第14話 初めての指名依頼
指名依頼の出発まで、三日。
ハヤトはそのほとんどを訓練とレグの世話に使った。
新しく買った片手剣は、短剣とは勝手が違う。
間合いが伸びた分、振り回せばいいわけではない。剣先まで意識しなければ、狙った場所へ刃が届かない。
ギルドの訓練場で何度も素振りを繰り返し、模擬戦も頼んだ。
盾も以前より小さくしたことで、受け止めるというより攻撃を流す使い方が増えている。
三日前なら不安だった。
今も自信満々というほどではない。
それでも、少しずつ自分の戦い方が形になってきていた。
そしてレグ。
こちらも順調だった。
後ろ脚の傷はかなり塞がり、歩く程度ならほとんど問題ない。
翼も少しずつ動かせるようになっている。
ただし――。
「飛ぶなって言われてるだろ!」
厩舎の中。
レグは藁の山へ飛び乗ろうとして、見事に失敗した。
前脚だけが藁へ乗り、下半身がぶら下がる。
「何してんだよ……」
ハヤトが腹を抱えて持ち上げる。
レグは何事もなかったかのように藁の上へ座った。
「失敗したの誤魔化してる?」
レグは顔を逸らした。
「絶対分かってるだろ」
横で見ていたセラが吹き出す。
「最近、表情まで分かりやすくなってきたわね」
「最初はもっと警戒してたのにな」
今では厩舎へ入れば真っ先に寄ってくる。
ハヤトが食べ物を持っている時は、さらに速い。
「三日間留守にするけど、大丈夫かな」
ハヤトが言うと、レグが顔を向けた。
「その子のこと?」
「うん」
今回の依頼にレグは連れていかない。
怪我が治りきっていないこともあるが、人間の商隊護衛に幼竜まで参加させれば余計な騒ぎになる。
ギルド側も、今回は留守番させるよう勧めていた。
世話はミレイたちがしてくれる。
問題はレグ本人だった。
「三日くらいだぞ」
ハヤトがしゃがむ。
「ちゃんと帰ってくるから」
レグはじっと見ている。
分かっているのかいないのか。
ハヤトが立ち上がると、レグも立った。
一歩。
また一歩。
当然のようについてくる。
「今日は出発じゃないって」
足を止める。
レグも止まる。
セラが腕を組んだ。
「当日、大変そうね」
「俺もそんな気がしてきた」
◇
そして出発当日。
嫌な予感は見事に当たった。
「レグ」
ハヤトが厩舎の入口で言う。
「留守番」
レグが一歩出る。
「留守番」
もう一歩。
「……分かっててやってるだろ」
レグはハヤトの足へ身体を擦りつけた。
今日はいつもの冒険装備。
剣。
盾。
荷物。
どうやら普段と違う格好で出かけることを察しているらしい。
「三日で帰る」
頭を撫でる。
レグはハヤトの手を追うように鼻先を動かした。
そして、前脚をハヤトの靴に乗せる。
「それやられると行きづらいんだけど」
「ハヤトさん」
後ろからミレイが呼ぶ。
「時間ですよ」
「分かってます」
ハヤトはレグの前へもう一度しゃがんだ。
「帰ったら肉焼いてやるから」
レグの耳のような器官が動いた。
「……今反応したな?」
もう一度。
「肉」
尾が動く。
セラが横で笑う。
「それで納得するんじゃない?」
「俺との別れより飯の方が重要なのか……?」
レグはそんなハヤトの気持ちを知るはずもなく、鼻先を手へ押しつけた。
ようやく厩舎へ戻っていく。
「じゃあ行ってくる」
レグは入口のところへ座ったまま、二人の姿を見送っていた。
◇
北門の外には、すでに商隊が集まっていた。
荷馬車が四台。
商人や御者を合わせて十人ほど。
護衛らしい冒険者も二人いる。
一人は大きな盾と槍を持った四十代ほどの男。
もう一人は三十代くらいの女性で、腰には弓と短剣。
二人とも装備に使い込まれた跡がある。
明らかにハヤトたちより経験が長い。
「今回一緒になるバルガだ」
大盾の男が名乗った。
「前衛をやる」
「私はミーナ。斥候と弓」
女性が軽く手を上げる。
ハヤトとセラも自己紹介した。
「神崎ハヤトです。剣と盾、それと少し魔法を使います」
バルガが眉を上げる。
「職業は?」
「なしです」
「……なし?」
「説明すると長いんで、そのうち」
ミーナが笑った。
「聞いてた変な新人って、あんた?」
「たぶん俺です」
「噂になってるわよ。剣も魔法も使って、最後には竜まで拾って帰ってきたって」
「竜を拾ったつもりはないんですけど」
「じゃあ何?」
ハヤトは少し考える。
「ついてきました」
「余計おかしいわね」
