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ランキング最高順位51位!『異世界に転移したので、もう我慢するのはやめました ~固有能力《自由》で好き勝手に生きる~』  作者: くんくん
選び取る明日

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同じ音の村

ルディアを出たのは、その二日後だった。


 必要な食料を買い、カイルは地図を何枚か追加し、セラは薬屋で包帯と薬草を補充した。


 レグは町の練習場を見つけて一日だけ弓を引いたが、最後まで「もっとやる」と言っていた。結局、セラに腕を確認されて切り上げている。


 ソルドまでは半日ほど。


 ルディアから北東へ伸びる街道を途中で外れ、細い道へ入る。


 最初のうちは荷馬車の跡も残っていたが、進むにつれて人の気配は減っていった。


「ほんとに村ある?」


 レグが前方を見ながら尋ねる。


「地図が正しければ」


 カイルが答えた。


「五年前にはあったって地図屋の爺さんも言ってたし、道も消えてない」


「五年でなくなる?」


「なくなる村はある」


 さらりと返され、レグが少しだけ振り返る。


「怖い話?」


「普通の話だ。人が減ったり、水が出なくなったりすればな」


 ハヤトは周囲を見渡した。


 山奥というほどではない。


 林の間にはところどころ畑らしき開けた土地も見えるし、古い石の柵も残っている。


 人が暮らせない場所には思えなかった。


「昨日の話が本当なら、今も人はいるんだよね」


 セラが言うと、カイルは頷いた。


「ルディアでもソルドから来る人間はいるらしい。多くはないけどな」


 レグはそれを聞いて、少し安心したようだった。


 気になっているのだろう。


 名前と役目が結びついた村。


 自分とは関係ないかもしれない。


 それでも、確かめたい。


 今のレグは、知らないまま嫌うことをしなくなった。


     ◇


 昼前。


 木々の向こうに、低い石垣が見えた。


 さらに進むと畑が広がり、その奥に家が並んでいる。


「村」


 レグが足を速める。


「走るなよ」


「走ってない」


「ちょっと速い」


「歩いてる」


 言いながらも速度を落とした。


 村の入口には門らしい門はなく、代わりに一本の木柱が立っている。


 そこには《ソルド》とだけ彫られていた。


 その下に、小さな印が四つ。


 水滴。


 木。


 一本の道。


 そして、麦の穂。


「これ、役目か?」


 ハヤトが聞くと、カイルが柱へ近づいた。


「多分な。地図屋の爺さんが言ってた四つと一致する」


 水路を見る家。


 森へ入る家。


 道を見る家。


 畑を守る家。


「古い?」


「柱自体はそんなでもない。でも印は昔から使ってそうだ」


「同じ仕組み?」


 レグが胸元に触れた。


 そこにあるのは、もう外から見えない印。


 カイルは首を横に振る。


「まだ分からない。似てるだけかもしれない」


 その答えに、レグも頷いた。


 今度は急いで結論を出さない。


 村へ入る。


     ◇


 最初に声をかけてきたのは、畑の脇で籠を運んでいた若い男だった。


「旅の人?」


「はい。ルディアから来ました」


 ハヤトが答えると、男は少し珍しそうに一行を見た。


 クロのところで視線が止まったが、怯えた様子はない。


「宿なら中央に一軒あるよ。ただ、今は空いてるか分からないけど」


「ありがとうございます」


「俺、案内しようか?」


「いいんですか?」


「ちょうどそっち行くから」


 男は籠を持ち直した。


「俺はノル・ファド。畑のファド家」


 ハヤトの足が一瞬止まる。


 セラも同じだった。


 レグはもっと分かりやすく首を傾げる。


「ノル?」


「そう」


「ファド?」


「家の名前」


 男――ノルは何が不思議なのか分からないようだった。


「畑のファド?」


「うん。うちは代々畑を見る家だから」


 地図屋の老人から聞いた通りだった。


 ハヤトは無意識にカイルを見る。


 カイルもすでに覚えているらしく、小さく頷くだけに留めた。


「他の家は?」


 レグが聞く。


「森ならメル。水ならシア。道はトル」


「名前の最初も同じ?」


 ノルが今度こそ不思議そうな顔をした。


「よく知ってるね」


「聞いた」


「うちは畑だから男ならノル、女ならノアが多い。全部じゃないけど」


「同じ名前の人いる?」


「いるよ」


「困らない?」


「後ろの名前で分かるから」


 当たり前のこととして答える。


 レグはしばらく考えていた。


「嫌じゃない?」


 ハヤトが横を見る。


 いきなりそこまで聞くとは思わなかった。


 だが、ノルは怒らなかった。


「名前が?」


「うん」


「別に」


「畑も?」


「別に嫌じゃないよ」


 答えも簡単だった。


「親父も畑やってるし、俺も子どもの頃からやってる。性に合ってると思う」


 レグが少し驚いた顔をする。


「好き?」


「好きだよ」


「そっか」


 それ以上は聞かなかった。


 ハヤトは少しだけ安心した。


 村へ入って最初に会った人間が、役目を押しつけられて苦しんでいる。


 そんな分かりやすい話ではないらしい。


     ◇


 村の中央には、小さな広場があった。


 井戸。


 集会所。


 宿。


 その周囲に四つの印が刻まれた石が置かれている。


 ノルが宿の主人を呼んでくれた。


「客だって!」


 奥から出てきたのは、六十前後の女性だった。


「珍しいね。四人……と、その子も泊まるのかい?」


 クロを見ている。


「大人しいです」


「部屋を壊さないならいいよ」


 宿帳を出しながら、女性は名乗った。


「シア・レメ。水のレメ家だよ」


 まただ。


 今度はハヤトもすぐ分かった。


