第九話 友の死
のほほんとした殺意を殺す声、少女と見紛う華奢な背中。
それを聞いて見上げた、アオイの瞳が光を取り戻す。
「ミライくん……」
アオイがその名を呟くと、悪魔からスーッと笑みが消える。
それどころか、苦しそうな顔で歯を食いしばっていた。
悪魔はミライごと斬り殺そうと力を加えるも、全く微動だにしない。
力む悪魔の腕がプルプルと震え、一方のミライは平然としていた。
そのことから、両者の間には絶対的な力の差があることは明白だった。
悪魔がそんな顔をするのは、力を入れすぎて、余裕がなくなったから。
それと、もう一つ。
(なんだ、この人間……! 『チカラ』が消えてるはずなのに、どーして―――僕の剣を止めてるんだ……!?)
信じられない現実に直面したからだ。
思考が疑問で埋め尽くされる悪魔に気づかず、ミライも疑問に思ったことを悪魔に質問。
「ねぇ。なんでアオイちゃんのことぉ。おそらにいかせようとしたのぉ?」
「……は? お空? あー……あの世に逝くってことか。そんなの決まってるじゃん。ムカつくからだよ、勝手に絶望した気になって……。ホント、殺したくなる」
ミライの声に意識を引き戻され、『おそら』が『あの世に逝く』などの死の表現だと気づき、その勘の鋭い悪魔はアオイを殺そうとした理由を語った。
それを聞き、ミライは大きな瞳を丸くしてキョトンとする。
難しすぎて、言っていることが理解できなかったから。
「よくわかんないけどぉ。ダメだよぉ。そういうのぉ。アオイちゃんがケガしちゃう」
「フンッ。別にケガしようが死のうが、僕にとってそんなのどーでもいいよ。……というか、前々から思ってたんだけど。何? その5、6歳児みたいな喋り方。その歳でキツいよ? 気持ち悪いんだけど―――星無ミライ」
悪魔に名を呼ばれたミライは、「わぁ」とビックリ。
けれど、剣身を掴むその手は一切緩んでいない。
「なんでぼくのなまえしってるのぉ?」
「この人間の潜在意識に入り込んでるから、知ってて当然さ。そして―――君と、この人間が親友だってこともね」
「うん。そうだよぉ。ぼくとレン。シンユウぅ」
「でしょ? だから、邪魔しないでくれる? 僕と君は今、親友同士なんだから、僕との友情のために……どっか消えてよ」
取り憑いてレンに成り代わっている悪魔は、その特性をもってミライとの友情を育んだ記憶もある。
これは最早、ミライと親友同士にあると言っていい。
殺意を宿した眼差しのまま、悪魔は続ける。
「それか君も死んで。君、『チカラ』が消えた状態でその馬鹿力だから、僕じゃどーしよーもできないんだけど」
「えぇ。まだおそらいきたくないなぁ。まだまだいっぱぁい。あそびたいことあるしぃ。レンとエルザちゃんとのヤクソクもあるからムリだなぁ。それにキミぃ。レンじゃないよねぇ?」
うんざりするほど無垢な笑顔で、
「―――キミぃ。だぁれ?」
ミライは小首を傾げて、目の前のニセモノに尋ねた。
そんなミライの姿が視界に映った―――はずなのに、ミライが消えていた。
いや、正確に言えばミライは消えておらず、悪魔の視界から消えた。
悪魔は今、真上に飛んでいた。
目にも留まらぬ速度で、ミライが悪魔の顎を蹴り上げたことで。
それを自覚した途端、悪魔の視界がボヤけ始めて意識を手放しそうになる。
(マズい、このままじゃ……! 術はやめて、回復に魔力を……!)
悪魔は黒剣だけは手放さなかった。
そして黒剣の剣身から黒いオーラが消え、魔力の運用を回復に変える。
骨折して赤く腫れた顎が完治し、ボヤけた視界もハッキリとしだして完全復活を遂げる。
(あの人間―――クソガキ、ふざけやがって……ッ! この体がダメになる前に、アイツを殺さなきゃ気が済まない! 僕のパンチで無駄に整ってるあの顔面をメッタメタのギッタンギタンにしてやる! ……あ、想像したら、なんだか気分が晴れてきたかも。久々の現世も意外と悪くない……。それより、いつまで飛んでんの? 全然、止まる気配がないんだけど? まさか天井までノンストップとかないよね……)
心の準備をするための時間稼ぎなのか、悪魔はゆっくりとした動作で顔を上に向ける。
苦笑する悪魔の目に飛び込んできたのは、巨大なシャンデリアだ。
シャンデリアとは、天井に吊るされている照明器具。
つまり―――悪魔は、シャンデリアのある天井へと衝突しそうになっていた。
「ちょ、嘘で―――!」
しょ、と言い切る前に、シャンデリアを貫きながら悪魔の首が天井に突き刺さる。
その瞬間を見ていた、
「わぁ。ささったぁ」
ミライは額に手を翳して眺め、
「ニャハ、ニャハハハッ★ れ、レンっちの頭、ムチャクチャぶっ刺さってるっ★」
エルザは腹を抱えて爆笑して、
「笑い事じゃないですよ!?」
アオイはツッコんだ。
ショック状態から新たなショックを与えられて、アオイは元に戻ったようだ。
黒槍を使って立ち上がって、アオイは天井に突き刺さっている悪魔を見る。
悪魔の下半身はブラブラと揺れていた。
「レンさん……」
アオイが名前を呟くと、上からガラスの破片が落下してくる。
それに違和感を覚えて、ガラスの破片の正体であるシャンデリアを見る。
天井から頭が抜けたのか、悪魔が落下してきた。
悪魔は重力に逆らえず、途中で黒剣から手を離し―――そのまま床に落っこちる。
高所から落下したせいか、煙が立った。
「―――レンさん!」
悪魔の落下地点に、アオイが駆け寄る。
無論、ミライとエルザも続いた。
悪魔の元へ辿り着くと、煙が晴れていき、床に突き刺さる黒剣のすぐそばで、うつ伏せに倒れている悪魔の姿が目に入った。
……いや、それは違っていた。
倒れていたのは、レンだった。
いつの間にか、頭の二本の黒角も、耳のとんがりも、体のヒビも消えていた。
うつ伏せに倒れているためわからないが、おそらく、歯も、爪も、瞳孔と瞳の色も元通りだろう。
把握できる範囲での外見的特徴から、そう判断したのだ。
しかし、アオイの顔が青褪めていた。
―――友達が、悪魔から解放されたというのに。
「悪魔から体を取り戻して、あの高いところからの落下……。それでは、レンさんは―――!」
「―――うん、人間じゃ無理っ★ 死んじゃったねっ★」
アオイの言葉を継いだエルザが、軽い調子で残酷な一言を告げる。
―――レンの頭の下には、血溜まりができていた。