どうやら本当に名前が知られ始めているらしい。
あまり目立ちたいわけではない。
とはいえ、遺跡から竜を連れて帰れば仕方ない気もした。
「ハヤト!」
聞き覚えのある声がした。
荷馬車の向こうから、腹の出た中年の男が歩いてくる。
髭。
商人らしい上等な服。
どこかで見た――どころではない。
「ドルフさん?」
異世界へ来た初日。
森から街まで乗せてくれた商人だった。
「やっぱりお前か!」
ドルフが豪快に笑う。
「依頼を受けた冒険者の名前を聞いて、まさかと思ったんだ」
「この商隊、ドルフさんの?」
「俺が責任者だ」
ハヤトも笑った。
「今度うちの商品を買えって言われたの覚えてますよ」
「その前に護衛で金を払うことになるとはな」
「ちゃんと稼がせてもらいます」
「頼りにしてるぞ。聞いた話じゃ随分と出世したらしいじゃないか」
「まだ新人です」
「新人は竜を連れて帰らん」
それは否定できなかった。
横でセラがドルフへ頭を下げる。
「セラ・アーヴェルです」
「おお。ハヤトの仲間か」
「一応」
「一応って何だよ」
「まだ正式なパーティー登録してないでしょ」
言われてみればそうだった。
ここまで何度も一緒に依頼を受けているが、ギルド上では単に同行しているだけ。
「そういうのあるんだ」
「知らなかったの?」
「誰も教えてくれなかったし」
セラが呆れた顔をする。
ドルフが笑う。
「いいコンビじゃないか」
「どこを見てそう思ったんです?」
セラがすぐに返した。
出発前から賑やかだった。
◇
北街道。
ラーデンを離れるほど、周囲の人影は少なくなっていった。
今回の護衛配置は単純だ。
先頭にミーナ。
その少し後ろをバルガ。
商隊の中央付近にハヤトとセラ。
ハヤトたちはあくまで補助。
経験のある二人が主導する。
「護衛中は魔物を探しに行くなよ」
歩きながらバルガが言った。
「はい」
「依頼の目的は商人を目的地まで安全に運ぶことだ。魔物を倒すことじゃない」
「見つけても逃げられるなら逃げる?」
「当然だ」
ハヤトは頷く。
冒険者になってから、討伐依頼ばかり受けてきた。
敵を倒すことが仕事だった。
だが今回は違う。
「戦わないのも仕事か」
「むしろ護衛はそっちの方が大事だ」
バルガは周囲を確認しながら続ける。
「強い奴ほど、何でも戦って解決しようとする。護衛じゃ一番困るタイプだ」
妙に説得力がある。
「覚えときます」
「素直だな」
「死にたくないんで」
「それなら長生きする」
バルガが少し笑った。
午後。
小規模な魔物の群れを見つけた。
街道から少し離れた草原に、角兎が十匹ほど。
以前なら、ハヤトは戦えるかどうか考えたかもしれない。
だがミーナは一度見ただけで進路を少し変更した。
戦闘なし。
それで終わった。
「何か拍子抜けね」
セラが小声で言う。
「俺も思った」
「聞こえてるぞ」
前方のバルガから返事が来る。
「冒険したいなら依頼が終わってからやれ」
「はーい」
セラが返す。
ハヤトは少し笑った。
こういう仕事も悪くない。
ベテランの動きを見ているだけでも勉強になる。
ミーナは頻繁に立ち止まる。
足跡。
折れた枝。
草の倒れ方。
ハヤトには何も見えない場所から情報を拾っていた。
昼の休憩時。
ハヤトは気になって尋ねた。
「さっきから何見てるんです?」
「いろいろ」
「俺にも分かります?」
「教えれば多少は」
その言葉に、ハヤトの反応は早かった。
「教えてください」
ミーナが笑う。
「噂通りね」
「何が?」
「何でも覚えたがるって」
セラが横から言う。
「気をつけて。その人、教えると本当に覚えるわよ」
「怖い言い方するなよ」
ミーナは地面を指差した。
「じゃあこれ。何の跡に見える?」
ハヤトがしゃがむ。
薄く残った足跡。
四本足。
犬に近い。
「狼?」
「惜しい。グレイウルフ」
「ほぼ狼じゃん」
「大事なのはここ」
ミーナが足跡の横を指す。
土が少し盛り上がっている。
「まだ新しい。朝から昼の間についた跡ね」
「分かるんですか?」
「慣れれば」
次は折れた草。
糞。
木についた爪痕。
歩きながら説明してもらう。
全部をすぐ覚えられるわけではない。
ただ、面白かった。
「これ、技能になったりする?」
ハヤトが聞く。
「《追跡》なら斥候系の技能よ」
「欲しい」
「やっぱり言った」
セラが笑う。
ミーナは冗談だと思ったらしい。
