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幻想終末の欠落者  作者: あした
【第六章】極限解放
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第六十九話 矛盾

「同族が死してなお、なぜ笑うことができる……ッ!」


 クアの美しい顔が、憤怒に歪む。


 軽蔑し切った眼差しで、ミライを最大限に睨みつけた。


 ……負の感情を紛らわせるための笑顔ではないと、本当に心から楽しんでいるからこそ生まれた笑顔だと察して、心底嫌悪したからだ。


「誰かが死ねば、苦しいはずなのに、悲しいはずなのに、怒るはずなのに、憎むはずなのに……どうしてそんなことができる! 矛盾している! 貴様は特に、その歪みが酷すぎる! 消えろ……今すぐ消え失せろッ!!」


 両手を突き出し、クアはその手の平から灰の槍を次々と放つ。


 鞘から白刀を抜き放ち、ミライは≪鬼装きそう≫を発動。


 紅光を放つ白刀でもって、飛来する灰の槍を悉く斬って無力化する。


「片腕を失っておきながら、やるではないか!」


 レン以上の灰の槍の猛攻を凌ぐミライを、素直に称賛するクア。


 だが、


「しかし―――」


 刹那、灰の槍が飛んでこなくなり、ミライの視界からクアが消える。


 と思われたが、突如としてミライの眼前に姿を現すと拳を振りかぶっていた。


 虚空を切り裂くほど振り抜かれた拳は、寸分違わずミライの鳩尾目掛けて放たれた。


 軽々と華奢な体は吹っ飛び、ミライは背中で地面に線を引いて止まった。 


「それだけだ……ゴミ」


 仰向けに倒れるミライに、クアは吐き捨てるように言った。


 そして、トドメを刺すべく、



「―――これで終わりだ。≪灰の死雨しう≫」



 腕を真上に上げた。


 夜空から灰の雨が降り注ぐ。


 それは触れただけで灰と化すことができる……死の雨だ。


 ミライだけではなく、他の死体も無残な灰となるだろう。


 しかし―――何もしなければの話だ。


 ミライは死の雨を見上げて、「あははぁ」と笑う。


『笑ってる場合か、死ぬぞ。ミライ、今すぐ―――アレをやるんだ』


 その時、勇ましい男の声がミライの脳内に響き渡る。


「わかってるってぇ。うるさいなぁ。トマトぉ」


『だから俺は『トマト』じゃないと言ってるだろう!』


 契約する鬼が怒ると、死の雨がミライの全身に降り注がれようとしていた。


 だから、




「―――≪極限解放リミットブレイクぅ希望きぼう未来みらぁい≫―――」




 鬼をスルーして、倒れたままミライは頭上の満月に白刀の切っ先を向け―――一瞬のうちに最大の術を発動した。


 刹那―――死の雨が全て消え、世界さえも全て変わった。


 空には夜空が広がっていたはずなのに、今は一面青空に。


 下は戦争の後のような凄惨な光景だったのに、水面鏡になって青空が映っている。


 時間を忘れるほど見ていられる、美しい風景だ。


 けれど、その景色の中に―――地獄があった。


「「「―――!!」」」


 ミライの固有世界に誘われた天使の軍勢は、翼を羽ばたかせず、苦鳴を上げる。


 水面鏡の上で、頭を抱えてのたうち回っていた。


「ぐ、ぁ……」


 やはり上位天使。


 クアは苦悶に顔を歪ませながらも正気を保ち、頭を押さえながら空中に浮いたままだった。


(な、なんだ、この頭が押し潰されるような痛みは……っ!?)


 天使たちを襲う、言い表せないほどの激しい頭痛。


 クアが言うように、脳自体がナニカで押し潰されている感覚はあるのだが、他の天使たちはそんな感覚を感じる余地もないほどに苦しんでいた。


 ……思考という簡単なことさえ、この固有世界では不可能だった。


 絶対不可避、絶対不可視。


 永劫に押し寄せる苦しみからは逃れられない。


 そんな手段など、皆無である。


 クアはこの固有世界を創り出した少年を見ると、驚愕に目を見開いた。


(―――なぜ、あのゴミの腕が再生している……っ!?)


 ミライの失ったはずの右腕が再生していた。


 しかし、それだけではなく。


 純白のオーラを全身に纏い、空の双眸が光を帯びていた。


 神気を放ち、神格化されたような風貌だ。


 さらに奥を見れば、


(―――殺したはずなのに、なぜ生きている……っ!?)


 手にかけたはずの、レン、アオイ、エルザ、サクラもこの世界にいて復活していた。


 だが、その困惑は生き返った彼らも同様。


「あれ? オレは死んだはずじゃ……」


「ここは一体、どこなんですか……?」


「エルちゃん生きてるっ★」


「………?」


 起き上がって、復活した四人は自分の体を見回したりしていた。


 そして彼らの様子を見て、クアの困惑は計り知れないほどに膨らむ。


(なぜ、あのゴミどもは―――この空間にいて正気でいられるんだ……っっっ!?)


