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ランキング最高順位51位!『異世界に転移したので、もう我慢するのはやめました ~固有能力《自由》で好き勝手に生きる~』  作者: くんくん
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声の届く場所

「おとうさん!!」


 レグの声が谷へ響いた。


 向こう側から、すぐに返事が来る。


『おう!!』


 大きい。


 さっきまでの古い呼び声が全部吹き飛ぶくらい、うるさい。


『レグ! 本当にレグか!? 今どこだ!? 怪我してねぇか!? ミレアは!? 飯食ってるか!?』


「多い!」


 レグが叫び返す。


 ハヤトは思わず笑った。


「一気に聞くなよ……」


『今の誰だ!?』


「ハヤト!」


 一瞬。


 向こうが静かになる。


『……お前がハヤトか』


「そうだけど」


『ちょっと待ってろ』


「何を?」


『顔見てから決める』


「何を決める気だよ!」


 セラが横で肩を震わせている。


「四か月前から何も変わってなさそうだね」


『女の声! セラか!?』


「なんで声だけで当てるの!?」


『ミレアの記録に、レグと一緒にいる女はセラって――』


「だから一気に喋るな!」


 レグに怒られ、ガルドの声が一度止まった。


『……おう』


 素直だった。


 だが。


 その短い返事だけで、レグの顔が少し緩んだ。


     ◇


「おとうさん、どこ?」


『目の前の装置の裏だ』


「見えない」


『俺からも見えん』


「じゃあ目の前じゃない」


『細けぇな!』


 いつものレグなら言い返して終わるところだった。


 でも今日は違う。


 装置の向こうへ一歩出ようとする。


 セラがすぐ腕を掴んだ。


「待って。橋ないから」


「……うん」


 レグも止まる。


 谷の幅はかなりある。


 崩れた石橋の残骸は途中までしか残っていない。


「ガルド!」


 ユアンが円形装置へ向かって声を張った。


『誰だ!』


「西路のユアン!」


『知らん!』


「俺も直接は知らん!」


「それ会話になってる?」


 カイルが呆れた声を出す。


 ユアンは気にせず続けた。


「そっちの装置、今どうなってる!」


 今度はガルドの返事が少し真面目になる。


『俺が止めてる』


「どうやって?」


『物理的に』


 ユアンの眉が寄る。


「物理的?」


『中の回転板を噛ませてる』


「何を?」


『鉄棒』


「……お前、それ抜いたら?」


『また呼び始める』


 ユアンが額を押さえた。


「だから帰れなかったのか」


『帰れねぇってほどじゃない。ただ、離したらまたリーヴァって鳴き始めるから腹立ってな』


「理由それ?」


 セラが小さく笑う。


『それだけじゃねぇ!』


 しっかり聞こえていた。


『こいつ、前より強くなってる。何度止めても勝手に再起動するんだよ』


 カイルが装置の外周を確認する。


「自動復旧?」


 ユアンもすぐ隣へ移動した。


「多分な。それも元の機能じゃない」


「後付け?」


「ああ」


 呼ぶ。


 返事を待つ。


 そこから。


 何度も呼ぶ。


 役名で呼ぶ。


 従うまで繰り返す。


 そして今は。


 止められても自分で戻る。


「しつこくなりすぎ」


 レグが低く言った。


『俺もそう思う』


 谷の向こうから父親が答える。


     ◇


「そっちへ渡る道は?」


 ハヤトが聞いた。


『ある』


「先に言ってくれよ」


『聞かれてねぇ』


「そこレグと同じだな」


「同じじゃない」


『同じじゃねぇ』


 二人の声が重なる。


 ハヤトは黙った。


 セラが笑う。


「親子だね」


「違う」


『どこがだ』


「ほら」


 レグは不満そうだった。


 ガルドが教えた道は、谷を直接渡るものではなかった。


 少し戻った場所から下へ降りる保守路があり、谷底近くを通って向こう側へ上がるらしい。


『ただ途中の扉が閉まってる』


