↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ランキング最高順位51位!『異世界に転移したので、もう我慢するのはやめました ~固有能力《自由》で好き勝手に生きる~』  作者: くんくん
選んだ道の先へ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
109/175

境目の手前

二本岩の向こうから、歌が聞こえる。


 少なくとも、レグには。


 ハヤトたちには風が木々を揺らす音しか聞こえなかった。


「まだ聞こえる?」


「うん」


「近づいてる?」


 レグは首を横に振った。


「ずっと、あそこ」


 二本の岩の間を指す。


 母ミレアが歌っていたのと同じ旋律。


 けれど、レグは追いかけようとはしなかった。


「行かないの?」


 セラが静かに尋ねる。


「今日は、ここまで」


 レグは二本岩を見たまま答えた。


「おじいちゃん、夜はだめって言った」


「……ちゃんと聞いてたんだ」


「レグ、ちゃんとしてる」


「最近それ自分で言うよね」


「ほんとだから」


 ハヤトは少し笑った。


 以前のレグなら、母親につながるものが目の前にあれば、そのまま走っていたかもしれない。


 今は違う。


 気になる。


 行きたい。


 それでも待つことを選べる。


「じゃあ野営場所探そう」


「ああ」


 カイルが周囲を見る。


「岩から少し離れた方がいい。何が境目になってるのか分からん」


「境目?」


「村の話が本当なら、二本岩より先で何かが変わる。わざわざ真横で寝る必要もないだろ」


「それはそうだな」


 二本岩が見える場所を残しつつ、少し西へ戻る。


 道から外れたところに平らな場所があり、小さな沢も近かった。


「ここなら水も取れるね」


 セラが荷物を下ろす。


「クロも大丈夫そう」


 クロは周囲を一周すると、特に警戒する様子もなくレグのところへ戻った。


「じゃあここ」


 準備が始まる。


 ハヤトとカイルが簡単な寝床を作り、セラが水と食事の準備。レグは薪を集めることになった。


「いっぱい持ってくる」


「遠くまで行くなよ」


「見えるところ」


「うん」


 レグがクロと一緒に森へ入る。


 数分後。


「多くない?」


 両腕いっぱいの枝を抱えて戻ってきた。


「いっぱいって言った」


「言ってたけど」


「足りない?」


「十分。むしろ明日の朝までいける」


「じゃあよかった」


 地面へ置く。


 その後ろからクロも一本の太い枝を咥えてきた。


「クロも持ってきた!」


「えらいな」


 クロの尻尾が動く。


「俺より褒められてない?」


 カイルが言う。


「カイルも枝持ってくれば?」


「もう寝床作った」


「じゃあえらい」


「子供扱いされてる気がする」


 日が傾くまでには、野営の準備が整った。


 簡単な煮込みに干し肉。


 村でもらった干し芋も少しだけ焼く。


「これ、焼いた方がおいしい」


 レグが一口食べて言った。


「熱いから気をつけてね」


「うん」


 言った直後、もう一口。


「……あつい」


「だから言ったのに」


 セラが笑いながら水を渡した。


 ハヤトは食事をしながら二本岩を見る。


 まだ見えている。


 ただ、昼間とは少し雰囲気が違った。


「カイル」


「何だ」


「あれ、道あんな曲がってた?」


 カイルも視線を向ける。


 二本岩の向こう。


 昼間はそのまま山の奥へ伸びていた細い道が、今は右へ曲がっているように見える。


「……地図だと直進だな」


「夕方だからそう見えるだけ?」


「確かめる」


 カイルが立とうとする。


「越えないでよ」


 セラがすぐ言った。


「分かってる」


「本当に?」


「お前まで俺を信用しなくなったのか」


「古代遺跡に入ると目が変わるから」


「どういう評価だ」


 ハヤトもついていく。


「俺も行く」


「じゃあ私も」


「レグも」


「全員行くならクロも来るだろ」


 結局、五人と一匹で二本岩の手前まで戻った。


「絶対越えないからな」


 ハヤトが言う。


「ハヤトが一番心配」


「何で?」


「気になったら行くから」


 セラが答えた。


「俺、そんなイメージ?」


 レグとカイルが黙ってこちらを見る。


「何か言えよ」


「自覚ないのが一番まずいな」


「カイルにだけは言われたくない」


 話しながらも、足は岩の手前で止める。


