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ランキング最高順位51位!『異世界に転移したので、もう我慢するのはやめました ~固有能力《自由》で好き勝手に生きる~』  作者: くんくん
選んだ道の先へ

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地図にない煙

ノルドを出てから、最初の数時間は驚くほど何も起きなかった。


 東へ伸びる道は細いものの、まだ人が使っているらしい。荷車の轍が薄く残り、ところどころには馬の蹄の跡もある。


 ハヤトは歩きながら、何度か空を見上げた。


「平和だな」


「何その言い方」


 セラが隣から見る。


「いや、最近ずっと何か起きてたから」


「自分から言わないでよ」


「言ったら起きる?」


「知らないけど、嫌な感じする」


 少し前を歩いていたカイルが振り返る。


「安心しろ。今日は少なくとも、近くに古代施設はない」


「少なくとも?」


「地図に載ってる範囲ではな」


「それ安心できないやつじゃん」


「事実を言っただけだ」


 ハヤトはため息をついた。


 そのさらに前では、レグとクロが並んで歩いている。


 レグは朝から何度も周囲を見回し、時々鼻を動かしていた。


「レグ」


「なに?」


「何か匂う?」


「森」


「それは見れば分かる」


「土」


「それも」


「クロ」


「近いからな」


 レグが少し考える。


「あと、ハヤト」


「俺?」


「うん」


「何の匂い?」


 レグがもう一度鼻を動かす。


「ハヤトのにおい」


「答えになってない」


「それ以上聞かない方がいいんじゃない?」


 セラが笑っている。


「何でだよ」


「汗とか言われたら嫌でしょ」


「まだ午前中だぞ」


「昨日も風呂入ってないし」


「……それは言うな」


 レグは二人を見て首を傾げた。


「いつもとおなじ」


「それでいい」


 深掘りするのをやめた。


 昼前。


 道は徐々に山へ近づいていった。


 カイルが地図を開く。


「この先で一度、道が分かれる」


「どっち?」


「北東」


「もう片方は?」


「昔は村へ続いてた」


 レグがすぐ反応した。


「ごはんある?」


「村が残ってればな」


「寄る?」


「本来の道から少し外れる」


 ハヤトも地図を覗き込む。


「どれくらい?」


「一時間くらい」


「往復二時間か」


「補給できるなら悪くない」


 セラが荷物を見る。


「食料はまだ十分あるけど、水は足せるなら足したいね」


「セインが言ってた三十年前の村?」


「ああ」


 カイルが地図の小さな印を指す。


「名前はリトって書いてある」


「三十年前……」


 ハヤトが周囲を見る。


「あるかな」


「行けば分かる」


「雑だな」


「地図に残ってるだけありがたいと思え」


 結局、寄ることにした。


 分かれ道から北側へ進む。


 最初のうちは古い轍があった。


 だが十分。


 二十分。


 進むほど道は荒れていく。


「これ、使われてないね」


 セラが草を避ける。


「最近の足跡もない」


 ハヤトが地面を見る。


「カイル」


「分かってる」


 地図を確認する。


「道は合ってる」


「じゃあ村なくなった?」


「まだ決めるな」


 レグが突然止まった。


「煙」


「え?」


 全員が顔を上げる。


「どこ?」


 レグが前方を指す。


「向こう」


 木々の間。


 ハヤトには何も見えない。


「匂い?」


「うん」


「焚き火?」


「たぶん」


 クロも同じ方向へ鼻を向けている。


「じゃあ誰かいるか」


 カイルが地図を畳む。


「村かどうかは別としてな」


 さらに二十分ほど進むと、森が少し開けた。


 最初に見えたのは畑だった。


「あったじゃん」


 ハヤトが言う。


 ただし。


 地図から想像していた村とは、かなり違った。


 家は十軒もない。


 しかも古い建物の跡が広い範囲に残っている。


 崩れた石垣。


 草に埋もれた井戸。


 土台だけになった家。


 現在人が住んでいる場所は、その一角に固まっていた。


「昔はもっと大きかったんだね」


 セラが周囲を見る。


「多分な」


 畑で作業をしていた男がこちらに気づいた。


 鍬を置き、警戒した様子で近づいてくる。


「旅の人か?」


「はい」


 セラが自然に一歩前へ出た。


「道の途中で水と食料を少し分けていただけないかと思いまして」


「どこへ?」


「東です」


 男の顔が少し変わった。


「東?」


「はい」


「山へ行くのか?」


 カイルが答える。


「越える予定だ」


「やめといた方がいい」


「何かある?」


 男は五人を見回す。


 最後にクロで止まった。


「その獣は?」


「クロ」


 レグが言う。


「名前じゃなくて……」


 ハヤトが横から入る。


「仲間です。人を襲ったりはしません」


