道が集まる町
第141話 道が集まる町
トルカを出てから2日。
昼を少し回った頃、荷馬車の向こうに石造りの門が見えてきた。
「見えたぞ。ルディアだ」
御者の声に、ハヤトは荷台から身を乗り出した。
ラーデンほど大きな街ではない。
だが、門の前には何台もの荷馬車が並び、街道を行き交う人の数はこれまで立ち寄った町より明らかに多かった。
北。
東。
南西。
門前の道標には、いくつもの地名と矢印が刻まれている。
「道が多いな」
「この辺りの中継地だからね」
セラが答える。
「北へ行く商人も、東へ抜ける旅人も、一度ここを通ることが多いらしいわ」
「だから人が多いのか」
荷馬車が門へ近づく。
レグは隣で道標を見上げていた。
「ハヤト」
「ん?」
「あっち、どこ?」
「どれだよ」
「あっち」
指差している先には矢印が3つあった。
「だからどれだよ」
「……いっぱい」
「それは俺も思った」
向かいでカイルが小さく息を吐く。
「お前たち、町に着く前から疲れさせるな」
その足元ではクロが伏せたまま、門の方をじっと見ている。
人が増えたせいか、少し警戒しているらしい。
レグがクロの頭へ手を置いた。
「だいじょうぶ。いっぱい人いるだけ」
クロは一度だけ鼻を鳴らした。
「レグが言うと説得力あるのかないのか分からないな」
「ある」
「自分で言うんだ」
そんなやり取りをしているうちに、荷馬車はルディアの中へ入った。
◇
町の中心には、大きな広場があった。
そして、その中央にも道標。
門前にあったものよりずっと大きい。
石柱の四方に地名が刻まれ、それぞれ別の通りへ矢印が伸びている。
「本当に道ばっかりだな」
ハヤトが見上げる。
宿。
食堂。
鍛冶屋。
薬屋。
馬車の預かり所。
旅人向けの店が広場の周囲に集まっている。
一泊して次の目的地へ向かう人間が多いのだろう。
「まず宿を取る?」
セラが聞く。
「そうするか。クロもいるし、獣舎があるところがいいな」
「それと飯」
レグが即座に付け足した。
「まだ昼飯からそんな経ってないだろ」
「歩いてないから、おなかすいた」
「理由になってない」
「なる」
「ならない」
カイルが2人の横を通り過ぎる。
「俺は地図屋を探す」
「無視された」
「慣れたんでしょ」
セラが笑った。
宿はすぐに見つかった。
広場から少し外れた場所にある、旅人向けの大きな宿だ。
裏には馬と魔獣を入れられる広めの獣舎もある。
クロはそこへ預けることになったが、係の男を見た瞬間、わずかに身体を強張らせた。
ハヤトが首元へ手を置く。
「大丈夫。置いていくわけじゃない」
クロの視線がこちらへ向く。
黒い首元。
かつて首輪があった場所には、今も薄く痕が残っている。
「夕方には戻る」
レグも横から言った。
「クロ、おるすばん」
クロは少しだけ迷ったあと、獣舎の中へ入った。
「前より落ち着いたわね」
セラが言う。
「少しずつな」
急に変わる必要はない。
レグもそうだった。
クロだって同じだ。
◇
宿を取ったあとは、それぞれ必要な物を揃えることになった。
セラは真っ先に薬屋へ向かった。
「薬草、減ってるの?」
「それもあるけど包帯も補充しておきたいの。次がどんな場所か分からないし」
「真面目だな」
「誰かが準備しないと困るでしょ」
「俺も準備するけど」
セラがハヤトを見る。
「あなたの場合、食料の比率がおかしいのよ」
後ろでレグが頷いた。
「ごはん、だいじ」
「お前が言うな」
薬屋は旅人向けの商品が多く、傷薬から虫除け、簡単な毒消しまで並んでいた。
セラは店主にいくつか質問しながら、必要な物だけを選んでいく。
ハヤトも横から見ていたが、途中で棚の一角に目が止まった。
乾燥させた葉。
匂い袋。
塗り薬。
どれも自分には違いがよく分からない。
「これ何?」
「山蛭避け」
「いる?」
「山へ行くなら」
「買おう」
「即決ね」
「嫌だろ、蛭」
「それはそうだけど」
レグが瓶を一つ持ち上げる。
「これは?」
「眠気覚ましだって」
「たべる?」
「飲む」
「おいしい?」
店主が苦笑した。
「かなり苦いよ」
レグは静かに棚へ戻した。
「判断早いな」
◇
薬屋を出ると、広場の反対側でカイルが手招きしていた。
細い路地の先に、小さな地図屋がある。
店内の壁一面に地図が並んでいた。
王国全体。
地方ごとの街道。
山道。
古い街道まである。
「こんな店あるんだな」
