第12話 龍を連れて帰ったら大騒ぎになった。
遺跡を出た頃には、すでに日が傾き始めていた。
依頼の目的だった内部調査は済んだ。
アイアンリザードも倒した。
遺跡の奥で幼竜が捕らえられていたことも確認した。
成果だけを見れば、十分すぎるほどだろう。
問題があるとすれば――。
「……本当についてくるな」
ハヤトが振り返る。
数歩後ろ。
傷ついた幼竜が、当然のような顔で歩いていた。
立ち止まれば止まる。
歩き出せば、またついてくる。
ハヤトが歩調を速めれば、短い脚を懸命に動かして追いかけてくる。遅れそうになると、翼をばたつかせて地面を蹴った。飛ぶほどの力は残っていないらしく、ほんの少し身体が浮くだけだったが、それでも距離を離すまいとしているのは分かった。
「何回確認するのよ」
隣を歩くセラが呆れた声を出した。
「いや、遺跡から出たら森に帰ると思うだろ普通」
ハヤトが足を止めると、幼竜もすぐに止まった。
前脚を揃え、首を伸ばしてハヤトを見上げる。
置いていかれるのかとでも言いたげな目だった。
「もう諦めなさい」
「何を?」
「懐かれたことを」
ハヤトはもう一度、幼竜を見る。
目が合った。
幼竜は一度まばたきをすると、安心したように尾を地面へぱたりと落とした。小さく喉を鳴らし、ハヤトの足元へ鼻先を寄せる。
「……マジか」
嬉しくないわけではない。
むしろドラゴンが自分についてくるなど、少し前の自分なら大興奮していたはずだ。
ただ、実際にそうなると別の問題が出てくる。
「こいつ、街に入れるの?」
「そこなのよね」
セラも同じことを考えていたらしい。
街まで連れて帰ったとして、門番にどう説明するのか。
拾いました。
ついてきました。
悪さはしません。
犬や猫ならともかく、相手は竜だ。
信用してもらえる気がしない。
「置いていく?」
セラが聞く。
ハヤトは即座に幼竜を見る。
ちょうど後ろ脚をかばうように歩いていた。
足を止めた拍子に傷が痛んだのか、幼竜の身体がわずかに揺れる。それでも唸り声一つ上げず、ハヤトの方へ一歩だけ近づいた。
「無理だな」
「でしょうね」
「せめて怪我が治るまでは面倒見る」
ハヤトがそう言うと、幼竜は意味を理解したのか、尾の先を小さく振った。
それ以降は、本人――いや、本竜に任せればいい。
どこかへ行きたければ止めない。
そのまま一緒にいたければ、それも好きにすればいい。
「でも治療ってどうする?」
「街まで戻れば魔物を診られる治療師がいると思う」
「よかった」
「問題はそこまで歩かせることだけど」
幼竜の歩みは遅い。
遺跡まで二日かかった道のりを、同じ速度で戻るのは難しそうだった。
ハヤトは少し考え、荷物を地面へ下ろした。
必要最低限の物だけを鞄へ残す。
毛布や使わない道具をまとめ直した。
その間、幼竜はハヤトの手元をじっと見ていた。荷物を減らす理由など分からないはずなのに、何かを察したように、ハヤトの周りを小さく一周する。
「何してるの?」
「少し持ってやろうかと思って」
セラが幼竜とハヤトを交互に見る。
「持つって……それを?」
「大型犬くらいだし」
「竜よ?」
「重さに関係ある?」
試しに幼竜の前へしゃがむ。
「乗る?」
ハヤトが背中を向けると、幼竜は首を傾げた。
片方の前脚を上げ、ハヤトの肩へそっと伸ばす。だが、乗るという意味までは伝わらなかったらしい。
「通じてないわよ」
「だよな」
ハヤトが振り返ると、幼竜は慌てたように前脚を引っ込めた。
結局、抱き上げることにした。
いきなり触れば嫌がるかと思ったが、幼竜は少し身体を強張らせただけだった。
ハヤトが手を伸ばすと、幼竜は一瞬だけ身を引いた。だが、逃げることはせず、鼻先をハヤトの手の甲へ押しつける。