「そうか」


 男はまだ少し警戒していたが、鍬へ手を戻すほどではなかった。


「とにかく、村長に話してくれ。俺じゃ分からん」


「村長いるんだ」


「いるさ。小さいだけで村は村だ」


「失礼しました」


 セラがすぐ頭を下げる。


 ハヤトも軽く頭を下げた。


 レグだけが周囲を見ている。


「人、すくない」


「昔は多かったよ」


 男が答えた。


「今はこれだけだ」


「なんで?」


「レグ」


 セラが軽く止める。


「いきなり聞かないの」


「だめ?」


 男は苦笑した。


「別にいい」


 少し遠くを見る。


「みんな西へ出ていっただけだ」


「何かあったんですか?」


 今度はセラが尋ねる。


「別に大きなことはない。畑が痩せて、山の道も使われなくなって、商人も来なくなった。それだけだ」


「竜のせい?」


 レグが言った。


 男の顔が固まった。


 ハヤトもレグを見る。


「なんでそう思った?」


「においする」


「竜の?」


「うん」


 今までとは違う反応だった。


 男が明らかに戸惑っている。


「……お嬢ちゃん、何者だ?」


「レグ」


「だから名前じゃなくて」


「竜」


 言い切った。


「レグ!」


 ハヤトが思わず声を上げる。


「隠す?」


「いや、そういうことじゃなくて」


 セインからも、谷の近くでは竜との関わりが複雑だと聞いている。


 人間相手に簡単に明かしていいかは、少し考えた方がいい。


 だが男は笑わなかった。


「……そうか」


 それだけだった。


 カイルの目が鋭くなる。


「驚かないんだな」


「驚いてる」


「でも否定しない」


「昔は、この辺じゃ珍しい話じゃなかったらしい」


 全員が黙った。


「昔?」


「ああ」


 男が村の奥を指す。


「村長に聞け。その話なら俺より知ってる」


 今度は全員、素直に従った。


 村の中央。


 一番大きな家へ案内される。


 大きいといっても、ノルドの村長宅よりずっと小さい。


 出てきたのは、腰の曲がった老人だった。


「旅人?」


「はい」


 セラが事情を説明する。


 東へ向かっていること。


 水と食料を補給したいこと。


 そして、道について聞きたいこと。


 老人は何度か頷いた。


「水は好きなだけ持っていきなされ。食い物は多くはないが、干した芋なら分けられる」


「ありがとうございます」


 レグの目が動く。


「干しいも?」


「食べたい?」


「うん」


「あとでね」


 老人が笑った。


「好きなら少し多めに持たせよう」


「ほんと?」


「レグ」


「ありがとう!」


 今度は先に言えた。


「成長してる」


 ハヤトが小さく言う。


「聞こえてる」


「ごめん」


 水の話を終えたあと、カイルが地図を広げた。


「東の山を越えたい」


 老人の表情が変わる。


「この道か」


「昔は通れたと聞いてる」


「昔はな」


「今は?」


「人はほとんど通らん」


「崩れてる?」


「道そのものはある」


「なら何で?」


 老人は少し黙った。


 それからレグを見る。


「さっき、この子が竜だと言ったそうだな」


「はい」


 ハヤトは隠さなかった。


「本当に?」


「たぶん」


「たぶん?」


「竜です」


 レグ自身が答える。


 老人はしばらく彼女を見る。


「姿を変えられるのか」


「うん」


「誰に教わった」


「じぶんで」


 老人の目がわずかに大きくなった。


「そうか……」


「何か知ってるんですか?」


 セラが聞く。


 老人は椅子へ深く座り直した。


「わしが子供の頃、この村には決まりがあった」


「決まり?」


「東の山で、竜を見ても追うな」


「それだけ?」


「声をかけられても、名前を聞くな」


 ハヤトたちの空気が変わる。


 セインの話と似ている。


「誰から伝わった決まりですか?」


 カイルが聞く。


「知らん。わしの爺さんも、そのまた前からあったと言っていた」


「竜は実際にいた?」


「ああ」


 老人は迷わず頷いた。


「わしも一度だけ見た」


「どんな竜?」


 レグが前へ乗り出す。


「白い竜だった」


 レグが止まった。


 ハヤトは荷物の中にしまった一枚の鱗を思い出す。


「白銀の鱗?」


「そこまでは覚えておらん。遠くからだ」


「いつ?」


「六十年以上前」


 レグの肩から少し力が抜ける。


 ミレアだと決めつけるには古すぎる。


 そもそも母親が何歳なのかも分からない。


「その竜はどこへ?」


「東へ飛んだ」


 老人が窓の向こう。


 山の方角を見る。


「昔、この村には東から来る旅人もいた。だが、ある時期からぱったり途絶えた」


「いつ頃?」


「三十年ほど前だ」


 カイルがセインの話を思い出したらしく、地図を見る。


「セインが最後にこの辺へ来た頃と近いな」


「セイン?」


 老人が聞き返した。


「竜です」


 レグが答える。


「灰色で、大きい」


