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ランキング最高順位51位!『異世界に転移したので、もう我慢するのはやめました ~固有能力《自由》で好き勝手に生きる~』  作者: くんくん
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重なる手

翌朝。


 朝食を終えるより早く、カイルはバルクに連れられて工房の奥へ消えていった。


 ユアンも当然のようについていく。


 残されたハヤトたちが食堂を出た頃には、二人の姿はもうどこにもなかった。


「絶対ごはんより楽しそうだった」


 レグが空になった皿を見ながら言う。


「カイルは地図とか古い文字見つけるとああなるからな」


 ハヤトが立ち上がると、セラも荷物をまとめた。


「私たちも呼ばれてるんでしょ?」


「ああ。主環に行く前に見せたいものがあるって」


「六個のやつ?」


 レグが聞く。


「多分」


 昨日バルクから聞いた話では、旧環路の中心にある《主環》は、六つの役目を同時に認識しなければ奥へ進めない。


 守る。


 閉じる。


 残す。


 運ぶ。


 見張る。


 呼ぶ。


 本来なら、それぞれ別の者が担うためのもの。


 そしてハヤトなら、その資格を無視できる可能性がある。


 昨夜の時点では、そこまでしか分かっていなかった。


「ハヤト」


 工房へ向かいながら、セラが隣から呼ぶ。


「最初から六個やろうとしないでね」


「まだ何も言ってない」


「昨日ちょっとやりたそうだったから先に言ってる」


「……そんな分かりやすかった?」


「かなり」


 レグまで頷いている。


 最近、顔で判断されることが増えた気がする。


     ◇


 案内されたのは、中央工房の地下だった。


 広い石造りの部屋。


 壁際には古い装置や金属板が並び、その中央に円形の台が置かれている。


 台の縁には六つの窪み。


 それぞれに違う印が刻まれていた。


「主環そのものじゃないですよね?」


 ハヤトが聞くと、バルクは首を横に振った。


「昔、整備用に作られた確認台だ。主環の認証部分だけを簡単に再現している」


 カイルはすでに台の横へしゃがみ込み、文字を読んでいた。


「簡単にって言っても、かなり古いぞ」


「だから残してある。北環で直した部分もあるが、基本構造は元のままだ」


 ユアンが六つの窪みを順に確認する。


「ここなら失敗しても、主環みたいに何か閉じたりはしない?」


「ああ。認識するか、しないか。それだけだ」


「じゃあ試せる」


 レグがハヤトを見る。


「俺?」


「他に誰がいるんだよ」


 ユアンにまで言われた。


 バルクは台の前へ立つと、六つの印を指した。


「まず理解しておけ。これは力を測る装置じゃない」


「資格を見る?」


「それも少し違う」


 バルクは《守る》の印へ手を置いた。


 淡い光が灯る。


「役目を受ける意思と、それを認める名。この二つを見る」


「バルクさん、《守る》なんですか?」


「今だけな」


 ハヤトが眉を上げる。


「今だけ?」


「昔の仕組みでは、役目は固定じゃなかった」


 ソルドの石柱と同じだった。


 血筋で決めるのでもない。


 一生その役目しかできなくなるわけでもない。


 必要なときに、自分で引き受ける。


 終われば離れる。


「じゃあ誰でもできる?」


 レグが尋ねる。


「本来ならな。ただ、役目ごとに最低限の知識や印を求める場所もある。時代が下るにつれて、その条件がどんどん増えた」


「それが最後は名前そのものに固定された」


 カイルの言葉に、バルクが頷いた。


「そういう場所もある」


 ハヤトは六つの印を見た。


「俺の場合は、その条件を全部無視できるかもしれない」


「だから確かめる」


 バルクが手を離すと、《守る》の光が消えた。


     ◇


「まず一つ」


 ユアンに言われ、ハヤトは《運ぶ》へ右手を置いた。


