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ランキング最高順位51位!『異世界に転移したので、もう我慢するのはやめました ~固有能力《自由》で好き勝手に生きる~』  作者: くんくん
選び取る明日

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それぞれの名前

主環の外壁に残されたガルドの文字。


 《北へ行く》


 《来るなら、自分で決めろ》


 レグはその隣から指を離すと、もう一度だけ二本の印を見た。


「行く」


 小さな声だったが、迷いはない。


 けれど、そのまま北へ向かおうとはしなかった。


 振り返る。


「先にこっち」


 六本の柱。


 主環の入口。


 ここで何が起きているのかを確かめてから、父親を追う。


 それも自分で決めたことだった。


「じゃあ調べよう」


 ハヤトが柱へ近づこうとすると、セラが横から見る。


「触らずに?」


「触らずに」


「よし」


「最近確認厳しくない?」


「必要だから」


 ハヤトは大人しく手を引っ込めた。


     ◇


 調査にはかなり時間がかかった。


 確認台では六つの印が並んでいただけだったが、こちらは本物だ。


 柱の下にはそれぞれ細かな文字が刻まれ、床の石にも複数の線が走っている。


 カイルが文字を読み。


 ユアンが構造を見る。


 ディオルも少し離れた場所から、黙って装置を確かめていた。


 ノイは岩壁に腰を下ろして休んでいる。


 まだ本調子ではないが、本人の希望でここまで来た。


「確認台と基本は同じだ」


 カイルが顔を上げる。


「ただし、役目を示すだけじゃ足りない」


「また増えた?」


 ハヤトが嫌そうな顔をする。


「そうじゃない」


 カイルは柱の間にある文字を指した。


「《受ける時を示せ》」


「時間?」


「期間に近いかもな」


 ユアンが隣から覗く。


 その下にも文字がある。


「《終わりを定めぬ役は、受けさせるな》」


 ディオルの表情が僅かに動いた。


「期限があるのか」


「ああ」


 カイルは文字を追う。


「一日。十日。一季……かな。場所によって違うらしい」


 レグが《呼ぶ》の柱を見る。


「ずっとじゃない?」


「元々はな」


 ユアンが答える。


「必要な間だけ受けて、終わったら返す」


 ソルドで見つけた仕組みより、さらに具体的だった。


 役目を選べるだけではない。


 終わる時まで決められる。


「じゃあ」


 セラがディオルを見る。


「昔の仕組みを戻すなら、本当は誰かを一生その役目にする必要ないんじゃない?」


 ディオルはすぐに反論しなかった。


「……理屈の上ではな」


「理屈?」


「役目を短くすれば、そのたびに次を探す必要がある」


「でも探すんでしょ?」


「見つからなかったから、ここまで来た」


 やはりそこへ戻る。


 仕組みが自由だったとしても。


 引き受ける者がいなければ動かない。


 ディオルの問題は消えていない。


「中に何が残ってるか見よう」


 ハヤトが言った。


「外から話してても、そこは分からないし」


 ディオルが六本の柱を見る。


「ああ」


 今度は反対しなかった。


     ◇


 確認台で試した組み合わせを、そのまま使うことになった。


 《呼ぶ》――レグ。


 《守る》――セラ。


 《残す》――カイル。


 《運ぶ》――ユアン。


 残った《閉じる》と《見張る》をハヤト。


 ディオルは参加しない。


「いいの?」


 レグが聞くと、男は持っていた黒灰色の継ぎ片へ目を落とした。


「今の俺が入るなら、これを使わないと役を通せない」


「普通に受ければ?」


「古い認証を受けるための印がない」


 ハヤトには《自由》がある。


 だがディオルにはない。


「ならハヤトが一つ渡せない?」


 レグの言葉に、ハヤトは首を傾げた。


「俺が?」


「前の石、《次を選べ》ってあった」


 ユアンとカイルが同時に顔を上げた。


「……待て」


 カイルが柱へ戻る。


 文字を探す。


「ある」


「何?」


「《役を持つ者は、次を示せる》」


 ディオルが初めて大きく目を見開いた。


「役目を渡せる?」


「認証上は」


 カイルは続きも読む。


「ただし、《受ける者が自ら名を示すこと》」


 強制はできない。


 今役目を持っている者が推薦する。


 次の者が自分で名乗り、受ける。


 両方が揃って初めて移る。


「試す?」


 ハヤトがディオルを見る。


「俺が《見張る》を一度通して、そのあとディオルに渡す」


「なぜ俺だ」


「主環を直したいんだろ?」


