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ランキング最高順位51位!『異世界に転移したので、もう我慢するのはやめました ~固有能力《自由》で好き勝手に生きる~』  作者: くんくん
選び取る明日

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石が覚えていたこと

翌朝。


 ハヤトたちはもう一度、北の見張り小屋へ向かっていた。


 昨日と違うのは、トルだけではなく父親のトル・エンも一緒だということだった。


「本当に調べていいんですか?」


 カイルが確認すると、トル・エンは少し考えてから頷いた。


「壊さないならな。どうせ俺たちも、あの石が何なのかほとんど知らん」


「名前彫るもの」


 レグが言う。


「今はな」


 父親は息子を見る。


「昔のことは、俺も聞いたことがない」


 トルは黙って歩いていた。


 昨日、石柱に残された《メル》と《シア》の名前を見つけてから、ずっと考えているのかもしれない。


 道を見る役目が、本当にトルの家だけのものだったのか。


 自分が来年そこへ名前を彫ることに、どんな意味があるのか。


 答えはまだない。


     ◇


 見張り小屋へ着くと、カイルは真っ先に石柱の根元を確認した。


 黒に近い金属片。


 昨日と変わらず、石へ深く打ち込まれている。


「抜かないんだよね?」


 レグが聞く。


「ああ。まずは何をしてる部品か調べる」


「どうやって?」


「そこなんだよな」


 カイルが困ったように石を見上げる。


 表面に残っている文字は少ない。


 《道》


 《示す》


 《名》


 そして《受ける者》《名を示せ》らしき文。


 それ以上は削れて読めない。


「石の中は?」


 ハヤトが尋ねた。


「中?」


「こういう古い仕組みって、触ったら何か反応したりしない?」


「するものもある。ただ、昨日トルに聞いた限りじゃ何も起きてない」


「名前彫るだけ」


 トルが補足した。


「俺の親父も、じいちゃんも。それで終わり」


 ハヤトは石柱を見る。


 竜の谷でも、修道院でも。


 古い仕組みには、使える者と使えない者がいた。


 名前。


 印。


 役目。


 何かしらの条件を満たさなければ、そもそも反応すらしない。


「……条件が違うだけだったりして」


 呟くと、カイルが顔を上げた。


「何?」


「いや」


 ハヤトは少し考える。


 そして石柱の前へしゃがんだ。


「触ってみてもいいですか?」


 トル・エンに聞く。


「それくらいなら」


 右手を石へ置く。


 冷たい。


 それだけ。


「何かある?」


 セラが後ろから聞く。


「今のところ何も」


 少し魔力を流してみる。


 反応はない。


 火でも水でもない。


 魔法を使う感覚とも違う。


 けれど。


 ほんのわずかに、手のひらへ引っかかるものがあった。


「……ん?」


「どうした?」


 カイルが近づく。


「弾かれてる感じする」


「石に?」


「石っていうか……何かに」


 うまく説明できない。


 扉を押しているのに、鍵が掛かっていて動かない。


 それに近い。


 ハヤトはもう一度魔力を流した。


 今度は意識する。


 入れない。


 使えない。


 資格がない。


 そんな感覚。


 その瞬間。


 胸の奥で《自由》が反応した。


「……あ」


 ハヤトの声に、セラが少し身を乗り出す。


「《自由》?」


「多分」


 何度も使ってきた感覚だった。


 本来装備できないもの。


 本来扱えない属性。


 職業や資格によって閉じられている技術。


 そこにある境目だけを、《自由》は無視できる。


「条件、越えられそう」


 カイルの表情が変わった。


「待て。越えられるってことは、中に何があるか分からないまま動かせるってことでもある」


「……そうだな」


 ハヤトは手を離した。


 レグが不思議そうに見る。


「やらない?」


「一回止める」


「ハヤトなのに?」


「どういう意味だよ」


「前だったらやってた」


「否定しづらいな……」


 セラが横で笑った。


「成長したんじゃない?」


「多分な」


 まずカイルが石柱の文字をもう一度調べる。


 トル・エンにも、この石で昔何か事故が起きた話がないか確認した。


 何もない。


 なら、完全に危険な装置という可能性は低い。


「ただし」


 カイルがハヤトを見る。


「反応があっても、勝手に進めるな。俺が読める範囲で確認する」


「了解」