許可を出したつもりなのかもしれない。
腹の下へ腕を回す。
「よっ……!」
持ち上がる。
幼竜の爪がハヤトの服を掴んだ。落ちまいとしているのか、あるいは離れまいとしているのかは分からない。
そしてすぐに理解した。
「重っ!」
「だから言ったでしょ」
「大型犬の重さじゃない!」
見た目以上に密度がある。
鱗も骨も、人間とはかなり違うらしい。
《身体強化》を使えば何とか抱えられるが、これで何時間も歩くのは無理だ。
十数分ごとに下ろして休む。
歩けそうなら自分で歩かせる。
そんなことを繰り返しながら、二人と一頭はラーデンを目指した。
地面へ下ろすたび、幼竜はすぐには歩き出さなかった。
ハヤトの足元へ身体を寄せ、前脚を靴に乗せる。
「もう歩けるか?」
問いかけると、幼竜はハヤトを見上げたあと、痛む脚をかばいながら一歩を踏み出した。
その姿を見て、ハヤトは歩調を合わせる。
幼竜もまた、ハヤトの足音を追うように歩いた。
その日の夜。
再び野営。
ハヤトは焚き火のそばで干し肉を取り出した。
すると。
幼竜の頭がすぐに動いた。
さっきまで伏せていた耳のような器官がぴんと立ち、鼻先が干し肉の匂いを追う。眠そうだった目も、いつの間にか完全に開いていた。
「……お前、それ覚えたな?」
視線が完全に肉へ固定されている。
ハヤトが干し肉を持った手を少し動かすと、幼竜の頭も同じ方向へ動いた。
一枚差し出す。
勢いよく咥えられた。
「俺の食料が」
幼竜は干し肉を前脚で押さえ、何度も噛みしめた。硬い肉を噛み砕くたび、尾が地面を叩く。
「自分であげたんでしょ」
「こんなに食うと思わなかった」
二枚目。
三枚目。
まだ欲しそうだ。
ハヤトが袋を閉じようとすると、幼竜は鼻先を袋へ押しつけた。前脚で袋を引き寄せようとするが、爪が布に引っかかり、袋ごと身体が少し前へ滑る。
「おい」
ハヤトが袋を取り上げると、幼竜は不満そうに喉を鳴らした。
それでも怒ることはなく、今度はハヤトの膝へ顎を乗せる。
「成長期なんじゃない?」
「ドラゴンの成長期ってどれくらい食うんだよ」
「知らないわよ」
結局、干し肉のかなりの量を持っていかれた。
ハヤトは残ったパンを見つめる。
その横で、幼竜は満足そうに腹を地面へつけていた。だが、ハヤトがパンを口に運ぶと、片目だけを開けてじっと見ている。
「……明日、何か狩ろう」
「また?」
「俺が腹減る」
セラが笑った。
食事を終える頃には、幼竜は焚き火の近くで丸くなっていた。
炎が揺れるたび、鱗の隙間が赤く照らされる。
ハヤトが少し離れた場所へ移動すると、幼竜は眠ったまま前脚を伸ばし、ハヤトの靴先へ爪を引っかけた。
「そこまで警戒しなくても逃げないぞ」
ハヤトが靴を動かさずにいると、幼竜は安心したように鼻を鳴らした。
警戒している様子もない。
ハヤトはその姿を眺める。
「名前ないと呼びにくいな」
「名前つけるの?」
「ずっと『おい』とか『竜』って呼ぶのもな」
セラも幼竜を見る。
「何か考えてる?」
「ドラゴンっぽいやつ」
「雑ね」
ハヤトは腕を組んだ。
黒に近い深緑の鱗。
小さな角。
炎を吐く。
「……クロ」
セラが無言でこちらを見る。
「何だよ」
「その鱗で?」
「ほぼ黒だろ」
「一応、深緑よ」
「じゃあミドリ?」
「もっと嫌」
「文句多いな」
本人――幼竜は気にする様子もなく寝ている。
だが、ハヤトが「ミドリ」と口にした瞬間、幼竜の尾が一度だけぱたんと地面を叩いた。
セラがそれに気づく。
「今、嫌がったんじゃない?」
「まさか」
「でも反応したわよ」
「偶然だろ」
ハヤトは少し考え直した。
「レグ」
「急にそれっぽくなったわね」
「今思いついた」
「意味は?」
「ない」
「やっぱり雑じゃない」
