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ランキング最高順位51位!『異世界に転移したので、もう我慢するのはやめました ~固有能力《自由》で好き勝手に生きる~』  作者: くんくん
選び取る明日

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水の通る場所

翌朝、冒険者組合へ着くと、マーナはすでに入口で待っていた。


 手には数枚の紙と、小さな布袋。


「まずこれ」


 セラが紙を受け取る。


 描かれているのは、細長い葉を持つ植物だった。葉の中央に白い筋があり、根元には小さな紫色の実がついている。


「《ミナ草》。傷薬にも使うけど、煮出せば熱冷ましにもなる」


「似た草は?」


「ある。そこが面倒なんだよ」


 マーナは二枚目を重ねた。


 ほとんど同じ形。


 違うのは、葉の縁に細かなギザギザがあることくらいだった。


「こっちは?」


「腹を壊す」


 ハヤトが紙を見比べる。


「難しくない?」


「だからセラに教えてるんだよ」


「俺たちは?」


「勝手に採るな」


「はい」


 即答したハヤトの横で、レグも二枚の絵を覗き込んでいた。


「レグ、わかる」


「ほんと?」


「こっち白い線」


「それは絵だから見えるの」


「本物も見る」


「触る前に私呼んでね」


「うん」


 マーナはさらに採取する量と、根を残して葉だけ切ることを説明した。


 セラは何度も紙を見直している。


「全部持って帰ったらだめなんですね」


「次に生えなくなるからね。必要な分だけ取る。治癒術と同じ」


 その言葉に、セラが少し笑った。


「またそれですね」


「覚えやすいだろ?」


「かなり」


 用水路までは町から歩いて一時間ほど。


 依頼としては難しくない。


 ただ、途中に林があり、小型の獣が出ることもあるらしい。


「弓使える?」


 レグがすぐ聞く。


「出なきゃ使わなくていいでしょ」


 セラに言われ、レグは少しだけ残念そうな顔をした。


「昨日の腕は?」


「もう痛くない」


「見せて」


 レグが腕を曲げ伸ばしする。


 セラは軽く触れて確かめ、問題ないと判断したらしい。


「今日は昨日より少なめにね」


「何本?」


「本数決めても、外したら増やすでしょ」


「……」


「図星?」


「ちょっと」


 ハヤトは笑いながら荷物を背負った。


     ◇


 町を出ると、しばらくは畑が続いた。


 収穫時期だからだろう。街道には荷車が何台も行き交い、畑のあちこちから人の声が聞こえてくる。


 古い用水路が見えてきたのは、畑が途切れて林に変わる少し手前だった。


 石を組んで作られた細い水路。


 今も水が流れている。


「結構古そうだな」


 ハヤトが言うと、カイルはすでに縁の石を見ていた。


「少なくとも最近作ったものじゃない。でも遺跡ってほどでもない」


「残念?」


「何で俺が何でも遺跡扱いすると思ってる」


 三人が無言でカイルを見る。


「……分かった。たまにはする」


「たまに?」


「先行くぞ」


 カイルが歩き出した。


 水路沿いには細い獣道のような道が続いている。


 セラは紙と足元を交互に見ながら歩いていた。


「この辺かな」


「ある?」


 レグがすぐ近くへ寄る。


「まだ。ミナ草は水が多すぎる場所より、少し乾いた縁に生えるって」


 数分後。


「あ」


 最初に見つけたのはレグだった。


 水路から少し離れた岩の下。


 細い葉。


 中央に白い筋。


「これ?」


 手を伸ばしかけて、途中で止める。


 ちゃんとセラを見る。


「触っていい?」


「待って」


 セラがしゃがむ。


 葉。


 根元。


 紫色の小さな実。


 紙と比べる。


「……多分、合ってる」


「多分?」


「初めてだから慎重なの」


 カイルも隣から覗く。


「ギザギザはないな」


「じゃあこれ」


「一本だけ採って、マーナに見せよう」


 セラが小さな刃物で葉を切った。


 根は残す。


「全部取らない?」


 レグが聞く。


「ここにまた生えるように」


「次の人の分?」


「そういうこと」


 レグは少し考えてから頷いた。


「じゃあいっぱいあるとこ探す」


 その言葉通り、そこからはレグが一番熱心に草を探し始めた。


 弓より集中しているように見える。