「ああ」


「なら、自分でやればいいじゃん」


 ディオルが黙る。


「嫌なら俺がやる」


「……嫌とは言ってない」


「じゃあ?」


 少し長い沈黙。


「やる」


 その答えを聞いて、レグが頷いた。


「それでいい」


     ◇


 六本の柱へ、それぞれが立った。


 最初はレグ。


 《呼ぶ》へ手を置く。


「レグ」


 古い名ではない。


 自分で選んで使っている名前。


 白い光が灯った。


 次にセラ。


「セラ。《守る》を受けます」


 二本目。


 カイル。


 ユアン。


 順番に光が増えていく。


 ハヤトは《閉じる》へ左手を置いた。


 拒絶。


 資格も印もない。


 《自由》で越える。


 五本目。


 最後。


 《見張る》。


 ここも同じように条件を越えた。


 六本すべてが白く光る。


 だが。


 まだ入口は開かない。


「名前」


 カイルが言った。


「互いを示す」


 第一環門と同じ。


 ただ今回は五人いる。


 全員の名を言う必要があるのかと思ったが、文字は違った。


「《共に受ける者を、一人示せ》」


「一人でいい?」


 セラが聞く。


「多分。六つを輪にするんだ」


 誰か一人だけが中心にならないように。


 次の者へ繋ぐ。


「じゃあレグはセラ」


「私はカイル」


「俺はユアン」


「なら俺はハヤトだな」


 ユアンが言う。


 残ったハヤトはレグを見る。


「俺はレグ」


「輪になった」


 レグが少し嬉しそうにする。


 五人の名が示された瞬間。


 六つの光が柱から床へ流れた。


 線と線が繋がる。


 巨大な円になる。


「……でもハヤトが二つ持ってる」


 セラが言った。


「ああ。だからここから一つ渡す」


 ハヤトは《見張る》の柱へ意識を向けたまま、ディオルを見る。


「どうすれば?」


 カイルが文字を読む。


「今の役を持つ側が、次の名を示す」


「ディオル」


 ハヤトが呼ぶ。


 柱の光が揺れた。


 続いて。


「受ける側が、自分で名を示す」


 ディオルは動かなかった。


 一瞬だけ。


 手にしていた継ぎ片を見る。


 それを使えば、もっと簡単に役を通せる。


 誰かの承認も。


 自分で受けるという言葉もいらない。


 やがて。


 黒い部品を地面へ置いた。


 柱に手を置く。


「ディオル」


 白い光が、ハヤトの手元からディオルへ移った。


 ハヤトにかかっていた一つ分の重さが消える。


「……通った」


 ディオルが呟く。


「何か変?」


「いや」


 自分の手を見る。


「何も押しつけられてこない」


「自分で受けたからじゃない?」


 レグが言った。


 ディオルは答えなかった。


 ただ。


 柱から手を離さなかった。


     ◇


 六つ。


 六人。


 一人一つ。


 今度こそ揃った。


 主環の山全体が、低く震える。


 巨大な石壁の中央。


 今まで継ぎ目すら見えなかった場所へ、一本の線が現れた。


 左右へ広がる。


「開く」


 セラが息を呑む。


 何十年。


 あるいは、それ以上。


 閉じていた巨大な扉がゆっくり開いていく。


 土埃が落ちる。


 暗い空間の奥で、次々と白い灯りが点った。


「入れる?」


 レグが聞く。


 ユアンが柱を確認する。


「認証は残ってる。手を離しても大丈夫だ」


 全員が柱から離れる。


 ディオルだけが最後まで自分の手を見ていた。


「どうした?」


 ハヤトが聞く。


「いや」


 ディオルは首を振る。


「役目を受けるって、こんなものだったのかと思っただけだ」


「どんな?」


「……何もない」


 力が増えるわけでもない。


 頭へ知識が流れ込むわけでもない。


 ただ。


 自分が引き受けたことを、仕組みが認める。


「それでよかったんじゃない?」


 セラの言葉に、ディオルは返事をしなかった。


     ◇


 主環内部は、巨大な円形の空間だった。


 中央に石造りの台。


 そこから六方向へ通路が伸びている。


 壁には無数の小さな光点。


 消えているもの。


 弱く点滅するもの。


 まだ明るいもの。


「これ……全部道?」


 レグが見上げる。


「多分な」


 カイルは中央の台へ近づいた。


 古い文字が並んでいる。


 今度はハヤトも触らない。


 読むのを待つ。


「《主環》」


 カイルが一行ずつ追う。


「《道を結び、役を求め、記録を渡す場所》」


 ユアンが反応する。


「役を求める?」


「続きがある」


 《空いた役があれば、近くへ知らせよ》


