↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ランキング最高順位51位!『異世界に転移したので、もう我慢するのはやめました ~固有能力《自由》で好き勝手に生きる~』  作者: くんくん
選んだ道の先へ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
124/175

閉じたままの風

通路へ入ってしばらくして、背後の光が細くなった。


 入口はまだ開いている。


 けれど、岩壁の向こうにあった竜の谷の明るさは、もう遠い。


 カイルが灯りを掲げる。


「思ったより普通だな」


 左右は削られた岩壁。


 床も平らで、金属の管や黒い装置は見当たらない。これまで入ってきた古代施設より、ずっと単純な造りだった。


「普通って言ったあとに何か出るやつじゃない?」


 セラが前を見る。


「やめろ」


 ハヤトがすぐ返した。


「俺が言うと怒るのに」


「言ってない。確認しただけ」


「似たようなもんだろ」


 先頭ではレグとクロが並んでいた。


 レグは歩きながら何度か胸元へ手を置いている。


「まだ声しない?」


 ハヤトが尋ねる。


「しない」


「熱い?」


「ちょっとだけ。でも昨日よりぜんぜん」


「変だったら言ってね」


 セラの声に、レグが振り返る。


「うん」


 それから少し考え。


「セラ、おかあさんみたい」


「え?」


「また?」


 ハヤトが笑いそうになる。


 セラが睨む。


「何が?」


「心配するところ」


「それだけならいいけど」


「ごはん食べてって言うところも」


「……それは普通でしょ」


 レグはもう前を向いていた。


「おかあさんも普通」


 返しづらい。


 ハヤトは黙って歩いた。


 しばらく進むと、通路の壁に細い溝が現れ始めた。


 一本。


 さらに一本。


 少し先で六本になる。


「昨日の壁と同じ?」


 セラが灯りを近づける。


「似てるな」


 カイルがしゃがんだ。


「でもこっちは全部途中で分かれてる」


「触らないでよ」


「見てるだけだ」


「先に言えるようになったね」


「成長を感じるだろ」


「そこ?」


 ハヤトも覗き込む。


 六本の線のうち、五本は壁の別々の方向へ伸びている。


 だが一本だけ。


 途中で、深く削り取られたように途切れていた。


「これが《閉じる》?」


 レグが聞く。


「位置で見るなら多分」


 カイルは写しを出した。


「《呼ぶ》の隣だ。昨日の岩壁と並びが同じ」


「壊れてる?」


「自然に削れた感じじゃない」


 溝の断面が不自然に平らだ。


「誰かが消した?」


 ハヤトが言う。


「可能性はある」


 そのとき、クロが鼻を壁へ近づけた。


「クロ?」


 途切れた線。


 そこから、ゆっくり奥へ歩き出す。


「何か匂う?」


 レグもついていく。


 数歩。


 クロはまた止まった。


 壁の低い位置。


 鼻を押しつける。


「ここ?」


 レグがしゃがむ。


 何もないように見える。


 だがカイルが灯りを下げると、薄い傷が見えた。


「文字か?」


「ちがう」


 レグが先に言った。


「爪」


 ハヤトも分かった。


 細い。


 竜の巨体でつけたものではない。


「人の姿?」


「それか、小さい竜」


 カイルが傷を追う。


 一本。


 二本。


 途中から文字へ変わっている。


「これ、あとから書いてる」


「読める?」


「待て」


 かなり崩れた字だった。


 カイルが何度か角度を変える。


「……《閉じるな》」


「え?」


 セラが聞き返す。


「いや」


 カイルが眉を寄せる。


「違う。《閉じたままにするな》」


「意味変わるな」


 ハヤトが言う。


「誰が書いた?」


「筆跡までは――」


 カイルが途中で止まった。


「これ」


 傷の最後。


 二本の線が重なり、先で分かれている小さな印。


 ガルドの印。


「おとうさん?」


 レグがすぐ近づく。


「ああ。少なくとも、あの箱や石板と同じ印だ」