「意外」


 ハヤトが言うと、セラも小さく笑う。


「宝探しみたいなんじゃない?」


「レグ!」


 少し先へ行った本人が振り返る。


「何?」


「何でもない!」


「変」


 また前を向いた。


     ◇


 午前中だけで、布袋の半分ほどが埋まった。


 予定量にはまだ少し足りない。


 水路は林の中へ入り、石組みもところどころ崩れている。


「こっち、水少ない」


 レグがしゃがみ込んだ。


 確かに。


 さっきまで勢いよく流れていた水が、この辺りだけ浅くなっている。


 カイルが上流を見る。


「どこか詰まってるかもな」


「依頼と関係ある?」


 ハヤトが聞く。


「薬草は水辺に生える。水が止まれば影響はあるだろうけど……俺たちが直す依頼じゃない」


「見るだけ?」


「見るだけなら」


 セラが笑った。


「その言葉、カイルが言うと不安なんだけど」


「俺、信用なさすぎないか?」


「積み重ねだよ」


 五分ほど上流へ進むと、原因はすぐ分かった。


 倒木。


 昨夜か最近の雨で流されてきたらしく、太い枝が水路を横切っている。


 葉や泥まで引っかかり、小さな堰のようになっていた。


「これか」


 ハヤトが近づく。


「どかせば終わりそう」


「待って」


 セラの声で足を止めた。


 水路の反対側。


 茂みが揺れた。


 クロも同時に顔を上げる。


「何かいる」


 レグが弓へ手を伸ばした。


 茂みから現れたのは、大型の猪に似た獣だった。


 角はない。


 ただし、普通の猪より一回り大きい。


 鼻先と前脚が泥だらけになっている。


「こいつが倒した?」


 ハヤトが木剣ではなく、本物の剣へ手をかける。


 獣はすぐには突っ込んでこない。


 こちらを警戒しているだけだ。


「子どもいるかも」


 セラが言った。


 見ると、茂みの奥で小さな影が二つ動いている。


「追い払うだけでいいな」


 ハヤトは剣を抜かなかった。


 レグも弓を構えたまま、矢をつがえない。


「クロ」


 レグが呼ぶ。


 クロは前へ出た。


 吠えない。


 獣へ一直線にも行かない。


 少しずつ横へ回り込み、水路とは反対側の林へ逃げ道を作る。


 昨日の角兎と同じだった。


「うまいな」


 ハヤトが呟く。


 大猪がクロを見る。


 鼻を鳴らす。


 レグが低い声で言った。


「そっち行って」


 通じるはずもない。


 それでも、クロが一歩踏み込むと、大猪は子どもたちを促すように林へ向きを変えた。


 ゆっくり。


 途中で一度こちらを見る。


 そのまま消えていく。


「終わり?」


 レグが弓を下ろした。


「終わり」


「撃たなかった」


「撃つ必要なかったからな」


「うん」


 不満はなさそうだった。


 むしろクロを褒めるように頭を撫でている。


「クロ、上手」


 尻尾が一度だけ動いた。


     ◇


 倒木は四人で動かした。


 正確には、カイルが枝を切り、ハヤトが太い部分を持ち上げ、レグが小枝をどかし、セラが流れ始めた水の先を確認した。


「もう少し右!」


「右ってどっち!?」


「ハヤトから見て!」


「最初に言って!」


 重い。


 昨日ベルドに言われた足の位置を思い出し、腰ではなく脚で支える。


「お」


「何?」


「昨日より持ちやすい」


「今それ?」


 セラに呆れられながら、最後に一気に押す。


 倒木が水路の外へ転がった。


 溜まっていた水が流れ出す。


「きた!」


 レグが声を上げる。


 浅くなっていた下流へ、水が勢いよく走っていく。


「濡れるぞ」


 言うのが遅かった。


 レグの靴に水がかかる。


「冷たい!」


「だから言った」


「遅い」


「ごめん」


 カイルが水路の縁を確認する。


「石は崩れてない。町に報告だけしとけばいい」


「直さなくていい?」


 ハヤトが聞く。


「俺たちは用水路屋じゃない」


「正論」


 そのとき。


「あっ」


 少し離れたところからセラの声がした。


 何かあったのかと思い、全員が振り返る。


 セラは水路の脇にしゃがんでいた。


「これ、見て」


 そこにはミナ草がまとまって生えていた。


 水が戻ったばかりの土。


 白い筋の入った葉が何十本も並んでいる。


「いっぱい」


 レグが嬉しそうに近づく。


「全部採る?」


「半分も採らない」


