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ランキング最高順位51位!『異世界に転移したので、もう我慢するのはやめました ~固有能力《自由》で好き勝手に生きる~』  作者: くんくん
選んだ道の先へ

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扉のこちら側

谷へ戻る道では、誰も急いで話そうとしなかった。


 先頭を歩くレグは、何度か足を止めそうになりながらも、そのたびに前へ進んだ。背後には、完全には閉じきっていない巨大な扉がある。


 その向こうから聞こえた歌。


 そして声。


 ――まだ、開けないで。


 本当にミレアなのか。それすら分からない。


 だからこそ、開けなかった。


「レグ」


 セラが隣へ並ぶ。


「大丈夫?」


「うん」


「戻りたいって思ってない?」


 少し考えてから、レグは首を横に振った。


「気になる。でも、今開けたらだめな気する」


「声がそう言ったから?」


「それも」


 レグは胸元へ手を置いた。


「でも、おとうさんも壊すなって書いた」


「ああ」


 ハヤトも後ろから答える。


 ガルドの警告。


 黒い装置を壊すな。


 外せば開く。


 こちらへ来させるな。


 ミレアらしき声だけではない。少なくとも二人が別々に、あの扉を不用意に開けることを止めている。


「二人とも同じもの見てたのかな」


 セラが呟く。


「それを調べる」


 カイルが灯りを持ち直した。


「今度こそ、順番にな」


「珍しい」


 ハヤトが言うと、カイルが睨む。


「さっきの扉見てそのまま開けようとするほど馬鹿じゃない」


「俺も開けようとしてないけど」


「お前は最初、黒い装置に近づこうとした」


「見るだけだった」


「その台詞、最近の俺と同じだぞ」


「……やめよう、この話」


 セラが小さく笑った。


 張っていた空気が少しだけ緩む。


 レグも振り返り、二人を見ていた。


「二人とも同じ」


「それは嫌だ」


「俺もだ」


「そこまで?」


 今度はレグが笑った。


 記録庫まで戻ると、オルネは入口の前で待っていた。


 一行の顔を見た瞬間、老人の表情が変わる。


「何があった」


「扉があった」


 レグが答えた。


「《閉じる》の?」


「たぶん」


 カイルが前へ出る。


「完全には閉まってない。中央の石柱に後付けの黒い装置が埋め込まれてる。《閉じる》の溝へ直接つながってた」


 オルネの片目が細くなる。


「触ったか」


「触ってない」


「壊してもない」


 ハヤトも付け足す。


「そこまで聞いていない」


「先に言っとこうかと」


「余計な学習をしたな」


 中へ入る。


 オルネはすぐに机を空け、カイルが描いた簡単な見取り図を広げた。


 円形の部屋。


 六本の溝。


 中央の石柱。


 焼けた《閉じる》の線。


 そして奥の扉。


「ここ」


 カイルが黒い装置の位置を示す。


「石を削って後から入れてある。元の設備じゃない」


「ガルドの記録もあった」


 レグが言う。


「何と」


「《壊すな》《外せば開く》」


 オルネの指が止まった。


「ほかは?」


「《閉じているのは、向こうではない》《ここから先を、こちらへ来させるな》」


 長い沈黙。


 オルネが椅子へ座る。


「……そういうことか」


「分かるの?」


 レグが身を乗り出した。


「全部ではない」


「またそれ」


「分からんものを分かったと言うよりいい」


「うん」


 レグはすぐ引いた。


 オルネは古い棚を見上げる。


「《閉じる》について、記録の意味が合わない箇所があった」


「どんな?」


 カイルが反応する。


「古い記録では、《閉じる》は場所を封じる役目として書かれている」


「それは普通だよな」


「ああ。だが後の記録になると、表現が変わる」


 オルネが一枚の石板を取り出した。


「《流れを止める》《帰るものを留める》《境を保つ》」


「扉だけじゃない?」


 セラが尋ねる。


「おそらくな」


 オルネは六本線の一つを指す。


「道そのものではなく、何かがこちらへ流れ込むのを防ぐ役目だった可能性がある」


 ハヤトは扉の向こうから聞こえた音を思い出した。


「じゃあ、あれ開けたら何か来る?」


「ガルドの文をそのまま読むなら、そう警戒していた」


「何が?」


「そこは分からん」


「生き物?」


「それも分からん」


「魔力とか?」


「あり得る」


 答えは増えない。


