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ランキング最高順位51位!『異世界に転移したので、もう我慢するのはやめました ~固有能力《自由》で好き勝手に生きる~』  作者: くんくん
選び取る明日

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帰り道の仕事

トルカに滞在して四日目。


 朝から雨が降っていた。


 強くはない。屋根を細かく叩く程度の雨が、途切れずに続いている。


 宿の食堂で窓の外を眺めながら、ハヤトは温かい茶を飲んでいた。


「今日は弓できない」


 向かいに座ったレグが、明らかに不満そうな顔をしている。


「屋根のある練習場ないの?」


「狭い。剣の人いる」


「じゃあ休みでいいじゃん。毎日やらなくても」


「昨日も少なかった」


「昨日は三十本射ってただろ」


「少ない」


 基準がおかしくなっている。


 セラは隣で薬草の冊子を読みながら、会話だけ聞いていたらしい。


「腕が痛くないなら好きにしていいけど、無理したら明日も休みだからね」


 レグは何か言い返そうとして、やめた。


 最近は、セラがこう言うと本当に止められると学んでいる。


「セラは今日も治療所?」


 ハヤトが尋ねると、彼女は冊子を閉じた。


「午後から。マーナさんが午前中は患者少ないって」


「じゃあ朝は暇?」


「一応ね。薬草も少し覚えたいけど」


 カイルはその横で、昨日から何度も見ている地図を広げていた。


 雨なのに外へ出る気なのか、すでに鞄まで背負っている。


「お前は?」


「商人組合。昨日話した爺さんが、北の街道の古い地図を持ってるらしい」


「また地図?」


「地図が増えれば道も増える」


「名言っぽく言ってるけど、ただの地図好きだろ」


「否定はしない」


 ハヤトは自分の予定を考えた。


 ベルドのところへ行っても、雨なら訓練場は混んでいるだろう。


 セラは午後まで空いている。


 レグも暇。


「じゃあ午前中、組合でも行く?」


 レグがすぐ顔を上げる。


「依頼?」


「簡単なのがあれば」


「行く」


 セラも立ち上がった。


「私も行く。午後までなら」


「全員で行くの久しぶりな気がするな」


「昨日も夜は一緒だったでしょ」


「そうじゃなくて、仕事」


 ここ数日は、それぞれが別々のことをしていた。


 旅の仲間なのに、朝になると散って、昼か夜に戻ってくる。


 それが少し面白くもあった。


     ◇


 冒険者組合は雨のせいか、普段より人が多かった。


 外仕事を諦めた冒険者たちが、酒場側に集まっている。


 依頼板も、残っているのは街中の雑用がほとんどだった。


「倉庫整理」


 レグが一枚読む。


「嫌そうな顔するなよ」


「弓使わない」


「倉庫で使ったら怒られる」


 次。


「屋根の修理補助」


「雨降ってるのに?」


 セラが首を傾げると、受付の女性が苦笑した。


「昨日からだから、本当は降る前に終わらせる予定だったんですよ」


「今やったら危なくない?」


「なので誰も取らないんです」


「外した方がいいんじゃない?」


「そうします……」


 受付が依頼書を剥がした。


 ハヤトたちはもう一度板を見る。


「これ」


 セラが指したのは、町の南にある農家からの依頼だった。


 荷馬車一台を、町の倉庫まで運ぶ補助。


 運ぶのは穀物。


 距離もそれほどない。


「雨だから人手足りないのかな」


「依頼出した家の息子が足を怪我したらしいですよ」


 受付の説明に、セラの表情が変わった。


「どんな怪我ですか?」


「そこまでは。昨日、荷台から落ちたと聞いてます」


「診てもいいんですか?」


「向こうが頼めば。でも治療依頼ではないので、無理には」


「分かりました」


 ハヤトは依頼書を見た。


 報酬は高くない。


 けれど、今の自分たちにはちょうどいい。


「これにしようか」


 レグも異論はないらしい。


「荷物運ぶ?」


「そう」


「重い?」


「穀物だから結構重いと思う」


「ハヤトいっぱい持てる」


「俺だけ働かせる前提?」


 セラが笑いながら依頼書を受付へ持っていった。


     ◇


 農家は町の南門から歩いて二十分ほどだった。


