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ランキング最高順位51位!『異世界に転移したので、もう我慢するのはやめました ~固有能力《自由》で好き勝手に生きる~』  作者: くんくん
選び取る明日

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北環工房

塔を出て二日目の午後。


 北東へ伸びていた古い道は、山の裾で三つに分かれた。


 どの道にも石畳が残っている。


 けれど中央の一本だけは草が少なく、最近も人が行き来しているのが分かった。


「北環はこっちだ」


 ユアンは迷わず中央を選んだ。


 レグがその横へ並ぶ。


「行ったことある?」


「昔に二回。最後は五年くらい前だな」


「どんなとこ?」


「工房」


「それは知ってる」


 レグが不満そうにすると、ユアンは少し考えた。


「職人が多い。話が長い。自分の作った物の説明を始めるともっと長い」


「ユアンも?」


「俺は短い」


 少し後ろで聞いていたハヤトは、カイルと顔を見合わせた。


「本当か?」


「俺に聞くな」


 ユアンだけが聞こえなかったふりをして歩き続ける。


 セラは笑いながら道端へ視線を落とした。


「人が通ってるなら、工房自体は今もありそうだね」


「ああ。ただ……」


 ユアンが少しだけ歩みを緩める。


「前と同じとは限らない」


 塔を改造した技師。


 首輪。


 外せなくするための部品。


 少なくとも、北環工房の名を使う誰かが関わっている。


 だからといって、工房全体が同じ考えだとは限らない。


 ハヤトたちはそれを決めつけないよう、ここまで何度も確認してきた。


「入っていきなり喧嘩しない」


 セラがハヤトを見る。


「なんで俺にだけ言うの?」


「一番前に出そうだから」


「ユアンもいるじゃん」


「俺は話をしに来た」


「俺だってそうだよ」


 レグが少し考え、ハヤトを見た。


「でもハヤト、前出る」


「お前まで……」


「危ないときは」


「それならまあ」


 訂正する気もなくなった。


     ◇


 さらに一時間ほど歩くと、森が途切れた。


 山肌を削るように、石造りの建物がいくつも並んでいる。


 煙突。


 倉庫。


 水車。


 中央には大きな工房らしい建物。


 想像していた古びた遺跡とは違った。


 今も人が暮らし、働いている。


「でかい」


 レグが見上げる。


「昔より建物増えてるな」


 ユアンは少し意外そうだった。


 入口には鉄製の門。


 その横で二人の男が荷物を確認している。


 ハヤトたちが近づくと、そのうち一人がユアンに気づいた。


「……西路?」


「ユアンだ」


「久しぶりだな」


 声に敵意はない。


 ただし、その男の視線はすぐハヤトたちへ移った。


 レグ。


 クロ。


 そして最後に、ユアンが持っている首輪の部品。


 表情が変わる。


「それをどこで拾った」


「旧監視塔」


「塔へ行ったのか?」


「ああ」


「勝手に?」


 ユアンの眉が僅かに動く。


「古道を調べるのに、お前らの許可が必要になったのか?」


 最初から少し雲行きが怪しい。


 ハヤトが口を挟もうとしたところで、セラに袖を軽く引かれた。


 まだ。


 そういうことらしい。


 門番の男はユアンをしばらく見たあと、大きく息を吐いた。


「中で話せ。俺が決めることじゃない」


「そうする」


 門が開いた。


     ◇


 北環工房の中は、想像以上に普通だった。


 金属を叩く音。


 木材を削る音。


 何かを測りながら言い合う職人たち。


 古代の怪しい技術を使う秘密組織、といった雰囲気ではない。


「ごはんのにおいする」


 レグが言った。


「今そこ?」


 セラが笑う。


「普通の人いっぱい」


「工房だからな」


 ユアンは当然のように答える。


 クロにも怯える者はいたが、露骨に追い払おうとする者はいない。


 むしろ珍しそうに見ている者の方が多かった。


「これで全員悪いやつだったら逆に怖いな」


 ハヤトが小声で言うと、カイルが頷いた。


「だからまだ何も決めるな」


「分かってる」


 中央の建物へ案内される。


 通された部屋には、大きな作業台と壁一面の図面。


 待っていたのは、六十前後の男だった。


