第十話 頭突き
レンの潜在意識に土足で踏み入る悪魔が、レンの頭から手を離してズキズキと痛む頭を押さえる。
「あー、クソ! あのガキ、せっかく治したのに、また重傷負わせやがって……!」
「―――クソなのは、どっちだよ……」
酷く怒りの滲んだ呟きに、ハッと悪魔は顔を上げる。
そこには―――目が据わって、体をダラリとさせる無気力状態のレンが立っていた。
にもかかわらず、その姿には確かな覇気があった。
悪魔は驚愕に目を見開いた。
(なんで、コイツ目が覚めて……! 僕が頭から手を離して、トラウマ見させるのをやめたからっておかしーよ……! だって、あのトラウマで―――コイツの心はとっくに壊れてるはずなのにどーして……!?)
「どうして、って思ってそうだな……」
レンがそう言い当てると、動揺する悪魔の小さな体がビクンと跳ねる。
気にせず、レンは続けた。
「確かにテメェが変な夢見させたせいで、オレの心はズタボロだ……。けどな、アイツに一発もらったおかげで目ぇ覚めたよ……」
(痛みを、コイツと共有していたせい……!?)
悪魔がレンの頭に触れている間、感覚は常に共有されている。
無論、痛覚も例外ではない。
ミライのハイキックによって、レンは意識を取り戻した。
―――いや、親友のミライだからだろう。
だからこそ、心が壊れても、レンは復活することができたのだ。
(だとしても、それで目覚めるわけがない! ありえないありえない―――!!)
それがわからない悪魔は、そんな理由では到底納得できなかった。
「そして、こう言われてるような気がしたんだよ……」
言って、疑問で顔を歪ませる悪魔の頭をガシッと掴む。
「―――こんなモンに負けちゃいけねぇって、な!」
叫んで、レンは自らの額を、悪魔の額にぶつけて頭突きしようとする。
悪魔の顔に、初めて、恐怖が生まれた。
「や、やめて、それだけは……! やめろおおおおおおおおおおおおおおお!!」
そんな命乞いでは、レンは止まらない。
レンの額と悪魔の額が、ゴツンと鈍い音を立ててぶつかる。
宙に浮いていた悪魔は落下して、レンの眼下で額を押さえて闇の上を転げ回った。
「クッソ……! なんてことするんだ、お前!!」
「ざまぁみろっての―――え?」
涙目で下から睨みつける悪魔に、レンは言葉でもしっかり仕返ししようとバカにするように笑う。
と、体に違和感があった。
―――全身が、光に包まれていた。
「なんでオレの体光ってんの!? 天に召されるのか!? 悪魔成敗すっと天に召されちまうのかぁ!?」
「はぁ……違うよ」
慌てふためくレンに、悪魔が溜息まじりに冷静に答える。
それから悪魔は、再びレンの目線の合う高さまで浮いた。
「僕と君は、さっき契約をしてしまったんだ。それが終わったから、君の意識が現実の君の肉体に戻ろーとしてるんだ」
口調まで、初めて会った時のものに戻っていた。
契約をしてしまったことで、悪態をつくのをやめたのだろう。
しかし今、レンにとってそんなことなど、どうでもいい。
「契約!? オレとお前が!? 一体いつ、なんで!?」
「おでことおでこを重ねること、それが契約の儀式なのさ。……全く。頭突きで契約とか聞いたことないし、予想外だし、スゴーく不本位なんだけど」
「オレ、知らないうちに契約しちまってたのか……」
自分でも呆れてしまうレンだが、その顔は自然と綻ぶ。
なぜなら、契約ができたということは―――
「オレは、『魔晶器』を手に入れたんだな……」
感慨に耽って、レンは悪魔を真っ直ぐ見る。
「―――オレの名前は、佐伯レンだ」
唐突にレンが名乗ったことで、悪魔は意味がわからず小首を傾げる。
「……? 突然、名乗ってどーしたの? というか、ここ君の潜在意識だから、僕はそんなのとっくに知ってるよ?」
「んなことは、どうでもいいんだよ。たとえお前が知ってても、自分で名乗るから意味があるんだ。だってお前は―――オレの、相棒だから」
スッゲェ憎たらしいけどな、とレンは笑顔で拳を突き出す。
そのクシャッとした屈託のない笑顔を見た瞬間、悪魔はハッとする。
悪魔の頭の中に、ある一人の男の顔が浮かんだからだ。
その男も、レンと同しような笑顔で拳を突き出していた。
薄れた記憶で朧気だが、名乗ったところも一緒だったかもしれない。
悪魔は瞳を伏せてから拳を突き合わせず、腕を組んでそっぽ向く。
「フンッ、誰が君みたいな弱虫の相棒になってたまるもんか」
「マジで生意気……うぜぇ」
と、ジト目でレンは拳を下げる。
「まぁ、いいけどよ。せめて名前くらいは教えろよ。実際、オレとお前は契約してんだしさ」
「……君が土下座するなら、考えてあげてもいーよ?」
「―――んじゃ、別に聞かなくてもいいわ」
「嘘ウソ、冗談だってばっ! 言うから、ちゃんと言うからっ!」
ポケットに手を突っ込んで背を向けるレンを、悪魔は必死に呼び止めた。
自分に振り回されている悪魔がおかしくて、口元に手の甲を当てて笑ってしまう。
笑いが収まったところで、レンは振り返って、もう一度目の前の相棒に尋ねる。
「―――お前の、名前は?」
「僕の名は……ウツロ。あまり調子に乗らないでよ。契約したからって油断してると、僕はすぐにでも君の体を奪うから。―――覚悟してよね? レン」
「やれるもんならやってみろよ―――ウツロ」
悪魔の名前を呼んだ瞬間、レンの意識がここから消える。
ヒトリ残った悪魔―――ウツロは、子どものように嬉しそうな顔をしていた。
が、その幼い顔は、どこか諦めたようなものに変わる。
「―――どーせ、君も同じなんだ……」




