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ランキング最高順位51位!『異世界に転移したので、もう我慢するのはやめました ~固有能力《自由》で好き勝手に生きる~』  作者: くんくん
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消えかけた火

翌朝、最初に起きたノイは、自分で立とうとしてセラに止められた。


「待って。まず座って」


「でも、もう歩けます」


「昨日も似たこと言って倒れたでしょ」


 ノイは何も言い返せず、毛布の上へ座り直した。


 水を飲ませ、少量の食事を取らせてから、セラは脈や顔色を確認する。手の傷も見たが、治癒術を使ったのは深く裂けた一か所だけだった。


「昨日よりはいい。でも元通りじゃないよ」


「分かってます」


「本当に?」


「……多分」


「そこは正直なんだ」


 セラが少し笑う。


 ノイも弱く笑った。


 その様子を見ていたハヤトは、少し離れた壁にもたれる。昨夜より顔色は明らかにいい。とはいえ、すぐに山道を何時間も歩ける状態かと言われれば微妙だった。


 ユアンも同じことを考えていたらしい。


「ここで待つ手もあるぞ」


 第二環門には水もある。


 非常用の食料も残っていた。


 安全を確認できたこの場所で休み、ハヤトたちが戻ってくるのを待つ。それが一番無難ではある。


 だがノイは首を横に振った。


「行きます」


「ディオルを止めるため?」


「それもあります」


 そこでセラが尋ねた。


「ノイ。本当に行きたい?」


「え?」


「行かなきゃ、じゃなくて」


 ノイが黙る。


 昨夜まで彼女の頭には、《閉じる》しかなかった。


 命令が消えたあとも、今度はディオルを追わなければならないと思っているのなら、形が変わっただけかもしれない。


「……怖いです」


 しばらくして、ノイが言った。


「また同じことになったらって思うし、ディオルさんに会うのも少し怖い」


 自分の手を見る。


「でも、聞きたい。どうして私たちを置いていったのか。それと……もう続けてほしくないって、自分で言いたいです」


 セラは少しだけ表情を緩めた。


「じゃあ行こう」


「いいんですか?」


「無理したら止めるけどね」


「はい」


「あと歩くの遅くても謝らない」


「……はい」


 今度の返事は、さっきより少し強かった。


     ◇


 第二環門の正面扉は、ユアンの操作で開いた。


 ハヤトの《自由》は使わなかった。


 ノイに押しつけられていた命令を切ったことで、本来の保守操作が戻っていたからだ。


「普通に開くんだ」


 レグが扉を見上げる。


「元々そういう仕組みだ」


 ユアンが工具をしまう。


「じゃあ昨日のハヤトいらない?」


「昨日こいつが認証を越えなきゃ、解除するところまで入れなかった」


「じゃあいる」


「判定が早いな」


 ハヤトが笑う。


 扉の先へ進むと、止まっていた水路にも水が戻っていた。


 岩壁の横を細い流れが走り、その音が通路へ響いている。


 昨日までの静けさが嘘のようだった。


「こっちの方がいい」


 レグが水を見ながら言う。


「何が?」


「音ある」


 ハヤトも同感だった。


     ◇


 ノイに合わせ、歩く速度はいつもより遅かった。


 それでも誰も急かさない。


 クロは先へ行きすぎることなく、何度も戻ってきてはレグの横を歩く。


 昼前。


 道が平らになったところで、一度休むことにした。


 ノイは岩へ腰を下ろすなり息を吐いた。


「すみません」


「謝らないって言った」


 セラから即座に返される。


「あ……」


「一回目」


「数えてるんですか?」


「今から」


 ノイが困ったように笑う。


 少しずつ、普通の表情が戻っていた。


 ハヤトは水を飲みながら、ユアンへ尋ねる。


「ディオルって元々ああいう人なの?」


「俺はほとんど知らん」


「ノイは?」


 名前を呼ばれた本人が顔を上げた。


「仕事には厳しいです。でも、嫌な人ではなかったです」


「リドを置いていったときも?」


 レグの質問は遠慮がない。


 ノイは少し考えた。


「あのときは……ディオルさん、本気で主環を起こせば全部戻ると思ってたんだと思います」


「ノイのときは?」


「……リドがおかしいって、もう分かってた」


 だからこそ。


