第八話 逆転の逆転
「やるじゃん、アオイっちっ★」
真っ直ぐレンを見据えるアオイに、いつもの笑顔でエルザはグッドポーズを送る。
その時、レンがフラフラと起き上がった。
エルザのダメージが残っているからだろう。
「ウガァ……!」
血肉に飢えた獣のような唸り声を上げ、レンは黒剣を構える。
呼応するように、アオイも黒槍を構える。
「―――いきます!」
同時に、両者は駆け出す。
一秒も足らず、両者は声を上げて振りかぶり、互いの得物がぶつかる。
先ほどならば、アオイは力で押し負けて、その瞬間に勝負は決していただろう。
しかし、今回は違う。
「ガッ……!?」
アオイの槍は、レンの剣を超えた。
レンの渾身の一撃を、アオイは見事な槍使いで次々と弾いていく。
「―――今のワタシなら、レンさんを無力化できますッ!」
そこから、アオイの猛攻が始まる。
突き、振り下ろし、薙ぎ払い―――アオイは体得した全ての技をもって戦う。
先の戦いとは、まるで正反対。
今度はレンが防戦一方となり、アオイに追い詰められている。
今のアオイは、力でも、技でも、全てにおいてレンに勝っていた。
レンはギリギリのところで捌いていたが、ついにアオイの凄まじい進撃に持ち堪えるができなくなった。
息も絶え絶えで、顔には大量の汗が浮かんで―――観念したのか、ついに防御をやめた。
「これで、終わりです―――!」
棒立ちのレンに、アオイは黒槍を振り下ろす。
が、その一撃は空を切った。
レンが後ろへ駆け出したからだ。
白柱の前までやってくると、レンは跳躍し、その黒爪を柱に刺して野生じみた動きで登っていく。
「ウガアアアアアアアアアアアア!!」
白柱を蹴って飛び降り、レンは咆哮を上げて上空から一閃。
おそらく最後であろう一撃を、アオイは避けることなく黒槍で応戦した。
剣と槍がぶつかり合い、火花が散る。
その火花によって、アオイの苦悶の表情が照らし出されていた。
(重いっ……! まだ、こんな力が残っていたんですか……!? ですが、負けません……負けるわけにはいかないんです。レンさんを、取り戻すために―――!)
「―――はああああッ!!」
気合の声と共に、アオイは黒槍を振り切る。
力で押し負けたレンの体が吹っ飛び、自身が登った白柱へ背中から叩きつけられた。
「ウ、ガ……ッ」
白柱に亀裂が入り、レンは肺の空気を吐き出した。
それから背中をズルズルと滑って落ちていき、白柱へ寄りかかって崩れ落ちる。
直後、アオイは黒槍の槍先を、ダラリと項垂れるレンの顔に向けた。
「―――今度こそ終わりです! 悪魔では、ワタシに勝てません! 諦めて、今すぐレンさんに体を返してください! でなければ、お仕置きします!」
アオイが言い放つと、レンの肩が上下に揺れる。
クククッ、と小さな笑い声を漏らしたことによって。
不気味に思ったアオイは、槍先を下げて一歩下がってしまう。
あの唸り声よりも、あの呻き声よりも、この声が悍ましかったから。
「―――フフフッ、フハハハハッ、フハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」
段階ごとに分かれた笑い声は、それに合わせて声量も大きくなって、レンの首も起き上がっていく。
最終的にレンは、天井を見上げて哄笑した。
……本当の悪魔のように、アオイは見えた。
(な、何が起こって……)
「―――この僕にお仕置きする、だって?」
突然、哄笑をやめたレンが、ゾッとするほど凍てつくような声で言う。
しかし、その声はレンではない。
変声期前の透き通った少年の声だった。
そのことに違和感を抱いている間に、人形じみた動きで起き上がり、ソレは目をかっぴらいてアオイを睨み上げる。
「調子に乗るなよ? クソ人間」
瞬間、ソレを中心に風が吹き荒れる。
力に目醒めたアオイの比ではない。
嵐のような風圧で、それは容易にこの巨大な空間を振動させるほどのものだ。
そして、とても禍々しい闇のオーラを帯びていた。
その風を、アオイは腕をクロスして、足腰に力を入れてなんとか耐える。
一方で少し離れているとはいえ、サイドテールを揺らすだけのエルザは、やはり超人的で何事もなかったように不動。
だが、「あちゃーっ」と額に手を当て、間抜けに口と目を開けていた。
「これはもー、レンっちはダメだねっ★」
風が止み、振動も消える。
だが、代わりに現れたのは―――『レンの姿を模した悪魔』だった。
悪魔は、全身の皮膚がヒビ割れたように黒い線が刻まれ、紅い双眸から血が流れていた。
ゴフッ、と血を吐く。
その血を乱暴に手で拭き、付着した己の血に視線を落とした。
「本当に脆いなー、人間って。ちょっと魔力を吸う量を増やすと、すぐこーなるんだから。もー数分も持たないで死んじゃうなー。久々の現世旅行も、おしまいか」
「し、死ぬ……そんな、嘘……」
『死』という言葉が聞こえた瞬間、アオイは強烈な虚脱感に襲われる。
黒槍を落として、両膝をついた。
「嘘じゃないよ。確かに僕は嘘をつくのが好きだけど、今はくだらないから、そんなめんどくさいことしないさ。……そーだ。冥土の土産に、君をコレで殺してあげるよ」
言って、黒剣の剣身に闇のオーラを纏わせる。
ユラユラと炎のように揺らめくそのオーラを、アオイは虚ろな瞳でボーッと見ていた。
「これなら僕が君を殺した後、すぐにこの体の持ち主だった人間も死んで、あの世で逢える。ほら、全然寂しくないでしょ? 寂しーと思うのは、すぐに死者の後を追えないまま生きてしまうからさ。うんうん。僕ってば、なんて優しーんだろう。寂しさを感じることなく、二人のクソ人間を楽にしてあげてさ。……ね、君もそー思うでしょ?」
「………」
「答えられる状態じゃないか。―――ところで君は、どーして僕のこと止めないんだい?」
突然、話しかけられたエルザは、「エルちゃんっ?」と自分を指差す。
悪魔は、「そー」と頷いて続けた。
「君は僕よりも強いだろー? だから、止めなくていーのかい、って聞いたんだ」
「ニャハハッ★ エルちゃんはどーでもいいから、お好きにどーぞって感じっ★」
「アハハッ。なら、お言葉に甘えようかな? いーね、君。そーいう力があるのに何もしない薄情なところ、人間らしくて僕は好きだよ? だけど、一番好きなのは……」
悪魔は、アオイに向かって歩き出す。
目から、口から出る血の雫で、床を汚しながら。
目の前に辿り着いた時、見下しながら悪魔は、アオイの頭上に切っ先を向けた。
「絶望してる、人間の無様な顔。アハハッ、その顔……いーよ。スゴく絶望してる。見てるだけで僕、ゾクゾクしちゃうなー……。でもね、僕の方が絶望してるよ。君なんかよりも、ずーっと。ムカつくな―――死んで?」
冷酷に言い放った直後、黒い軌跡を残した剣閃が振り下ろされる。
が、その漆黒のオーラを纏った剣身を掴まれ、剣撃が止められた。
何者が?
決まっている。
「―――それはヒドいんじゃなぁい?」
星無ミライだ。




