レグが周囲を見る。
「最初の三人よりは増えてるけどな」
ハヤトが言う。
「クロとおとうさん」
「ああ」
ガルドが少し離れたところから聞いていた。
「最初の三人って?」
「ハヤト、セラ、レグ」
「俺いなかった頃か」
「うん」
「……随分長ぇこと一緒にいたんだな」
「長い」
レグは答える。
そして。
「これからも」
ハヤトとセラを見る。
「行く」
「そのつもり」
セラが笑う。
ハヤトも頷いた。
ガルドは何も言わない。
少しだけ嬉しそうに鼻を鳴らした。
「じゃあ行くか」
竜の谷へ。
来た道を戻る。
けれど。
前と同じ場所へ帰るためだけの道ではなかった。
それぞれが次に行きたい場所を持ったまま。
一行は北環工房をあとにした。




