↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ランキング最高順位51位!『異世界に転移したので、もう我慢するのはやめました ~固有能力《自由》で好き勝手に生きる~』  作者: くんくん
選んだ道の先へ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
117/175

走り抜けた跡

ネイラの家を出ると、クロは迷わず東を向いた。


 さっきまでのように周囲の匂いを確かめる様子もない。鼻先を少し上げ、何かを探すように立っている。


「分かるの?」


 レグが隣へしゃがむ。


 クロの耳が動いた。


「行きたい?」


 尻尾が一度、地面を叩く。


「じゃあ行こ」


「待って」


 ネイラがすぐ止めた。


「場所は私が案内する。好きに走らせたら、谷の奥まで行くかもしれないから」


「クロ、道知ってる?」


「今のこの子が知ってるとは思わない。でも、あの獣たちは道を探すのが得意だったって話したでしょ」


 ネイラは谷の東側へ視線を向ける。


「それに、今から行く場所には古い道がいくつも残ってる」


「迷う?」


「人間ならね」


「カイル」


「なぜ俺を見る」


「遺跡好きだから勝手に違う道行きそう」


「お前にだけは言われたくない」


 カイルが即座に返す。


 ハヤトは何も言わず前を向いた。


「何で黙る」


「巻き込まれないように」


「遅い」


 セラが笑いながらクロを見る。


「とにかく、今日はネイラについていこう」


「うん」


 レグがクロの頭を軽く撫でる。


「勝手に行かない」


 クロは大人しくレグの横へ戻った。


 谷の中を東へ進む。


 昨日まで外から想像していた竜の谷とは違い、歩くほど生活の跡が見えてきた。


 石造りの家。


 水路。


 竜の姿でも入れる大きな洞窟。


 その近くには人の姿で使う小さな扉まである。


 空では竜が飛び、地上では荷物を抱えた人の姿の竜が普通に歩いている。


「不思議だな」


 ハヤトが呟いた。


「何が?」


 セラが聞く。


「竜の里って聞いたとき、もっとこう……ずっと竜の姿で暮らしてると思ってた」


「人の姿便利だから」


 レグが答える。


「小さいところ入れる」


「服も着られるしね」


「ごはんも作れる」


「やっぱりそこ」


「大事」


 少し先。


 岩の上で大きな竜が昼寝をしている。その真下では、人の姿をした老人が洗濯物らしき布を干していた。


「……どっちも竜?」


「そう」


 ネイラが答える。


「寝てる方は?」


「夫」


「洗濯してる方は?」


「妻」


「逆かと思った」


「何が?」


「いや、何でもないです」


 老人――正確には老女らしい竜が、こちらを見て笑った。


 どうやら聞こえていたらしい。


 ハヤトは少し歩く速度を上げた。


「また余計なこと言った」


 セラが隣で笑っている。


「最近竜の耳の良さ忘れるんだよ」


「学習して」


「はい」


 人の住む区画を抜けると、景色が変わった。


 草原が広がり、その先に低い岩山が続いている。


 道も次第に細くなる。


 空を飛ぶ竜の姿はあるが、地上を歩く者はいなくなった。


「この辺は使われてないの?」


 カイルが尋ねる。


「ほとんどね」


「昔は?」


「もっと賑やかだったらしい」


 ネイラが先を歩きながら答える。


「竜が遠くへ行くとき、ここを通った。人の国側へ出る者も、東へ向かう者も」


「その獣と一緒に?」


「そう聞いてる」


 クロが鼻を動かす。


 足が少し速くなる。


「クロ」


 レグが呼ぶ。


 すぐ止まった。


「まだ」


 クロはレグを一度見てから、ネイラの後ろへ戻る。


「えらい」


「本当に言うこと聞くようになったね」


 セラが感心する。


「最初はもっと警戒してたもんな」


 ハヤトも思い出す。


 地下で鎖につながれていた頃。


 近づけば牙を見せた。


 首輪を外してからもしばらくは、人間を簡単には信用しなかった。


 それが今は。


「レグがいるからかな」


「レグだから」


