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ランキング最高順位51位!『異世界に転移したので、もう我慢するのはやめました ~固有能力《自由》で好き勝手に生きる~』  作者: くんくん
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朝の向こう側

二本岩を越えた。


 たったそれだけだった。


 眩しい光もなければ、地面が揺れることもない。昨日の夜のように道が歪んで見えることもなく、五人と一匹は普通に東へ歩いていく。


 ハヤトは数歩進んでから振り返った。


「……普通だな」


 二本岩は後ろにある。


 その向こうには、昨日野営した森へ続く道。


 何も変わっていない。


「何が起きると思ってたの?」


 セラが聞く。


「もっとこう……越えた瞬間に景色が変わるとか」


「期待してたんだ」


「ちょっとだけ」


「観光地じゃないんだから」


 カイルが呆れた声を出す。


「でも道が夜に変わっただろ?」


「だから朝に来た」


「それはそうなんだけど」


 レグは二人の会話を聞かず、前方へ鼻を向けていた。


「レグ?」


「におい、いっぱい」


「竜?」


「うん」


 声の調子が少し違う。


「一頭じゃない?」


 レグが頷く。


「いっぱい」


 ハヤトの足が止まりかけた。


「どれくらい?」


「わかんない」


「十頭とか?」


「わかんない」


「百?」


「ハヤト」


 セラが横から止める。


「数字増やしても分からないと思う」


「確かに」


 レグも真面目に頷いた。


「いっぱいは、いっぱい」


「はい」


 クロは昨日ほど警戒していなかった。


 ただし、いつもよりレグの近くを歩いている。


「クロも分かってるのかな」


「たぶん」


 レグが頭を撫でる。


「でも、怖くないって」


「本当に?」


「しっぽ」


 見ると、尻尾は下がっていない。


 かといって楽しそうに振っているわけでもない。


「普通?」


「ちょっと気になる」


「細かいな」


「クロだから」


「分かったような分からないような」


 道は緩やかな上りだった。


 一時間ほど歩く。


 森そのものは、昨日までと大きく変わらない。


 木。


 草。


 鳥。


 時々、小さな獣の気配。


 それでもハヤトには、何かが違うように感じた。


「セラ」


「何?」


「静かじゃない?」


「鳥鳴いてるよ」


「そうじゃなくて」


 言葉にしにくい。


 森が静かというより。


「人の気配がない」


 カイルが先に言った。


「あ、それ」


「街道から外れてるんだから普通じゃない?」


 セラが言う。


「昨日までは古い轍や切った枝があった」


 カイルが道の端を見る。


「ここから先、そういうものがない」


 ハヤトも確認する。


 確かに。


 歩いている道自体はある。


 けれど馬車が通った形跡がない。


 人が木を切った跡もない。


「じゃあ誰が使ってる道?」


 セラの問いに、レグが前を指した。


「これ」


 地面。


 ハヤトが近づく。


「……でか」


 足跡だった。


 人のものではない。


 四本の太い指。


 爪。


 昨日、二本岩のそばに残されていた跡によく似ている。


「竜の道か」


 カイルがしゃがむ。


「古いのと新しいのが混じってる」


「そんな分かる?」


「土見ろ。こっちは崩れてる。こっちはまだ形が残ってる」


「最近通った竜がいる?」


「ああ」


 レグも匂いを確認する。


「知らない竜」


「昨日のやつ?」


「ちがう」


「また別?」


「うん」


 ハヤトは前方の道を見る。


「本当にいっぱい住んでそうだな」


 レグは少し嬉しそうだった。


「レグみたいなのいる?」


「いるかも」


「人になれる?」


「それもいるかもな」


「会いたい」


「まず普通に挨拶しような」


「うん」


「戦うとか言うなよ」


「……」


「レグ?」


「言わない」


「今考えた?」


「ちょっと」


「やっぱり」


 セラが笑った。


 昼前。


 道の横に、大きな石が現れた。


 高さはハヤトの背丈の二倍ほど。


 自然に立ったものではない。


「これ何?」


 表面に大きな傷が刻まれている。


 三本。


 横に一本。


 さらに下には円。


「文字?」


 ハヤトが聞く。


「古代文字とは違うな」