だが、呼びやすい。
ハヤトは眠っている幼竜へ声をかける。
「レグ」
片方の目が開いた。
幼竜は顔を上げる代わりに、ハヤトの方へ鼻先だけを向けた。
「お」
もう一度。
「レグ」
今度は頭を少し持ち上げた。
耳のような器官が動き、尾の先がゆっくり揺れる。
セラが驚いた顔をする。
「反応してる」
「決まりだな」
「そんな簡単に?」
「本人が嫌なら無視するだろ」
ハヤトが手を伸ばすと、レグは一瞬だけ迷ったあと、額をその手のひらへ押しつけた。
小さな角が手首に当たる。
痛くないように力を加減しているのか、触れたあとすぐに頭を引いた。
幼竜――レグはもう一度丸くなった。
だが、今度はハヤトの方へ身体を向けている。
少なくとも嫌ではないらしい。
翌日。
傷の状態を見ながらゆっくり進み、途中でもう一泊。
朝、ハヤトが荷物をまとめていると、レグはまだ眠そうな顔で藁の上に伏せていた。
「行くぞ」
声をかけると、レグはすぐに立ち上がろうとした。
しかし、後ろ脚に力が入らず、身体がぐらりと傾く。
ハヤトが手を伸ばすより早く、レグは前脚で地面を踏ん張った。痛みに耐えるように目を細め、それでもハヤトの方へ歩こうとする。
「無理するな」
ハヤトが抱き上げると、レグは抵抗しなかった。
代わりに、ハヤトの胸元へ鼻先を押しつけ、服を小さな爪で掴んだ。
途中で下ろすと、今度は自分から歩き出した。
昨日よりも足取りはしっかりしている。
ハヤトが振り返るたび、レグは必ず目を合わせた。
置いていかれないと分かっていても、確認せずにはいられないらしい。
三日目の昼過ぎになって、ようやくラーデンの外壁が見えてきた。
「長かった……」
ハヤトは心から呟いた。
疲労の原因は、ほとんどレグだ。
何度抱えて歩いたか分からない。
とはいえ、初日よりは後ろ脚を使えるようになっている。
回復が早いのかもしれない。
「問題はここからね」
セラが正面を見る。
街の門。
当然、門番が二人立っている。
そして向こうも、すでにこちらへ気づいていた。
正確には――レグに。
門番の一人が槍を構える。
その動きを見た瞬間、レグの身体が強張った。
ハヤトの背後へ回り込み、尾を脚に巻きつける。小さな唸り声が漏れ、鱗の隙間からかすかに赤い光が覗いた。
「止まれ!」
「ですよね」
ハヤトは大人しく立ち止まった。
「後ろの魔物は何だ!」
「幼竜です」
「見れば分かる!」
「じゃあ聞かなくても」
「ハヤト」
セラに腕をつねられた。
「痛っ」
今は余計なことを言う場面ではないらしい。
もう一人の門番まで武器を構えている。
レグはハヤトの背中に隠れたまま、槍の先から目を離さない。
ハヤトが手を後ろへ伸ばすと、レグはその手のひらへ鼻先を押しつけた。
「大丈夫だ」
声をかけると、レグの唸りが少しだけ弱まった。
「なぜ竜を連れている!」
ハヤトは少し考えた。
「遺跡で拾いました」
「竜を拾うな!」
ごもっともだった。
結局、門の前で事情を最初から説明することになった。
冒険者ギルドから遺跡調査を受けたこと。
内部でアイアンリザードを討伐したこと。
その先で捕らえられていた幼竜を発見したこと。
冒険者らしき五人組が捕獲していたこと。
そして、首輪を外したらついてきたこと。
門番二人は完全に困っていた。
「少し待て。ギルドへ確認を取る」
一人が街の中へ走っていった。
ハヤトはその場に座り込む。
するとレグもすぐに腰を下ろし、ハヤトの膝へ顎を乗せた。
「入れるかな」
「さあ」
セラが答える。
レグは人間たちに囲まれても意外と大人しかった。
ただし、誰かが近づくたびにハヤトの身体へぴたりと寄り添う。セラがそばにしゃがむと少しだけ警戒を解くが、知らない門番が一歩でも近づけば、ハヤトの服を爪で掴んだ。