「本人が言うんだ」


「クロもそう思ってる」


 尻尾が動いた。


「ほら」


「もうそれでいいや」


 しばらくして、ネイラが足を止めた。


「ここ」


 岩と岩の間。


 低い石壁に囲まれた場所があった。


「……小さいな」


 ハヤトが言う。


 竜が入るには狭すぎる。


 だがクロなら十分だ。


 入口には崩れかけた石柱。


 その表面に、例の印。


 円。


 三本の線。


「《道を知る者》」


 カイルが呟く。


「さっきの壁と同じだな」


「ここでは《道番》って呼ばれてたみたい」


 ネイラが石壁を跨ぐ。


「昔の呼び方だけどね」


 中には低い建物がいくつか残っていた。


 屋根は崩れ、木材はほとんど朽ちている。


 ただ、石で作られた水場はまだ形を保っていた。


「犬舎みたい」


 ハヤトが言う。


「飼ってたわけじゃないよ」


「違うの?」


「ここを使いたい獣が勝手に休んでた」


「勝手に?」


「竜が連れてきても、気に入らなければついてこない」


 ネイラが少し笑う。


「だから昔の竜は、あの獣たちに嫌われると結構困ったらしいよ」


「道分かんないから?」


「それもある。危険な場所を先に見つけてもらえなくなるから」


 レグがクロを見る。


「クロ、ハヤト嫌いになったら困る?」


「何で俺限定?」


「よく余計なことするから」


「最近みんな俺への評価厳しくない?」


「事実だから」


 カイルまで乗る。


「お前は黙れ」


 その間も、クロは落ち着かなかった。


 地面。


 壁。


 崩れた建物。


 次々と匂いを嗅いでいる。


「古い匂い分かる?」


 レグがついて歩く。


 クロは一度もこちらを見ない。


 何かを追っている。


 やがて、一番奥。


 半分崩れた石の小屋の前で止まった。


「そこ?」


 中へ入る。


 ハヤトたちも続こうとしたが、ネイラが手で止めた。


「待って」


「危険?」


「いや」


 クロを見る。


「先にこの子だけ行かせてみよう」


 レグも止まる。


 クロだけが小屋へ入る。


 暗い。


 数秒。


 何も起きない。


 それから、かすかな音がした。


「クロ?」


 レグが身を乗り出す。


 クロが出てきた。


 口に何かを咥えている。


「なにそれ?」


 地面へ置く。


 細長い金属片だった。


 錆びている。


 だが形は分かる。


「首輪?」


 セラの声が低くなる。


「一部だな」


 カイルがしゃがむ。


「触るぞ」


 クロが避けないことを確認してから拾う。


 金属の内側。


 浅い傷。


 外側には、円と三本線。


「同じだ」


 レグが自分のそばに置かれた黒紐を見る。


「ガルドが切ったもの?」


「可能性はある」


 カイルが金属片を裏返す。


「切断面がある」


「一頭逃がしたって書いてあった」


 ハヤトが思い出す。


「その首輪をここで外した?」


「冊子には《首輪から切った》《東へ走った》」


 カイルが小屋を見る。


「順番までは書いてなかったけどな」


 ネイラが中へ入る。


「ガルドがここへ来たとき、私は外で待ってた」


「一人で?」


「うん。怪我してたから止めたけど聞かなかった」


「おとうさんらしい」


 レグが小さく言う。


「中で何してた?」


「分からない。かなり長くいた」


「獣も一緒?」


「いなかった」


「え?」


 ハヤトが聞き返す。


「ここへ来たとき、ガルドは一人だった」


「じゃあ逃がしたのは、その前?」


「そうだと思う」


 クロが再び小屋へ入った。


 今度はレグも後ろから覗く。


「何かある?」


 返事の代わりに、爪が石を掻く音がした。


「掘ってる?」


 中へ入る。


 床の隅。


 土が溜まった場所を、クロが前脚で掻いていた。


「待って、手伝う」


 レグもしゃがむ。


「レグ、素手は――」


 セラが言いかける。


「これ使って」


 ハヤトが小さな道具を渡した。


「ありがと」


 土を少しずつ除ける。


 それほど深くない。


「石?」


