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ランキング最高順位51位!『異世界に転移したので、もう我慢するのはやめました ~固有能力《自由》で好き勝手に生きる~』  作者: くんくん
選んだ道の先へ

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首輪の跡

「この子は、ただ施設で捕まっていた獣じゃないかもしれない」


 ネイラの視線は、クロの首元に残る古い傷へ向いていた。


 円と、その中を走る三本の線。


 ガルドが残した箱の中にあった黒紐の金具にも、同じ印が刻まれている。


「クロが特別な獣ってこと?」


 レグが聞いた。


「そういう意味じゃないよ」


 ネイラはすぐに否定した。


「少なくとも、昔の竜が一頭だけ大事にしてた伝説の獣とか、そういう話じゃない」


「よかった」


 ハヤトが思わず言う。


「何で?」


「これ以上、実はすごい存在でしたって増えると頭が追いつかない」


「ハヤトはもう追いついてない」


「レグに言われた」


 セラが小さく笑ったが、視線はすぐクロへ戻った。


「じゃあ、この印は何なの?」


「昔、この辺りには竜と一緒に道を行く獣がいたの」


 ネイラが黒紐を卓へ置く。


「見た目は、その子にかなり近い」


 クロの耳がわずかに動く。


「狼?」


「人間から見れば、そう見えると思う。でも普通の狼とは違った。鼻がよくて、竜より細い道を通れて、人の気配にも敏感だった」


「案内役?」


 カイルが尋ねる。


「それもした。見張りも。迷った子竜を連れ戻すこともあった」


 レグがクロを見る。


「クロ、子ども探す?」


 クロは何も答えず、レグの膝へ鼻先をつけた。


「今はレグ探す」


「それはお前についてるだけだろ」


「同じ」


「そうかな……」


 ネイラが立ち上がった。


「見せた方が早いね」


「どこ行くの?」


「すぐ裏」


 黒紐を持ち、家の奥にあるもう一つの扉を開ける。


 外へ出ると、小さな石造りの庭があった。


 草に半分埋もれた石柱。


 古い水桶。


 その奥に、風化した壁。


「ここ、昔からあるの?」


 セラが尋ねる。


「家より古い」


 ネイラは壁の一部を手で払った。


 苔の下から浅い彫刻が現れる。


「……竜?」


 ハヤトが近づく。


 六頭ではない。


 一頭の竜。


 人の姿をした者が、その横を歩いている。


 さらに足元。


 四つ脚の獣。


「クロ」


 レグがすぐ気づいた。


「似てる」


「耳の形も近いな」


 カイルが彫刻を覗き込む。


 獣の首には輪がない。


 その代わり、胸元に小さな印が彫られている。


 円。


 三本の線。


「同じだ」


 ハヤトが呟いた。


「でも首輪じゃない」


「そこが大事」


 ネイラが言う。


「この印は元々、縛るためのものじゃなかった」


 カイルが壁の脇にある文字へ目を向ける。


「これ読めるか?」


「少しなら」


 ネイラは指で一行をなぞった。


「古い言葉で、近い意味は……《道を知る者》かな」


「道を?」


「竜の古い場所同士を移動するとき、この獣たちを連れていった時期があったらしい。竜より先に危険を見つけたり、道が閉じていても別の道を探したりね」


「施設にも入れた?」


 カイルの問いに、ネイラは少し考えた。


「入れた場所もあったと思う」


「印があるから?」


「多分。でもそこは私も詳しくない」


 断言しない。


 セインと同じだった。


 長く生きていても、何でも知っているわけではない。


「じゃあクロは、その獣の子孫?」


 セラが聞く。


「可能性は高い」


「だから施設の匂い分かった?」


「それもあるかもしれないね」


 ハヤトはこれまでのクロを思い出す。


 人工的な地下施設。


 黒い装置。


 ヴァンやイリスに埋め込まれたものへの強い警戒。


 人間には分からない匂いを追い、道を選ぶこともあった。


「元々そういう性質を持った種類だったのか」


「そう考えると自然ね」


 ネイラはクロの首を見る。


「でも、ここからが嫌な話」


 空気が少し変わった。


「この傷?」


 セラが聞く。


「うん」


 ネイラはしゃがんだが、クロへ勝手に手を伸ばさなかった。


「昔の印は、身体へ焼きつけるものじゃなかった」


「じゃあクロのは?」


「後から誰かが真似した」


 ハヤトの表情が変わる。


「施設が?」


「おそらく」


 カイルが黒紐を受け取る。


「古い仕組みに、この印を持つ獣を認識する機能が残っていた。それを利用した?」


「ガルドはそう考えてたみたい」


「ガルド?」


 レグが反応する。


 ネイラは黒い箱を持ってきていた。


「冊子、もう一回見て」


 カイルが受け取り、先ほど飛ばした頁へ戻る。


「ここか?」


 最後の方。


 文字が乱れ始める少し前に、図があった。


 小さな円。


 三本線。


 その横に、首輪のような形。


「さっきは名前の方ばっかり見てたな」


「何て書いてある?」


 レグが隣から覗く。


 カイルが慎重に読み始める。


「《古い印を、鎖へ変えた者がいる》」


 次の行。


「《獣は道を覚えている。だから利用された》」


「利用……」


 セラの顔が曇る。


「クロたちを施設の番犬にした?」


「それだけじゃないみたいだ」


 カイルが続ける。


「《道を探させる》《印を追わせる》……この辺は読める」


 ハヤトがレグを見る。


「印を追う?」


 レグも自分の胸へ手を置いた。


 母から受け継いだ印。


 黒い石の形で一度外へ出て、今は再び身体の中へ戻っている。


「じゃあクロがレグについてきたのも……」