 自分たちが味わっている頭痛に襲われているはずなのに、ミライと復活した四人の人間は平然としていた。


 ソレが不気味で、あの人間たちがゴミであると同時に……バケモノだと恐怖すら抱いた。


 クアにバケモノを見るような目で見られていることを余所に、自分たちは生き返ったのだと、それを成したのが視線の先にいるミライだと次第に四人は理解する。


「ミライが、オレたちを蘇らせたのか……? でも―――」


「今のミライくん、なんだがいつもと違います……。まるで―――神様のようです」


「≪極限解放リミットブレイク≫……」


 エルザの呟きに、レン、アオイ、サクラの視線がエルザに集まる。


「リミット、ブレイク……?」


「『本当の絶望』を経験することでしか体得できない究極奥義……それが、≪極限解放リミットブレイク≫だよ」


(『本当の絶望』……確かリースさんが言っていたような)


 アオイはリースの言葉を思い出して、


『……もう一つ、その真骨頂である技があるが、これはお前たちには不要だ』


(そうか……草壁教官が言ってたのは、このことだったのか……)


 レンは、イッキの言葉を思い出して、イッキが不要だと言っていたのが≪極限解放リミットブレイク≫のことだとわかった。


 しかし、


「雰囲気もちげぇけど、アイツの笑顔……なんかいつもとちげぇ」


「はい……なんだか、とても楽しそうです」


「ニヤケ面、一段階上。キモい……」


 レンの抱いた違和感に、アオイは共感し、サクラはシンプル悪口。


 レンとアオイはミライの見た目の変化よりも、その笑顔に違和感を覚えた。


 いつも楽しそうに笑っている笑顔だが、今のミライの笑顔は、より楽しさが増しているように見えた。


 ―――テンションが違っていた。


 いつも変わらぬテンションなのに、明らかにテンションが上がっているのだ。


 そんなミライを見るのが初めてで、親友レン恋する少女(アオイ)は動揺さえしていた。


 けれど、


「そうなんだ―――アタシは二回目だけど」


 エルザだけは、知っていた。


 その時。


「―――あははぁ!」


 無垢な笑顔で、ミライは歩きながら一振り。


 苦鳴が減った。


「―――あははぁ!」


 無垢な笑顔で、ミライは歩きながら一振り。


 苦鳴が減った。


「―――あははぁ!」


 無垢な笑顔で、ミライは歩きながら一振り。


 ……苦鳴が、完全に消えた。


 雨のように降り注がれる、ありとあらゆる『絶望』。


 眼から、耳から、手から、脚から、息から、声から、感覚から、脳から、臓腑から、細胞の一つ一つにまで。


 絶対に逃れられない『絶望』に侵蝕され、死を望むほど悶え苦しむ天使を―――ミライは救済した。


 天使の嗜虐心、怒り、憎しみまで、全て無に帰して。


 目の前で、天使たちが消滅する瞬間を目の当たりにして、エルザ隊の面々は絶句する。


 そして思った。


 アレは、あんなことができるのは―――『神の御業』だと。


 ミライは、配下のいなくなった上位天使―――クアの前までやってきた。


 笑いながら天使たちを消滅したミライだが、まるで透明な階段を上っているように歩いていた。


 正確に言えば、ミライの脚は大気を踏むことが可能となって、クアのように宙に浮くことができたのだ。


 その笑顔のまま、ミライはクアに話しかける。


「ねてないでさぁ! ぼくとぉ―――あそぼうよぉ!」


「我々の方が、貴様らゴミより、遥かに超越しているはずなのに……っ。こんなのは、こんなのは……矛盾しているッ!!」


 忌々しげにミライを睨み上げ、クアは怨嗟を吐く。


 ミライは気になることがあったので、クアに質問してみた。


「―――ねぇねぇ。『ムジュン』ってなぁに?」


「フンッ……貴様ら、人間のことだ」


 ミライの純粋な疑問に、クアは鼻で笑って答える。


 と、クアは『矛盾』がどんなモノか言った。


「希望がありながら、なぜ絶望する。善でありながら、なぜ悪に染まる。理想がありながら、なぜ現実に屈する。自由を求めながら、なぜ枠に収まりたがる。生を望みながら、なぜ死を望む。他者の幸福を、なぜ不幸にしたがる。……愛していながら、なぜ憎める。私は、その矛盾を心底嫌悪するッ!! ソレがこの世界に在ることが、私は許せないッ!! だから! 残らず! 全て! ―――人間ゴミを処分するのだッ!!」