 平たい石板が現れた。


「文字ある」


 カイルも入ってくる。


 土を払い、灯りを近づける。


 古代文字ではなかった。


 癖の強い、見覚えのある字。


「ガルドだ」


 カイルが言った。


 レグの動きが止まる。


「読んで」


「ああ」


 石板には、長い文章はなかった。


 最初の一行。


「《ここまで来れば追えない》」


「だれが?」


「まだ分からん」


 次。


「《西の鎖は切った》」


 その下。


「《一頭は、自分で東を選んだ》」


 レグがクロを見る。


「自分で?」


「ああ」


「ガルドが逃がしたんじゃない?」


「首輪は外した。でも、そのあとどこへ行くかは獣に任せたってことじゃないか」


 セラが答えた。


 レグは少し考える。


「クロと同じ」


「そうだね」


 鎖だけを外す。


 行き先は決めない。


 古い記録でも、あの獣たちは一緒に行く相手を自分で選んでいた。


 ガルドもそれを知っていたのだろう。


「続きは?」


 カイルが読む。


「《印は道を開くためのものだった》」


 全員が静かになる。


「《鎖にするためじゃない》」


 その次は、少し文字が強く刻まれていた。


「怒って書いた?」


 ハヤトが呟く。


「多分な」


 カイルが指で文字の深さを確かめる。


「これだけ他より深い」


「おとうさん、怒ってた」


 レグが言う。


「ネイラも言ってた」


「ああ」


 最後。


「《道を知る者から、道を奪うな》」


 そこで文章は終わっていた。


 しばらく誰も喋らなかった。


 クロだけが石板の匂いを嗅ぐ。


 当然、十数年前のガルドの匂いなど残っていないはずだ。


 それでも。


 何かを確かめるように、その場を離れなかった。


「おとうさん」


 レグが石板を見る。


「クロたち助けたかったんだ」


「そうみたいだな」


「でも一頭だけ」


「全部助けられることばっかりじゃないよ」


 セラの声は静かだった。


「それでも、一頭は鎖を外せた」


「うん」


 レグは少しだけ俯く。


 そのとき。


 クロが突然顔を上げた。


 耳が立つ。


「また?」


 レグも顔を上げる。


 何も聞こえない。


 クロは小屋の外へ出た。


 鼻先を東へ。


「匂い?」


 レグが追う。


 クロは歩き始めた。


 今度は速くない。


 ただ、確実に何かを辿っている。


「ネイラ」


「行ってみよう」


 石の休憩所を抜け、その奥へ。


 細い道があった。


 人が使った様子はない。


 草に隠れ、所々途切れている。


 だがクロには分かるらしい。


「これが昔の道?」


 ハヤトが聞く。


「《返し道》」


 ネイラが答えた。


「道番たちが、自分たちの群れへ戻るときに使ったと言われてる」


「どこへ続いてる?」


「谷の東側。その先は私も知らない」


 クロはさらに進む。


 十分ほど。


 やがて小さな川へ出た。


「止まった」


 向こう岸を見ている。


 レグも隣へ立つ。


「何かいる?」


 クロの身体が僅かに低くなる。


 警戒。


 でも唸らない。


 対岸。


 草が動いた。


「……え?」


 ハヤトは息を止める。


 一頭の獣が姿を現した。


 黒に近い灰色の毛。


 クロより少し小さい。


 耳の形。


 長い脚。


 よく似ている。


「クロ?」


 レグが思わず隣を見る。


 もちろんクロはここにいる。


 対岸の獣もこちらを見ていた。


「同じ種類……?」


 セラが小さく言う。


「多分ね」


 ネイラも驚いている。


「まだいたんだ」


 対岸の獣には首輪がない。


 焼き印も見えない。


 ただ胸元。


 毛の間に、小さな飾りのようなものが揺れている。


 円。


 三本線。


「昔の印?」


 カイルが目を細める。


「身体じゃなくて、身につけてる」


 ネイラが頷く。


「本来の形に近い」


 クロが一歩、川へ近づいた。


 対岸の獣も動く。


 互いに匂いを確かめるように鼻を上げる。


「行く?」


 レグがクロへ聞いた。