「待って」


 セラがハヤトを止める。


「それだけで決めない方がいい」


「あ」


「首輪があったときは何かを追わされてたかもしれない。でも外したあとまで同じとは限らないでしょ」


 クロは今、レグの横にいる。


 鎖もない。


 首輪もない。


 誰かに命令されている様子もない。


「そうだな」


 レグがクロの前へしゃがんだ。


「クロ」


 鼻先が向く。


「レグの印だからついてきた?」


 もちろん言葉では答えない。


「それとも、レグだから?」


 クロは少し首を傾げる。


 次の瞬間。


 レグの頬を舐めた。


「わっ」


 レグが顔を拭う。


「……レグだから?」


 尻尾が動いた。


「都合よく解釈してない?」


 ハヤトが笑う。


「してない」


「でもまあ」


 セラも少し笑った。


「今のクロがここにいる理由は、それでいいんじゃない?」


「うん」


 レグはクロの頭を抱く。


「クロが決めた」


 ネイラが二人を見ていた。


「それなら問題ないよ」


「何が?」


「昔の獣たちも、縛られて竜についていたわけじゃないから」


 ネイラは壁の彫刻を指す。


「一緒に行く相手は、自分で選んでたと言われてる」


 レグの顔が明るくなる。


「クロ、レグ選んだ?」


 尻尾がまた動く。


「やった」


「よかったな」


「ハヤトよりクロの方が先?」


「何の順番?」


「レグ選んだ順番」


「そこ競う必要ないだろ」


 カイルが冊子を読み進めていた。


 その手が止まる。


「……まだあるぞ」


「何?」


「この黒紐についてだ」


 全員が戻る。


 頁の端に、後から書き足したような短い文章。


「《首輪から切った》」


「ガルドが?」


「多分」


「どこで?」


 カイルが次を読む。


「《西の施設》」


 ハヤトたちは顔を見合わせた。


 ガルドは十数年前、一度西へ出た。


 その後、傷だらけで谷へ戻ってきている。


「クロがいた場所と同じ?」


 レグが聞く。


「場所までは分からない」


 カイルが答える。


「でも少なくとも、ガルドは同じ仕組みを使った施設を見てる」


「そこでこれを切った?」


「ああ」


 さらに続き。


「《一頭は逃がした》」


「一頭?」


「《残りは間に合わなかった》」


 笑いが消えた。


 レグがクロを抱く腕へ少し力を入れる。


「死んだ?」


「そうとは書いてない」


「でも……」


「分からない」


 レグは黙る。


 ネイラの表情も硬かった。


「ガルドが戻ってきたとき」


 ゆっくり口を開く。


「ひどく怒ってた」


「怪我したから?」


「違う」


 ネイラは覚えている。


「自分の傷なんて気にもしてなかった。ずっと、『また鎖にした』って言ってた」


「また?」


 カイルが顔を上げる。


 ネイラもそこが引っかかっているらしい。


「私も聞いた。でも答えなかった」


「ガルド、何か前にも知ってた?」


「たぶんね」


 古い印。


 本来は道を共にするためのもの。


 それがいつか、獣を縛り、操るための印へ変えられた。


 しかもガルドは、それを初めて見たわけではない。


「この施設が最近起きたのとは別の話か」


 ハヤトが言う。


「十数年前にはもう動いてたってことだもんな」


「全部が一斉に始まったわけじゃなさそうだ」


 カイルが頷く。


「最近になって増えた。それ以前にも、動いてた場所はあった」


 これまで一つにまとめかけていたものが、少し崩れる。


 一つの原因。


 一つの始まり。


 そんな単純なものではないのかもしれない。


「おとうさん」


 レグが冊子を見る。


「クロみたいなの助けた?」


「一頭は」


「その子、どうなった?」


 カイルが続きを探す。


 頁の下。


 たった一行。


「……《東へ走った》」


「東?」


「ああ」


「谷に来た?」


 ネイラが首を横に振る。


「私は知らない」


「じゃあ別のところ?」


「かもしれない」


 クロが不意に鼻を鳴らした。


 黒紐へ近づく。


 今度は怯えるような反応ではない。


 ただ、匂いを確かめる。


「知ってる匂い?」


 レグが聞く。


 クロは長く嗅いだあと、顔を上げた。


 そして。


 家の外。


 東の方角へ鼻先を向ける。


「……クロ?」


 耳が立つ。


 尻尾は止まっている。


 警戒ではない。


 何かを探すときの姿だった。


「向こうに何かある?」


 レグが隣へ立つ。


 クロは動かない。


 ただ東を見ている。


 ネイラもその方角を見た。


「ガルドが箱を置いていったあと」


「うん」


「谷から出る前に、一か所だけ寄った場所がある」


 レグが振り返る。


「どこ?」


「昔、その獣たちを休ませていた場所」


「まだある?」


「跡だけなら」


「行きたい」


 すぐに答えた。


 ネイラはクロを見る。


「この子も何か感じてるみたいだしね」


 カイルが冊子を閉じる。


「そこに行けば、ガルドが何をしたのかもう少し分かるかもしれない」


「ああ」


 ハヤトも立ち上がった。


 クロはまだ東を向いている。


 首には、誰かに焼きつけられた古い印。


 けれど今は、そこに首輪はない。


「クロ」


 レグが呼ぶ。


 ようやくこちらを見る。


「いっしょに行く?」


 尻尾が一度、大きく動いた。


「行くって」


 レグは笑った。


「じゃあ行こ」


 今度は誰かに追わされる道ではない。


 クロ自身が選んだ方向へ、一行は向かうことになった。

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