 それでも、何が危険なのかの形は少しずつ見えてきた。


「黒い装置は?」


 カイルが尋ねる。


「閉じるための補助か?」


「そう考えるのが自然だ」


「でもあれのせいで溝が焼けてる」


「負荷をかけているんだろう」


 セラが眉を寄せる。


「壊れた《閉じる》を無理やり動かしてる?」


「その可能性が高い」


「だから外したら扉が開く」


 ハヤトが言う。


「でも付けたままでも、少しずつ壊れていく」


「そういう状態なら説明がつく」


 カイルが見取り図へ目を落とした。


「応急処置だ」


「ガルドがやった?」


 レグの声。


 オルネはすぐには答えない。


「本人が装置を作ったとは思わん」


「なんで?」


「ガルドは細かい作業が苦手だった」


「みんな言う」


「事実だからな」


「じゃあ誰?」


「装置そのものを別の場所から持ってきた可能性はある」


 カイルが顔を上げた。


「西の施設」


 全員の視線が集まる。


「ガルドが傷だらけになる前、西へ行ってた。道番の首輪を切ったのも西の施設だ」


「黒い装置もそこにあった……」


 ハヤトが続ける。


「持って帰って、《閉じる》を無理やり支えた?」


「まだ推測だ」


 オルネが釘を刺す。


「だが調べる価値はある」


 レグは黙って考えていた。


「おとうさん、いっぱいやった?」


「何を?」


「クロみたいなの助けて、装置持って、ここ閉じて、それからまた東行った」


「記録通りならな」


「怪我してたのに?」


「そうなる」


 レグの眉が寄る。


「ばか」


 誰も否定しなかった。


「かなり」


 ネイラの声が入口からした。


 いつの間にか来ていた。


「聞いたよ。扉まで行ったんだって?」


「うん」


「開けなかった?」


「開けてない」


「偉い」


「レグ、ちゃんとしてる」


「最近それ気に入ってるね」


 ネイラは笑いながら中へ入り、机の図を見る。


「声も聞いたって?」


 笑みが消える。


 レグが頷く。


「歌も」


「ミレアの?」


「たぶん」


「声は?」


「おかあさんに聞こえた」


「何て?」


「《まだ開けないで》」


 ネイラは何も言わなかった。


 目を伏せ、しばらく考える。


「ミレア本人だと思う?」


 セラが尋ねる。


「分からない」


 やはり答えは同じだった。


「でも、あの子なら残しそうな言葉ではある」


「記録?」


「そういう仕組みを作れる知識はあった」


「じゃあ今向こうにいる証拠にはならない?」


「ならないね」


 レグの顔が少しだけ曇る。


「そっか」


「でも」


 ネイラが続ける。


「ガルドがそこへ行ったあと、ミレアも同じ道を使った可能性は高くなった」


「なんで?」


「歌を残せるなら、少なくとも扉のところまでは来てる」


「あ」


 レグの目が戻る。


 小さなこと。


 でも確かな一歩だった。


 母親は、谷から東へ向かっただけではない。


 あの場所にいた。


「もう一度、記録探す」


 レグが言った。


「扉開ける前に」


「そうしよう」


 オルネが立ち上がる。


「今度は《閉じる》の古い記録を全部見る」


 カイルも立つ。


「俺も――」


「来い」


「今日は早いな」


「人手が要る」


「触っていい?」


「渡したものだけだ」


「よし」


 ハヤトはセラを見る。


「俺らは?」


「また邪魔しない係?」


「それも仕事だ」


 オルネが真顔で答える。


「つらい」


 だが、今回はすぐに別の役目が見つかった。


 セラが黒い装置の図を指す。


「これ、ヴァンやイリスの中にあるものと似てたんだよね?」


「色と材質はかなり近い」


 カイルが答える。


「なら、二人に聞けたら何か分からないかな」


「あ」


 ハヤトも気づく。


 ノルドに残してきた、カイルの昔の仲間たち。


 ヴァンは黒い装置を扱っていた。


 イリスの左腕にも同じ系統のものが埋め込まれている。


「戻る?」


 レグが尋ねる。


「今からノルドまでは無理」


「でも記録なら」


 カイルが荷物を探る。


「ヴァンから聞いた内容を少し写してある」


「お前いつの間に」


「話した夜」


「寝てない原因それ?」


「半分」


 セラの目が細くなる。


「帰ったらちゃんと寝てもらうからね」


「今そこ?」


「大事」


「おかあさんみたい」


 レグがまた言う。


「もうそれ定着するの?」


 セラが困った顔をする。


 ハヤトは笑いを堪えながら、カイルの記録を覗いた。


「何て書いてある?」