 クアの上げた数々の『矛盾』。


 そしてそれこそが、人間を嫌悪し、殺す理由だった。


「へぇ。それでみんなのことぉ。おそらにいかせちゃったんだ。でもぉ―――よくわかんないよぉ」


『矛盾』が理由で人間を殺したのだとわかったが、『矛盾』がどういうモノなのか全然わからなかった。


 クアが上げた数々の『矛盾』はどれもピンと来なくて、ミライは指を顎に当てて考え込んでいた。


 その果てに、とりあえず達した結論を告げる。


「『すき』と『きらい』ってことぉ?」


「……暴論に等しい極論だが、その通りだ」


「そうなんだぁ。ぼくねぇ。ほんよむの『きらい』なんだぁ。つまんないからぁ。でもねぇ。きづいたら『すき』になってたんだぁ。これも『ムジュン』なんだねぇ。―――でもいいよねぇ。『ムジュン』ってぇ」


「いいわけが、ないだろ……ッ!!」


 クアの睨み上げる瞳に、憤怒が宿った。


 ミライはそれを全く意に介さず、満面の笑みでクアに告げる。


「なんでぇ? 『ムジュン』があるからぁ。みんなの『すき』と『きらい』がわかるってことでしょぉ? それってさぁ―――みんなと『トモダチ』になれるってことだよねぇ?」


「―――!?」


 たったその一言だけで、クアは理解した。


 なぜ『矛盾』が存在するのか、その本当の意味を。


 相反する感情が共存する人間は、まさに『矛盾』していると言える。


 故に―――人間は、分かり合えるのだ。


 人の喜びも、怒りも、悲しみも、楽しみも、苦しみも、幸せも、全て理解わかることができる。


『矛盾』は人と人とが繋がるために在る。


 ……そのコトを、クアは理解してしまった。


 それによって生まれる、美しさも、醜さも。


 そして、己がその醜さを———『矛盾』の一部だけを嫌悪していたに過ぎないと。


 ソレが、クアは許せなかった。


 目の前の人間ゴミを遥かに超越する存在なのに、『矛盾』の本質を教えられ、挙句には己の『矛盾』を憎む信念が間違いだと突きつけられたから。


 その一切の全てを拒絶するべく、今も襲う痛みを振り払って、


「だからすきだなぁ―――『ムジュン』もぉ。『ニンゲン』もぉ。あははぁ」


「―――黙れッ!!」


 クアは目の前の敵の殲滅を開始する。


『矛盾』のおかげでトモダチがもっと増えることに喜ぶミライに、『矛盾』の存在を全否定するクアは怒声を浴びせた。


「この世界が貴様に有利だろうが関係ないッ!! 貴様を殺して、この世界を崩壊すればいいだけのことだッ!!」


 苦痛に歪んだ顔で、クアは両手を突き出す。


 そして―――自身最大の術を発動した。



「―――灰燼に帰せッ!! ≪死灰しはいの咆哮≫おおおおおおおおおおおおッ!!」



 クアの両手から、光線のように数多の死の灰が放たれる。


 クアの最大の≪天生術てんせいじゅつ≫を眺め、ミライは死が迫っているというのに―――目をキラキラと輝かせていた。


「スゴいスゴぉい! そんなこともできるんだぁ! でもぉ―――ごめんねぇ?」


 たったの一振り。


 ただ眼前の虚空を斬っただけで、死の灰の光線を消失させた。


「え……?」


 威厳も、覇気も、憎悪も、憤怒もなく、クアは呆然とした声を漏らす。


 それから落下して、水面鏡の上で手と膝をつく。


 ……クアが、初めて地に落ちた。


「そんな、バカな、ことが……」


 チャプン、と音が聞こえた。


 水の跳ねる音がして、その音が近づいてくる度に波紋も近づいてきている。


 それを発した者を、クアは憎悪と憤怒を取り戻して睨み上げる。


「こんなの、貴様らゴミができるワケがない……。何なんだ貴様は……。何者なんだ貴様は―――ッ!?」


 見上げるクアの視線の先には、変わらない無垢な笑顔で見下ろす―――星無ほしなしミライがいた。


 叫ぶクアの問い。


 それに、ミライはこう答えた。



「ナニモノぉ? 決まってるじゃん。キミたちとあそぶぅ。エクソシストだよぉ」



 あははぁ、とやはりミライは笑った。


「エクソ、シスト……」


「―――じゃあねぇ。たのしかったよぉ」


 遊んだ友達と別れるような軽やかな挨拶。


 けれど、その別れは永遠。


 ミライは白刀を上段から振り下ろし、クアを真っ二つに切り裂いた。


 人間を絶望させ、鏖殺するはずだった上位天使。


 その末路は、一つの希望によって終焉を迎える。


 二つに割れた真っ白な体は―――黒い塵と化して、どこまでも遠くまで舞い上がっていった。



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