 何もしない状態では反応しない。


 やがて、いつもの拒絶が返ってくる。


 《役を受けていない》。


 《登録された名ではない》。


「二個ある」


「越えられるか?」


「ああ」


 《自由》を重ねる。


 二つの条件が消えた。


 窪みに白い光が灯る。


「一個」


 レグが数える。


「まだ余裕?」


 セラの問いに、ハヤトは頷いた。


「全然」


「なら二つ目」


 今度は左手を《見張る》へ。


 別の条件。


 それも越える。


 二つの光が同時に灯った。


「これくらいなら問題ない」


 ハヤト自身、少し拍子抜けした。


 塔では複数の資格を同時に越えるだけで、もっと負荷を感じていた。


「確認台だからだ」


 ユアンが装置を見ながら言う。


「実際に何かを動かしてない。鍵を開けて立ってるだけみたいなもんだ」


「じゃあ六個いける?」


 レグが期待した顔をする。


「まだ飛ばすな」


 セラに言われ、レグが口を閉じた。


 三つ目。


 《残す》。


 これは手が空いていないので、ハヤトが魔力を伸ばす形で触れる。


 光った。


 少しだけ頭が重い。


「三つ」


 四つ目。


 《閉じる》。


 今度は明確に負荷が増えた。


 別々の方向から四つの扉を押さえているような感覚。


「まだいける」


「顔は?」


 セラが聞く。


「大丈夫」


「自分じゃなくて私が見る」


「厳しくない?」


「続けたいなら黙って」


「はい」


 顔色を確認されてから、五つ目へ進む。


 《守る》。


 《自由》を重ねた瞬間。


「っ……」


 こめかみの奥に鈍い痛みが走った。


 五つの光は灯った。


 けれど、それまでとは違う。


 一つ一つは簡単だ。


 難しいのは、全部を同時に成立させ続けること。


「ハヤト」


 セラの声が近くなる。


「まだできる」


「聞いてない。今どのくらいきつい?」


 少し考える。


「四つが普通に重い荷物なら、五つは片手で持ち方変えた感じ」


「分からない」


「俺も言ってて思った」


 ユアンが呆れたようにこちらを見る。


「お前、説明下手だな」


「今集中してるんだよ」


「頭痛は?」


 今度はセラの質問が具体的だった。


「ある。でも塔の四つより少し強いくらい」


「じゃあ今日はそこまで」


「六つ目だけ――」


「ハヤト」


 声を強くされたわけではない。


 それでも止まった。


 五つの光を見下ろす。


 あと一つ。


 やってみたい気持ちは確かにある。


 だが、ここは本番ではない。


「……分かった」


 《自由》を解く。


 五つの光が一斉に消えた。


 身体から力が抜けるほどではない。


 それでも、終わってみると想像以上に頭が重かった。


「水」


 セラから渡される。


「ありがと」


「治癒術は使わないよ。これ、怪我じゃないと思うから」


「うん」


 セラもまだ自分の分野を考えながら使っている。


 何でも光らせればいいわけではない。


 マーナから教わったことが、少しずつ染み込んでいるのが分かった。


     ◇


「五つか」


 バルクは驚いていた。


 ただし、その顔は単純に喜んでいるようには見えない。


「思ったより少ない?」


 ハヤトが聞くと、工房長は首を横に振った。


「逆だ。一人で五つも成立させた人間など聞いたことがない」


「じゃあ結構すごい?」


 レグが得意そうに聞く。


「かなりおかしい」


「褒め方」


 ハヤトが苦笑する。


 だが、バルクが気にしていたのは別のことだった。


「だからこそ、一人で六つを通すことを前提にするな」


「え?」


「この仕組みは、最初から一人で全部を握らせないために作られている」


 六つの役目。


 六つの判断。


 誰か一人が全てを決めるのではなく、それぞれが同意して初めて奥へ進める。


「ハヤトの力なら、その決まりを破れる」