「本当に?」


「信用ないなあ」


「遺跡で何回先に触ったと思ってる」


「……了解」


 今度は素直に答えた。


     ◇


 再び石柱へ触れる。


 さっき感じた境目を探す。


 あった。


 《資格なし》。


 文字として見えるわけではない。


 ただ、仕組みの側から拒まれているのが分かる。


 そこへ《自由》を重ねる。


 無理やり壊すのではない。


 鍵を壊すのでもない。


 ただ。


 ハヤトに対してだけ、その条件が意味を失う。


 石の奥から、微かな振動が返ってきた。


「動いた」


 レグが言う。


 表面。


 削れていたはずの線の一部に、淡い光が走る。


 トルと父親が息を呑んだ。


「こんなの……見たことない」


 カイルがすぐ石へ目を向ける。


「ハヤト、そのまま。何もしなくていい」


「何もしてない」


「それでいい」


 光は文字を一つずつ浮かび上がらせていく。


 完全ではない。


 欠けた部分も多い。


 それでも、石そのものに残っていた記録が表へ出てきた。


「読める?」


 セラが尋ねる。


「少し待って」


 カイルは指で追わず、目だけで文字を読む。


「《道を受ける者》……」


 次。


「《名を示し、望む者に渡せ》」


 トルが顔を上げた。


「渡す?」


 カイルもそこを何度か読み直す。


「多分、そうだ」


 さらに下。


「《一人が離れるなら、次を選べ》」


 ハヤトは思わず石から視線を外した。


「家の話じゃないな」


「ああ」


 カイルは続ける。


「《血を問わず》」


 短い文字。


 それだけは、はっきり残っていた。


 誰もすぐには喋らなかった。


 トルが石柱の裏側に並ぶ名前を見る。


 トル。


 メル。


 シア。


 違う家の名前。


「血を問わず……」


 少年が小さく繰り返す。


「じゃあ昔は」


 セラが言葉を選んだ。


「道を見る人を、家じゃなくて本人で選んでた?」


「そう読める」


 カイルが答える。


「少なくとも、この石が作られた頃は」


 トル・エンは黙っていた。


 自分の父。


 祖父。


 さらにその前。


 ずっと受け継いできたものが、最初から今と同じ形ではなかった。


「どうして変わった?」


 レグが聞く。


 誰も答えられない。


 石は昔の使い方を残していただけだ。


     ◇


「まだある」


 カイルが言った。


 光の下。


 もう一つ文が浮かんでいる。


「《受ける者は、自ら名を示せ》」


 レグの表情が変わった。


「自分で?」


「そうだな」


「誰かが名前書くんじゃない?」


「少なくとも元は違ったみたいだ」


 レグは石を見つめる。


 竜の谷で。


 母が残した仕組みも、そうだった。


 名は本人に言わせる。


 他人が決めるのではない。


 役目を押し込むのでもない。


「似てる」


 レグが呟いた。


「ミレアのやつ?」


 ハヤトが聞くと、頷く。


「自分で言う」


「考え方は近いかもしれない」


 カイルは慎重だった。


「ただ、同じ仕組みだったとまでは言えない。時代も場所も分からないからな」


「うん」


 レグも無理に結びつけなかった。


 そのとき。


 石柱の光が一度揺れた。


「ハヤト」


「俺、何もしてない」


「手離して」


 カイルに言われ、すぐ離す。


 光が消えた。


 石は元の古びた姿へ戻る。


「終わり?」


「多分」


 ハヤトは自分の右手を見る。


 疲れてはいない。


 難しい術を使った感覚もない。


 ただ、本来入れない場所へ入った。


 それだけ。


「……やっぱり変だな、その能力」


 カイルが呟く。


「今さら?」


「今までは武器とか魔法の制限を無視する話だと思ってた」


「俺も」


「役目の資格まで越えるのか」


 ハヤトは石柱を見た。


「多分、条件なら」


「使い方分かった?」


 レグが聞く。


「全然」


「じゃあカイル必要」


「そういうこと」


 ハヤト一人なら。


 石を動かせた。


 でも浮かんだ文字は読めない。


 何の装置かも分からない。


「使えるだけじゃ駄目だな」


 そう言うと、カイルが笑った。


「それで全部分かったら俺の仕事なくなる」


「それは困る」


「俺も困る」


 セラが少し離れたところから二人を見ていた。


「何?」


 ハヤトが尋ねると、彼女は首を振る。


「別に。ただ」


「ただ?」


「ハヤトって、本当に変なことできるんだなって思って」


「今さら二人目」


「普段が地味だから忘れる」