 ハヤトは何も言わなかった。


 止める理由はない。


 もしクロがあちらへ行きたいなら。


 それはクロが決めることだ。


 クロは川を見る。


 対岸の獣を見る。


 もう一歩。


 そして。


 止まった。


 振り返る。


 レグを見る。


「……クロ?」


 戻ってきた。


 レグの隣へ。


 身体を脚へ押しつける。


「行かない?」


 尻尾が一度動く。


「ほんと?」


 もう一度。


 レグがしゃがみ込み、クロの首へ腕を回した。


「そっか」


 対岸の獣は、その様子をしばらく見ていた。


 やがて静かに背を向ける。


 草の奥へ。


 一度も振り返らず、消えていった。


「追わなくていい?」


 ハヤトが聞く。


 クロは動かなかった。


「みたいだな」


 レグが笑う。


「クロ、帰るところ決めた」


 その言葉に、ネイラが少し目を細めた。


「昔の道番もそうだったらしいよ」


「なにが?」


「群れへ帰るものもいた。一緒に旅を続けるものもいた」


「クロは?」


「それ、私に聞く?」


 レグがクロを見る。


「レグと行く」


 尻尾が大きく動いた。


「うん」


 クロの首に残った印は、誰かに縛られた跡だ。


 消えることはない。


 けれど、その印が今の行き先まで決めるわけではない。


「なんか」


 ハヤトが呟く。


「レグと似てるな」


「レグと?」


「昔の役目とか印とかがあっても、今どこに行くかは自分で決めるところ」


 レグは少し考える。


「クロ、レグとおなじ?」


「ちょっとな」


「じゃあもっと家族」


「元から家族って言ってただろ」


「もっと」


「増えるんだ、それ」


 セラが笑った。


 川から戻ろうとした、そのとき。


「待って」


 カイルが対岸ではなく、川沿いの岩を見ていた。


「何?」


「ここにも字がある」


 苔を払う。


 古い。


 今度はガルドの字ではない。


「読める?」


「少し」


 数行。


 かなり風化している。


「《道を開く印》」


 ハヤトが振り返る。


「さっきと同じ?」


「続きがある」


 カイルの目が細くなる。


「《名を示す印》」


 空気が変わった。


「名?」


 レグが聞く。


「ああ」


 さらに下。


「《正しく示せば通す》」


 次。


「《奪えば、従わせる》」


「……」


 カイルは何度か文字を確かめる。


「これ」


「何?」


「獣の印だけの話じゃないかもしれない」


 ハヤトも気づいた。


 施設は、印で獣を見分けた。


 道を開いた。


 後からそれを利用し、首輪へ変え、従わせた。


 そして竜には。


 名前。


「同じ仕組み?」


 セラが言う。


「形は違っても、考え方が同じ可能性はある」


 カイルが答える。


「本来は本人を見分けて、通すためのもの。それがいつか――」


「命令するために使われた」


 ハヤトが続けた。


 レグが自分の胸へ手を置く。


 そこにある印。


 封じられた、もう一つの名前。


 ネイラが岩の文字を見た。


「だったら」


「何?」


「次に話す相手は決まった」


「誰?」


 ネイラは谷の奥を見た。


 竜の谷へ来てからも、まだ一度も足を踏み入れていない場所。


「昔の《名》を預かってきた者」


 レグの表情が変わる。


「その人、レグの名前知ってる?」


「知ってると思う」


「教えてもらう?」


 ハヤトは聞いた。


 レグはすぐには答えなかった。


 しばらく胸へ手を当てたまま考える。


「……名前より」


「うん」


「なんで封じたか、先に聞く」


 ネイラが小さく頷いた。


「それがいい」


 レグはクロの頭へ手を置いた。


 首輪を外したあと、どこへ行くか。


 名を封じられたあと、何を名乗るか。


 どちらも、誰かが決めていいことではない。


 クロが歩き出す。


 レグもその隣へ並ぶ。


 二人はもう、東の古い道を振り返らなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。