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ランキング最高順位51位!『異世界に転移したので、もう我慢するのはやめました ~固有能力《自由》で好き勝手に生きる~』  作者: くんくん
選んだ道の先へ

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白い影の向こう

朝食を終える頃には、竜の谷にもすっかり朝の光が差し込んでいた。


 荷物は昨夜のうちにまとめてある。


 食料。


 水。


 セラの治療道具。


 カイルの記録。


 そして、ガルドが残した革片と手帳。


 レグは最後に弓の紐を確かめると、背中へ回した。


「忘れ物ない?」


 セラが聞く。


「ない」


「本当に?」


「たぶん」


「たぶんなんだ」


「おなかいっぱい」


「それは聞いてない」


 ハヤトは二人のやり取りを聞きながら荷物を背負った。


 昨夜のことを意識しないようにしているつもりだった。


 つもりだったが。


「ハヤト」


「ん?」


 セラに呼ばれただけで、少し反応が遅れる。


「その紐、ねじれてる」


「あ」


「貸して」


 セラが近づき、肩の留め具を直す。


 距離は普通だ。


 旅をしていれば何度もあった。


 それなのに今朝は妙に近く感じる。


 セラも途中で気づいたのか、指が一瞬止まった。


「……はい」


「ありがと」


「うん」


 目が合う。


 すぐ離れる。


「二人、やっぱり変」


 レグが真横から言った。


「変じゃない」


 セラの返事が少し早い。


「昨日から」


「気のせい」


「ハヤトも?」


「俺に振るな」


「やっぱり変」


 レグは首を傾げたが、それ以上追及しなかった。


 助かった。


 家の外へ出ると、ネイラが待っていた。


 その隣にはオルネ。


 少し離れてトーレンもいる。


「準備できた?」


 ネイラが聞く。


「うん」


「道は覚えた?」


「白い岩三つ」


「そこまでの道ね」


 レグが少し考える。


「東」


「雑」


「でも合ってる」


「まあね」


 オルネが小さな木札をレグへ差し出した。


「持っていけ」


「なに?」


「谷へ戻るときに使う」


「名前?」


「違う。今度は普通の通行札だ」


「普通のあるんだ」


 ハヤトが思わず口を挟む。


「何でも古代の仕組みだと思うな」


「最近そういうのばっかりだったから……」


 レグが木札を受け取る。


 表には谷の印。


 裏には短い線が一本。


「なくしたら?」


「困る」


「大事にする」


「そうしろ」


 レグは荷物の奥へしまった。


 トーレンが腕を組んだまま言う。


「《閉じる》はこっちで見る」


「三回動いた」


「ああ」


「黒いやつ、急に外さない?」


「外さない」


「壊さない?」


「壊さない」


「ちゃんとオルネに聞く?」


「聞く」


 トーレンの眉が寄る。


「俺は子どもか」


「レグ、心配」


「分かったから行ってこい」


 口調はぶっきらぼうだが、追い払っているわけではない。


 レグも分かっているらしく、笑った。


「行ってくる」


「おう」


 そこへ。


「待って!」


 上から声が落ちてきた。


 全員が顔を上げる。


 ルクアだった。


 竜の姿で一気に降りてきて、着地の直前に人へ戻る。


「間に合った」


「寝坊した?」


 レグが聞く。


「してない!」


「ちょっと?」


「してない!」


「髪」


 ルクアの髪はかなり乱れている。


「風!」


「飛んできたから?」


「そう!」


 明らかに苦しい。


 ネイラが横を向いて笑っていた。


 ルクアはレグの前まで来る。


「もう行く?」


「うん」


「どれくらい?」


「わかんない」


「またそれ」


「でも戻る」


「ちゃんと?」


「うん」


 ルクアは少しだけ黙った。


 昨日までなら、すぐ勝負の話を始めていただろう。


 今日は違う。


「じゃあ」


 手を出す。


「次は私が勝つ」


 レグも手を出す。


「レグが勝つ」


「昨日負けたのに」


「次は勝つ」


「じゃあ決まり」


 二人の手が重なる。


 握手というより、約束だった。


「牛乳も」


 レグが追加する。


「それも」


「温泉も」


「入る」


「飛ぶのも」


「全部」


 ハヤトが笑う。


「予定多いな」


「帰ってくるから」


 レグは当然のように言った。


 その言葉に、ネイラが少しだけ表情を緩める。


「気をつけて」


「うん」


「ミレアに会えたら」


 そこで言葉を止める。


 レグが待つ。


「……元気だったか聞いておいて」


「ネイラが?」


「私が」


「うん」


 少し考えて。


「会いたいって言わない?」


「言わなくていい」