「ひどくない?」


 レグまで頷いた。


「ハヤト、最近荷車押してる」


「それは俺も思ってたよ!」


 ようやく少し空気が緩んだ。


     ◇


 問題は黒い金属だった。


 光が消えたあと、カイルは石柱の側面を確認する。


「こっちは反応しなかった」


「関係ない?」


 セラが聞く。


「分からない。ただ、元の機能に必要な部品じゃない可能性は上がった」


 石柱は金属片がなくても、少なくとも内部の記録を残していた。


 では、二十年以上前に打ち込まれた部品は何のためだったのか。


「壊れたとこ直しただけ?」


 レグが尋ねる。


「あり得る」


「悪いもの?」


「それもまだ分からない」


 カイルは黒い金属の位置を紙へ写し取った。


「今は抜かない」


「うん」


 そこは全員同じ意見だった。


     ◇


 帰り道。


 トルはいつもより口数が少なかった。


 レグも無理に話しかけない。


 村が見え始めたところで、ようやく少年が口を開いた。


「俺さ」


「うん」


「道を見るの、嫌いじゃない」


 レグが横を見る。


「昨日も言ってた」


「でも今日、ちょっと分かった」


「何が?」


「嫌だったの、仕事じゃなかったのかも」


 トルは歩きながら、足元の道を見る。


「最初からこれしかないって思ってたこと」


 自分で選んだわけではない。


 嫌うほど知らない。


 好きかどうかも考えないまま、来年には石へ名前を彫る。


「もし自分で選べるなら?」


 レグが聞く。


 トルはすぐには答えなかった。


「海は見たい」


「うん」


「でも、今日みたいな道の仕事も覚えたい」


「両方」


「できるかな」


 レグは少し考える。


「やってみないと分からない」


「普通そこ、できるって言わない?」


「分からないから」


 トルが笑った。


「そうだな」


 少し前を歩いていたハヤトにも聞こえていた。


 自由なら何でもできる。


 そういう話ではない。


 選んだ結果、上手くいかないこともある。


 でも、選ぶ前から一つに決められているのとは違う。


     ◇


 村へ戻ると、トル・エンはそのまま集会所へ向かった。


 石柱の記録を、一人で抱えておくつもりはないらしい。


「すぐ変わるかな」


 レグがその背中を見ながら言う。


「どうだろ」


 ハヤトは正直に答えた。


「何百年も続いてるんだろ。今日分かったから明日全部変えよう、とはならないんじゃない?」


「そっか」


「でも知らなかったのと、知ったあとは違うよ」


 セラが言った。


「トルもそうでしょ?」


 レグが頷く。


 その夜。


 宿の食堂では、集会所へ出入りする村人の姿が何度も見えた。


 怒鳴り声はない。


 争っている様子もない。


 ただ。


 長い話になっているらしい。


 ハヤトたちはそこへ入らなかった。


 決めるのは、この村に暮らす人たちだからだ。


 窓辺で外を見ていたレグの隣へ、ハヤトも立つ。


「気になる?」


「うん」


「明日聞けばいい」


「変わらなかったら?」


「それもこの村が決めることだろ」


 レグは少し不満そうだった。


 それでも。


「……うん」


 最後には頷いた。


 そのとき、宿の扉が開いた。


 入ってきたのはトルだった。


 少し疲れた顔をしている。


 けれど。


 手には、あの木彫りの鳥を持っていた。


「レグ」


「なに?」


「俺、来年すぐには名前彫らないことにした」


 レグが目を見開く。


「怒られた?」


「ちょっと」


「だめって?」


「違う」


 トルは鳥を握り直す。


「一年、外を見てから決めたいって言った」


 道を見るのか。


 別の何かをするのか。


 あるいは、両方やるのか。


「親父は?」


「一回、海見てこいって」


 レグの顔が一気に明るくなった。


「行く?」


「まだだよ」


「いつ?」


「だから一年あるって!」


 トルが笑う。


 レグも笑った。


 石柱が決めたわけではない。


 ハヤトの《自由》が決めたわけでもない。


 昔の記録を知ったうえで。


 トル自身が、一年という時間を選んだ。


 それで十分だった。


 そしてハヤトには、もう一つ気になることが残っていた。


 本来なら道を見る者しか触れられなかった石。


 それを自分は、役目も名前も持たずに開けた。


 《自由》が越えられる境目は。


 自分が思っていたより、ずっと多いのかもしれない。

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