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ランキング最高順位51位!『異世界に転移したので、もう我慢するのはやめました ~固有能力《自由》で好き勝手に生きる~』  作者: くんくん
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名を預かる場所

川沿いの古い文字を確認したあと、一行はネイラの案内で谷の奥へ戻った。


 クロの首に残る印。


 道を開くために使われていたものが、いつか従わせるための鎖へ変えられた。


 そして竜には、名前。


 本来は本人を見分けるためのものだったとすれば、二つの仕組みは思っていたより近いのかもしれない。


「名前預かってる人って、どんな人?」


 歩きながらレグが尋ねる。


「人じゃなくて竜」


 ネイラが答える。


「それは分かる」


「じゃあ何を聞いてるの」


「怖い?」


「性格が?」


「うん」


「面倒」


「怖いより嫌なやつじゃん」


 ハヤトが口を挟む。


「お前たちみたいに、聞けば何でも答えてくれると思わない方がいいよ」


「知らないから?」


「知ってても言わない」


 カイルが眉を寄せた。


「記録を隠す役目?」


「違う。本人のものを、本人以外へ勝手に渡さないだけ」


 その説明を聞いて、レグが少し安心したように見えた。


「じゃあレグの名前も?」


「向こうが本当に預かってるならね」


「勝手に言わない?」


「言わない」


「よかった」


 谷の中心部を抜ける。


 昨日見た石造りの家々から離れるにつれ、道を歩く竜の姿は少なくなった。代わりに、岩壁へ直接彫り込まれた古い階段や、何のために作られたのか分からない細い水路が増えていく。