「なんで?」


「本人が戻りたいなら戻るよ」


 ネイラらしい答えだった。


「そっか」


 レグは頷く。


「じゃあ、元気だったか聞く」


「頼んだ」


 オルネは何も言わず、最後に一度だけレグを見る。


「名前は?」


「レグ」


「よし」


「それだけ?」


「十分だ」


 レグが笑った。


     ◇


 谷を出る道は、来たときとは少し違って見えた。


 岩壁。


 細い川。


 空を横切る竜。


 どれも最初は知らないものだった。


 今はところどころに、誰が住んでいるのか分かる場所がある。


「あそこ、ルクアがいつも飛ぶ」


 レグが指す。


「昨日見たな」


「あっちは牛乳」


「場所だけ覚えるの早いな」


「大事」


「そこ基準?」


 セラが笑う。


 クロはいつも通り、先頭とレグの間を行き来していた。


 カイルは谷を出る直前まで後ろを振り返っている。


「忘れ物?」


 ハヤトが聞く。


「違う」


「じゃあ何?」


「また来るなら、次はもっと記録見せてもらう」


「そっちか」


「まだ半分も見てない」


「十分見ただろ」


「足りない」


「オルネが嫌そうな顔しそう」


「そのうち慣れる」


「無理だと思う」


 谷の外へ出る。


 空気が変わった。


 閉じた岩壁の間にあった風が、一気に広くなる。


 レグは一度だけ振り返った。


「行こ」


 自分から言った。


「うん」


 セラが答える。


 ハヤトも頷いた。


 もう谷へ引き戻されるものはない。


 東へ。


 白い岩が三つ並ぶ場所へ向かう。


     ◇


 最初の一日は、驚くほど何も起きなかった。


 山道を下り、森の縁を抜ける。


 古い街道らしき石畳がところどころ残っているが、ほとんど土に埋もれていた。


「これ、昔は人も使ってたのかな」


 セラが足元を見る。


「幅は人向けだな」


 カイルが答える。


「竜が歩くには狭い」


「人化して通った?」


「それか、人間の街道を竜も使ってた」


 レグは石畳を見ながら歩いていた。


「知ってる?」


 ハヤトが聞く。


「ちょっと」


「また?」


「うん」


 谷でも同じことがあった。


 初めて見るのに、初めてではないような感覚。


「どんな感じ?」


「ここ」


 レグが道の脇へ移る。


 大きな木。


 根元の横を指す。


「石あった」


「石?」


「平たいの」


 今は草が生えているだけだ。


 カイルが少し土を払う。


「……あるぞ」


 薄い石板。


 半分以上が土に埋まっている。


「覚えてた?」


 セラが聞く。


「わかんない」


 レグはしゃがむ。


「ここで座った気がする」


「誰と?」


 聞いたあと、ハヤトは少し後悔した。


 答えを急がせる必要はない。


 レグは目を閉じた。


「……おかあさん」


 静かな声。


「おとうさんも?」


「たぶん」


 手を石へ置く。


「レグ、小さかった」


 それだけ。


 顔は出てこない。


 詳しい会話もない。


 ただ。


「眠かった」


「そこ覚えてるの?」


 セラが笑う。


「おとうさんが抱っこした」


 レグの眉が少し寄る。


「うるさかった」


「抱っこしながら?」


「なんかずっとしゃべってた」


 ハヤトが思わず笑った。


「本当にガルドだな」


「おかあさんが」


 レグは少し間を置く。


「『寝るから静かにして』って」


 セラが吹き出した。


「想像できる」


「おとうさん、そのあと小さい声でしゃべった」


「止めないのか」


「止めない」


「強いな」


 レグも笑った。


 それ以上の記憶は戻らなかった。


 でも。


「ここ通った」


 レグは立ち上がる。


「三人で」


「うん」


 誰も否定しなかった。


 記憶が完全でなくてもいい。


 確かなものだけ拾えばいい。


 その日の夜は、街道沿いの少し開けた場所で野営した。


 夕食。


 見張りの順番。


 いつもの旅に戻っていく。


 ただ。


 ハヤトとセラの間だけは、昨日までと少し違った。


「ハヤト」


「ん?」


「火、弱い」


「あ」


 薪を足す。


 セラが隣へ座る。


 以前なら何も気にしなかった距離。


 今は意識する。


 セラも同じなのか、座ったあとほんの少しだけ間を空け直した。


 ハヤトは見なかったことにした。


「二人、また変」


 向かいのレグが言う。


「飯食え」


「食べてる」


「じゃあ気にするな」


「なんで?」


「なんでも」


 カイルが肉を食べながら二人を見る。


 何か言いそうだった。


 セラの視線が向く。


「カイル」


「何も言ってない」


「ならいい」


「……何かあったな」


「聞かなくていい」


「分かった」


 意外と引きが早い。


「大人」