 雨の中、泥道を進む。


 クロだけがほとんど気にした様子もなく、前を歩いていた。


「クロ濡れてる」


 レグが言う。


「帰ったら拭かないとな」


「レグも?」


「お前は宿で着替えろ」


「ハヤトは?」


「俺も」


 セラが振り返る。


「全員で何の確認してるの?」


「濡れたらどうするか」


「普通に着替えて」


「はい」


 目的の農家へ着くと、納屋の前に荷馬車が停まっていた。


 依頼主は四十代くらいの男で、名前をロッツといった。


「助かった。雨の日に悪いな」


「荷物はこれですか?」


「ああ。袋が二十六。町の共同倉庫まで運べば終わりだ」


 納屋の中には、大きな麻袋が積まれている。


 その隅。


 椅子に座った若い男がいた。


 右足首に布が巻かれている。


 セラがちらりと見ると、ロッツも気づいた。


「息子だよ。昨日やっちまってな」


「治療は?」


「町まで行くほどじゃないって本人が」


 息子が気まずそうに笑う。


「歩けますから」


 立ち上がろうとして、顔をしかめた。


 セラの眉が動く。


「それ、歩けるって言わないよ」


 口調は柔らかいが、完全に治療する側の顔になっていた。


「少し見てもいい?」


 相手が頷いたので、セラは足元へしゃがむ。


 布を外す。


 腫れ。


 内出血。


 触れる場所を変えながら、痛みの位置を確認していく。


 ハヤトは少し離れたところから見ていた。


 以前なら、すぐ治癒術を使っていただろう。


 今日は違う。


「骨は、多分大丈夫」


「治せます?」


 ロッツが尋ねた。


「楽にはできます。でも全部治す必要はないと思います」


 セラは術を使い、腫れの強い部分だけをゆっくり抑えた。


 淡い光が消える。


「これで少しは歩けると思う。でも今日は歩かないで。ちゃんと休んでください」


「もう治ったんじゃ?」


「治ってないです」


 きっぱりした返事に、若い男が黙る。


「痛みが減っただけ。ここで無理したら長引きます」


 横で見ていたロッツが息子の肩を叩いた。


「聞いたな?」


「……はい」


「昨日から言ってんだよ。俺の言うことは聞かねえのに」


「親父が言うと大げさなんだよ」


「だから転んだんだろ」


 親子の言い合いが始まりそうになり、セラが苦笑いで立ち上がった。


 ハヤトは彼女へ近づく。


「もう完全にそれっぽいな」


「何が?」


「治療する人」


「まだ勉強中」


「それでも」


 セラは少しだけ照れたように視線を逸らした。


「荷物運ぶよ。そっちが本来の依頼なんだから」


     ◇


 袋は本当に重かった。


「これ、何キロある?」


 ハヤトが一袋を抱えながら聞くと、ロッツは平然と答えた。


「四十くらい」


「先に言って」


「冒険者だから平気かと」


「冒険者を何だと思ってるんですか」


 それでも運ぶ。


 レグも一袋持とうとして、セラに止められた。


「腰やるから半分のにして」


「持てる」


「持てるのと運んでいいのは別」


 レグは渋々、小さな袋を抱えた。


 クロは運べない。


 その代わり、荷馬車の周りをうろうろしている鶏を追い払っている。


 カイルは来ていない。


「カイルいたら一袋増えたのに」


 ハヤトが呟く。


「今ごろ地図見てる」


「絶対楽しんでるな」


 セラも袋を一つ持ち上げた。


「それ重くない?」


「これ半分くらい」


「交換しようか?」


「大丈夫」


 ハヤトは少しだけ考えてから、手を出すのをやめた。


 以前なら、たぶん何も考えず持っていた。


 でも本人が大丈夫と言っている。


 無理そうなら手伝えばいい。


 それで十分だった。


「何?」


 セラが気づく。


「いや」


「また?」


「今回は本当に何もない」


「ならいいけど」


 二人で納屋を出る。


 雨は少し弱くなっていた。


     ◇


 荷馬車が出発して十分ほど。


 問題は起きた。


 道の窪みに車輪が落ちた。


 泥に沈み、そのまま動かなくなる。


「押すか」


 ロッツが馬から降りた。


 ハヤトも後ろへ回る。


 レグが一緒に押そうとしたので、今度はハヤトが止めた。


「お前は馬の方見てて。驚かないように」


「分かった」


 レグは素直に前へ行く。