 カイルは当然のように周囲を見回していた。


「古いな」


「触らないでよ」


 セラがすぐ言う。


「まだ何もしてない」


「目がしてる」


「目で触れるわけないだろ」


「ハヤトも見張ってて」


「俺?」


「カイルと一緒になって触りそうだから」


「信用ないなあ」


 前を歩いていたレグが振り返った。


「レグが見てる」


「一番心配だったやつに監視される日が来るとは」


「成長したね」


 セラが楽しそうに笑った。


 クロはその会話に興味がないのか、時々地面の匂いを確かめながら歩いている。古い道番の休息所を出てからは、妙な焦りもなくなっていた。


 やがて道は、谷の岩壁へ向かって細くなる。


 突き当たりに見えたのは、大きな扉だった。


「ここ?」


 レグが足を止める。


「そう」


 扉は石でできている。


 けれど、これまで見てきた古代施設のような冷たさはなかった。


 表面には無数の線。


 一つ一つが文字のようにも、道のようにも見える。中央には大きな円があり、そこから六本の線が外側へ伸びていた。


「六つ」


 ハヤトが呟く。


「まただな」


 カイルも近づくが、ネイラが腕を出して止める。


「そこまで」


「見るだけだ」


「見るならそこから見える」


「厳しいな」


「ここは特にね」


 レグは六本の線を見上げた。


「六人じゃない」


「六頭だろうな」


 カイルが答える。


 以前は、六つの円をカイルたち六人のことだと思っていた。


 だが修道院の地下で見つけた記録には、六頭の古い竜が描かれていた。


「その六頭の名前があるの?」


「名前そのものじゃない」


 ネイラが言う。


「ここに残っているのは、名前と役目を結びつけていた古い記録。それを扱ってきた一族がいる」


「一族?」


「血が全部つながってるわけじゃないよ。役目を継いできたって意味」


 ネイラが扉を三度叩く。


 返事はない。


 もう一度。


 今度は内側から、低い音が返った。


「起きてる」


「寝てた可能性あったの?」


「十分ある」


「大事な場所じゃないの?」


「大事な場所でも昼寝はする」


「竜って自由だな……」


 石の扉がゆっくり開いた。


 中から現れたのは、小柄な老人だった。


 真っ白な髪。


 片目は閉じたまま。


 開いている方の目は、淡い琥珀色をしている。


「ネイラ」


「久しぶり」


「三十七年」


「数えなくていい」


「お前は数えないからな」


 老人の視線がそのままレグへ移った。


 動きが止まる。


「……そうか」


 それだけだった。


「何?」


 レグが聞く。


「いや」


 老人は今度はハヤト、セラ、カイル、クロを見る。


「随分連れてきたな」


「本人が選んだ」


「なら私が口を出すことではない」


 ネイラが肩をすくめる。


「相変わらず話早いね」


「お前が長い」


「失礼」


 老人は扉をさらに開けた。


「入れ」


 中は想像していたより狭かった。


 巨大な竜が入れる空間ではない。


 壁一面に棚があり、石板、木札、金属片、古びた巻物が整然と並んでいる。


「図書館みたい」


 セラが小さく言う。


「似ているが違う」


 老人が答えた。


「ここにあるのは、読むためのものばかりではない」


「触るなってこと?」


 ハヤトが聞く。


「触れば追い出す」


「はい」


 カイルを見る。


「何で俺を見る」


「一応」


「お前もだからな」


 老人が二人を見た。


「もう追い出した方がいいか?」


「まだ何もしてません」


 ハヤトとカイルの声が揃った。


 セラが顔を伏せる。


 レグは気にせず老人へ近づいた。


「名前、知ってる?」


「何の」


「レグの」


「どちらを聞いている」


 レグが止まった。


「……もう一個」


「知っている」


 今までで最もあっさりした答えだった。


 ハヤトの身体が少し緊張する。


 だが老人は、その名を口にしなかった。


「言わない?」


「お前が求めるまでは」


「なんで?」


「お前のものだからだ」


 レグは少し考えてから頷いた。


「じゃあ、まだいらない」


「分かった」


「先に聞きたい」


「何を」


「なんで、おかあさん封じた?」


 老人の表情が僅かに変わった。


「ミレアから聞いたのか」


「セイン」


「まだ生きているか」


「元気」


「それは何よりだ」


 老人は奥の棚へ向かった。


 杖を使っているわけではないが、歩みはゆっくりしている。


「私はオルネ」


 突然だった。


 レグが瞬きをする。


「名前?」


「ああ」


「聞いてない」


「必要だから名乗った」


「そっか」


「竜の名は何でも秘密というわけではない」


 オルネは振り返らない。


「隠す名もあれば、日常で使う名もある。お前の《レグ》もそうだ」


「もう一個は?」


