↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ランキング最高順位51位!『異世界に転移したので、もう我慢するのはやめました ~固有能力《自由》で好き勝手に生きる~』  作者: くんくん
選び取る明日

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
166/175

空白を埋める声

レグがガルドから離れたのは、かなり経ってからだった。


 本人としては短いつもりだったのかもしれない。


 けれど、抱きついたまま動かなくなったレグを、誰も急かさなかった。


 クロも少し離れたところで伏せている。


 セラは何も言わず、ハヤトの隣に立っていた。


 やがて。


「もういい」


 レグが鼻をすすりながら離れる。


「本当に?」


 ガルドが聞く。


「今は」


「今は?」


「あとでまた怒る」


「まだあんのかよ」


「いっぱいある」


「……だろうな」


 ガルドは諦めたように大きな頭を下げた。


 レグは涙を腕で拭う。


「でも先に」


「おう」


「話して」


「何を?」


「全部」


「範囲広すぎるだろ」


 レグの目が細くなる。


「何年分あると思ってる?」


「はい。話します」


 あっさり負けた。


 ハヤトは思わずセラを見る。


「強いな」


「誰が?」


「レグ」


「今さら?」


     ◇


 まずは場所を移した。


 止まった装置の横では落ち着かない。


 石室の奥に、昔の作業員が使っていたらしい広い休憩区画が残っていた。


 ガルドは竜の姿のまま入口近くへ身体を伏せる。


 少し狭そうだが、入れないほどではない。


「人の姿にならないの?」


 レグが聞く。


「今は無理だ」


「なんで?」


「この何日か、あのボロ装置止めるのに魔力使いすぎた」


「疲れてる?」


「ちょっとな」


 その答えを聞いた途端、セラの表情が変わった。


「ちょっと、ってどのくらいですか?」


「ん?」


「怪我もありますよね」


 ガルドの身体には古い傷だけでなく、細かな新しい裂傷もある。


「これくらい平気だ」


「その言い方する人、大体平気じゃないんですよね」


「……誰に似たんだ?」


 ガルドがレグを見る。


「ハヤト」


「なんで俺?」


 セラが笑いながらガルドの近くへ行った。


 ただし、すぐ治癒術を使おうとはしない。


「触っても大丈夫ですか?」


「おう」


「痛いところは?」


「左の前脚。あと背中ちょっと」


「ちょっと?」


「……まあまあ」


「最初からそう言ってください」


 レグが満足そうに頷く。


「セラいると安心」


「お前、俺よりセラ信用してねぇか?」


「うん」


「即答すんな!」


 石室にガルドの声が響いた。


     ◇


 セラが状態を見ている間、ユアンとカイルは止めた装置を調べ始めた。


 ハヤトはレグの隣に座る。


 ガルドはしばらく娘を見ていた。


 何度も。


 確かめるように。


「……ほんとにでかくなったな」


「さっきも言った」


「いや、分かってんだけどよ」


「人の姿だから」


「それも分かってる」


「じゃあ何?」


 ガルドが少し困った。


「何つーか……ちゃんと喋るようになったな」


「前も喋った」


「もっと短かっただろ」


「今も短い」


「そうか?」


「そう」


 ハヤトは笑いを堪える。


 この二人。


 思っていた以上に似ている。


「おとうさん」


「おう」


「なんで帰ってこなかった?」


 唐突だった。


 ガルドの表情が変わる。


 レグは真っすぐ見ている。


「探してたから、は知ってる」


「ああ」


「でも何年も」


「……ああ」


「一回も?」


 ガルドはすぐには答えなかった。


 言い訳を探しているようには見えない。


「帰ろうとしたことはある」


 やがて言った。


「何度か」


「じゃあなんで?」


「俺が戻ると、追ってた仕組みまでお前の方を向く可能性があった」


 レグの胸の中に残る印。


 古い名。


 《呼ぶ》という役目。


 ガルドが追っていた命令返しの仕組みには、それを探し出すものがいくつも混ざっていた。


「西で一回やらかした」


「なに?」


「壊した装置が、切れる直前に別の中継へ名前を飛ばした」


 ガルドは苦い顔をする。


「そのとき分かった。俺が辿ってる道を逆に辿られたら、お前まで届くかもしれねぇって」


「だから離れた?」


「ああ」


「おかあさんも同じこと言ってた」


「……あいつもか」


