帰る場所の話し
主環へ戻ったのは、その日の夕方だった。
中央の広間には、出発したときより多くの灯りが点いている。
全部ではない。
まだ消えたままの場所もある。
それでも、昨日までは途切れていた線がいくつか繋がり直し、壁の地図にも白い光が増えていた。
「変わってる」
レグが真っ先に気づいた。
「ああ」
カイルが記録台へ近づく。
「受け入れた地域から、順番に更新されてるみたいだ」
強制を全部消したわけではない。
必要な緊急機能は残す。
役目を誰かへ求めるときは、まず聞く。
受ける者が、自分の名と期間を示す。
危険が去れば、緊急の命令は切れる。
それぞれの場所が受け入れた範囲だけ、仕組みが戻り始めている。
「地味だな」
ガルドが壁を見上げる。
ハヤトが笑った。
「俺と同じ感想じゃん」
「もっとこう、全部一気に光るかと思うだろ普通」
「思うよな」
「何でそこで仲良くなるの?」
セラに言われ、二人とも黙った。
レグが小さく笑う。
◇
広間の奥では、ディオルとノイが待っていた。
ノイは昨日よりずっと顔色がいい。
セラが近づくと、向こうから先に口を開いた。
「今日はちゃんと休みました」
「本当に?」
「ディオルさんにも止められました」
セラがディオルを見る。
「へえ」
「何だ、その反応は」
「ちゃんと止められるんだなって」
「俺を何だと思ってる」
ノイが少し笑った。
以前の二人とは空気が違う。
まだ全部が片付いたわけではない。
それでも、少なくとも「進むしかない」という張り詰め方は消えていた。
「記録庫は?」
ディオルが尋ねる。
カイルがまとめた紙を作業台へ広げる。
「元の記録も、後から加えられた変更も残ってた。強制だけ全部消すのは危険だった」
「やはりか」
「だから、優先設定を変えた」
ユアンが横から説明を引き継ぐ。
受け入れた場所。
拒否した場所。
保留した場所。
まだ返事のない場所。
全部そのまま記録されている。
「勝手には変えてない」
レグが言った。
ディオルの視線が彼女へ向く。
「……そうか」
「ソルドは受けた」
「ソルド?」
「道の村」
「ああ」
ディオルも名前は知っていたらしい。
「次の道守りは、本人に聞いてから決めるって」
ディオルは何も言わなかった。
少しだけ目を伏せる。
「俺は」
やがて口を開いた。
「そのやり方じゃ、足りないと思ってた」
「今は?」
レグが聞く。
「まだ分からない」
正直な答えだった。
「必要な人数が集まる保証はない。途中で投げ出す奴も出る。危険な場所だけ誰も引き受けないかもしれない」
「うん」
「それでも」
ディオルはノイを見る。
「最初から断れない形にするよりは、試すべきだったんだろうな」
レグは満足そうに頷いた。
「じゃあ試す」
「ああ」
「だめだったら?」
「また考える」
レグの口元が少し上がった。
「ハヤトみたい」
「何で俺?」
「最近それ言う」
「否定できないけど」
◇
ガルドとディオルが向き合ったのは、その少しあとだった。
「久しぶりだな」
ディオルが言う。
「四か月ぶりだ」
ガルドは大きな身体を伏せたまま返した。
「また来たのか」
「娘見つけた」
「見れば分かる」
「自慢していいか?」
「もう四か月前に十分聞いた」
「今の方が話増えてるぞ」
「いらん」
「なんでだ!」
レグが父親の横から顔を出す。
「おとうさん、話すのあと」
「はい」
即座に静かになる。
ディオルが少しだけ目を見開いた。
「お前、そんなに素直だったか?」
「娘相手は別だ」
「四か月前は娘の話を勝手にしてただろ」
「本人いるんだから勝手にできねぇだろ」
「そこはちゃんとしてる」
レグが頷く。
ガルドが少し誇らしそうな顔をした。
「褒められた」
「基準低くない?」
ハヤトが言うと、ガルドの目が向く。
「お前はあとで話あるからな」
「何の?」
「色々だ」
「怖いんだけど」
セラが横で笑っている。
◇
その夜。
主環の広間で、今後の道を決めることになった。
地図を中央へ広げる。
まず北環工房へ戻る。
ディオルとノイ。
そしてユアンも、そこで今回の記録を整理する必要がある。
「俺は一度西路へ戻る」
ユアンが言った。
「師匠の古い記録も見直したい。北環だけで決める話でもなくなったからな」
「また会う?」
レグが聞く。
「道が繋がってればな」
「じゃあ会う」
「決定なんだな」
「うん」
カイルはしばらく地図を見ていた。
「俺も北環までは行く。そのあとは……少し残るかもしれない」
「記録?」
ハヤトが聞く。
「ああ。主環と記録庫の写しを取れるだけ取りたい」
「やっぱり好きだね」
セラが笑う。
「ここまで来て読まずに帰れるか」
「カイルらしい」
レグが言うと、本人は少しだけ嬉しそうだった。
そして。
残るのは。
ハヤト。
セラ。
レグ。