三十分ほどして。
門から勢いよく出てきた人物を見て、ハヤトは嫌な予感がした。
「ハヤトさん!」
ミレイだった。
後ろには支部長のガルドまでいる。
ミレイはレグを見た。
ハヤトを見る。
もう一度レグを見る。
「……遺跡調査でしたよね?」
「はい」
「どうして竜が増えてるんですか?」
「俺も途中までは普通の調査だと思ってたんですけど」
ミレイが額を押さえる。
ガルドは腕を組み、レグをじっと見ていた。
レグはガルドの視線を感じると、ハヤトの足元へ移動した。身体を低くし、角だけをわずかに向ける。
「幼体だな」
「分かるんですか?」
「昔、成竜を遠くから見たことがある」
「戦った?」
「馬鹿言うな。逃げた」
即答だった。
ガルドはレグへ近づく。
レグが低く唸る。
今度はハヤトの前へ出ようとした。
だが、後ろ脚が痛んだのか、途中でよろめく。
ハヤトがすぐに肩へ手を添えると、レグはその腕に身体を預けたまま、ガルドを睨み続けた。
ハヤトが前へ出ようとしたが、ガルドはすぐに止まった。
「なるほど。お前には懐いているらしいな」
「たぶん」
「契約は?」
「契約?」
セラも首を傾げた。
ガルドは呆れた顔をする。
「魔獣使いが従魔を持つ場合は、普通は契約術を使う」
ハヤトはレグを見る。
レグはハヤトの手首に鼻先を押しつけ、ガルドから目を逸らさない。
「してないです」
「なら本当に自分の意思でついてきたのか」
ガルドは少し考える。
「厄介だな」
「やっぱ街には入れない?」
「本来なら魔物をそのまま入れるのは認められん」
やはりそうなるか。
ハヤトがレグを見る。
怪我を治したい。
街へ入れなければ治療師にも診せられない。
レグはハヤトの視線を感じたのか、顔を上げた。
不安そうに目を細め、ハヤトの手の甲を舌で一度だけ舐める。
「ただし」
ガルドが続ける。
「ギルドの管理下という形なら、一時的に入れることはできる」
「本当ですか?」
「お前が責任を持て」
「もちろん」
「街中で暴れた場合、お前の責任になる。建物を焼けば弁償。人間を傷つければ、それ相応の処分もある」
ハヤトはレグへ視線を落とした。
自由にさせる。
そのつもりではいる。
だが、人間の街へ連れて入るなら話は別だ。
好きにしていいから、他人へ迷惑をかけてもいい。
そんな理屈にはならない。
「分かりました」
ガルドが頷く。
門番へ事情を説明し、特例として入街が認められた。
そして。
門をくぐった瞬間。
「竜だ!」
誰かが叫んだ。
その声に反応し、レグの翼が大きく跳ねた。
飛び上がることはできなかったが、驚いてハヤトの脚へしがみつく。ハヤトがしゃがんで背中を撫でると、レグは顔を押しつけ、周囲の人間を見ないようにした。
そこからは大変だった。
通行人が道を空ける。
店の中へ逃げ込む者までいる。
逆に、遠巻きについてくる子供たちもいた。
「ドラゴン!」
「ちっちゃい!」
「火吐くの!?」
子供の一人が近づこうとすると、レグはハヤトの背後から片目だけを覗かせた。
興味はあるらしい。
子供が足を止めると、レグも首を伸ばす。
だが、別の大人が声を上げた瞬間、すぐにハヤトの足元へ戻った。
ハヤトは頭を抱えた。
「目立つなあ……」
以前、年配の冒険者から言われた言葉を思い出す。
珍しい力は目立つ。
目立てば、欲しがる人間も現れる。
今回は、自分の能力どころではない。
ドラゴンを連れて歩いている。
「今さら気づいた?」
セラが聞く。
「もうちょっと静かに帰れると思ってた」
「無理に決まってるでしょ」
ギルドへ着いた頃には、入り口周辺にちょっとした人だかりができていた。
レグは知らない人間の多さに緊張しているのか、ハヤトのすぐ後ろから離れない。