「でも」


 レグの声が少し低くなる。


「それだけじゃないって言ってた」


 ガルドが黙った。


 ミレアは認めた。


 レグを守るためだけではなく、自分自身も怖かったのだと。


 戻って。


 拒まれること。


 忘れられていること。


 それもあったと。


「おとうさんは?」


 逃げ道のない質問だった。


 ガルドは長く息を吐く。


「怖かったよ」


 レグの目が少し大きくなる。


「何が?」


「帰って、お前がいなかったら」


 ガルドの声は静かだった。


「生きてるって信じてた。でも、確かめんのが怖かった」


「……」


「それとな」


 一度言葉を切る。


「もし会えたとして」


 大きな前脚が僅かに動く。


「俺のことなんか知らねぇって顔されたら、たぶん耐えられなかった」


 レグは何も言わない。


「だから調べることを理由にして、先へ先へ行った時期もある」


 ガルドは娘から目を逸らさなかった。


「守るためだった。それは嘘じゃねぇ」


「うん」


「でも全部それで済ませたら嘘になる」


 ミレアと。


 同じだった。


「ごめんな」


 レグの眉が寄る。


「遅い」


「ああ」


「すごく」


「ああ」


「でも聞けた」


「……おう」


 レグは少し考えてから。


「じゃああとでまた怒る」


「結局そこ戻るのかよ」


 今度はみんな笑った。


     ◇


「ミレアは?」


 ガルドから聞いた。


「どうだった」


「元気」


「それは聞いた」


「怒ってた」


「それも想像つく」


「おとうさんの悪口、いっぱい」


「やっぱ半分じゃねぇじゃん」


「でも」


 レグは少しだけ笑った。


「会えて嬉しかった」


 ガルドの目が柔らかくなる。


「そうか」


「おかあさんも」


「……そうか」


「竜の谷、戻るって」


「あいつが?」


「うん。やること終わったら」


 ガルドはしばらく黙った。


 やがて小さく笑う。


「じゃあ俺も帰ったら、まず殴られんな」


「多分」


「お前にも殴られたしな」


「二回目ある」


「予約すんな」


     ◇


 セラの診察が終わった。


「大きな傷はないです。ただ、かなり疲れてます」


「ほら平気だろ」


「かなり疲れてるって言いました」


「でも傷は――」


「今日は休んでください」


「このあと装置を――」


「休んでください」


 ガルドがレグを見る。


「助けてくれ」


「セラが正しい」


「お前まで!」


「俺もそう思う」


 ハヤトも加える。


「お前は誰だ」


「ハヤトだよ!」


「知ってる。今のはそういう意味じゃねぇ!」


 ガルドは大きくため息をついた。


「ミレアの記録に書いてた通りだな」


 ハヤトが反応する。


「そういや俺たちのこと、どこまで聞いてるんだ?」


「名前と、大体のことだけだ」


「大体?」


「ハヤト。変な力持ってる。無茶する」


「そこだけ?」


「セラ。火が強い。ハヤト止める」


「ちょっと」


 セラが笑う。


「カイル。古い字読める」


「まともだな」


 カイルが言う。


「クロ。レグのそばにいる黒い道番」


 クロの耳が動いた。


「それから」


 ガルドがレグを見る。


「レグは、ちゃんと自分で決めるようになったって」


 レグが少し黙った。


「おかあさん書いた?」


「ああ」


「そっか」


 嬉しそうだった。


     ◇


「ガルド」


 カイルが呼んだ。


 装置の調査が一段落したらしい。


「少し聞きたい」


「おう」


「この命令返しを最初に作った奴、見つけたのか?」


 空気が少し変わった。


 ガルドは頭を上げる。


「いや」


「手がかりも?」


「見つけた」


「どっちだよ」


「見つけたから、いねぇって分かった」


 カイルが眉を寄せる。


 ガルドはゆっくり説明した。


 西。


 北西。


 北東。


 いくつもの古い場所を回った。


 命令を返す仕組みは、どこでも少しずつ形が違った。


「最初は俺も、一人か一つの集団がやったと思ってた」


 古い仕組みを捻じ曲げた何者か。


 そいつを見つければ終わる。


 そう考えていた。


「でも違った」


 ある場所では。


 呼びかけを強くした。


 別の場所では。


 役目を名前へ固定した。


 さらに別の時代。


 拒否できないようにした。


「何百年もかけて、別々の奴がちょっとずつ足してる」


 ガルドが装置を見る。


「多分な。みんな最初は便利にしたかっただけだ」


 返事が来ない。


 なら、届きやすくする。