 クロもその横へ。


 ハヤトとロッツ、セラの三人で押す。


「せーの!」


 車輪が泥の中で空回りした。


「もう一回!」


 二度目。


 動かない。


 ハヤトは一度手を離した。


「待って」


「どうした?」


 昨日までなら、力任せでもう一度押していただろう。


 足元を見る。


 車輪。


 泥。


 道の傾き。


 ベルドに言われたことを思い出す。


 受ける瞬間だけ足が止まる。


 力を出す前に、身体を置く場所を決めろ。


「セラ、そっちじゃなくて横から少し押せる?」


「横?」


「車輪を真っすぐ戻したい」


 ロッツにも位置を変えてもらう。


 ハヤトは荷台の後ろ。


 足を泥に取られない場所へ置く。


「今!」


 三人で押す。


 車輪が一度大きく沈み、それから窪みを乗り越えた。


「出た!」


 前でレグが声を上げる。


 荷馬車が進み、平らな道へ戻った。


 ハヤトは泥だらけの手を見る。


「……剣の練習だったはずなんだけどな」


「役に立ってるじゃん」


 セラが笑う。


「丸太の次、荷馬車」


「戦闘で使いたい」


「平和でいいでしょ」


 それは確かにそうだった。


     ◇


 共同倉庫に荷物を運び終えた頃には、雨も止んでいた。


 依頼完了の印をもらい、三人と一匹は組合へ戻る。


 受付で報告を済ませると、報酬のほかに小さな追加分がついた。


「何これ?」


 レグが硬貨を見る。


「息子さんの治療代だそうです」


 セラが驚く。


「依頼じゃなかったのに」


「依頼主さんからです。受け取ってくださいって」


「でも……」


 受付の女性が笑う。


「冒険者が依頼の途中でやったことまで、全部無料じゃなきゃいけない決まりはないですよ」


 セラは少し迷ってから受け取った。


「……ありがとうございます」


 外へ出たあとも、手の中の硬貨を見ている。


「変?」


 ハヤトが聞いた。


「ちょっと」


「何が?」


「治癒術で報酬もらったの、ちゃんとしたのは初めてかも」


 今までの治療は、仲間を助けるためだった。


 誰かを助けたついでだった。


 冒険者として依頼の一部になったことはあっても、治癒術そのものへ礼を渡された経験はほとんどない。


「嬉しくない?」


「嬉しい」


 セラはそう答えてから、硬貨を財布へしまった。


「でも、ちょっと怖い」


「怖い?」


「お金をもらうなら、失敗したときも私の責任になるでしょ」


 ハヤトはすぐ答えられなかった。


 セラ自身も答えを求めているわけではなさそうだった。


「マーナさんに聞いてみる」


「それがいいかもな」


「うん」


 歩き出したセラの表情は、暗くはない。


 不安があっても。


 それ以上に、知りたいと思っている。


 ハヤトにはそう見えた。


「ハヤト」


 少し先からレグが呼ぶ。


「何?」


「報酬増えた」


「さっき聞いた」


「今日おいしいの食べられる?」


「そこに使うの?」


「だめ?」


「全部は使わないぞ」


「ちょっと」


「まあ、ちょっとなら」


 レグが満足そうに頷いた。


 組合の前。


 カイルがちょうど戻ってくる。


 鞄から紙が何本も突き出ていた。


「また増えてる」


 ハヤトが言うと、カイルは珍しく得意そうな顔をした。


「かなりいいのが見つかった」


「北東?」


「ああ。ただ――」


 そこで一度言葉を切り、周りを見る。


「飯食いながらでいい。今すぐどうこうって話じゃない」


 レグは少しだけ地図へ目を向けた。


 以前なら、ここで全部聞こうとしただろう。


「じゃあごはん」


 今日はそれだけだった。


 カイルが笑う。


「お前、変わったな」


「何が?」


「いや、いい」


 宿へ向かって歩き出す。


 雨上がりの町には、西から陽が差し込んでいた。


 今日は穀物を運び、荷馬車を泥から押し出した。


 セラは一人の足を治し、レグは馬を落ち着かせた。


 何か大きな謎が解けたわけでもない。


 それでも、それぞれが始めたことは、少しずつ形になっている。


 そして。


 カイルの鞄には、新しい地図が一本増えていた。

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