ミレイが人を追い払おうと手を振ると、レグはその動きを目で追った。
ミレイが近づくと一歩下がる。
だが、ハヤトが「大丈夫だ」と声をかけると、恐る恐る鼻先だけをミレイへ向けた。
「はいはい、見世物じゃありません!」
ミレイが人を追い払う。
「中に入ってください!」
「レグも?」
「裏の訓練場へ!」
ギルドの裏庭まで移動し、ようやく一息ついた。
レグは人だかりから離れると、すぐにハヤトの足元へ座り込んだ。
緊張が解けたのか、長く息を吐く。
そのままハヤトの靴へ顎を乗せ、目を閉じた。
そこへ魔物の治療経験があるという老人が呼ばれた。
レグは最初こそ嫌がった。
老人が道具を取り出すと、身体を低くして唸り、翼をハヤトの方へ寄せる。
ハヤトが首元を撫でると、レグは唸り声を飲み込んだ。
診察中も、ハヤトの服を前脚で掴んだまま離さない。
痛みが走るたびに爪が強く食い込む。
それでも逃げようとはせず、ハヤトの手のひらへ額を押しつけて耐えていた。
「翼は骨折しておらん」
老人が言う。
「打撲と裂傷じゃ。後ろ脚も深い傷だが、適切に処置すれば治る」
「飛べるようになる?」
「元々この大きさでは長時間は飛べんじゃろう。だが傷が治れば、いずれはな」
ハヤトは肩の力を抜いた。
一番心配していた部分だった。
その変化を感じ取ったのか、レグもハヤトの腕から力を抜いた。
治療が終わると、レグの脚と翼には薬が塗られ、簡単な布が巻かれた。
「数日は無理をさせるな」
「ありがとうございます」
老人が帰った後。
レグはしばらく動かなかった。
薬の匂いが気になるのか、翼を何度も振り返っている。
ハヤトが布を確認しようとすると、レグは嫌がるように身体を丸めた。
だが、ハヤトが手を止めると、今度は自分から翼を少し広げた。
「見せてくれるのか?」
レグは返事の代わりに、ハヤトの手へ鼻先を押しつけた。
ハヤトたちは今度こそ正式な依頼報告をすることになった。
アイアンリザード。
地下区画。
捕獲されていた幼竜。
五人の冒険者。
ミレイが一つずつ記録していく。
五人組については、ガルドが詳しく聞いてきた。
「顔は覚えているか?」
「たぶん」
「一人は大柄で全身鎧。あとは剣士が二人、弓使いが一人……」
セラが特徴を補足する。
その間、レグはハヤトの椅子の下に伏せていた。
知らない声が大きくなるたびに耳を動かす。
ガルドが机を指で叩くと、レグは顔を上げた。
ハヤトが足先で軽く触れると、すぐにまた伏せる。
ガルドの表情が険しくなった。
「心当たりがある」
「知ってるんですか?」
「ラーデン所属ではないが、この辺りで何度か問題を起こしている連中だ」
違法な魔物売買の噂もあるらしい。
ただし、証拠がなく今までは手を出せなかったという。
「今回の件は調べる。お前たちはもう関わるな」
ガルドが言う。
ハヤトは素直に頷いた。
「向こうから来なければ」
「その一言が余計だ」
セラが小声で突っ込んだ。
依頼そのものは、十分以上の成果として扱われた。
さらにアイアンリザードの討伐報酬。
持ち帰れる範囲で回収した素材。
そして遺跡の追加調査分。
受付台に積まれていく硬貨を見て、ハヤトは目を見開いた。
「……多くない?」
「命懸けでしたからね」
ミレイが言う。
確かにその通りだ。
何度死にかけたか分からない。
ハヤトは報酬をセラと分ける。
セラは自分の取り分を確認したあと、静かに財布へしまった。
その間、レグは硬貨の音に反応して顔を上げた。
一枚が台から転がり落ちると、目で追いかける。
床に落ちた硬貨が止まると、レグは前脚で触れようとした。
「それは食べ物じゃないぞ」
ハヤトが拾い上げると、レグは少し残念そうに前脚を引いた。
「今、どれくらい?」
ハヤトが聞く。