 二本の巨大な岩。


 間は馬車一台なら十分通れるほど広い。


「昼と変わったところある?」


 セラが尋ねる。


「岩自体は同じだ」


 カイルがしゃがみ込む。


「道も……」


 顔を上げる。


「いや」


「何?」


「見ろ」


 岩の向こう。


 右へ曲がっていたはずの道が、今は左へ続いていた。


「……え?」


 ハヤトは一度目を擦る。


「さっき右だったよな?」


「右だった」


「レグは?」


「右だった」


 セラも頷く。


「私もそう見えた」


 誰も動いていない。


 道だけが変わった。


「幻術?」


 ハヤトが聞く。


「その可能性はある」


 カイルは地面から小石を拾う。


「投げるぞ」


「越えないならいい」


 石を二本岩の間へ放る。


 ころ。


 道の上に落ちた。


 何も起きない。


「普通じゃん」


「待て」


 小石を見る。


 ハヤトも目を離さない。


 一秒。


 二秒。


 風が吹いた。


 木の葉が揺れる。


 その一瞬だけ視界が遮られ――。


「石どこいった?」


 なくなっていた。


「転がった?」


「音しなかった」


 カイルが灯りを少し高くする。


 道の先には何もない。


「怖っ」


 ハヤトが素直に言った。


「昼間越えてたら?」


 セラの声も少し硬い。


「分からん」


「越えなくて正解だったな」


「うん」


 レグが短く答えた。


 いつの間にか、歌も止まっているらしい。


「歌は?」


「いま、しない」


「夕方までだった?」


「わかんない」


 クロが二本岩へ近づく。


「クロ」


 レグが呼ぶと、すぐ止まった。


 鼻を動かす。


 そして。


 一歩後ろへ下がる。


「嫌みたいだな」


「うん」


 ここから先。


 何かがある。


 それだけは確かだった。


「戻ろう」


 今度は誰も異論を出さなかった。


 野営地へ戻るころには、空の赤みもかなり薄くなっていた。


 火を囲む。


 レグは干し芋の残りを食べながら、時々二本岩の方を見ている。


「気になる?」


 ハヤトが聞いた。


「うん」


「明るくなったら行こう」


「うん」


「それまで我慢」


「できる」


 少し間を置いて。


「たぶん」


「そこは言い切って」


「できる」


「よし」


 夜が来る。


 見張りは二人ずつ交代にした。


 最初はハヤトとカイル。


 セラとレグには先に休んでもらう。


 クロは誰に言われるでもなく、レグの近くで丸くなった。


 火の向こうでカイルが地図を眺めている。


「まだ見るの?」


「二本岩の先を確認してる」


「何か書いてある?」


「ほとんどない」


「竜の谷まで線だけ?」


「ああ」


「頼りないな」


「三十年前より古い情報を継ぎ足して作ってる地図だぞ。あるだけ感謝しろ」


「はいはい」


 しばらく火の音だけになる。


「なあ」


 カイルが小さく言った。


「何?」


「レグ、変わったな」


「分かる?」


「ああ」


「最初知らないだろ」


「会った頃と比べてだ」


 それでも十分変わった。


「前なら歌追ってたかもな」


「俺もそう思った」


「今は待った」


「ああ」


 ハヤトは眠っているレグを見る。


「自分で決められるようになったってことかな」


「お前が決めなくなったのもあるんじゃないか」


「俺?」


「前は先回りして止めること多かっただろ」


「……そうだった?」


「結構」


「セラにも言われそうだな」


「確実にな」


 少し耳が痛い。


 でも否定はできなかった。


「危ないときは止めるけどな」


「それでいいんじゃないか」


「珍しくまともなこと言う」


「喧嘩売ってる?」


「褒めてる」


「お前の褒め方は分かりにくい」


 そのとき。


 クロが顔を上げた。


「ん?」


 耳が立っている。


 ハヤトも口を閉じる。


 風。


 木々。


 沢。


 それ以外に――。


「……聞こえる?」


 カイルが尋ねる。


「何も」


 だがクロは東を見ている。


「レグ」


 起こそうとした、その前。


「起きてる」


 毛布の中から声がした。


 レグが身体を起こす。


「歌?」


「ちがう」


「じゃあ何?」


 レグは二本岩の方を見る。


「竜」


 ハヤトも立ち上がる。


「声?」


「うん」


「何て?」


「……」


 レグはすぐには答えなかった。