 短く切った白髪。


 左手の指が二本欠けている。


「西路のユアンか」


「久しぶりです、バルクさん」


 ユアンの口調が少しだけ改まる。


「知り合い?」


 レグが小声で聞く。


「北環の工房長だ」


 男――バルクは全員を見回した。


 クロで少し止まり。


 レグでさらに長く止まる。


「竜か」


 レグの眉が僅かに動く。


「また分かる」


「ここには検知器がある」


「勝手に見る?」


「入ってきたものの性質を調べるだけだ。名前までは分からん」


「ならいい」


 レグはあっさり納得した。


 バルクは次にハヤトを見る。


「そっちは?」


「ハヤトです」


「人間だな」


「多分」


 セラが隣で小さく吹き出した。


「そこは普通に人間でいいでしょ」


「いや、最近よく何者だって聞かれるから」


 バルクは笑わなかった。


 代わりにユアンへ向き直る。


「用件は?」


 ユアンは布包みを作業台へ置いた。


 中から、外した首輪を出す。


「旧監視塔で使われてた」


 バルクの顔から表情が消えた。


「誰が外した」


「俺たちだ」


「塔は?」


「強制命令だけ止めた。本来の《知らせる》は残してある」


 静かになった。


 バルクは首輪を手に取り、しばらく無言で調べる。


「余計なことをしたな」


 レグがすぐ顔を上げた。


「余計じゃない」


「レグ」


 ハヤトが軽く呼ぶ。


 黙れという意味ではない。


 少しだけ待とうという合図。


 レグは口を閉じたが、バルクから目は逸らさなかった。


「なぜ余計なんです?」


 セラが代わりに尋ねる。


 口調は穏やかだった。


 バルクは首輪を置く。


「あの道では昔、旅人が何人も死んだ。塔を使い直してから被害は止まった」


「獣を縛ったから?」


「守り手として使った」


「嫌がってても?」


 今度はレグが我慢できなかった。


 バルクは彼女を見る。


「嫌がる?」


「逃げようとしてた。首輪に戻されてた」


「……」


「首、傷だらけだった」


 バルクはすぐには答えなかった。


「そんな状態だとは報告を受けていない」


「知らなかった?」


「少なくとも俺は」


 レグは少しだけ表情を緩めた。


 完全に信じたわけではない。


 でも最初から嘘だと決めてもいない。


「誰が作った?」


 カイルが尋ねる。


「首輪そのものではなく、強制を返す継ぎ片を」


 バルクはユアンを見る。


「西路の人間を連れてきて、俺たちを調べるつもりか?」


「違います」


 ユアンの声は静かだった。


「俺も知りたいんです。あれは古い道を直すための継ぎ片じゃない」


 少し間が空く。


「誰が、ああいう使い方を始めたんです?」


 バルクは作業台へ手を置いた。


「始めた人間なら、もういない」


「死んだ?」


「ああ」


「でも今も作れる人間はいる」


「いる」


 否定しなかった。


     ◇


 バルクは壁際の棚から、一枚の古い金属板を取り出した。


「北環が最初から命令装置を作っていたわけじゃない」


 卓へ置く。


 ソルドで見たものと同じ、黒灰色の継ぎ片。


「これは、壊れかけた古い仕組みを今の名前や印でも使えるようにするためのものだ」


「ユアンから聞いた」


 ハヤトが言う。


「なら話は早い」


 次に、別の部品。


 細い溝が何重にも刻まれている。


「こちらは約三十年前に作られた」


「命令を返す方?」


「ああ」


 バルクはそれを指先で押さえた。


「最初の目的は、人を操ることではない」


「何だった?」


「反応しなくなった仕組みを、確実に動かすことだ」


 昔の道。


 見張り塔。


 守り手。


 本来は知らせを受けた側が、自分の意思で応じる。


 だが時代が進み、その役目を知る者も減った。


 呼んでも誰も来ない。


 古い施設だけが残る。


「なら、返事が来るようにすればいい」


 バルクが言う。


 ハヤトは眉を寄せた。


「それで命令にした?」


「最初は、そこまで強くなかった」


 知らせを少し強くする。


 気づきやすくする。


 応答を促す。


 その程度だったという。


「でも、少しずつ変わった」


 セラが呟く。


「必要だから、もっと確実に。もっと早く」


 バルクが頷いた。


「そうだ」


