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幻想終末の欠落者  作者: あした
【第一章】契約
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第七話 覚醒

 約1000人の入隊志望者のうち、半数が悪魔との契約に失敗し、体を取り憑かれた。


 その者たち―――憑依者は牙を剥き、咆哮を上げ、契約者と未だ契約をしていない非契約者を問わず、無差別に襲いかかっていた。


 それは、眼前のレンも同様だった。


「ウガアアアアアアアアアアアア!!」


 レンは獣のように吠えて、黒剣を片手にアオイへ一直線に突進する。


 凄まじい速度でアオイに肉薄し、その勢いを乗せて黒剣を振り下ろした。


 しかし、アオイは辛うじて反応ができ、咄嗟に黒槍を横に構えて剣撃を迎える。


 初撃を防ぐことに成功するも、レンの攻撃は終わらない。


 縦横無尽に放たれる、無数の斬撃。


 それもアオイは、巧みに捌いていく。


 しかし、剣と槍がぶつかって生じる火花が苛烈さを増すごとに、アオイの表情が辛そうに歪む。


「―――ウガァッ!」


 振り下ろした渾身の一撃は、ついにアオイの防御を突破した。


 アオイは、その強さに耐え切れず倒れた。


 刃を届かせようとレンが押し込み、アオイは押し返せず、ジリジリと刃が首に迫る。


(なんて、力ですか……ッ!?)


 とても人間が持っている力ではない、とアオイはこの窮地で思った。


 実際その通りで、悪魔に取り憑かれたことで、レンは通常よりも遥かに強くなっている。


 だからこそ、あんな乱暴で力任せな攻撃でも、アオイの槍捌きを攻略してみせたのだ。


(このままでは押し切られて、ワタシは……。なんとかしなくては、レンさんに殺されないためにも、レンさんを人殺しにしないためにも……。ヌルさんの指示に従って、他の方に処分されないためにも……! レンさんはおそらく、悪魔が見せたトラウマでああなっているはず。なら、ここからレンさんを正気に戻せば―――!)


「―――レンさん! 悪魔なんかに、トラウマなんかに負けないでください! 元に戻ってきてください!」


「ウガゥッ!」


(ダメですか……!)


