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ランキング最高順位51位!『異世界に転移したので、もう我慢するのはやめました ~固有能力《自由》で好き勝手に生きる~』  作者: くんくん
選んだ道の先へ

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風が降りる場所

朝食を終えた一行は、深緑の竜が示した道を東へ進んだ。


 竜の谷までは、人の足であと二日。


 そう聞いてからなのか、それとも本当に近づいているからなのか、山の景色まで少し違って見える。


 道はある。


 ただし、人が作った道には見えなかった。


 大きな岩を避けて曲がり、木々の間を縫いながら、それでも途切れることなく先へ続いている。地面には人の靴跡より、巨大な爪跡の方が多かった。


「竜って歩くんだな」


 ハヤトが足元を見る。


「ずっと飛んでると思ってた」


「疲れる」


 レグが答えた。


「飛ぶの?」


「うん」


「レグも?」


「ずっとはいや」


「へえ」


「おなかすく」


「結局そこなんだ」


 セラが笑う。


 レグは少し考えてから付け加えた。


「あと、つかれる」


「順番逆じゃない?」


「どっちも大事」


 クロはレグの隣を黙々と歩いている。


 昨日までは、空を竜が横切るたびに立ち止まっていた。今は顔を上げる程度だ。


「クロも慣れてきた?」


 セラが聞く。


 レグが尻尾を見る。


「ちょっと」


「分かる?」


「昨日より、しっぽ普通」


「それ便利だな」


 ハヤトも見てみる。


 確かに下がりきってはいない。


 だが人間の自分には、それ以上の違いはよく分からなかった。


 昼近くになると、森が途切れ始めた。


 代わりに灰色の岩肌が増え、遠くの山々までよく見えるようになる。


「三つ並んだ山って、あれじゃない?」


 セラが指した。


 正面。


 ほぼ同じ高さの山が三つ、重ならずに並んでいる。


「多分な」


 カイルが地図を見る。


「方向も合ってる」


「じゃあ水ある?」


 レグが聞く。


「深緑の竜の話なら、夕方には着く」


「名前ないと呼びづらいな」


 ハヤトが言う。


「古い喧嘩相手でいいって本人言ってた」


「長いだろ」


「じゃあ喧嘩相手」


「誰の?」


「ガルドの」


「結局長い」


 カイルが呆れる。


「谷で教えてくれるらしいし、それまで我慢しろ」


「そうだな」


 名前を無理に聞かない。


 竜の側には竜の決まりがある。


 少しずつ、それにも慣れ始めていた。


 昼食は歩きながら簡単に済ませる。


 レグは干し芋を一枚だけ食べ、残りを袋へ戻した。


「まだ残すんだ」


 ハヤトが言う。


「夜」


「本当に計画的になったな」


「谷まである?」


「食料はちゃんとあるよ」


 セラが答える。


「干し芋なくなっても大丈夫」


「でも干し芋はなくなる」


「そこは別なんだ」


「うん」


 午後。


 空を飛ぶ竜の数が、さらに増えた。


 遠くを横切るだけのもの。


 高い岩山へ降りるもの。


 二頭並んで飛ぶもの。


 中には明らかにこちらを見に来て、上空を一周して去っていくものもいる。


「見られてるね」


 セラが空を見る。


「人間が珍しいんだろうな」


「カイル、人気」


 レグが言う。


「何で俺だけだ」


「ハヤトはいっぱい見られてるから」


「それ俺も嫌だな」


「セラも」


「じゃあ全員じゃん」


 レグが頷いた。


「人気」


「そういうことにしとくか」


 敵意はない。


 それだけで十分だった。


 やがて、三つの山がかなり近くなる。


 道が一度大きく下り始めた。


「水の音する」


 レグが先に気づいた。


 クロも耳を立てる。


 ハヤトたちにも少し遅れて聞こえてきた。


「川?」


「もっと広そう」


 セラの予想は当たっていた。


 坂を下りきった先。


 岩に囲まれた浅い盆地の中央に、大きな泉があった。


「おお……」


 ハヤトは足を止める。


 透き通った水。


 底の石まで見える。


 山肌から流れ落ちる細い滝が二本あり、その水が泉へ注いでいた。


 周囲には柔らかな草が生え、野営するには十分な平地もある。


「ここだな」


 カイルが地図を畳む。


「今日はここ?」


「そのつもり」


「水いっぱい」


 レグがすぐ泉へ近づこうとする。


「待って」


 セラが止めた。


「先に飲めるか確認しよう」


「きれいだよ?」


「きれいでも駄目なことあるから」


「そっか」


 今度は素直に待つ。


 ハヤトは少し離れた場所を見回した。


「誰もいない?」


「今はな」


 カイルが地面を見る。


「ただ、使われてる」


 泉の周囲には大きな足跡がいくつも残っている。


 竜だ。


「水飲みに来る場所?」


「多分」


 セラが水を確認する間に、野営する場所を選ぶ。


 泉からは少し距離を取った。