 レグが言う。


「お前も見習え」


「レグも大人」


「じゃあ気にするな」


「気になる」


「そこだけ子どもみたいになるな」


 いつもの会話。


 でもハヤトは少し安心した。


 何かが変わっても。


 全部が変わるわけではない。


     ◇


 二日目。


 街道は徐々に森を離れ、白い岩肌の山へ近づいていった。


 昼を過ぎた頃。


 クロが先に足を止める。


「クロ?」


 レグが前へ出る。


 匂いを嗅いでいる。


 警戒ではない。


 もっと確かめるような動き。


「何かある?」


 クロは東を見る。


 そこに。


 三つ。


 遠くからでも分かるほど白い岩が、縦に並んでいた。


「……あれ」


 レグが止まる。


 ガルドの記録。


 白い岩が三つ並ぶ場所。


「着いた?」


 セラが隣へ。


「境までは」


 カイルが地図と見比べる。


「森はこの先だ」


 白い岩の手前。


 街道が一度途切れている。


 代わりに、小さな石柱が二本立っていた。


「また境?」


 ハヤトが言う。


「谷の前にもあったな」


「でもこれ」


 カイルが近づく。


「古い竜の印じゃない」


「何?」


「人間側のものに見える」


 石柱には文字が残っている。


 かなり風化している。


「読める?」


「一部だけ」


 カイルが土を払う。


「《この先――》」


 欠けている。


「《白い森》」


「森の名前?」


「多分」


「小さい森って書いてなかった?」


 レグが聞く。


「ガルドはそう書いてた」


「白い森」


 レグが繰り返す。


 胸元へ手を置く。


「熱い?」


 セラがすぐ反応する。


「違う」


「声?」


「違う」


 レグは白い岩を見る。


「知ってる」


「ここ?」


「名前」


「白い森?」


「うん」


 しばらく考える。


「おかあさん、言った」


「何て?」


 レグの目が少し揺れる。


「もし、何かあったら」


 風が吹く。


 髪が頬へかかる。


「ここに来るって」


「誰が?」


「おかあさん」


 ハヤトたちは黙った。


 レグの記憶が続く。


「おとうさんが」


 少しだけ眉を寄せる。


「『俺も行く』って」


「それで?」


「おかあさんが」


 レグの口元に、僅かな笑みが浮かんだ。


「『あなたは来ないで』って」


「……」


「ガルド……」


 カイルが呟く。


「おとうさん、何か言ってた」


「覚えてる?」


「ちょっと」


 レグは一度目を閉じた。


「『なんで俺だけ』」


 ハヤトが吹き出した。


「変わらなさすぎるだろ」


 セラも笑いを堪えている。


「大事な記憶なのに……」


「でも、おとうさん」


 レグ自身も少し笑っていた。


「やっぱりおとうさん」


「それは間違いなさそうだな」


 笑いが落ち着く。


 レグはもう一度、白い岩を見る。


「ここ」


「うん」


「おかあさんが決めてた場所」


 逃げる場所なのか。


 隠れる場所なのか。


 待つ場所なのか。


 そこまでは思い出せない。


 ただ。


 ガルドの記録と。


 レグ自身の記憶。


 二つが初めて、同じ場所で重なった。


「行こう」


 レグが言う。


 白い岩の間を抜ける。


 その向こう。


 木々の色が少しずつ変わる。


 幹が白い。


 葉は淡い銀色。


 遠くから見れば小さな森だ。


 近づくほど、外とは違う静けさがあった。


 鳥の声はする。


 風もある。


 なのに。


「変な感じ」


 ハヤトが言う。


「嫌な感じ?」


 セラが聞く。


「いや」


「クロは?」


 クロも普通に歩いている。


 警戒はしていない。


 レグが森の入口で立ち止まった。


「におい」


 全員が見る。


「何か分かる?」


 ハヤトが尋ねる。


 レグは鼻を動かす。


 一度。


 もう一度。


 そして。


 表情が変わった。


「……ある」


「何が?」


 レグはすぐには答えなかった。


 目だけが、森の奥を見ている。


「おかあさんのにおい」


 誰も動かなかった。


「新しい?」


 カイルが慎重に尋ねる。


 レグはまた確かめる。


「分かんない」


「残ってるだけかも?」


「うん」


 それでも。


 修道院。


 竜の谷。


 古い道。


 今まで嗅いできた痕跡とは違うらしい。


「でも」


 レグが一歩、森へ入る。


「今までで一番、強い」


 クロが隣へ並ぶ。


 ハヤトとセラも続いた。


 カイルが最後に白い岩を振り返り、それから森へ入る。


 目的地はもう遠くない。


 少なくとも。


 ミレアがここへ来たことだけは、ほとんど間違いなかった。

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