ハヤトが感心する。
「ルディアだからだ」
カイルは机の上へ地図を広げていた。
「ここは道が集まる。旅人が集まれば、情報も集まる」
地図の中央。
ルディア。
そこから北東へ一本の街道が伸びている。
途中で太い道から外れ、細い線が森沿いへ続いていた。
カイルがそこを指差す。
「次はこの辺りを見たい」
「何かあるの?」
セラが覗き込む。
「古い道の記録が残っている」
「また遺跡?」
「分からない」
カイルは首を振った。
「ただ、今まで見た印と似た記号が、古い地図に一つだけ出ている」
ハヤトは地図を見る。
そこに大きな町はない。
書かれているのは、小さな村の名前。
「ソルド?」
「ああ」
その時。
店の奥で帳簿を整理していた老人が顔を上げた。
「ソルドへ行くのかい?」
「知ってるんですか?」
ハヤトが尋ねる。
「そりゃ知ってるさ。ここからなら北東へ半日と少しくらいだ」
老人は地図へ近づいた。
「大きな村じゃないが、昔からある」
「何か変わったところは?」
カイルが聞く。
老人は少し考える。
「変わった、か」
それから笑った。
「初めて行くなら、名前を聞いてみるといい」
「名前?」
「行けば分かる」
カイルが眉を寄せる。
「そういう言い方をされると余計気になるな」
「旅の楽しみを全部先に話すのもつまらんだろ」
ハヤトは笑った。
「それは分かる」
セラが地図を見る。
「危険な場所ではないんですよね?」
「最近は聞かんな。畑と森しかない静かな村だよ」
老人が答える。
「ただ、村の中には昔からの決まりが多い。外から来た人間には少し変わって見えるかもしれん」
カイルはその言葉を聞きながら、ソルド周辺が載った地図を一枚取った。
「これを買う」
「決まり?」
ハヤトが聞く。
「少なくとも見に行く価値はある」
次の行き先が決まった。
◇
店を出る。
レグは少し離れた場所で立ち止まった。
「何してんの?」
「みて」
視線の先。
広場の端に、小さな訓練場がある。
旅の護衛らしい冒険者たちが、弓を使っていた。
的へ矢が刺さる。
レグの目が輝く。
「やりたい」
「弓?」
「うん」
「前も少し触ってたよな」
最近、人の姿でいる時間が増えてから、レグは色々な物へ興味を持つようになった。
剣。
弓。
料理。
大半はハヤトたちがやっていることの真似から始まる。
「ちょっとだけな」
「やった」
訓練場で弓を借りる。
ハヤトも横についた。
「まず引いて――」
レグが力任せに弦を引く。
「待て待て、強すぎ」
「ひけた」
「引けるかどうかじゃない」
矢を番える。
構える。
放つ。
矢は的を大きく外れ、横の土へ突き刺さった。
レグが固まる。
ハヤトは笑いそうになるのを我慢した。
「最初はそんなもんだろ」
「……もういっかい」
今度は慎重だった。
2本目。
まだ外れる。
3本目。
的の端へ刺さった。
「入った!」
レグが弓を持ったまま跳ねる。
「おお、入ったな」
「ハヤト、みた?」
「見てたよ」
「セラ!」
「見てた見てた」
「カイル!」
「見ていた」
満足したらしい。
「クロにもいう」
「たぶんレグから聞いても分からないだろ」
「わかる」
「本当か?」
レグは自信満々だった。
◇
夕方。
クロを迎えに行き、5人で宿へ戻った。
夕食の席で、カイルが買った地図をもう一度広げる。
ルディアから北東。
途中で街道を外れ。
ソルドへ。
「明日出る?」
ハヤトが聞く。
セラは少し考えた。
「私はもう一日いたいかな。薬も揃えたし、装備も一度見ておきたい」
「俺も資料を探したい」
カイルも言う。
ルディアには小さいながら古書を扱う店もあるらしい。
「じゃあ明日は準備日だな」
ハヤトが決める。
「明後日にソルド」
レグが口の中の肉を飲み込む。
「そこ、ごはんある?」
「村なら何かあるだろ」
「おにく?」
「知らん」
「あるといいな」
「目的変わってない?」
セラが笑う。
足元ではクロが静かに伏せている。
騒がしい食堂にも、以前ほど緊張しなくなった。
ハヤトは地図へ目を落とす。
ルディア。
いくつもの道が集まり。
そこからまた、別々の場所へ伸びている。
少し前までなら、道は目的地へ行くためのものでしかなかった。
今は違う。
行き先を選ぶたび。
知らなかった場所が一つ増える。
「ソルドか」
ハヤトは小さく呟いた。
地図の上では。
ただの小さな点だった。