 二人目まで進ませたことが、ノイの中でも引っかかっている。


「でも、焦ってたんです」


「何に?」


 カイルが聞いた。


「北東の道が止まっていくことに」


 冬になれば使えなくなる水路。


 崩れても知らせが届かない道。


 守る者のいなくなった集落。


 北環には、修理の依頼だけが増えていた。


「人が足りない。部品も足りない。直しても、次に使う人がいない。それでディオルさん、ずっと言ってました」


「何て?」


「一度全部戻さないと駄目だって」


 レグが首を傾げる。


「何を?」


「役目を」


 ノイはそこで言葉を切った。


「昔みたいに、それぞれが自分の仕事をすれば道は戻るって」


「自分で選んだ仕事?」


「……そこを、途中から言わなくなりました」


 ハヤトは何も言わなかった。


 最初は。


 役目を受けてくれる人を探した。


 足りなくなった。


 なら古い登録を使う。


 応じない。


 なら確実に応じるようにする。


 少しずつ。


 目的より手段の方が大きくなっていったのかもしれない。


     ◇


 午後。


 通路は再び外へ出た。


 山の斜面に沿って、細い道が北東へ続いている。


「次の環門まで?」


 ハヤトが尋ねる。


 ユアンは地図を見る。


「本来なら明日の昼前だ」


「本来なら?」


「途中に整備小屋がある。そこから先の道次第だな」


 その整備小屋が見つかったのは、日が傾き始めた頃だった。


 石造りの小さな建物。


 屋根は半分ほど新しい木材で直されている。


 扉は開いたまま。


 クロが先に近づいた。


 匂いを確かめる。


 尻尾が僅かに上がった。


「人いた?」


 レグが聞く。


 クロはそのまま中へ入る。


 ハヤトたちも警戒しながら続いた。


 最初に気づいたのはセラだった。


「火」


 部屋の中央。


 小さな炉に灰が残っている。


 ユアンが手をかざす。


「……まだ温かい」


「え?」


 ハヤトも近づく。


 熱いわけではない。


 だが完全には冷えていない。


「昨夜?」


 カイルが聞く。


「遅くてもそれくらいだと思う」


 全員がノイを見る。


 彼女は室内を確認し、壁際に置かれた小さな金属の器を拾った。


「ディオルさんのです」


「分かるの?」


「自分で直して使ってるから」


 器の持ち手。


 片側だけ、別の金属で継いである。


「じゃあ」


 レグが入口の向こうを見る。


「近い」


 十二日あった差が。


 ほとんどなくなっている。


「各門で作業に時間を使ったんだ」


 ユアンが炉の横へしゃがむ。


「継ぎ片を現物に合わせて調整するなら、一枚につき何日かかかってもおかしくない」


 ノイも頷いた。


「私たちがいたときも、リドのところで二日使いました」


「追いつけるな」


 ハヤトが呟く。


 レグの目が明るくなった。


 だが、すぐ隣のノイを見て口を閉じる。


「走らない」


「誰も走るって言ってないよ」


「レグが思った」


「顔に出てた」


 セラに言われ、レグは素直に頷いた。


     ◇


 整備小屋を調べていると、カイルが奥の棚を動かした。


「これ……」


 背面の石壁。


 隠れていた場所に、小さな印が刻まれている。


 二本の線。


 一度重なり。


 また離れる。


「おとうさん」


 レグがすぐに駆け寄った。


 ガルドの印だった。


 監視塔で見つけたものより傷が浅い。


「またここにも来てる」


 その下には短い文章がある。


 カイルが汚れを払い、読み取る。


「共通語だな」


「読める?」


「ああ」


 三行。


 文字は大きく、少し雑だった。


「《道を戻すのと》」


 次。


「《役目を戻すのを》」


 最後。


「《一緒にするな》」


 レグが黙った。


 ハヤトも、その言葉を見つめる。


「ガルド、分かってたんだな」


 七年前。


 いや。


 ユアンが傷の状態を確かめ、首を傾げる。


「待て」


「何?」


「これ、監視塔の印より新しいぞ」


 レグが振り向く。


「どれくらい?」


「正確には言えない。でも七年前じゃない」


 カイルも文字の溝へ灯りを当てる。


「確かに。汚れの入り方が違う」


「じゃあ、おとうさん二回来た?」


「可能性はある」


 ハヤトの胸が少し高鳴る。