 レグは文字へ触れず、じっと見る。


「おとうさん、ここ来た」


「トーレンも見たって言ってたしな」


「この先行った?」


「多分」


 レグは奥を見る。


「じゃあ、もっとあるかも」


 声は弾んでいない。


 急いでもいない。


 ただ確かめたい。


 その気持ちだけが伝わった。


「行こう」


 ハヤトが言う。


 通路をさらに進む。


 今度は緩い下りになった。


 空気も少し変わる。


「寒くなった?」


 セラが腕をさする。


「風がある」


 カイルが灯りの揺れを見る。


 確かに、奥から風が流れてくる。


「外につながってる?」


「地下だぞ」


「地下でも穴あれば」


「それならあり得る」


 レグが鼻を動かす。


「土じゃない」


「匂い?」


「うん」


「何の?」


「……わかんない」


 珍しく曖昧だった。


「でも古いところのにおい」


「施設?」


「それとも違う」


「難しいな」


「うん」


 クロは警戒している。


 尻尾が少し下がり、歩幅も短くなった。


「クロが嫌がってる?」


 セラが聞く。


「ちょっと」


「戻るほど?」


 レグがクロを見る。


 クロは進む。


「行くって」


「なら慎重に」


 通路の終わりは、突然だった。


 広い円形の部屋。


 天井は高く、中央に大きな石柱が立っている。


 その周囲を六本の溝が走っていた。


 五本は石柱までつながっている。


 一本だけ。


 途中で黒く焼け焦げている。


「《閉じる》」


 カイルが呟く。


 部屋の奥。


 焼けた溝の先に、巨大な扉があった。


 閉じている。


 ただし。


「隙間ある」


 レグが言う。


 扉の中央。


 ほんの指一本ほど。


 完全には閉じていない。


「これが弱ってるってこと?」


 ハヤトが近づこうとする。


「待って」


 セラが腕を掴んだ。


「何?」


「床」


 見る。


 扉の手前。


 黒い筋が何本も残っている。


 焦げ跡ではない。


 何かが擦れた跡。


「出てきた?」


 ハヤトが聞く。


「逆」


 カイルがしゃがむ。


「跡が扉へ向かってる」


「じゃあ中に入った?」


「多分」


「何が?」


「分からん」


 クロが低く唸った。


 初めてだった。


「クロ?」


 視線は扉ではない。


 中央の石柱。


 レグもそちらを見る。


「なんかいる?」


 返事はない。


 だがクロは動かない。


 カイルが灯りを石柱へ向ける。


「裏?」


 全員で距離を取りながら回る。


 そこにあったのは、生き物ではなかった。


「……これ」


 セラが息を呑む。


 石柱の裏側。


 人一人分ほどの高さに、黒い装置が埋め込まれている。


 見覚えのある色。


 ヴァン。


 イリス。


 クロの首輪。


 これまで何度も見てきた、あの黒い素材。


「またこれか」


 ハヤトの声が低くなる。


「でも古い設備の一部に見えない」


 カイルが目を細める。


「後付けだ」


「分かる?」


「周りだけ石削って無理やり入れてる」


 その下。


 細い線が伸びている。


 焼けた《閉じる》の溝へ直接つながっていた。


「これが壊してる?」


 レグが聞く。


「可能性高いな」


 カイルは触らず周囲を見る。


「本来の《閉じる》に、別のものを割り込ませてる」


「何のために?」


「まだ分からん」


 装置の中央。


 小さな窪みがある。


「印入れるところ?」


 ハヤトが言う。


「似てる」


 レグが胸を押さえる。


「レグの?」


「待て」


 カイルがすぐ止める。


「ここは試さない」


「うん」


 レグも触ろうとはしていなかった。


 成長している。


 そのとき。


 扉の向こうから。


 ご。


 低い音。


 全員が止まった。


「今の何?」


 セラが杖を握る。


 もう一度。


 ご……。


 扉が、ごく僅かに押された。


「内側から?」


 ハヤトの手が剣へ行く。


 抜かない。