「昔の仕組みへ向けた名に近い」


 棚から一枚の石板を取り出す。


 机へ置いた。


 そこには、六つの小さな印が並んでいる。


「これ、修道院で見た」


 レグが指す。


「似た記録が各地に残っている」


 カイルが距離を守りながら覗き込む。


「六頭の竜?」


「元は六つの系統だ」


「系統?」


「同じ血という意味ではない。古い場所を扱う役割ごとの区分だ」


 六つの印。


 守る。


 閉じる。


 残す。


 運ぶ。


 見張る。


 そして。


「最後の一つは?」


 カイルが聞く。


「呼ぶ」


 部屋の空気が少し重くなった。


「呼ぶ?」


 ハヤトが繰り返す。


「何を?」


「必要な者を、必要な場所へ」


「人?」


「竜も。時には仕組みそのものも」


 レグが胸元へ手を置く。


「レグ、呼ばれてる?」


「そうかもしれない」


 オルネは断言しなかった。


「お前の古い名は、その六つのうち一つと強く結びついていた」


「どれ?」


「今は答えない」


「なんで?」


「私が答えると、お前がその言葉に引っ張られるからだ」


 レグが少し眉を寄せる。


「言葉だけで?」


「人も竜も、そういうものだ」


 オルネは椅子へ座る。


「お前は今、自分をレグだと思っている。ハヤトたちと旅をして、食べて、笑って、弓を練習している」


「うん」


「そこへ私が『お前は昔こういう役目の者だった』と言えば、気にするだろう」


「ちょっと」


「かなり気にするだろう」


「……うん」


「だから順番がある」


 セラが静かに頷いた。


「先に、仕組みを知る?」


「そうだ」


 オルネは石板の六つの印を指でなぞらず、少し上を動かす。


「昔、この六つの役目は名で識別されていた。名を示せば、対応する道や扉が開いた。印が同じ働きをする場所もあった」


「クロと同じ」


 レグが言う。


「よく気づいた」


「さっき見た」


「では話が早い」


 オルネはクロを見る。


「本来、印も名も鍵だった」


 次にレグを見る。


「だが鍵は、使い方を変えれば鎖になる」


 誰も口を挟まなかった。


「扉が名を待つ。それだけなら問題はない。だが仕組みが『この名の者は、これをしなければならない』と判断するよう書き換えられれば?」


 ハヤトが答える。


「名前を言っただけで、役目まで押しつけられる」


「近い」


「操られる?」


「そこまで単純ではない」


 オルネは首を横に振る。


「身体を勝手に動かされるわけではない。だが何度も呼ばれ、何度も同じ仕組みへ認識されるうち、自分の魔力や記憶が古い役目へ引かれることがある」


「だから自分がそれだと思う?」


「そういう例があった」


 レグの表情が少し硬くなる。


「レグじゃなくなる?」


「違う」


 オルネの返事は早かった。


「そこを間違えるな」


 レグが顔を上げる。


「何をされても、お前がお前でなくなると簡単に決めてはいけない。ただ、自分の声より古い役目の声を大きくされる危険があった、ということだ」


「……うん」


「ミレアはそれを嫌った」


「おかあさんが?」


「ああ」


 オルネははっきり頷いた。


「ここへ来た。お前を連れて」


 レグの目が大きくなる。


「ここに?」


「まだ飛ぶのも下手な頃だ」


「レグ、なにした?」


「棚を一つ倒した」


「……」


 ハヤトが笑いそうになって口を押さえる。


 オルネは真顔だった。


「二度目は木札を噛んだ」


「レグっぽい」


 セラが笑う。


「三度目に来たとき、ミレアが謝った」


「おかあさん、いっぱい謝った?」


「かなり」


 レグは少し嬉しそうにしたあと、すぐに問いへ戻る。


「そのとき封じた?」


「最後に来たときだ」


 オルネの声が落ち着く。


「ミレアは、お前の古い名と仕組みのつながりを弱めた」


「消したんじゃない?」


「消せない」


「なんで?」


「名はここに書かれている文字だけではないからだ」


 オルネはレグの胸元を指した。


「お前自身の魔力にも残る」


 黒い石が戻った場所。


 レグはその上へ手を置いた。


「じゃあ、今もある」


「ああ」


「だから呼ばれる?」


「その可能性はある」


 ハヤトが聞く。


「誰が呼んでる?」


「知らない」


「ここでも分からない?」


「分からないものは分からん」


 オルネは淡々としていた。


「古い施設が自動で呼んでいるのか。誰かが意図して名を使っているのか。別の竜なのか。それすら今は断定できない」


 カイルが考え込む。


「でも東から聞こえてる」


「なら東に原因がある可能性は高い」


「ミレアも東へ?」


「そう聞いている」


「じゃあ関係ある?」


「あるかもしれん。ないかもしれん」


「徹底して決めつけないな」


「お前たちは決めつけすぎる」


 言われて、カイルが黙った。


 ハヤトも少し耳が痛かった。