「最後は断れなくなった」


 レグの声が低くなる。


 誰も否定しなかった。


「誰がそこまで変えた?」


 カイルの質問に、バルクは少しだけ目を伏せた。


「一人じゃない」


 その答えに、ハヤトたちは誰も驚かなかった。


 ミレアも同じことを言っていた。


 場所が多すぎる。


 時代が違いすぎる。


 最初の一人だけで全部を変えたとは考えにくい。


「北環でも改良した」


「西の工房でも似たものを作った時期がある。別の地域では、もっと古い型を使っていた」


 ユアンが苦い顔をする。


「師匠が嫌ってた理由、それか」


「お前の師匠は早い段階で手を引いた」


「知ってたんですか?」


「何度も言い合った」


 ユアンは少し黙った。


 死んだ師匠の知らない一面を、今になって聞かされたのかもしれない。


     ◇


「ガルド」


 レグが言った。


 バルクの目が動く。


「知ってる?」


「ああ」


 今度は迷わなかった。


 レグが一歩前へ出る。


「会った?」


「会った」


 部屋の空気が一気に変わった。


 ハヤトも思わず身体を起こす。


「いつ?」


「七年前」


 ユアンから聞いた噂と一致する。


「ここに来た?」


「三日いた」


「何してた?」


「怒鳴ってた」


「……おとうさん」


 ハヤトは危うく笑いそうになった。


 バルクは真面目な顔のまま続ける。


「最初の日は半日怒鳴ってた」


「何に?」


「全部に」


「全部?」


「首輪。継ぎ片。道の仕組み。それを使ってる俺たちにも」


 レグが少しだけ嬉しそうなのが困る。


「ちゃんと怒ってた」


「かなりうるさかった」


「おとうさんだから」


 それで納得するらしい。


「でも三日いたんですよね」


 セラが尋ねる。


「怒って帰らなかった?」


「二日目からは調べ始めた」


 バルクは少し遠い目をした。


「自分で棚を漁る。図面を出せと言う。聞く前に次の質問をする。止めても聞かない」


 レグの肩が少し落ちる。


「やっぱりおとうさん」


「それと娘の話が長い」


「……」


「そこは黙るんだな」


 ハヤトが小声で言うと、レグに睨まれた。


 バルクの口元が初めて少しだけ緩んだ。


「最後の日に、奴は一つだけ持っていった」


「何?」


 バルクは壁の地図へ向かった。


 北環工房。


 旧環路。


 そこからさらに北東。


 山地の奥。


「昔の《主環》の位置だ」


「主環?」


 カイルが地図へ近づく。


「中継所をまとめていた場所ですか?」


「そうだ」


 旧環路の各施設は、それぞれ独立していたわけではない。


 道。


 守り。


 名前。


 呼び出し。


 複数の機能をまとめる、大きな中枢があった。


「そこから古い仕組みの変更が広がった可能性がある?」


 カイルの問いに、バルクは首を振った。


「分からん。ガルドも同じことを疑っただけだ」


「それで向かった」


「ああ」


 レグが地図へ手を置く。


「そこまで行けば、おとうさんいる?」


「七年前なら行った」


 バルクは現実的だった。


「今いる保証はない」


「分かってる」


 レグの返事に、バルクが少し意外そうな顔をする。


     ◇


「一つ聞いていい?」


 今度はハヤトが言った。


「その主環、普通に入れるの?」


「無理だ」


「即答だな」


「今は入口自体が閉じてる」


「資格?」


「それもある」


 バルクは地図の横から、古い板を一枚外した。


 描かれているのは六つの印。


 道。


 運搬。


 守り。


 封鎖。


 記録。


 呼び出し。


 これまで別々の場所で見てきたものが、一枚に並んでいる。


「主環は複数の役目を同時に持つ者がいなければ、奥へ進めない」


 ユアンがハヤトを見る。


 カイルも。


 セラまで。


「……何?」


 ハヤトは嫌な予感がした。


 バルクだけが意味を分かっていない。


「普通は何人必要?」


 ハヤトが聞く。


「場所による。最低でも四人。奥は六つ全部だ」


「六つ」


「そうだ」


 レグがぽつりと言った。


「ハヤト、できる?」


「今聞く?」


「四つできた」


「四つで頭痛くなったんだぞ」


 セラがすぐ横から入る。


「六ついきなりは駄目」


「まだやるって言ってない」