 まだ。


 クロの唸りが少し強くなる。


 レグも扉を見ていた。


「生きもの?」


「においしない」


「じゃあ何?」


「わかんない」


 三度目。


 扉が揺れる。


 指一本ほどだった隙間が、ほんの少し広がった。


「これは戻った方がいい」


 セラが言う。


「賛成」


 ハヤトも即答する。


 カイルは不満そうではなかった。


「俺もだ。情報足りない」


「珍しい」


「死んだら調べられん」


「理由はそれなんだ」


 レグも頷く。


「オルネ呼ぶ」


「そうしよう」


 引き返そうとした、そのとき。


「待って」


 レグが止まった。


「どうした?」


「ここ」


 石柱の下。


 黒い装置とは反対側。


 小さな傷。


「またガルド?」


 カイルが灯りを当てる。


 文字。


 今度は短い。


「読める?」


「ああ」


 カイルの顔が変わった。


「何て?」


 最初の一行。


「《壊すな》」


 全員が黒い装置を見る。


「これを?」


「続き」


 カイルが読む。


「《外せば開く》」


「扉が?」


「多分」


 さらに。


「《閉じているのは、向こうではない》」


「……どういう意味?」


 ハヤトが尋ねる。


「まだある」


 最後の一行。


 文字は深く、急いで刻んだように乱れている。


「《ここから先を、こちらへ来させるな》」


 レグの表情が固まった。


 ご。


 扉がまた揺れた。


 今度はさっきより強い。


 カイルが立ち上がる。


「黒い装置は《閉じる》を壊してるんじゃない」


「じゃあ?」


「逆かもしれない」


 焼けた溝。


 後付けの装置。


 完全には閉まらない扉。


 ガルドの警告。


「無理やり閉じ続けてる?」


 セラが言う。


「本来の仕組みが壊れたから、別の装置を使って補ってる」


「ガルドがやった?」


「それは分からない」


「でも壊すなって書いた」


「少なくとも、必要だと知ってた」


 また扉が揺れた。


 隙間の向こう。


 一瞬だけ。


 淡い白い光が見えた。


「レグ!」


 ハヤトが一歩前へ出る。


 だがレグは動かない。


 何かを聞いているような顔だった。


「声?」


 セラが尋ねる。


「ちがう」


「何?」


「……歌」


 ハヤトの背筋が冷える。


「ミレアの?」


 レグはすぐに答えなかった。


 耳を澄ませる。


 四つ。


 五つ。


 あの短い旋律。


 修道院の庭で思い出した。


 母親が歌っていた歌。


「おかあさんの歌」


「向こうから?」


「うん」


 レグが扉へ一歩近づく。


「待て」


 ハヤトが腕を出す。


 レグは止まった。


 無理に進まない。


「行かない」


「うん」


「でも聞く」


「それならここで」


 扉の向こう。


 歌はすぐに消えた。


 代わりに。


 かすかな声。


 今度はレグだけではなかった。


 ハヤトにも。


 セラにも。


 カイルにも。


 古い音の向こうに、人の言葉が混じる。


『……まだ……』


 途切れる。


『……開けないで……』


 レグが目を見開いた。


「おかあさん?」


 返事はない。


 ハヤトは扉を見る。


 声が本人なのか。


 昔の記録なのか。


 何かが真似しているだけなのか。


 今は分からない。


 だから。


「戻ろう」


 レグが先に言った。


「いいの?」


 セラが確認する。


「うん」


 扉を見る。


「開けるなって言った」


「本物か分からないぞ」


 カイルが言う。


「うん」


「それでも?」


「だから調べる」


 レグは扉へ背を向けた。


「開ける前に」


 クロもすぐ隣へ戻る。


 ハヤトは少しだけ笑った。


「ああ。それでいこう」


 五人と一匹は来た道を戻り始める。


 その背後。


 扉がもう一度だけ低く軋んだ。


 けれど今度は、誰も振り返らなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。