 カイルが見る。


「レグ、分かる?」


「ちょっと」


 レグが石の前へ立つ。


 しばらく見上げてから。


「『ここから、ゆっくり』」


「ゆっくり?」


「たぶん」


「何で?」


 セラが周囲を見る。


 道はここから少し細くなっている。


 崖でもない。


「竜向けの標識?」


 ハヤトが言う。


「それなら人間には関係ないか?」


「待て」


 カイルが石の裏へ回る。


「こっちにもある」


 全員で覗く。


 裏側。


 同じような刻み方で、別の印。


「レグ?」


「……『速く飛ぶな』」


「なるほど」


 ハヤトは上を見る。


 木々の隙間から青空が見える。


「この辺、飛行禁止?」


「何で?」


「知らん」


 カイルも周囲を調べる。


「何か守ってる場所が近いのかもな」


「巣?」


 セラが言う。


「小さい竜がいるとか?」


 レグの目が輝いた。


「赤ちゃん?」


「まだ決まってない」


「見たい」


「だからまだ決まってないって」


 その直後。


 上から大きな影が落ちた。


「っ!」


 ハヤトが反射的に剣へ手をかける。


 セラも杖を持ち上げる。


 カイルが叫んだ。


「抜くな!」


 セインの忠告。


 先に敵意を見せるな。


 ハヤトは柄を握ったまま、剣を抜かずに止まった。


 木々の隙間を、巨大な何かが通り過ぎる。


 翼。


 長い尾。


「竜……」


 セラが呟く。


 空を飛んでいた。


 灰色でも白銀でもない。


 深い青の鱗。


 セインほど大きくはないが、レグよりは遥かに大きい。


「こっち見た?」


 ハヤトが聞く。


「見た」


 レグが答える。


「何か言った?」


「ううん」


 青い竜はそのまま遠くへ飛んでいく。


「普通にいるんだな」


「竜の谷へ向かってるんだからね」


「分かってるけど、実際見るとすごいな」


 レグはずっと空を見ている。


「飛びたい?」


「ちょっと」


「今はやめとこう」


「標識もあったしね」


 セラが言う。


「うん」


 レグは素直に諦めた。


 そこから先。


 森が徐々に変わり始める。


 木々が低くなり、岩が増える。


 空が広くなる。


 そして道の左右には、時々巨大な爪跡。


 鱗。


 折れた枝。


 明らかに、人間ではなく大型の生き物が生活している痕跡が増えていった。


「これ」


 ハヤトが地面から一枚の鱗を拾いそうになる。


「触るな」


 カイルに即座に止められた。


「見るだけ」


「今拾おうとしただろ」


「ちょっと」


「セインに何言われた」


「勝手に触るなとは言われてない」


「言われなくても分かれ」


「ハヤト」


 セラまで来る。


「落ちてるものでも、竜にとって何か意味あるかもしれないよ」


「……はい」


 手を引っ込める。


 レグが鱗を見る。


「これ、古い」


「分かる?」


「におい薄い」


「じゃあ――」


「拾わない」


 先に言われた。


「レグの方がちゃんとしてる」


 セラが言う。


「俺の評価が落ちていく」


「元からでは?」


 カイルが続ける。


「お前ら旅の後半になって急に厳しくない?」


 誰も否定しなかった。


 昼。


 小さな川のそばで休む。


 水は澄んでいる。


 念のため煮沸することにした。


「ここで昼にしよう」


「干しいも!」


 レグがすぐ袋を出す。


「まだ残してたの?」


「うん」


「朝食べなかったんだ」


「お昼用」


「計画的だな」


 ハヤトも保存食を取り出す。


 パン。


 干し肉。


 村でもらった野菜。


 簡単な昼食だった。


「温かいの食べたい」


 レグが言う。


「夜まで我慢」


「焼く?」


「焚き火するほどじゃない」


「そっか」


「谷着いたら料理できる場所あるのかな」


 セラが言う。


「竜って何食べるんだろ」


「肉」


 レグが答える。


「レグ基準じゃなくて」


「竜だから」


「説得力あるようで、全部の竜が同じとは限らないよね」


 レグが止まる。


「……魚も食べる?」


「知らないよ」


「聞く」


「誰に?」


「会った竜」


「最初の質問それ?」


 そんな話をしていると。


 クロが食べるのをやめた。


「ん?」


 耳が立つ。


 レグも顔を上げる。


「来る」


「何が?」


「人」


 ハヤトは少し安心しかけた。


「人?」


 ここに人間が?