 最後に確認されているガルドの痕跡は、三年前。


 ミレアが見つけた金属片だった。


 もし、この印がそれより後なら。


「もっと分かるものない?」


 レグが壁の周囲を探す。


 焦って触るのではない。


 一つずつ。


 やがて、印の横。


 石の継ぎ目に薄い金属片が挟まっているのを見つけた。


「これ」


 ユアンが抜き取る。


 小さな整備札。


 日付を記録するためのものだった。


「文字残ってる」


 カイルが読む。


 しばらくして。


「……二年前だ」


 レグが動きを止めた。


「二年前?」


「ああ。この小屋の扉を補修した記録。担当名はない。でも――」


 札の裏。


 同じ二本の印が、小さく刻まれている。


 ガルド。


 二年前。


 少なくとも。


 その時点ではここにいた。


 レグは金属札をじっと見ていた。


「三年前より新しい」


「ああ」


 ハヤトが答える。


「一年、近づいた」


「うん」


 レグは笑った。


 大きくではない。


 でも、嬉しさを隠そうとはしなかった。


     ◇


「もう一つある」


 カイルが壁を見たまま言った。


 ガルドの文章の下。


 そこに、別の文字が書き足されている。


 彫ったものではない。


 黒い煤のようなもので書かれている。


 新しい。


「ノイ」


 呼ばれ、彼女が近づく。


 文字を見た瞬間、表情が変わった。


「ディオルさんです」


「筆跡?」


「はい」


 そこには一行。


 《道だけでは、人は守れない》


 レグが読み上げる。


「おとうさんに返事した?」


「多分」


 ノイは苦しそうに文字を見る。


 ディオルは。


 ガルドの警告を見た。


 知らなかったわけではない。


 それでも、自分の答えを書き残した。


「考えが違う」


 セラが言う。


「でも言ってること全部が間違いとも言い切れないな」


 ハヤトは壁を見る。


 道だけ直しても。


 それを守る者が誰もいなければ、また壊れる。


 水路だけ直しても。


 使い続ける者がいなければ止まる。


 そこまではディオルの言う通りだ。


 問題は。


「守る人が必要だからって、守る人にしちゃうのは違う」


 レグが言った。


 ハヤトは頷く。


「そこだな」


 ノイが少し俯いた。


「ディオルさん、分かってないわけじゃないと思うんです」


「なら、なんで?」


「分かってるから……余計に止まれなくなったのかもしれない」


 自分がやっていることに問題がある。


 でも。


 他に方法が見つからない。


 ここで止めれば、今までやったことまで全部無駄になる。


 なら最後まで進んで、成功させるしかない。


 そんな考え方もある。


「会わないと分からないな」


 ハヤトが言った。


 今度は誰も反対しなかった。


     ◇


 その夜は整備小屋で休むことになった。


 追いつけると分かったからこそ、無理に夜道を進まない。


 ノイを休ませる必要もある。


 夕食後。


 レグはガルドの整備札を何度も見ていた。


「持ってく?」


 ハヤトが聞く。


 レグは少し迷ったあと、元の場所へ戻した。


「置いとく」


「いいの?」


「おとうさんがここに置いたから」


 代わりに、紙へ印と日付を写していたカイルの記録を見る。


「こっちある」


「なるほど」


 自分だけのものにしない。


 ここへ来た証として、そのまま残す。


 少し前のレグなら持っていったかもしれない。


「明日、追いつく?」


「分からない。でもかなり近い」


「うん」


 レグは扉の外を見る。


 暗い山道。


 その先へ、一人分の新しい靴跡が続いていた。


 クロも同じ方向を気にしている。


「ハヤト」


「ん?」


「急がない」


「うん」


「でも遅くもしない」


 ハヤトは笑った。


「難しい注文だな」


「普通に行く」


「それならできそう」


 炉の火が小さく揺れた。


 昨夜までここにいた男を追って。


 明日はさらに北東へ進む。


 ガルドが二年前に残した言葉と。


 ディオルがつい最近返した言葉。


 二つを背にしたまま。

ふと気になったのですが、皆さんの好きなキャラコメントもらえると嬉しいです!

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