「何が?」
「金貨五十枚」
一瞬だけセラが黙る。
「……まだ全然」
「でも増えた?」
「増えたわ」
口元がほんの少しだけ緩んでいた。
それならいい。
ハヤトは自分の報酬を見る。
まず新しい盾を買う。
それから装備も少し強くしたい。
技能書も欲しい。
料理も覚えてみたい。
やりたいことが、また増えた。
「ところで」
ミレイが言う。
「一番大事な問題が残っています」
「まだ何か?」
ミレイがレグを見る。
裏庭で寝そべっている。
ハヤトの声に反応して、レグは顔だけを持ち上げた。
「その子、どこで飼うんです?」
ハヤトは固まった。
完全に忘れていた。
「宿……」
「無理です」
「ですよね」
セラが肩を震わせている。
レグは二人の顔を交互に見た。
何か困ったことが起きていると感じたのか、ハヤトの足元へ移動し、靴に鼻先を押しつける。
「笑ってないで助けてくれよ」
「だって考えてなかったの?」
「街に入ることで頭いっぱいだった」
結局。
ガルドの許可を取り、しばらくギルド裏の魔獣用厩舎を借りることになった。
もちろん無料ではない。
厩舎へ移されると、レグは入り口で立ち止まった。
中を覗き込み、藁の匂いを嗅ぐ。
ハヤトが先に入ると、レグもすぐに後を追った。
ハヤトが外へ出ようとすると、レグは慌てて立ち上がり、三本の脚で追いかけようとする。
「ここにいるって」
ハヤトが戻って頭を撫でると、レグはようやく伏せた。
「金が入った瞬間、どんどん消えていく……」
ハヤトは財布を見る。
セラが横から言った。
「竜を拾うって、そういうことなんじゃない?」
「犬より絶対金かかるよな」
「犬を飼ったことあるの?」
「ない」
「じゃあ比べられないでしょ」
その日の夕方。
必要な手続きを終え、ハヤトは厩舎へ向かった。
レグは藁の上で横になっている。
近くには、治療師から指定された肉と水。
ハヤトが入ると、すぐに頭を上げた。
眠っていたはずなのに、ハヤトの足音だけは聞き分けたらしい。
尾が藁を叩き、身体を起こそうとする。
「ちゃんと休んでろよ」
ハヤトが近づくと、レグは起き上がるのをやめた。
代わりに、前脚だけを伸ばしてハヤトの方へ寄せる。
隣へ座る。
レグが身体を寄せてくる。
ずしりと重い。
ハヤトの脇腹へ頭を押しつけ、しばらく動かない。
「お前が来てから、金かかって仕方ないんだけど」
レグは気にする様子もない。
ハヤトが立ち上がろうとすると、レグは服の裾を爪で引っかけた。
「まだいるって」
ハヤトが座り直すと、レグは安心したように目を細めた。
「でもまあ……」
ハヤトは小さな頭を撫でた。
レグは目を閉じ、撫でられるたびに角の間を少しだけハヤトの手へ押しつける。
「面白くなってきたな」
遺跡へ行って。
強い魔物と戦って。
竜を拾って帰ってきた。
十日前の自分に話しても、絶対に信じないだろう。
そして明日は。
新しい装備を見に行く。
技能書も探す。
セラと次の依頼も選ぶ。
レグの餌代まで稼がなければならなくなった。
やらなければならないことは増えた。
それなのに、不思議と嫌ではない。
誰かに押しつけられた予定ではないからだ。
全部、自分で選んだものだった。
ハヤトは立ち上がる。
するとレグも反射的に顔を上げた。
「よし。明日からまた稼ぐか」
レグが小さく鳴く。
ハヤトが出口へ向かうと、レグは藁の上から身を起こし、じっとその背中を見つめた。
「お前の飯代もな」
返事の代わりに、レグは鼻先をハヤトの手へ押しつけた。
ハヤトが手を引くまで、離れようとしない。
ようやく手を離すと、レグはその場で丸くなった。
だが、目だけは最後までハヤトを追っていた。
異世界生活は。
どうやら、ますます賑やかになっていくらしい。