 ユアンが腕を組む。


「でも、破れるから破った方がいいとは限らないってことか」


「そうだ」


 ハヤトは六つの窪みを見る。


 《自由》なら越えられる。


 だからこそ、越えていいかは別に考える必要がある。


「じゃあどうする?」


 レグが尋ねた。


 バルクは彼女を見る。


「お前たちが、それぞれ受ければいい」


「役目?」


「ああ」


「レグも?」


「条件が通るなら」


 レグの目が少し大きくなった。


     ◇


 最初に試したのは、やはり《呼ぶ》だった。


「古い名前使わない?」


 レグが確認する。


「使う必要はない」


 バルクははっきり答えた。


「この確認台が元の形を保っているなら、本人が今そう名乗る名を示せばいい」


 レグは《呼ぶ》の窪みの前へ立つ。


 少しだけ緊張している。


 ハヤトも思わず息を止めた。


 竜の谷では成功した。


 でも、ここは別の仕組みだ。


「名前を言えばいい?」


「ああ。役目を受ける意思があるなら、その上で」


「ずっと?」


「違う。今だけ」


 それを聞いて、レグが頷く。


 手を置く。


「レグ」


 短く。


 それだけ。


 最初は何も起きなかった。


 次の瞬間。


 レグの身体の奥にある印が、微かに反応した。


 窪みに白い光が灯る。


「ついた」


 レグの声が弾む。


「古い名前じゃない」


「ああ」


 カイルも少し笑っていた。


「ここでも《レグ》で通る」


 レグは光をしばらく見つめてから、満足したように手を離した。


 光は消える。


「できた」


「よかったな」


「うん」


 ただ、それで終わりではなかった。


「他も試す?」


 レグが聞く。


「いや」


 バルクは首を横に振る。


「今のお前は《呼ぶ》とのつながりが強い。それ以外を無理に取る理由はない」


「そっか」


 レグは素直に下がった。


 何でもできる必要はない。


 それぞれが、自分で受けたいものを選べばいい。


     ◇


「じゃあ俺は?」


 カイルが確認台を見る。


「古い記録をずっと読んできたし、《残す》とか?」


「役目は技能試験じゃないぞ」


 ユアンが言う。


「でも相性はある?」


「あるだろうな」


 バルクが《残す》の印を示す。


「やってみろ」


 カイルが手を置き、自分の名を示す。


 反応は少し遅かった。


 やがて。


 灯る。


「……通った」


 本人が一番驚いていた。


「お前、嬉しそう」


 ハヤトが言うと、カイルはすぐ真顔に戻る。


「確認しただけだ」


「顔」


「見るな」


 レグが笑っている。


 次はユアン。


 技師だからと《運ぶ》を選んだわけではない。


「道具と技術を次へ持っていくって意味なら、俺はこれがいい」


 自分で選んだ。


 認証された。


 三つ。


「セラは?」


 レグが尋ねる。


 セラは六つの印をしばらく見ていた。


 火が得意。


 治癒を学び始めた。


 旅では、誰かが怪我をすれば手を出す。


 それでも。


「《守る》かな」


 ハヤトは少し意外だった。


「治すじゃないんだ」


「治すって役目ないでしょ」


「それもそうか」


「それに」


 セラは少しだけ笑う。


「火でも守れるから」


 その言い方は、セラらしかった。


 《守る》へ手を置く。


「セラ」


 光が灯った。


 四つ。


 バルクが残った印を見る。


 《閉じる》。


 《見張る》。


「あと二つ」


 ハヤトが言う。


 全員の視線が集まった。


「俺?」


「お前ならどっちでも通れるだろ」


 ユアンの言葉に、ハヤトは二つの印を見比べる。


「じゃあ両方」


「結局二つやるんだ」


 セラが苦笑する。


「六個全部よりはいいだろ」


「それはそう」


 ハヤトが両手を置く。


 《自由》で条件を越える。


 二つなら、負荷はほとんどない。