 竜たちの水場なら、真横に寝床を作るのはさすがに邪魔だろう。


「この辺なら?」


 ハヤトが平らな場所を指す。


「いいと思う」


 荷物を下ろす。


 クロはすぐ周囲の匂いを確かめ始めた。


 レグは泉が気になって仕方ないらしい。


「入る?」


「え?」


「水」


「泳ぐってこと?」


「うん」


「冷たそうだけど」


 レグが手を入れてみる。


「つめたい」


「だろ」


「やめる」


「早いな」


 セラが水の確認を終えて戻ってきた。


「大丈夫そう。でも飲む分は一応沸かそう」


「はーい」


 準備が始まる。


 今日は時間に余裕がある。


 昨日までのように、何かに追われる必要もない。


 ハヤトが火を起こしていると、横でレグが弓を出した。


「練習する?」


「うん」


「ここで?」


「あっち」


 泉から離れた岩壁を指す。


「人……じゃなくて竜来るかもしれないから気をつけろよ」


「見る」


「矢の先もな」


「うん」


 レグは少し離れた場所へ向かった。


 クロも当然のようについていく。


 セラがその背中を見る。


「本当に一人で色々するようになったね」


「な」


 ハヤトも同じことを思う。


 以前なら、レグが動くたびについていこうとしていた。


 今は視界に入っていれば、それほど心配しなくなった。


「寂しい?」


 セラが突然聞く。


「何が?」


「レグがしっかりしてきて」


「……ちょっとだけ?」


「やっぱり」


「でも楽だよ」


「そっちも本音でしょ」


「かなり」


 セラが笑う。


「親みたい」


「やめて。俺まだ二十九」


「年齢の問題?」


「違うの?」


「違うと思う」


 そこで二人とも少し黙った。


 レグの両親を探している最中にする話ではない気がした。


 セラが火の方を見る。


「谷に着いたら、どうなるんだろうね」


「何が?」


「レグ」


 ハヤトの手が止まる。


「ガルドさんかミレアさんがいたら」


「うん」


「そのまま一緒にいたいって言うかもしれない」


 考えていなかったわけではない。


 ただ、あえて言葉にしてこなかった。


「……そうだな」


「嫌?」


 すぐには答えられなかった。


 レグ自身が選ぶ。


 それが大事だと、何度も言ってきた。


 だったら。


「嫌って言ったら駄目だろ」


「それとこれとは別じゃない?」


「え?」


「寂しいのは寂しいでいいと思う」


 セラは火の向こうにいるレグを見る。


 一射。


 矢が岩壁近くの土へ刺さった。


 レグが位置を確認して、次の矢をつがえる。


「選ぶのはレグ。でも、私たちが何も思わなくなる必要はないでしょ」


「……そっか」


「私は寂しいよ」


 セラは普通に言った。


「多分、かなり」


「俺も」


「でも、それで引き止めるかは別」


「ああ」


 言葉にすると少しだけ整理できた。


 自由に選べ。


 それは、何でも笑って送り出せるという意味ではない。


 寂しいなら寂しい。


 それでも、選択は奪わない。


「ハヤト」


 セラがこちらを見る。


「何?」


「逆にレグが『一緒に来て』って言ったら?」


「谷に住むってこと?」


「例えばね」


「……仕事どうしよう」


「そっち?」


「いやだって生活あるじゃん」


「異世界に飛ばされてきた人が急に現実的」


「大事だろ」


 セラが笑う。


「私は治癒術の勉強続けたいかな」


「じゃあ住めないじゃん」


「そういうことになるね」


「難しいな」


「だから、そのとき考えればいいよ」


 以前なら答えを決めようとしていたかもしれない。


 今はそれでいい気がした。


 そのとき。


「ハヤト!」


 レグの声。


「何!?」


 慌てて振り返る。


 レグがこちらへ手を振っている。


「入った!」


「何が?」


「矢!」


 岩壁の手前。


 狙いにしたらしい細い木の印へ、矢が刺さっている。


「おお!」


「見た?」


「今見た!」


「さっきも見て!」


「ごめん!」


 レグは満足そうだった。


「全然見てなかったじゃん」


 セラが笑う。


「大事な話してたから」


「本人に言える?」


「言わない」


「だよね」


 夕方。


 夕食を作り始めた頃、泉の反対側に影が落ちた。


 クロが顔を上げる。


「来た?」


 レグも振り返る。


 一頭の竜が降りてきた。


 見覚えのある赤褐色。


「昨日の!」


 レグが立ち上がる。


 相手も短く鳴いた。


「約束守ったんだ」


「うん!」


「飛ぶ?」


「ごはんのあと」


「珍しい」


「今日はおなかすいた」


「いつもじゃん」


 赤褐色の竜は水を飲みに来ただけなのか、泉へ首を下ろす。


 しばらくして、もう一頭。


 さらに一頭。


 色も大きさも違う竜たちが、次々と泉へ降りてきた。


 ただし昨日のように人間へちょっかいを出す様子はない。


 水を飲み、休み、また飛び去っていく。


「ここ、本当に水場なんだな」