 老人の顔から血の気が引いた。


「……灰色?」


「知ってる?」


「片方の角が欠けているか?」


 今度はハヤトたちが驚く番だった。


「知ってるんですか?」


「見たことはない」


 老人が首を横に振る。


「ただ、村に話が残っている」


「どんな?」


「東の境を見張る灰色の竜」


 セラがレグを見る。


 カイルも黙っている。


 セインは自分の役目について、すべてを話してはいない。


「その竜がどうしたんです?」


 ハヤトが聞く。


「昔は時々、この村へ人の姿で来たらしい」


「人で?」


「ああ」


 老人が少し笑う。


「酒を飲みに」


「……」


 ハヤトは一瞬、聞き間違えたかと思った。


「酒?」


「好きだったそうだ」


「セインが?」


 レグが目を丸くする。


「真面目そうだったのに」


「見た目で決めるなよ」


「ハヤトも?」


「俺は別に真面目そうじゃないだろ」


「うん」


「即答するな」


 セラが笑いを堪える。


 少しだけ空気が和らいだ。


「その灰色の竜から何か伝えられてませんか?」


 カイルが聞く。


 老人はまた考える。


「一つだけ」


「何です?」


「東へ行くなら、夕暮れまでに《二本岩》を越えるな」


「越えるな?」


「ああ」


「何で?」


「その先は夜になると道が変わる」


 ハヤトは眉を寄せた。


「道が動く?」


「昔からそう言われているだけだ。わしは行ったことがない」


「魔術?」


「知らん」


「二本岩って?」


「山道に入れば分かる。大きな岩が二本、柱みたいに立っている」


 カイルが地図へ書き込む。


「そこまで何時間?」


「今からなら夕方前には着く」


「じゃあ今日は手前で野営?」


「それがいい」


 老人は真剣な顔だった。


「竜の子を連れているなら、なおさらな」


「どういう意味?」


 ハヤトが聞く。


「人間より、呼ばれやすいと聞く」


 レグが胸元へ手を置いた。


 昨夜まで聞こえていた名前。


「また声?」


「分からん」


 老人は首を振る。


「ただ、昔の者は《夜の道に返事をするな》と言った」


 イリス。


 セイン。


 そしてこの村。


 離れた場所で、同じ警告が残っている。


 偶然ではなさそうだった。


 ハヤトはレグを見る。


「今日は二本岩の手前まで」


「うん」


「夜は何か聞こえても返事しない」


「わかってる」


「一人で動かない」


「うん」


「カイルも」


「何で俺まで」


「一応」


「お前に言われたくない」


「じゃあ全員」


 セラがまとめた。


「夜は勝手に動かない。何か聞こえたら、まずみんなに言う」


「それで」


 ハヤトも頷く。


 話が決まる。


 水を補給し、干し芋と少しの野菜を分けてもらった。


 出発前。


 レグは老人から干し芋を一枚もらい、半分だけ食べている。


「残りは?」


 ハヤトが聞く。


「夜」


「珍しい」


「長い旅だから」


「計画性まで出てきた」


「ちゃんとしてる」


「はいはい」


 村を出る。


 来た道とは違い、今度は東へ続く細い山道へ入る。


 しばらく歩いたところで、セラが振り返った。


「村、まだ見える」


「うん」


「地図じゃ、もっと大きいんだけどな」


 カイルが古い印を見る。


「三十年で随分変わった」


「この先もそうかな」


「多分な」


 地図にあるものが、今もあるとは限らない。


 道。


 村。


 橋。


 そして竜。


 逆に、地図にないものが残っていることもある。


 午後。


 山道は少しずつ険しくなった。


 クロが先頭を歩き、レグがその後ろ。


 木々の隙間から、二本の細長い岩が見え始める。


「あれ?」


 ハヤトが指す。


「多分な」


 カイルが地図をしまう。


 距離はまだある。


 だが確かに、巨大な石柱のような岩が二本並んで立っていた。


「今日あそこまで?」


 レグが聞く。


「手前で場所探す」


「まだ明るいよ」


「だから今のうち」


「そっか」


 さらに進む。


 するとクロが急に止まった。


「クロ?」


 耳を立てている。


 レグも足を止めた。


「何か聞こえる?」


「……うん」


 ハヤトたちには何も聞こえない。


「声?」


 レグは首を横に振る。


「歌」


 セラの顔が変わる。


「どんな?」


 レグは少し耳を澄ませた。


 そして、ごく小さく同じ旋律を口ずさんだ。


 修道院の隠された庭で思い出した。


 ミレアが歌っていた、あの歌。


「……同じ?」


 ハヤトが聞く。


 レグが頷く。


「どこから?」


 指したのは。


 二本岩の向こう側だった。


 まだ夕暮れには早い。


 それでも、谷間には少しずつ影が落ち始めていた。


 レグは一歩も進まない。


 ただ、遠くから聞こえる母親と同じ歌を、黙って聞いていた。

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