「そんなすぐ取れるものじゃないわよ」
「ですよね」
今のところ、何も起きない。
技能書を読んだ時のように、知識を得ただけで即座に習得できるわけではないらしい。
それならそれでいい。
覚えるまでやればいい。
◇
日が傾く前に、一行は街道沿いの野営地へ到着した。
商隊がよく利用する場所らしく、簡単な石のかまどまで用意されている。
御者たちが馬の世話を始める。
冒険者は周囲の確認。
ハヤトもバルガについていった。
「足跡なし」
「そうだ」
「こっちは?」
「古い。三日以上前だな」
少しずつだが違いが見えてきた。
野営地へ戻ると、夕食の準備が始まっていた。
ハヤトは荷物を下ろす。
そこでドルフが声をかけてきた。
「ハヤト。料理ができるようになったって本当か?」
「誰から聞いたんです?」
「ギルドの連中」
情報が広がるのが早すぎる。
「初級ですよ」
「ちょうどいい。今日は料理番が体調崩してな」
嫌な流れだ。
「まさか」
「頼めるか?」
ハヤトは商隊を見る。
十人以上。
自分一人の飯とは違う。
普通なら断ってもいい場面だ。
護衛として雇われているのであって、料理人ではない。
でも。
「食材は?」
「ある」
「何作っていい?」
「食えるものなら」
ハヤトは少し考えた。
「じゃあやります」
セラが横から笑う。
「断らないのね」
「やってみたいからな」
頼まれたから仕方なくやる。
それとは違う。
自分が面白そうだと思ったから引き受けた。
荷馬車から出てきたのは肉、芋、玉ねぎに似た野菜。
それから固いパン。
豪華ではない。
だが十分だった。
《灯火》で火をつける。
鍋へ肉と野菜を入れる。
料理技能を覚えたからといって、突然すごい料理が作れるわけではない。
それでも火加減や切り方が以前より分かる。
水が必要になれば《水生成》。
「お前、本当に便利だな」
ドルフが感心する。
「自分でも最近そう思います」
肉と野菜を煮込み、塩と香草で味を整える。
簡単なスープ。
別の鉄板で肉も焼く。
しばらくすると、匂いにつられて人が集まってきた。
「うまそうじゃない」
ミーナが鍋を覗く。
「まだ味見してないです」
ハヤトが一口。
悪くない。
もう少し塩。
完成。
全員へ配る。
最初に食べたのはドルフだった。
「……うまい」
「本当?」
「ああ。旅の飯にしちゃ十分すぎる」
他の商人たちからも評判は悪くない。
セラもスープを飲む。
「この前の鹿とは大違いね」
「あれは忘れてくれ」
ハヤトも自分の分を食べる。
温かい食事。
疲れているせいもあるのだろう。
妙にうまい。
「レグにも食わせてやりたいな」
自然と口から出た。
セラがこちらを見る。
「もう会いたくなった?」
「飯食ってるかなって」
「まだ一日目よ」
「分かってる」
ミレイがいる。
ギルドの人間もいる。
心配する必要なんてない。
それでも少し気になる。
思っていたより、自分もレグに懐いているらしい。
「帰ったらこれ作ってやるか」
「また餌代増えるわよ」
「稼ぐ」
「即答ね」
周囲から笑い声が上がった。
悪くない夜だった。
焚き火。
温かい飯。
知らない土地へ向かう途中。
少し前まで、こんな生活をするとは想像もしていなかった。
ハヤトは鍋の底に残ったスープを自分の皿へ入れた。
その時。
ミーナが立ち上がった。
表情が変わっている。
「静かに」
一瞬で空気が変わる。
全員が口を閉じた。
ミーナは暗闇へ視線を向ける。
森の方。
「何かいる」
バルガが槍と盾を取った。
ハヤトも立ち上がる。
片手剣へ手をかけた。
「何です?」
「まだ分からん」
ミーナが地面へ耳を近づける。
数秒。
そして顔を上げた。
「一匹じゃない」
森の暗闇。
何かが枝を踏み折った。
続いて。
ずしん。
低く重い足音。
さらにもう一度。
ずしん。
バルガの表情が険しくなる。
「全員、馬車の内側へ入れ」
ドルフたちが急いで動き始める。
ハヤトは剣を抜いた。
「もしかして」
バルガが暗闇から目を離さず答える。
「ああ」
木々の間に、大きな影が見えた。
人間より遥かに大きい。
太い腕。
手には、丸太を削っただけのような巨大な棍棒。
一体。
その後ろから、もう一体。
そしてさらに奥。
三つ目の影が動く。
ミーナが低く呟いた。
「オーガ……三体」
指名依頼初日。
どうやら、何事もなく終わってはくれないらしい。