「ヴァンが施設で使ってた黒い装置について。本人も全部は分かってなかったけど」


 頁をめくる。


「魔力の流れを止めたり、別方向へ逃がしたりするのに使えるって言ってた」


「やっぱり」


 オルネが図へ目を落とす。


「扉そのものを閉めているというより、《閉じる》へ流す魔力を無理やり維持しているのかもしれん」


「じゃあ原因は別?」


「そうなる」


「何が《閉じる》を壊した?」


 誰も答えられない。


 再び記録を探し始める。


 夜までかかると思っていた。


 だが、一時間も経たないうちにセラが一枚の石板を見つけた。


「これ」


「何だ?」


「さっきの《閉じる》の印と似てない?」


 端の方。


 かなり薄い。


 中央に六本。


 その一つだけを囲む小さな枠。


 オルネが見る。


「……古い」


「読める?」


「少し待て」


 老人とカイルが並ぶ。


 二人で文字を追う。


 最初に読めたのはカイルだった。


「《閉じるものは、扉ではない》」


 ハヤトが顔を上げる。


 ガルドの文字と似ている。


「次」


「《境を閉じる》」


「境?」


「その次……」


 文字が欠けている。


 オルネが指で位置を追った。


「ここは《記憶》ではないな」


「《流れ》?」


「違う」


 何度か見比べる。


 やがて。


「《名》だ」


 部屋が静まり返った。


「名前?」


 レグが尋ねる。


「ああ」


 オルネが最後まで読む。


「《境を閉じる。名がこちらへ届かぬように》」


 ハヤトは東の扉を思い出す。


 レグを古い名で呼び続けていた声。


「……まさか」


 カイルも同じことに気づいた。


「《閉じる》が弱ったから、レグの古い名前が外まで届いた?」


「その可能性がある」


 オルネの顔が硬くなる。


「じゃあ声の向こう側って」


 セラが言う。


「何かがレグを呼んでた場所?」


「おそらく」


「でも昨日、レグって認識させたら声止まった」


「《呼ぶ》側からの接続は切れた」


 カイルが考えながら答える。


「でも扉の向こう自体が消えたわけじゃない」


「だから開けるな?」


「そう考えれば全部つながる」


 レグは石板を見ている。


「向こうに、おかあさんいる?」


「分からない」


 オルネが静かに答える。


「だが」


 今度は、その先を続けた。


「ミレアが何を止めようとしていたのかは、見えてきた」


「レグの名前?」


「それだけではない」


 石板の下。


 最後の一行。


 オルネがゆっくり読む。


「《名を奪う者を、こちらへ通すな》」


 誰も動かなかった。


「名を奪う者……」


 ハヤトが呟く。


 クロの印を鎖へ変えた者。


 竜の名を鍵から役目へ変えた者。


 同じ存在なのか。


 同じ集団なのか。


 それすらまだ分からない。


 ただ一つだけ。


 あの扉の向こうにあるものを、ガルドとミレアは警戒していた。


「敵?」


 レグが尋ねる。


 オルネは首を横に振った。


「まだそう決めるな」


「うん」


「だが、味方だとも思うな」


 レグは石板を見たあと、顔を上げる。


「じゃあ調べる」


「何を?」


「おとうさんとおかあさんが、何から閉じたか」


 怖くないわけではない。


 それでも声は落ち着いていた。


「それ分かるまで、扉開けない」


 ハヤトは頷いた。


「賛成」


「私も」


 セラが続く。


「俺もだ」


 カイルも石板から目を離した。


「まず、ガルドが何を残したか全部洗う。あいつが傷だらけでここまで来た理由も、そこにあるはずだ」


「おとうさんの手掛かり」


 レグが小さく言う。


「ああ」


 次に探すものは決まった。


 扉の向こうへ急ぐのではない。


 その扉を閉じた側に残されたもの。


 十数年前。


 傷だらけのガルドが、何を見て、何を知り、それでも東へ向かったのか。


 レグは古い石板から目を上げた。


「おとうさん、ちゃんと書いてて」


 ハヤトは苦笑した。


「そこは期待しすぎない方がいいかもな」


「なんで?」


「今までのガルド見てると、肝心なところ書いてなさそう」


 ネイラが深く頷いた。


「それはある」


「おとうさん……」


 レグが少しだけ頬を膨らませる。


 重かった空気の中に、小さな笑いが落ちた。


 その夜。


 扉を開ける者はいなかった。


 代わりに、谷に残されたガルドの最後の足跡を探すことが決まった。

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