 ハヤトが鍋を混ぜながら言う。


「俺たち、かなり目立ってるけど」


 何頭かはこちらを見ている。


 それでも近づいてはこない。


「赤いのがいるから?」


 セラが聞く。


「分かんない」


 レグが答える。


「聞けば?」


「ごはんのあと」


「本当に食事優先なんだ」


 夕食を終えると、レグは約束通り竜の姿になった。


 赤褐色の竜も翼を広げる。


「着地だけ練習だぞ!」


 ハヤトが声を上げる。


『わかってる!』


「遠く行くなよ!」


『わかってる!』


「夕方だから暗くなる前に――」


「ハヤト」


 セラが止める。


「言いすぎ」


「……はい」


 レグが空へ飛ぶ。


 赤褐色の竜も続く。


 今度は高く上がらない。


 泉の周囲を大きく回り、一度岩場へ降りる。


 レグ。


 着地。


 一歩。


 二歩。


 止まった。


『できた!』


「おお!」


 ハヤトが手を叩く。


「今のきれい!」


 セラも声を上げる。


 赤褐色の竜が鳴く。


『「まあまあ」って』


「厳しいな!」


『もういっかい!』


 また飛ぶ。


 二回目。


 少し勢いが強い。


 だが転ばない。


 三回目。


 かなり滑らか。


「ちゃんと上手くなってる」


 カイルが感心したように言った。


「一日で?」


「力があるからな。あとは加減を覚えれば早いんだろ」


「《自由》じゃなくて本人の練習で、な」


 ハヤトが言う。


「ああ」


 そこは大事だった。


 何でもできる力だから、できたわけではない。


 何度か失敗して、直した。


 レグ自身が。


 四回目の着地。


 ほとんど音も立てずに降りる。


『できた!』


 赤褐色の竜が今度は何も言わなかった。


『なに?』


 短い返事。


 レグが嬉しそうになる。


「何て?」


『「悪くない」』


「進歩したな」


『勝った?』


 返事。


 レグの顔が少し曇る。


『「まだ」』


「そりゃそうだろ」


『明日また』


「まだやるの?」


『うん』


 赤褐色の竜も満更ではないらしい。


 日が完全に沈む前に、ほかの竜たちは少しずつ泉を離れた。


 最後まで残った赤褐色の竜も、空へ戻る。


 飛び立つ直前。


 一度だけレグへ何かを告げた。


『……え?』


「どうした?」


 竜はもう飛び上がっていた。


 レグは人の姿へ戻りながら、その背中を見る。


「何て?」


 ハヤトが聞く。


「明日」


「うん」


「谷まで、一緒に行くって」


「案内してくれる?」


「たぶん」


「よかったじゃん」


 だがレグは少し変な顔をしていた。


「まだ何か言った?」


「『入口、人いっぱい』」


「人?」


 セラが反応する。


「人間?」


「わかんない」


「竜の人化かもな」


 カイルが言う。


 レグは続きを思い出す。


「あと」


「何?」


「『待ってるひと、怒ってる』」


「……誰が?」


「知らない」


「何に怒ってる?」


「それも知らない」


 レグは困ったように首を傾げた。


 深緑の竜は、谷の入口でレグを待つ者がいると言った。


 そして、その相手は。


 どうやらあまり機嫌がよくないらしい。


「俺ら何かした?」


 ハヤトが尋ねる。


「まだ谷にも着いてないよ」


 セラが答える。


「じゃあレグ?」


「レグ、何もしてない」


「だよな」


 カイルは火へ薪を足しながら、ため息をついた。


「行けば分かる」


「最近それ多いな」


「分からないものを今考えても仕方ない」


「珍しく前向き」


「現実的と言え」


 夜。


 三つの山の下にある泉は静かだった。


 時々遠くで羽音がする。


 それでも昨日とは違い、誰も構えなかった。


 眠る前。


 レグは泉の向こうに見える山を眺めていた。


「明日?」


 ハヤトが隣へ立つ。


「うん」


「いよいよ谷だな」


「うん」


「緊張する?」


「ちょっと」


「俺も」


 レグがハヤトを見る。


「怒ってる人いるから?」


「それもある」


「ハヤトが怒られる?」


「何で俺?」


「よく怒られるから」


「誰に?」


「セラ」


「……否定できない」


 レグが笑う。


「でも」


「ん?」


「明日、おとうさんいるかも」


「ああ」


「おかあさんも」


「うん」


 嬉しい。


 怖い。


 たぶん、どちらもある。


 レグはしばらく黙っていたあと、ハヤトの袖を軽く掴んだ。


「明日も、いっしょ」


「ああ」


「途中までじゃない?」


「レグが来るなって言うまでは」


「言わない」


「なら一緒」


 袖から手が離れる。


「じゃあ寝る」


「おやすみ」


「おやすみ」


 翌朝には、谷へ向かう最後の一日が始まる。


 その先で誰が待っているのか。


 今はまだ、誰も知らなかった。

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