 名前の頭。


 役目。


 家。


 全部が結びついている。


 宿帳へ名前を書き終えると、女性――シアはセラの腰にある冒険者証へ目をやった。


「冒険者?」


「はい」


「仕事探してる?」


 セラがハヤトを見る。


「まだ決めてませんけど、何かあるんですか?」


「村の依頼じゃないよ。困ってる子が一人いる」


 少しだけ声を落とす。


「怪我?」


 セラがすぐ聞く。


「違う」


 シアは広場の向こうへ視線を向けた。


 そこには一人の少年がいた。


 年は十五、六くらいだろうか。


 細身。


 腰には短い槍を下げている。


 だが、その本人は広場の端に座り、小さな木片を削っていた。


「トル・エン」


 シアが言った。


「道を見るエン家の子」


「何に困ってるんですか?」


 ハヤトが尋ねると、シアは少し迷った。


「道を見たくないんだとさ」


     ◇


 荷物を置いたあと、四人は広場へ出た。


 少年――トルはまだ同じ場所にいた。


 近くで見ると、削っているものが分かる。


 小さな鳥。


 翼。


 尾羽。


 まだ途中だが、かなり細かい。


「上手」


 レグが足を止めた。


 トルが顔を上げる。


「……ありがとう」


「鳥?」


「たぶん」


「たぶん?」


「見ながら作ってるわけじゃないから」


 レグは隣へしゃがんだ。


「飛ぶ?」


「木だから飛ばない」


「そっか」


 しばらく二人で木彫りを見ている。


 ハヤトは少し離れた場所で様子を見ていた。


 シアから聞いた話を、いきなり本人へぶつけるつもりはない。


 セラも同じらしい。


「旅人?」


 トルの方から聞いてきた。


「そう」


 レグが答える。


「どこから?」


「いっぱい」


「いっぱい?」


「ハヤトたちとずっと歩いてる」


 トルはハヤトたちを見る。


「外って、何ある?」


 今度はレグが少し考えた。


「町」


「それはあるだろ」


「森。温泉。竜の谷。ごはん」


「最後だけ雑じゃない?」


 セラが思わず笑う。


 トルも少しだけ口元を緩めた。


「海は?」


「見たことある」


「でかい?」


「でかい」


「どれくらい?」


 レグは両手を広げた。


「これじゃ足りない」


「分かんないな、それ」


「すごくでかい」


 トルは木彫りへ目を落とす。


「見てみたい」


 言葉は小さかった。


 レグが聞き返さずに、隣へ座る。


「行けばいい」


「行けない」


「なんで?」


 今度は少し間があった。


「俺、トルだから」


 レグが首を傾げる。


「名前?」


「道を見る家の名前」


 トルは腰の短い槍へ触れた。


「来年から、親父と一緒に村の外周を見る。道が崩れてないか、獣の跡がないか、外から誰か来てないか」


「やりたい?」


 レグはまっすぐ聞いた。


 トルが黙る。


 今度の沈黙は、ノルのときとは違った。


「……分からない」


「分からない?」


「やったことないから」


 それは当然だった。


 嫌だと決めているわけではない。


 やりたいとも思っていない。


「でも、お前は海見たい」


 ハヤトが初めて口を挟む。


 トルがこちらを見る。


「見たいです」


「じゃあ、見に行っちゃ駄目なの?」


「駄目っていうか……」


 少年は言葉を探した。


「そういうこと考える人、あんまりいないから」


 その答えの方が、ハヤトには気になった。


「禁止されてるわけじゃない?」


「村を出るなって決まりはないです。商いで外へ行く人もいるし」


「じゃあ道を見る家だけ?」


「トルの家は道を空けちゃ駄目だから」


 カイルが静かに尋ねた。


「誰か一人でも残ればいい?」


「……多分」


「多分?」


「考えたことなかった」


 トルは困ったように笑った。


 何かに縛られている。


 けれど、その縄がどこにあるのか本人にも分かっていない。


 そんな感じだった。


     ◇


 夕方。


 宿へ戻る途中、レグは珍しく静かだった。


「どうした?」


 ハヤトが聞く。


「トル」


「気になる?」


「うん」


 少し歩いてから、レグは続けた。


「ノルは畑好き」


「そうだな」


「トルは分からない」


「うん」


「じゃあ同じじゃない」


 セラがレグを見る。


「何が?」


「役目」


 ノルにとっては、家から受け継いだ仕事が自分のやりたいことと重なっている。


 トルはまだ分からない。


「でも名前は二人とも決まってる」


 レグはそこで、自分の胸へ触れた。


「レグも名前二個あった」


「そうだね」


「でも選んだ」


 セラが頷く。


「うん」


「トルは?」


「まだ選んでないのかもね」


 その言葉に、レグはしばらく何も言わなかった。


 宿の前まで来て。


「じゃあ」


 レグが足を止める。


「選ぶ前に決まってる?」


 ハヤトはすぐ答えなかった。


 簡単に「そうだ」と言うには、まだこの村を知らなすぎる。


「明日、もう少し見よう」


 そう答えると、レグは素直に頷いた。


「うん」


 それでいい。


 決めつけるのは、見てからでいい。


 その夜。


 夕食を終えて部屋へ戻ろうとしたとき、宿の外から低い鐘の音が鳴った。


 一度。


 二度。


 三度。


 シアがすぐ入口へ向かう。


「何?」


 レグが尋ねると、彼女は振り返らず答えた。


「道の鐘だよ」


「道?」


「トルの家の仕事」


 外へ出る。


 広場の向こうから、数人の男が走っていく。


 その中には、昼間のトルもいた。


 腰の槍を握り、父親らしき男の後ろを追っている。


 昼に見た木彫りの鳥は。


 広場の石の上に置き去りになっていた。

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