「おかあさん」


 レグが言う。


「レグの名前封じて、どこ行った?」


 オルネの片目が細くなる。


「そこから先は、私よりガルドの方が知っていた」


「おとうさん?」


「ああ」


「ガルドはここ来た?」


「十数年前にな」


 ネイラが顔を上げる。


「私に箱を渡したあと?」


「その日の夜だ」


「聞いてない」


「言うなと言われた」


「誰に?」


「ガルドに」


「……あいつ」


 ネイラのこめかみがぴくりと動いた。


「まだ隠してたのね」


「何しに来た?」


 レグが尋ねる。


 オルネは奥の棚を見る。


「名前を一つ、探しに」


「レグの?」


「違う」


「誰の?」


「それは言えない」


「また?」


「本人がいない」


 レグは少し不満そうだったが、すぐに諦めた。


 ルールが一貫しているからだろう。


「でもガルドは、その名が残っているか確認した」


「残ってた?」


「ああ」


「それから?」


「一つだけ言った」


 オルネは記憶を辿るように目を閉じた。


「『なら、まだ間に合う』」


 静かになった。


「誰に?」


 ハヤトが尋ねる。


「聞いたが答えなかった」


「ガルドらしいな……」


 レグは考えている。


「おかあさんの名前?」


「分からん」


「もう一個の?」


「分からん」


「おとうさん、自分の?」


「それもあり得る」


 何も確定しない。


 それでも、ガルドが谷へ戻った目的が少しだけ見えてきた。


 箱をレグへ残す。


 道番の印について記録する。


 そしてここで、誰かの名がまだ残っているか確かめた。


「そのあとガルドはどこへ?」


 カイルが尋ねる。


「東へ出た」


「やっぱり」


「ただし」


 オルネが続ける。


「普通の道ではない」


「どこ?」


「六つの道のうち、今は閉じられている一つ」


 レグが石板を見る。


 六つの印。


「開けられる?」


「今のお前なら、開く可能性はある」


「名前言わないと?」


「そこが問題だ」


 オルネはレグをまっすぐ見る。


「その道は、古い名で本人を認識する」


 ハヤトの眉が寄った。


「じゃあ通るには、封じた名前を使う必要がある?」


「以前ならな」


「今は?」


「別の方法を探す」


「あるの?」


「分からん」


「……そこからか」


 オルネは気にした様子もない。


「だから調べる」


 カイルの目が少し輝いた。


「記録ある?」


「ある」


「見せてもらえる?」


「私が読む」


「俺は?」


「触るな」


「はい」


 即答だった。


 セラが笑う。


「慣れてきたね」


「追い出されたくないからな」


 レグは石板を見つめたまま動かなかった。


「レグ」


 ハヤトが呼ぶ。


「名前、知りたくなった?」


「うん」


 正直だった。


「でも?」


「今は聞かない」


「そっか」


「道開けるためだけに名前聞くの、なんかやだ」


 オルネが僅かに眉を上げる。


「なぜ」


「名前、道具じゃないから」


 クロの印。


 本来は道を開くためのものだった。


 それが鎖に変えられた。


 レグは自分の胸を押さえる。


「レグの名前も、鍵だけじゃない」


 誰も何も言わなかった。


「だから」


 レグはオルネを見る。


「ほかの開け方、探す」


 オルネは長くレグを見た。


 やがて。


「ミレアが聞けば喜ぶだろうな」


「ほんと?」


「ああ」


「おとうさんは?」


「ガルドなら」


 オルネの口元が少しだけ動いた。


「『面倒なところだけ母親に似た』と言う」


 レグが笑う。


「じゃあ、どっちにも似てる」


「そういうことだ」


 オルネが立ち上がる。


 奥の棚へ向かう。


「今日はここまでだ」


「もう?」


「古い道の記録を探す。時間がかかる」


「手伝う」


 カイルが即座に言う。


「触るなと言った」


「見るだけ」


「邪魔だ」


「厳しいな……」


「明日の朝また来い」


 レグが頷いた。


「わかった」


 扉へ向かいかける。


 そこでオルネが呼び止めた。


「レグ」


「なに?」


「今夜、もし古い名で呼ばれても」


 全員が振り返る。


「返すな、はもう知っているな」


「うん」


「もう一つ」


 オルネの表情から、僅かな笑みも消えた。


「今までより近く聞こえても、驚くな」


「なんで?」


「お前が谷へ戻ったからだ」


 レグが胸元へ手を置く。


「ここ、昔の場所だから?」


「それもある」


「ほかは?」


 オルネは六つの印が刻まれた石板を見る。


「谷の中にはまだ、古い仕組みが眠っている」


 そして静かに続けた。


「お前が戻ったことを、もう何かが知っている」

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