 だがレグは続けた。


「たぶん、竜」


「どっち?」


「人の形」


 全員が立ち上がる。


 カイルは短剣へ手を近づけたものの、抜かない。


 ハヤトも同じ。


 道の奥。


 岩の影から、一人の男が出てきた。


 若い。


 二十代後半くらいに見える。


 黒に近い青髪。


 背はハヤトより高い。


 服は簡素だが、人間の旅人と大きく変わらない。


 ただ。


 目。


 鮮やかな青。


 さっき空を飛んでいた竜と同じ色だった。


「……あいつ?」


 ハヤトが小声で聞く。


「うん」


 レグが答える。


 男は一定の距離で止まった。


 最初に見たのはレグ。


 次にクロ。


 そして。


 ハヤト。


 セラ。


 カイル。


 三人の人間を順番に見る。


「やはり連れてきたか」


 普通の言葉だった。


 ハヤトは少し意外だった。


「喋れるんだ」


「何だと思っていた」


「いや、もっと古い言葉かと」


「人間の言葉くらい知っている」


「そうですか」


 妙に圧がある。


 男の視線がレグへ戻る。


「名は?」


 一瞬。


 ハヤトの身体が強張った。


 セインの忠告。


 竜の名を勝手に呼ぶな。


 そして、谷で何かを聞かれてもレグの代わりに答えるな。


 だから口を出さない。


 レグ自身も少し考えた。


「レグ」


「それだけか」


「うん」


 男の目が細くなる。


「もう一つは?」


 レグは答えなかった。


 空気が少し変わる。


「知らない?」


 男が尋ねる。


「知ってる気がする」


「ならなぜ言わない」


「言いたくないから」


 短い。


 でもはっきりしていた。


 男はレグを見つめる。


 ハヤトは黙ったまま、すぐ動けるようにだけしている。


 やがて。


「そうか」


 男が言った。


 怒った様子はない。


「それでいい」


 昨夜の声。


 ハヤトが気づく。


「昨日の?」


 男がこちらを見る。


「何だ」


「夜、二本岩の向こうから話してた?」


「お前には聞こえていなかったはずだ」


「レグから聞いた」


「そうか」


 否定しない。


「じゃあ爪跡も?」


「あれは私だ」


「道通っていいって意味?」


「人間にも分かったのか?」


「レグが」


「……なるほど」


 男の視線がまたレグへ向く。


「名を返さず、人間を置いてもこなかった」


「うん」


「なぜ人間を連れている」


 その問い。


 セインが言っていた。


 代わりに答えるな。


 ハヤトは口を閉じた。


 セラも。


 カイルも何も言わない。


 レグが答える。


「仲間だから」


「その人間たちが?」


「うん」


「捨てろと言われても?」


「やだ」


「谷へ入れないと言われたら?」


「じゃあ入らない」


 ハヤトは思わずレグを見る。


 男もわずかに眉を動かした。


「お前だけなら入れるとしても?」


「ハヤトたち入れないなら、レグも入らない」


「母親がいるかもしれなくても?」


 レグの顔が止まった。


 ハヤトの胸が少し締まる。


 それでも口は出さない。


 レグ自身が考える。


 数秒。


 長く感じた。


「……会いたい」


「なら?」


「でも、一人で行かない」


 男は何も言わない。


「おかあさん探したい。でも、ハヤトとセラとカイルとクロ置いていくのは、レグがいや」


 クロがレグの脚へ身体を寄せる。


「それで会えなかったら?」


 レグは少し迷った。


「そのとき、また考える」


「今決めない?」


「うん」


 男の口元が、ほんの少しだけ動いた。


 笑ったのかもしれない。


「セインは、何を教えた」


「いろいろ」


「名前は?」