「資格いる?」


『見張りと技師』


 全員の視線がハヤトへ集まる。


「はいはい」


『何だ?』


「こっちの話」


 ユアンが少し笑いながら言った。


「その扉なら、多分こいつが開ける」


『技師なのか?』


「違う」


『見張りか?』


「違う」


『じゃあ何で開けられる』


「説明長くなる」


 ハヤトが答える。


『なら会ってから聞く』


「それがいい」


 ようやく話が早かった。


     ◇


 保守路の入口は、倒れた石柱の裏に隠れていた。


 古い階段を下りる。


 その間も。


『レグ』


「なに?」


『本当に怪我してねぇか?』


「してない」


『飯は?』


「食べた」


『ちゃんと?』


「ちゃんと」


『ミレアは?』


「元気」


『そうか』


 その返事だけは静かだった。


 レグも少し声を落とす。


「会ったよ」


『聞いた』


「怒った」


『俺の悪口、どれくらい言ってた?』


「半分以上」


『あいつ、約束守ってねぇじゃねぇか』


「半分にしろって言ったのおとうさん」


『そうだった』


 レグが笑う。


 ハヤトは少し後ろから、その横顔を見ていた。


 ずっと探していた。


 生きているかすら分からなかった父親と。


 今は壁越しに、どうでもいい話をしている。


 それだけで十分な時間に見えた。


     ◇


 階段の一番下。


 ガルドが言っていた扉があった。


 《技師》。


 《見張る》。


 二つの印。


「変な部品はない」


 ユアンが確認する。


 カイルも文字を読む。


「普通の保守扉だ」


「じゃあやる」


 ハヤトが手を置く。


 二つの拒絶。


 《技師ではない》。


 《見張る者ではない》。


 《自由》で越える。


 もう驚くほどではない。


 扉が開いた。


『今の音、開いたか!?』


「開いた!」


『早ぇな!』


「ハヤト便利」


「レグ、最近その評価に落ち着いてない?」


「便利で強い」


「上がった」


 細い保守路を進む。


 頭上。


 かなり遠くから、古い呼び声がまだ聞こえていた。


『リーヴァ』


 レグが顔を上げる。


「レグ」


 今度は。


 もう足を引かれなかった。


 発信源に近いのに。


「さっきより弱い?」


 セラが気づく。


『こっちで殴ってるからな!』


 ガルドの声が響いた。


「装置を?」


『ああ!』


 ユアンが嫌そうな顔をする。


「壊すなよ!」


『壊れねぇから困ってんだよ!』


「そういう問題じゃない!」


「技師同士みたい」


 レグが言う。


「片方は技師じゃない」


 カイルが訂正した。


     ◇


 保守路を抜けた先。


 最後の扉を開くと、広い石室へ出た。


 大きな音がしている。


 ぎぎ、と。


 金属が擦れる音。


 石室中央には巨大な円盤状の装置。


 何本もの古い金属腕が伸び、その中央を黒灰色の部品が囲んでいる。


 そして。


「……おとうさん?」


 レグの声が止まった。


 装置の向こう。


 大きな竜がいた。


 片方の前脚で、太い鉄棒を押さえつけている。


 左肩には。


 ディオルが話していた古い傷。


 身体のあちこちにも、小さな傷跡が残っている。


 だが。


 しっかり立っている。


「おう」


 声はもう装置越しではなかった。


 ガルドが顔を上げる。


 最初にレグ。


 次にクロ。


 それからハヤトたち。


「……でかくなったな」


「人の姿だから」


「ああ、そうか」


「忘れてた?」


「ちょっと」


「おとうさん」


「悪い」


 笑った。


 レグは動かない。


 ガルドも。


 数秒。


 ただ見ていた。


「レグ」


「なに」


「会いたかった」


 その一言で。


 レグの顔がくしゃっと崩れた。


 でも。


 走り出す前に、装置を見る。


「それ離せる?」


「今離すとまた動く」


 レグはハヤトを見る。


「止める」


「ああ」


 泣くのは。