 呼びかけても、レンは元に戻らなかった。


 アオイに覆いかぶさったまま、先ほどよりもレンの力が増していき、さらにアオイの首に刃が届きそうになる。


 文字通り、黒槍によって、なんとか首の皮一枚繋がっている状況だ。


 再び呼びかけようにも、それすらも封じられた。


 最早、アオイに為す術はなくなった。


 その時、トン、トン、と足音が聞こえた。


 軽やかで、楽しそうな、スキップでもしていそうな足音が。


 なんとか目だけを動かして、アオイは足音を発する正体を暴いた。


「―――エルザ、さん……」


 振り絞るように、アオイは掠れた声で紡ぐ。


 黒大剣を床に置き、エルザは愛らしくしゃがんだ。


 その金色のサイドテールを揺らすと、


「ピンチだね、アオイっちっ★ どーするっ? 今ならエルちゃん、隙だらけのレンっち―――ぶっ殺せるよっ★」


 アオイの苦しげな顔を観察して、エルザは満面の笑みで宣言した。


 エルザのチャームポイントである八重歯が、今のアオイには憎々しく見えた。


「何を、バカなことを……! レンさんを、人を、そんな簡単に、殺そうとするなんて、あなたは……!」


「バカなのはアオイっちじゃんっ★ レンっちはレンっちだけど―――アレが本当にレンっちに見えるのっ?」


「―――ッ!?」


 猫のような目を細めて言うエルザに、アオイは納得してしまった。


 今のレンは、レンじゃない。


 細長い瞳孔、尖った耳、二本の黒角、牙、黒爪。


 どう見ても、これはどう見ても……人間ではない。


 ―――悪魔にしか、見えない。


 友達が悪魔になったという、受け入れたくない現実を突きつけられて奥歯を噛むアオイ。


 そんな悲劇のヒロインに、さらにエルザは追い打ちをかける。


「レンっちはもー、立派な悪魔だよっ★ 見境なく暴れて人を殺す、そんな危険な存在っ★ 悪魔には正義の鉄槌をっ★ だから―――ぶっ殺さないとっ★」


「―――ウガアアアア!!」


 瞬間、吠えたレンが、エルザを攻撃しようと襲いかかる。


 エルザはしゃがんだ姿勢のまま、重たいであろう黒大剣を掴む。


 ―――横たわるアオイの上に走る、紅い剣閃。


 いとも容易く、エルザはその攻撃を振り払った。


 あまりの威力に限界を超えたレンでも防ぎ切れず、緩やかな曲線を描きながら吹っ飛んでいく。


 常軌を逸したその様を、アオイは驚愕に見つめていた。


 10メートルほど吹っ飛んだところで、レンは背中から床に墜落する。


 呻き声を上げ、その場で踠いていた。


 アオイはわかってしまった。


 エルザの言葉は嘘ではない―――本当に、軽々と、ぶっ殺せそうだと。


「お話、邪魔されちゃったっ★」


 おいしょっ、とエルザは立ち上がる。


 そして、アオイを見下ろした。


「それじゃ、このままエルちゃん、悪魔退治いってくるねっ★」


 黒大剣を肩に担いで、エルザはレンの元へ向かおうとする。


 全身に痛みが広がって、焦る気持ちとは裏腹に、アオイは緩慢な動作で起き上がってエルザの背中に手を伸ばす。


「ま、待ってください!」


 呼び止められて、エルザの足が止まる。


 そのまま何も言わなかった。


「ワタシがなんとかしますから、お願いですから、レンさんを、殺さないでください……!」


 懇願するその声に、エルザは呆れたような溜息をついて振り返る。


「あのね、アオイっちっ★ エルちゃんが何もしなかったら、あのままアオイっち、ぶっ殺されちゃってたんだよっ? それ、ちゃんとわかってるっ?」


「はい、わかっています……。エルザさんが来なかったら、ワタシはレンさんに殺されていました……確実に」


 自分の無力さが悔しく、アオイは黒槍を強く握る。


 エルザがいなければ、力で押し負けて……アオイの首はあの凶刃によって切断されることを理解していた。


 悔しがるアオイの心情を把握しながらも、エルザはなおも続ける。


「それじゃ、アオイっちはレンっちに殺されたいのっ? 殺されたかったのっ? アオイっちは、どーしたいのっ?」


「―――そんなの、決まってます。エルザさんにレンさんを殺させない! レンさんに誰も殺させない! レンさんを、元に戻すことです!」


 力強い言葉に、エルザは面食らう。


 大きな紅い双眸が見開かれた。


 が、すぐに不敵な笑みへと変わる。


「元に戻すにしても、アオイっちはどーするつもりなのっ?」


「それは、そのー……。れ、レンさんを無力化すれば、為す術がないと悪魔が諦めて、レンさんに体を返してくれるはずです!」


「ニャハハッ★ アオイっちが無力化っ? エルちゃんがいなかったら、ぶっ殺されそーになってたのに、どーやって無力化するつもりなのかなっ? なーんにも―――『魔晶器ましょうき』の使い方わかってない、アオイっちにっ★」


「うっ……」


 アオイは、ぐうの音も出なかった。


(……確かに、エルザさんの言う通りです。今のワタシでは、あのレンさんを無力化する力なんてありません。エルザさんみたいな強さは、ワタシには……)


 どうすることもできず、アオイは俯く。


 その時、あることが頭の中に浮かんだ。


『私たちは魔力をもらい受け、その対価として契約者に力を貸してるの。いわば私は、ただそれだけの装置というだけよ』


 ―――リースの、言葉だ。


(もしかすれば……!)


 何かに気がづいた。


 アオイは顔を上げると、エルザの『魔晶器ましょうき』に注目する。


 レンの黒剣と同様に、黒大剣の剣身に紅光の線が浮かび上がっていた。


 そのことを確認して、手の中にある黒槍に視線を移す。


 エルザたちとは違って、紅光はどこにも浮かび上がっていなかった。


 ―――アオイは、確信を得る。


(やはり、そういうことですか! あの紅い光は『魔晶器ましょうき』に魔力が送られている証拠! だからお二人とも強かった……! だから魔力を送っていない

ワタシは、弱かったんですね……! となれば―――)


「リースさん、あなたに魔力を与えればいいんですね! ハア――――――ッ!」


 横にした黒槍を突き出し、強く握って目を瞑る。


 アオイは体の内に秘めたる、魔力を流し込んだ。


 アオイを中心に風が舞い、艶やかな長い黒髪が靡く。


 心血を注いで集中するアオイを、エルザは試すような目でジッと見つめた。


 しかしその表情は、いつもと違っていた。


(どうかな? アオイはアレ、できるかな? でも、アタシと同じなら―――できるに決まってるよね?)


「―――ハッ!!」


 最後に気合を入れた瞬間、アオイは開眼する。


 吹き荒れていた風が止み、



「―――これなら、レンさんを無力化できます!」



 予想通り、アオイが魔力を送ったことで―――黒槍に紅光が浮かび上がった。


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