「今の顔、ちょっとやってみたいと思ったでしょ」


 図星だった。


「……少し」


「ほら」


 バルクが眉を寄せる。


「何の話だ?」


 ユアンがため息をついた。


「こいつ、資格を無視できるんです」


「何の?」


「多分、全部」


 バルクがハヤトを見る。


「……全部?」


「使い方まで分かるわけじゃないですよ」


「いや、そういう問題では……」


 工房長が初めて言葉に詰まった。


 レグが少し得意そうにしている。


「ハヤト、変」


「そこでまとめるな」


     ◇


 その日のうちに主環へ向かう話にはならなかった。


 バルクが止めたからだ。


「七年前と今では道が違う。主環までの途中も何か所か閉じている」


「工房に地図は?」


 カイルが尋ねる。


「ある。ただし古い」


「見せてもらえますか?」


「その前に、俺も確認したいことがある」


 バルクは首輪を持ち上げた。


「監視塔の状態。それからガルドが残した印の写し」


「持ってる」


 カイルが鞄から紙を出した。


 話し合いは長くなりそうだった。


 レグもそれを察したらしい。


「今日ここ泊まる?」


「客室はある」


 バルクが答える。


「ごはんは?」


「出る」


「泊まる」


「決めるの早いな」


 ハヤトが笑うと、レグは当然のように言った。


「話、いっぱいあるから」


 食事だけではないらしい。


     ◇


 夕方。


 客室へ荷物を置いたあと、ハヤトは工房の外へ出た。


 山の間へ夕日が沈みかけている。


 少し遅れて、セラも出てきた。


「いた」


「探してた?」


「ちょっと」


 隣へ並ぶ。


 工房の奥からは、まだ金属を叩く音が聞こえている。


「六つ、やるつもり?」


 セラが尋ねた。


「まだ分からない」


「本当に?」


「やる必要があるなら、やるとは思う」


「やっぱり」


 セラは呆れたように息を吐いた。


 でも、止めろとは言わなかった。


「四つで頭痛かったんだよね」


「ああ」


「じゃあ六つなら、もっときついかもしれない」


「そうだな」


「一回でやろうとしないで」


「どう分けるんだよ」


「それを調べてから行くの」


 正論だった。


「最近セラ、こういうの強くなったよな」


「何が?」


「やめろじゃなくて、どうやったらできるか考えるようになった」


 セラが少し黙る。


「……止めてもやるでしょ」


「それが理由?」


「半分」


「残りは?」


 セラはハヤトを見る。


「ハヤトが、前より止まれるようになったから」


 黒い金属に触らなかったこと。


 石を勝手に壊さなかったこと。


 塔でも、仲間へ確認しながら進んだこと。


「なら私も、駄目って言うだけじゃなくていいかなって」


「信用されてきた?」


「少し」


「少しか」


「調子に乗るから」


 ハヤトは笑った。


 セラも笑う。


 少しの沈黙。


 以前なら、それで終わっていた。


 今は、セラの手がすぐ横にあることを意識してしまう。


 ハヤトがそっと指先を近づける。


 セラは逃げなかった。


 触れる。


 そのまま、ほんの少しだけ手を握る。


「……ここ工房の前だけど」


「嫌?」


「嫌とは言ってない」


 セラも指を返した。


 白い森へ向かう前。


 あの夜から、何もなかったことにはしていない。


 でも、急いでもいなかった。


「帰ったらって言ったけど」


 セラが小さく言う。


「うん」


「どこに帰ったら、なんだろうね」


「俺も考えてた」


「答え出た?」


「出てない」


「私も」


 二人とも少し笑った。


 そのとき、工房の入口からレグが顔を出した。


「ハヤト、セラ」


 二人の手が離れかける。


 でも。


 今回はセラが離さなかった。


「なに?」


 普通に返す。


 レグは二人の手を見た。


 少しだけ目を細める。


 何か言うかと思ったが。


「ごはん」


 それだけだった。


「今行く」


 ハヤトが答える。


「早く。ユアンもう食べてる」


「意外と早いなあいつ」


 レグは中へ戻る。


 ハヤトとセラも歩き出した。


 手は。


 工房の入口へ入る少し前まで、そのままだった。

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