 役目をする者が減った。


 なら、家に固定する。


 それでも足りない。


 なら、離れられなくする。


「誰か一人ぶん殴れば終わりじゃなかった」


 レグがガルドを見る。


「残念?」


「かなり」


「おとうさんっぽい」


「そこは否定できねぇ」


     ◇


「じゃあ今ここで止めたら終わり?」


 ハヤトが聞く。


 ガルドは首を横に振った。


「終わらん」


 予想はしていた。


「この装置、自分で復旧しただろ」


「ああ」


「その命令が、もっと北から来てる」


 ユアンが顔を上げる。


「外部から復旧させられてる?」


「そうだ」


 ガルドは床へ爪先で簡単な図を描いた。


 主環。


 第三保守域。


 今いる呼び出し装置。


 そして、そのさらに北。


「ここ」


「何がある?」


「記録庫だ」


 カイルが反応する。


「ただの記録?」


「だったはずだ」


 ガルドの言い方に、全員が嫌な予感を持った。


「今は違う?」


「ああ」


 昔。


 各地で役目の仕組みを変えたとき。


 その変更内容を保存し、他の同型設備へ伝えるための場所になったらしい。


「だから一個直しても」


 ハヤトが理解する。


「古い変更内容が残ってるから、また戻される?」


「そういうことだ」


 呼ぶだけの仕組みへ戻しても。


 どこかに残っている《従わせる》設定が、また送られてくる。


「消せばいい?」


 レグが聞く。


「全部消すのは駄目だ」


 ガルドが即答した。


「まともな記録も山ほどある」


 道の整備。


 水路。


 危険区域。


 役目の受け渡し。


 消せば。


 守るべきものまで失う。


「じゃあ分ける」


 レグが言った。


 ガルドが娘を見る。


「簡単じゃねぇぞ」


「知ってる」


「何日かかるかも分からん」


「みんなでやる」


 レグは迷わない。


「ハヤト開ける」


「俺確定?」


「カイル読む」


「まあ、そこはやる」


「ユアン直す」


「仕事だからな」


「セラ守る」


 セラが少し笑う。


「火だけじゃなくて?」


「怪我も見る」


「欲張りだなあ」


 最後。


「おとうさん」


「俺は?」


「知ってること全部言う」


 ガルドは一瞬黙ったあと、大声で笑った。


「俺だけ雑じゃねぇか!」


「いっぱい知ってるから大事」


「……ならいい」


 単純だった。


     ◇


「レグ」


 少しして。


 ガルドが呼んだ。


「なに?」


「リーヴァって呼ばれたとき」


 レグの表情が少し変わる。


「嫌だったか?」


「うん」


「名前そのものも?」


 レグは考える。


 前にも。


 何度も考えたことだった。


「嫌じゃない」


「そうか」


「リーヴァもレグ」


「ああ」


「でも、おとうさんはレグって呼んで」


 ガルドはすぐ答えた。


「最初からそのつもりだ」


「なんで?」


「そっちの方が呼びやすい」


「それだけ?」


「あと」


 ガルドは少しだけ目を細める。


「俺とミレアが一番呼んだ名前だからな」


 レグの顔が柔らかくなる。


「うん」


「リーヴァは、お前に付けた大事な名前だ」


 でも。


「役目に持ってかせるために付けたんじゃねぇ」


 レグは静かに頷いた。


     ◇


 その日は、そこで休むことになった。


 ガルドは不満そうだったが、セラとレグの二人に言われて諦めた。


 夕方。


 ハヤトは石室の外へ出た。


 谷の向こうには、止まった円形装置。


 もう《リーヴァ》という声は聞こえない。


 少しして、セラが隣へ来る。


「終わったね」


「再会はな」


「うん」


「でも次ある」


「うん」


 それでも。


 ひとつは終わった。


 レグはもう、父親が生きているかを追わなくていい。


「よかった」


 セラが小さく言う。


「ああ」


 石室の中から。


「おとうさん、それレグの!」


「一口だろ!」


「一口大きい!」


「竜だからな!」


「関係ない!」


 大声が聞こえてくる。


 ハヤトとセラは顔を見合わせた。


「元気だな」


「休めって言ったのに」


「喋るのは禁止してないだろ」


「あとで静かにさせる」


「強いなあ」


 セラが笑う。


 ハヤトも笑った。


 何年分もの空白が。


 一晩で埋まるわけではない。


 それでも。


 中から聞こえる親子の声は、もう遠くなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。