「返事してない?」


「してない」


「ならいい」


 レグは耳を澄ませる。


 遠い。


 けれど確かに何か聞こえているらしい。


「何て言ってる?」


 レグの眉が寄った。


「『人を連れてる』」


 カイルの手が短剣へ近づく。


「こっちのことか?」


「たぶん」


 次の声。


 レグは黙って聞く。


「『なぜ』」


 ハヤトはレグを見る。


「答えなくていいぞ」


「うん」


 返事はしない。


 しばらく何も起きない。


 やがて、またレグが口を開いた。


「『返事しない』って」


「向こうも分かってる?」


「うん」


 そして。


 レグの目が少し大きくなる。


「何?」


「……笑った」


「竜が?」


「たぶん」


 低い音が、今度はハヤトにもわずかに聞こえた。


 声というより、遠い雷に近い。


 敵意は感じない。


 少なくとも今は。


 レグがそのまま聞いている。


 最後に一言。


「『それでいい』」


「……それでいい?」


「うん」


 声は消えた。


 クロもゆっくり頭を下ろす。


「終わり?」


「たぶん」


「誰だったんだろうな」


 レグは首を横に振った。


「知らない」


「名前は?」


「言わなかった」


「そっか」


 カイルが二本岩の方を見る。


「こっちが試されてる感じするな」


「返事するか?」


「ああ」


 ハヤトも同じことを思った。


 村の決まり。


 セインの忠告。


 名前を呼ばれても返すな。


 それは単に危険を避けるためだけではないのかもしれない。


「寝られる?」


 ハヤトがレグへ聞く。


「うん」


「怖くない?」


「ちょっとだけ」


「じゃあ俺起きてるから」


 レグは少し考えてから毛布へ戻る。


「ハヤト」


「何?」


「明日、いっしょに行く?」


「ああ」


「セラも?」


「もちろん」


「カイルも?」


「俺もいる」


 横から返事が来る。


「クロも」


 尻尾が一度だけ床を叩いた。


 レグが笑う。


「じゃあ寝る」


「おやすみ」


「おやすみ」


 再び静かになる。


 その後、夜の間に道を越える者はいなかった。


 声も聞こえない。


 歌もない。


 朝。


 空が明るくなり始めると、ハヤトたちは再び二本岩の前へ立った。


「……戻ってる」


 セラが言う。


 昨日の昼と同じ。


 道は二本岩の間から真っ直ぐ東へ伸びている。


「小石は?」


 探す。


 昨日投げた石が、道の真ん中にあった。


「消えてなかった?」


「見えなくなってただけか」


「やっぱり幻術かな」


「似たものだろうな」


 カイルが地面を見る。


 そして、動きを止めた。


「何?」


 岩の間。


 昨日まではなかった跡がある。


 巨大な爪。


 土へ深く刻まれた、四本の爪痕。


「夜に来た?」


 ハヤトが聞く。


「少なくとも、この跡は新しい」


 レグが近づく。


 境目は越えない。


 手前から匂いを確かめる。


「昨日の竜?」


「たぶん」


「どんな匂い?」


 レグが少し考える。


「強そう」


「匂いで?」


「うん」


「便利だなそれ」


 そして爪痕のすぐ横。


 小さな石が一つ置かれていた。


 自然に落ちたようには見えない。


 表面に一本だけ線が引かれている。


「文字?」


 カイルがしゃがむ。


「いや。印だな」


「意味は?」


「分からん」


 レグが見る。


 しばらくして。


「道」


「え?」


「たぶん、『通っていい』」


「分かるの?」


「昨日の声と、同じ感じする」


 確証はない。


 だから全員がすぐに動くことはなかった。


 ハヤトは二本岩の向こうを見る。


 道は真っ直ぐ。


 クロも昨夜ほど嫌がっていない。


「どうする?」


 セラが尋ねた。


 ハヤトはレグを見る。


 今回は先に答えなかった。


「レグは?」


 レグも二本岩を見る。


 少し時間をかけてから。


「行く」


「うん」


「でも」


 レグが全員を見る。


「いっしょ」


 ハヤトは笑った。


「ああ」


 二本岩の前。


 レグが最初の一歩を踏み出す。


 その隣にハヤト。


 反対側にセラ。


 後ろからカイルとクロが続く。


 五人と一匹は、朝の光の中で境目を越えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。