ガルド。
クロ。
「竜の谷へ行く」
レグが言った。
ガルドも頷く。
「俺も一度帰る」
「一度?」
ハヤトが聞く。
「ああ」
「また出る気?」
「まだ全部終わったわけじゃねぇだろ」
各地の古い仕組み。
返事を保留した場所。
まだ命令返しが残っている施設。
「でも」
ガルドはレグを見る。
「次は勝手に何年も消える気はねぇ」
「ほんと?」
「連絡する」
「何日ごと?」
「そこまで決めんのか!?」
「大事」
「……場所による」
「じゃあ行く前に言う」
「ああ」
「帰る日も」
「分かった」
「怪我したら」
「それまでいるのか!?」
レグがじっと見る。
「……言います」
ハヤトは思わず笑った。
「完全に管理されてるな」
「お前は黙れ」
◇
「それで」
ガルドが今度はハヤトを見る。
嫌な予感がした。
「何?」
「お前とセラは何なんだ」
「急だな!」
セラまで固まった。
「昨日から気になってた」
「何が?」
「距離」
「距離?」
「近ぇ」
セラの頬が少し赤くなる。
ハヤトは返事に困った。
昨日。
好きだと言った。
セラも好きだと答えた。
一緒にいたいとも。
なら。
「付き合ってる……でいいんだよな?」
思わずセラを見る。
「何で私に確認するの?」
「いや、ちゃんと言ってなかったから」
「好きって言って、一緒にいたいって言って、それで違ったら逆に何?」
「ですよね」
ガルドの顔が険しくなる。
「おい」
「何?」
「何でそんな軽く確認してんだ」
「今日決まったばっかなんだよ!」
「今日!?」
「おとうさんうるさい」
「いや待てレグ! これは大事だ!」
「レグ関係ない」
「お前と一緒に旅してる男だぞ!」
「セラと付き合うのに?」
「……あ」
ガルドが止まった。
少し考える。
「確かにお前関係ねぇな」
「でしょ」
「でも気になる!」
「それは自由」
「何か腹立つなその言い方!」
ハヤトはもう笑うしかなかった。
◇
少しして。
騒ぎが落ち着いた頃。
ガルドがハヤトの隣へ来た。
レグはセラと少し離れたところで話している。
「ハヤト」
「何?」
「さっきは悪かった」
「別にいいけど」
意外だった。
もっと絡まれると思っていた。
「ミレアの記録に、お前のことも書いてあった」
「無茶するって?」
「それも」
「他は?」
「レグに、決めさせるようになったって」
ハヤトは少し黙った。
「最初は違った?」
「多分」
「そうか」
ガルドは娘の方を見る。
「俺ができなかったことだ」
「何が?」
「そばにいて、選ばせること」
守るために離れた。
怖くて戻れなかった。
ガルド自身がさっき認めたことだ。
「だから」
大きな目がハヤトへ向く。
「ありがとな」
「……急にちゃんとしたこと言うじゃん」
「殴るぞ」
「何で!」
「照れるだろうが」
「知らないよ!」
声が大きくなり。
向こうでレグが振り返った。
「おとうさん!」
「何もしてねぇ!」
「うるさい」
「はい」
また静かになった。
◇
「ハヤト」
今度はセラが呼ぶ。
ガルドは何も言わず離れていった。
「何話してたの?」
「秘密」
「珍しい」
「男同士の話」
「急にそれっぽく言う」
セラが隣へ座る。
肩が触れる。
もう、お互いに避けない。
「竜の谷のあと」
セラが言った。
「うん」
「トルカ、行きたい」
「行こう」
迷わず答えた。
セラが少し笑う。
「今度は早いね」
「俺も行きたいから」
「理由は?」
「セラがいる」
「それ昨日も聞いた」
「じゃあもう一個」
「なに?」
「マーナさんに会ってみたい」
「なんで?」
「セラに色々教えた人だから」
少し興味がある。
それに。
「俺も何か習えるかもしれないし」
「治癒?」
「使えるけど、全然ちゃんと知らないから」
セラは少し考えた。
「それはいいかも」
「ただし」
「うん?」
「セラより上手くなったらどうする?」
「そんな簡単にならないでしょ」
即答された。
「《自由》あっても練習いるもんな」
「そういうこと」
「じゃあ一緒に教わる」
セラの顔が少し明るくなる。
「それ、楽しそう」
ハヤトも同じだった。
◇
夜が深くなる。
明日からは。
来た道を戻る。
でも。
同じ旅ではない。
ガルドがいる。
ハヤトとセラの関係も変わった。
レグには、帰れる場所がまた一つはっきり増えた。
北環へ。
そのあと竜の谷へ。
さらに先はトルカ。
その次はまだ分からない。
レグが地図を見ながら言った。
「帰るところいっぱい」
ガルドが隣から覗く。
「面倒か?」
「ううん」
レグは首を横に振った。
「いい」
それから。
ハヤトとセラを見る。
「行くところもいっぱい」
「ああ」
ハヤトも地図を見る。
帰る場所と。
これから行きたい場所。
どちらか一つを選ぶ必要はない。
今は。
その全部へ続く道があった。