「言わない」


「それは教えられたようだな」


 男が一歩横へ動く。


 道を空ける。


「行け」


「いいの?」


 レグが聞く。


「この道を通ることは止めない」


「谷まで?」


「谷の入口までだ」


「その先は?」


「私が決めることではない」


 レグが頷く。


「わかった」


「ただし」


 男の目が三人の人間へ向く。


「人間」


「はい」


 なぜかハヤトが返事をしてしまう。


「剣は抜くな」


「分かってる」


「竜へ触れるな」


「それも分かってる」


 カイルが横からこちらを見る。


「さっき鱗拾おうとしてたけどな」


「言わなくていいだろ!」


 男の目が細くなる。


「鱗を?」


「拾ってない!」


「落ちていたもの?」


「うん」


「なら別に構わん」


 ハヤトがカイルを見る。


「ほら!」


「竜によるかもしれないだろ」


 男が少し呆れた顔をした。


「落ちた鱗を拾う程度で怒る者は少ない」


「少ないってことは、いる?」


 セラが尋ねる。


「いる」


「やっぱり拾わない方がいいじゃん」


「……はい」


 レグが笑った。


 男は背を向ける。


「夕方までに次の岩場へ着け」


「また夜は危ない?」


 カイルが聞く。


「この先は道が変わらない」


「じゃあ何で?」


「夜は若い竜が飛ぶ」


「危険?」


「遊ぶ」


「……遊ぶ?」


「人間を見たことがない者もいる」


 ハヤトは嫌な予感がした。


「近づいてくる?」


「かなり」


「攻撃は?」


「本人にその気がなくても、お前たちは脆い」


「それ先に言って!」


 男は振り返らない。


「急げば間に合う」


「場所は?」


「道なりだ」


 それだけ言うと、男の身体が淡い光に包まれた。


「え?」


 巨大な青い翼が広がる。


 あっという間に竜の姿へ戻った。


 風が巻き起こる。


「うわっ!」


 ハヤトたちが腕で顔を守る。


 レグだけは目を輝かせていた。


「大きい!」


 青い竜は一度だけレグを見る。


 そして強く地面を蹴った。


 巨体が空へ舞い上がる。


 翼を数回動かしただけで、あっという間に山の向こうへ消えていった。


「……」


 しばらく誰も喋らなかった。


「竜って」


 セラが先に口を開く。


「結構普通に喋るんだね」


「そこ?」


「もっと怖い感じかと思ってた」


「いや、十分怖かっただろ」


 ハヤトは自分の胸を押さえる。


「レグ」


「なに?」


「よく普通に話せたな」


「竜だから」


「またそれか」


 レグは嬉しそうに空を見る。


「仲間いっぱいいる」


「まだ仲間ではないぞ」


 カイルが言う。


「これから」


「前向きだな」


「うん」


 ハヤトは道を見る。


 青い竜が言った次の岩場。


 夕方まで。


「じゃあ急ぐか」


「夜に若い竜いっぱい来るって」


 セラが荷物を持ち直す。


「ちょっと見てみたいけど」


「俺は遠くからでいい」


「レグは見たい」


「だろうな」


 クロだけはあまり乗り気ではなさそうだった。


 五人と一匹は再び歩き始める。


 道はまだ上り。


 けれど少し進むと、木々の向こうに高い山が見え始めた。


 その山と山の間。


 遠く。


 雲より低い位置を、何か大きな影が横切る。


 一つ。


 二つ。


 さらにもう一つ。


「……あれ全部?」


 ハヤトが尋ねる。


「うん」


 レグが笑う。


「竜」


 竜の谷は、まだ見えない。


 それでも。


 その存在だけは、もう隠しようがないほど近くまで来ていた。

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