「なんで?」


「必要な分だけ」


 セラは一本ずつ状態を確認していく。


 若すぎるものは残す。


 傷んだ葉も取らない。


 ちょうどいいものだけ。


「昨日だったら、見つけた分全部持って帰ろうとしてたかも」


 セラが言った。


「怒られる?」


「多分」


「マーナ怖い?」


「怖くはない。でも正論で言われる」


「それ一番逃げられないやつだな」


 ハヤトの言葉に、セラが笑った。


 ほどなくして必要量が揃った。


     ◇


 昼食は、水路から少し離れた草地で取った。


 簡単なパンと干し肉。


 レグは濡れた靴を脱ぎ、陽に当てている。


「帰るまで乾く?」


「多分」


 セラが答える。


「帰り裸足?」


「それは駄目」


「なんで?」


「足切るから」


「竜になれば?」


 ハヤトが言う。


 レグが止まる。


「それだ」


「最初からそうすれば?」


「ハヤト、頭いい」


「もっと褒めていいぞ」


「たまに」


「撤回して」


 カイルが笑いながら地図を広げた。


「この用水路、古い街道に沿ってる」


「また地図?」


 ハヤトがパンを食べながら覗く。


「今は普通の話だ。この先に小さい集落が一つある」


「北東?」


「ああ。ただ、ガルドを追うならまだ先だ」


 レグも地図を見る。


「行く?」


「今じゃない」


 自分でそう答えた。


 ハヤトは少し驚いてレグを見る。


「何?」


「いや」


「レグ、分かってる」


「ああ」


「今はセラの草」


 セラが笑う。


「私の草じゃないけどね」


「でもセラの依頼」


「それはそう」


 レグは地図から離れ、干し肉へ戻った。


 以前なら、ガルドにつながる方角と聞いただけで、もう少し食いついていただろう。


 今は違う。


 行かないのではない。


 行く時を、自分で決めている。


     ◇


 町へ戻ったのは午後だった。


 マーナは採ってきたミナ草を一束ずつ確認した。


「悪くない」


「本当ですか?」


「三本だけ若すぎる」


 セラの顔が少し曇る。


「これですか?」


「そう。次から残しな」


「はい」


「でも初めてなら上出来」


 その一言で、表情が戻る。


「用水路が倒木で詰まってました」


「どかした?」


「はい」


「それも組合に報告しときな。畑の方へ影響出る前でよかった」


「報酬増える?」


 レグが聞く。


 マーナがレグを見る。


「そこ気になる?」


「うん」


「組合次第」


「増えるといい」


「正直だねえ」


 マーナは笑い、セラへ一冊の薄い冊子を渡した。


「何ですか?」


「薬草の基礎。古いのだけど、使える」


「借りていいんですか?」


「返してよ」


「もちろん」


 セラは嬉しそうに頁をめくった。


 ハヤトはその横顔を見る。


 治癒術を使えたから、治癒術師だったわけではない。


 今まさに、自分から学び始めている。


「セラ」


「何?」


「楽しそうだな」


 セラは冊子から顔を上げた。


「うん」


 少し照れるかと思ったが。


 今回はそのまま答えた。


「思ってたより、ずっと」


「そっか」


「何?」


「いや。それならよかった」


 セラも少しだけ笑う。


「ハヤトは今日、剣やってないね」


「倒木持った」


「それ訓練?」


「足の使い方は役に立った」


「無理やりじゃない?」


「本当に」


 レグが横から入る。


「ハヤト、丸太の人になる?」


「ならない」


「料理する人の次?」


「その話まだ残ってたの?」


 カイルが吹き出す。


 マーナだけが意味を分からず首を傾げていた。


 夕方。


 四人と一匹は宿へ戻った。


 薬草採取。


 用水路の倒木。


 獣を追い払ったこと。


 今日起きたのは、それくらいだ。


 古い名前も。


 動き出す施設も。


 誰かを呼ぶ声もなかった。


 それでも、一日が短かったとは誰も思わなかった。


 明日もセラは治療所へ行く。


 レグは腕の様子を見ながら弓を引く。


 ハヤトも、また訓練場へ顔を出すつもりだった。


 カイルには地図がある。


 それぞれが選んだことを続ける。


 次の大きな道を選ぶのは、それからでも遅くなかった。

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