 六つの光が並んだ。


 ハヤト。


 セラ。


 レグ。


 カイル。


 ユアン。


 五人で、六つ。


 誰か一人が全部を握っているわけではない。


「主環でもこれができれば」


 カイルが言う。


「六つを無理やり一人で通す必要はない」


「その方がいい」


 ハヤトも素直にそう思った。


 自分だけなら、もしかすると六つ目まで行けたかもしれない。


 でも。


 その必要がないなら、やらなくていい。


     ◇


 六つの光が灯ったままになると、確認台の中央から薄い板がせり上がった。


「まだ何かある」


 レグが覗き込む。


 カイルが文字を見る。


「《六つが揃ったなら、道を開く》」


 その下。


 もう一文。


「《一つの名に集めるな》」


 部屋が静かになった。


 ハヤトは思わずバルクを見る。


「最初から書いてあった?」


「ああ」


「じゃあ昔の人、一人で全部持つの駄目って分かってたんだ」


「少なくとも、これを作った者はな」


 そして後の時代。


 役目は名前へ固定された。


 名前を呼べば、役目まで従わせる仕組みに変わった。


 正反対だ。


「古い方が自由だった」


 レグが言った。


「全部じゃないだろうけどな」


 ハヤトは六つの光を見る。


「でも、選べるようには作ってたんだな」


 レグが頷いた。


     ◇


 確認を終えたあと。


 バルクは主環までの地図を広げた。


「これで行く準備は一つ進んだ。ただ、もう一つ話がある」


 さっきまでとは声が違う。


 工房長が別の記録を卓へ置いた。


「旧監視塔を直した北環の技師。レイドたちが話していた人間だ」


「名前分かった?」


 ユアンが尋ねる。


「ああ。出入りの記録が残っていた」


 名は《ディオル》。


 四十二歳。


 北環で長く継ぎ片の調整を担当していた技師。


「今ここにいる?」


「いない」


「どこ?」


 レグが聞く。


 バルクは地図の北東を指した。


「十二日前、主環へ向かった」


 空気が変わる。


「何しに?」


「定期点検と申請されている」


「一人?」


「三人。部品も持ち出してる」


 ユアンが記録を取る。


「どんな部品?」


 バルクの顔が険しくなった。


「命令返しの継ぎ片が六枚」


 六枚。


 カイルがすぐに意味を理解する。


「六つの役目全部に?」


「可能性がある」


 レグの表情から笑みが消えた。


 古い仕組みを直すだけなら必要のない数。


 それも、今の時代の名や印に合わせるだけの部品ではない。


 命令を押し返す側。


「止めに行く?」


 レグが聞く。


 バルクはすぐには答えなかった。


「まず確かめる」


 その言葉に、ハヤトは少し笑った。


「俺たちも最近そればっかだな」


「悪いことか?」


「いや」


 むしろ。


 それでいい。


 主環へ向かった技師が何をしようとしているのか。


 ガルドは七年前、そこで何を見たのか。


 まだ何も決まっていない。


 ただ一つ。


 十二日前に誰かが、六枚の命令用部品を持って同じ道を進んだ。


 それだけは確かだった。


 ハヤトは地図の先を見る。


「明日出る?」


 バルクが頷く。


「俺も行く」


 ユアンが顔を上げた。


「工房長が?」


「北環の人間が持ち出したものだ。ここで待って報告だけ聞くわけにはいかん」


 レグもすぐ頷く。


「じゃあ六人」


「クロ入れたら七だな」


 ハヤトが言うと、レグは少し考えた。


「クロも手ある」


「認証台に乗せる気?」


「だめ?」


「今はやめとこう」


 ようやく少しだけ空気が緩んだ。


 明日。


 主環へ向かう。


 今度はガルドの古い足跡だけではない。


 十二日前についた、新しい足跡も追うことになった。

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