 そのあとでもいい。


     ◇


「ユアン!」


「もう見てる!」


 ユアンとカイルが装置へ駆け寄る。


 ガルドが噛ませている鉄棒の奥。


 赤く光っている黒い継ぎ片が三枚。


「三枚?」


 ハヤトが聞く。


「少なくとも見える範囲でな!」


 ユアンが装置の下へ潜り込む。


「これ、命令返しだけじゃない。自動復旧まで足してやがる!」


「解除できる?」


「指定認証がある!」


「誰?」


「知らん!」


 ハヤトはガルドを見る。


「これ誰が作ったか知ってる?」


「知るか! だから調べてんだ!」


「そりゃそうか!」


 セラが呆れたように笑う。


「なんで初対面でこんな似た会話してるの?」


「俺も嫌なんだけど!」


「俺もだ!」


 ガルドまで返した。


 レグだけが少し嬉しそうだった。


「ハヤト」


 カイルが装置の横から呼ぶ。


「ここだ。《管理》《呼ぶ》《保守》の三つ」


「三つならいける」


 ハヤトが手を置こうとする。


「待って」


 セラ。


「うん。まず聞く」


 自分から止まる。


「何すればいい?」


 ユアンが顔を出した。


「三つの認証を越えたあと、《復旧》を切る。命令そのものはその次だ」


「同時?」


「復旧切ってから一回離せる」


「了解」


 ハヤトが手を置く。


 三つの拒絶。


 《自由》で越える。


 塔で四つを同時に抱えた時より軽い。


「入った」


「右から二番目!」


「これ?」


「違う! それ命令追加!」


「怖っ!」


「だから勝手に触るな!」


「触ってない!」


 カイルが文字を読み、ユアンが構造を追い、ハヤトが認証の内側へ入る。


 ようやく。


「そこ!」


 復旧を切る。


 赤い光が一つ消えた。


 装置の回転が弱まる。


「ガルド! 鉄棒ゆっくり離せ!」


「ようやくか!」


 前脚を退ける。


 鉄棒が床へ落ちた。


 装置は。


 動かない。


「止まった」


 レグが呟いた。


 古い呼び声も消えた。


 今までずっと聞こえていた。


『リーヴァ』


 その声が。


 完全になくなった。


     ◇


 静かな石室。


 ガルドがゆっくり装置から離れる。


「……終わった?」


 レグが聞く。


「こいつはな」


 ガルドは答えた。


 そのまま。


 レグへ向かって歩く。


 一歩。


 もう一歩。


 近くで見ると、本当に大きい。


 レグは小さな人の姿のまま、見上げた。


「レグ」


「おとうさん」


「おう」


「遅い」


「悪かった」


「何年も」


「ああ」


「何も言わない」


「……悪かった」


「おかあさんも待ってた」


「ああ」


「レグも」


 ガルドは何も言わなくなった。


 レグの目から。


 ようやく涙が落ちた。


「ばか」


「おう」


「おとうさんのばか」


「それは認める」


 レグが拳を握る。


 そして。


 ガルドの鼻先を。


 思いきり叩いた。


「痛ぇ!」


 石室に大声が響く。


 ハヤトは思わず笑ってしまった。


「先に怒るって、本当にやったな」


 セラも目元を拭いながら笑っている。


 ガルドは鼻先を押さえるように顔を動かした。


「再会して最初がそれか!?」


「最初に怒るって決めてた」


「誰と!?」


「ハヤト」


「お前か!」


「俺は聞いただけだよ!」


 次の瞬間。


 レグがガルドへ抱きついた。


 人の姿では。


 大きな鼻先に両腕を回すだけで精一杯だった。


 ガルドの声が止まる。


「……レグ?」


「次」


「何が?」


「次はこれ」


 顔を埋める。


「会いたかった」


 ガルドはしばらく何も言わなかった。


 やがて。


 大きな頭を、ほんの少しだけ下げた。


「ああ」


 今度の声は小さかった。


「俺もだ」


 何年も追いかけた足跡の先で。


 ようやく。


 レグは父親に追いついた。

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