 《受ける者があれば、期間を示せ》


 《必要な知識は記録より渡せ》


「知識を渡す?」


 ハヤトが聞く。


「魔法みたいに頭へ入れるって意味じゃないと思う」


 カイルは周囲を見る。


「あれじゃないか?」


 壁際。


 棚のような場所に、大量の石板が並んでいる。


 ユアンが一枚を抜き取る。


「整備手順だ」


 別の板。


「水路の開閉方法」


 さらに。


「冬季の道封鎖……」


 仕事の記録。


 やり方。


 失敗例。


 注意点。


 誰かが役目を受けたとき、必要な知識を学ぶためのものが最初から用意されていた。


「役目だけ押しつけても駄目って、作った人分かってた」


 セラが言った。


「受けたあと、覚えるんだ」


 ハヤトは石板を見る。


 少しだけ、自分の《自由》に似ている気がした。


 入口は開く。


 でも。


 使いこなすには学ばなければならない。


     ◇


 ディオルは、ずっと黙っていた。


 中央台。


 石板。


 壁の光。


 全部を順番に見ている。


「これなら」


 やがて口を開いた。


「今の人間でも受けられる」


 ユアンが頷く。


「少なくとも、古い血筋や名前である必要はない」


「期間も選べる」


 セラが続ける。


「一生じゃなくていい」


「でも」


 ディオルは壁の消えた光を見る。


「受ける人間が必要なのは変わらない」


 やはり、そこは消えない。


「うん」


 ハヤトも否定しなかった。


「だから募集するしかない」


「簡単に言うな」


「簡単とは言ってない」


「誰が来る」


「分からない」


「来なかったら?」


「そのときまた考える」


 ディオルが眉を寄せる。


 ハヤトは中央台を指した。


「でも今までよりは条件いいだろ」


 一生ではない。


 家を捨てる必要もない。


 知識を一から探す必要もない。


 必要な期間。


 必要な場所。


 何をする仕事か分かった上で選べる。


「それでも足りないなら」


 ユアンが口を挟む。


「工房が支える」


 ディオルが見る。


「西路も?」


「俺が決められるのは俺の分だけだ。でも戻ったら話す」


「北環もだ」


 声を出したのはノイだった。


 少し遅れて中へ入ってきている。


 壁に手をつきながらだが、自分の足で歩いていた。


「少なくとも私はやります」


「ノイ」


「でも」


 彼女はディオルを真っすぐ見た。


「今度は、自分で選びます」


 ディオルは視線を落とした。


 地面には。


 まだ四枚の黒い継ぎ片が入った鞄がある。


 しばらくして。


 それをユアンへ差し出した。


「持ってろ」


「俺が?」


「今の俺が持ってるよりましだ」


 ユアンは少し驚きながらも受け取った。


「使わない?」


 レグが聞く。


 ディオルは主環の石板を見た。


「少なくとも、ここではな」


 完全に考えを変えたわけではない。


 問題が解決したわけでもない。


 だが。


 一度止まった。


 今はそれで十分だった。


     ◇


「カイル」


 レグが中央台の奥を指す。


「これ何?」


 一枚だけ。


 他とは離れた場所に置かれた石板がある。


 かなり古い。


 表面には、六つの印とは別の線。


 北へ伸びる一本の道。


 カイルが文字を読む。


「《北保守路》」


 ディオルが近づく。


「ガルドが入った道だ」


 レグの顔が上がる。


 さらに文字が続いていた。


「《主環外。第三保守域へ続く》」


「第三?」


 ユアンも知らないらしい。


 その下。


 新しい傷があった。


 古代文字ではない。


 共通語。


 しかも。


 二本の線が、文字の横に刻まれている。


「おとうさん」


 レグが近づく。


 ガルドの印。


 そして短い一文。


 《ここから先、古い呼び声がまだ動いてる》


 次。


 《レグには近づけたくない》


 レグの眉が寄る。


 その下に。


 さらに書き足されていた。


 《でも来るなら、たぶん止めても来る》


「分かってる」


 レグが即座に言った。


 まだ続きがある。


 最後の一行。


 カイルが読む前に、レグ自身が声にした。


「《そのときは、俺より先に自分を信じろ》」


 静かになった。


 四か月前。


 ガルドがここにいた。


 この石板を見て。


 その先へ向かった。


 レグは少しだけ黙ったあと、ハヤトを見る。


「行こう」


「ああ」


 今度は。


 誰も止めなかった。

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