第六十八話 本物と偽物
「レンさんの剣に黒いオーラが……!」
「もしかしてレンっち、≪魔晶術≫が使えるよーになったの……?」
「嘘……」
レンの黒剣には、ウツロに取り憑かれた時と同じ闇のオーラが纏っていた。
それに三人の少女は驚愕する。
そして―――ついに、レンが≪魔晶術≫が使えるようになったことを理解した。
以前のレンは、朽葉アオイに対する罪悪、星無ミライに対する嫉妬、≪魔晶術≫の使えないことへの焦燥によって、精神が不安定で≪魔晶術≫が発動できなかった。
しかし―――『ミライと対等になりたい』という『本当の願望』を思い出し、心の闇が晴れ、≪魔晶術≫が可能となった。
だが、今のレンは、そんなことに喜んでいる余裕もない。
ただ、己の使命を果たす、強い覚悟だけしかない。
(……オレは親友にしちゃいけねぇことをした。仲間を裏切った。これだけは言い訳しちゃダメだ……。オレはとんでもねぇ過ちを犯した。だから、償わねぇと……全員を逃がさねぇと!! たとえ、オレが死ぬことになっても―――ッ!!)
「空宮……あん時、お前一人に重荷を背負わしちまった。今度は、オレの番だ。絶対にお前たちを守ってみせる。―――修行もなんもしないで手に入れた≪魔晶術≫で、な?」
首だけを振り向かせたレンは、屈託のない笑顔を見せる。
ミライの真似だ。
ミライなら、この絶体絶命の窮地でも笑顔を浮かべているからこそ、レンは笑ったのだ。
絶望に押し潰されそうな仲間に、希望が灯るように、希望が消えないように。
―――かつてミライが、自分にそうしてくれたように。
軽口を叩いたレンであるが、決して恐怖していないワケではない。
だから、その笑顔は精一杯のモノで、恐怖に飲み込まれれば表情はすぐに絶望に染まることだろう。
けれど、それは絶対にない。
レンには強い気持ちがある。
―――仲間を、友達を、親友を守り切るという想いが。
だから、クアと天使の軍勢を見据えて言う。
「オレが時間を稼ぐ!! だからお前たちは―――その間に逃げろ!!」
「でも、そしたらレンさんは……殺されてしまうじゃないですか!? できません!! そんな見捨てるような真似なんて―――」
瞬間、アオイの隊服の袖を誰かに掴まれた。
振り返り、アオイは袖を掴んだ―――サクラを見る。
「レン、覚悟した。無視、ダメ……っ!」
「レンっちの言う通り、エルちゃんたちは逃げよー……。エルちゃんたちにできることは、それだけだよ……」
悔しげに顔を歪めて涙目でアオイを見つめるサクラ、ヘラヘラせずに真剣な表情でアオイを見つめるエルザ。
その二人の顔に、声に、感情に、アオイは納得させられてしまう。
歯噛みした後、アオイは振り返ってレンに告げた。
「レンさん!! ワタシたちが救援を呼ぶまで、絶対に死なないでください!! 絶対にです!!」
(命張って守ることが贖罪だって思ってたのに、そんなこと言われちゃあ死にたくねぇって思っちまうだろ……っ。いや、違ぇ……それでいいんだ。また大事なコト忘れちまってた。生きなきゃ―――夢を叶えることも、復讐を果たすことも、最後まで仲間を守り抜くことも、ミライとの約束を守ることもできねぇだろーが……)
「ホント、バカだな……オレ。ミライと一緒じゃねぇか……」
呟き、そっと涙を流すレン。
その表情は微笑を浮かべていた。
恐怖を押し殺すために無理やり口角を上げていない、柔らかな微笑みだった。
「―――あぁ、ゼッテェ死なねぇ!!」
涙を振り切り、レンは言い放つ。
同時に、エルザ、アオイ、サクラの三人は振り返って走り出した。
「お前たち、あのゴミどもを逃がすな……殺せ」
「「「はっ」」」
クアが命令すると、三体の側近の天使が≪天生術≫を発動する。
突き出した両手から炎、水、風が放たれた。
「させるかよ!! ≪虚空ノ剣≫―――ッ!!」
叫び、レンが三つの≪天生術≫を闇の剣で横一文字に薙ぎ切ると―――消失した。
100体以上の天使たちが驚愕すると、
「ほう……術を消失させる剣か。面白い」
興味深そうに顎に手を当て、クアが言った。
「さぁ……ドンドン来いよ。全部―――消してやっから……」
「そうか、では試してみよう」
クアは片手を突き出す。
術が放たれると警戒し、レンは黒剣を正眼に構えた。
「―――≪灰槍≫」
突き出した手の平から、灰の槍が次々と放たれる。
「うおおおおおおおおおおおおおお!!」
雄叫びを上げ、悉くレンはその灰の槍を消失させていく。
「やるではないか。では―――本気でいくぞ」
次の瞬間、先ほどとは桁違いの速度で灰の槍が放出される。
それはまるで、弾丸のような速さ。
とても肉眼では追いつけず、何事にも反応できるようにしていたレンの頬を掠める。
その結果、灰の槍を防げず、後ろから少女の三つの悲鳴が重なる。
一本だと思われていた灰の槍は、三本放出されていたのだ。
反射的に悲鳴のした方へ振り返れば―――灰の槍で心臓を貫かれた、エルザ、サクラ……アオイが、大量の血をそこから流しながら倒れていた。
「……あ」
レンはその場で両膝をついて、≪魔装≫の発動ができず、カランと黒剣を手放した。
「……なんで、オレは、逃がし、たかったのに。どうして、オレが、先に、死んで、ないんだ。オレは、みんなを、守ることも、罪滅ぼしすら、できなかったのか……?」
「罪滅ぼしだと? 何を言っている。人間が生まれた時点で、その存在自体が罪なのだ。故に、どんなに贖罪をしようとも、貴様らの罪は消えることはない―――未来永劫にな」
いつの間にか背後に立っていたクアは、灰の槍を握っていた。
そしてその槍で、容赦なくレンの心臓を貫いた。
ゴボッ、とレンは口から血を吐き出し、無様にうつ伏せに倒れる。
その時にはもう、役目を終えた灰の槍は霧散していた。
口から血を流し、それを上回るほどの心臓からの出血で、冷たいアスファルトの道路を赤に染め上げる。
血溜まりに浸かって、レンが最初に感じたのは熱。
皮膚の中では心地いい暖かさなのに、体外に出れば血はこんなにも熱かった。
けれども、急激に冷えていく。
それほどまで出血したから。
だが、その冷たさもすぐに曖昧になる。
感覚が徐々に亡くなってきたから。
微かに光が残った虚ろな瞳に映る視界はボヤけ、手足の感覚もあやふやで地面の硬さも何も感じない。
聞こえる息遣いも遠くに感じる。
いよいよ、五感が死にそうになる。
それに伴い、意識が急速に遠のいていく。
激痛も、息苦しさも、凍えるような極寒も、もう何も感じない。
全ての苦痛から解放された。
死に近づくことが、死ぬことそのものが―――神様が最期を迎える人間に与えた、祝福のように思える。
……でも、レンはそうは思えないし、思わない。
(バチが、当たったんだ……ミライを傷つけたから。だから、オレは、なんにもできねぇまま、死ぬんだ……。ミライ、ごめん……約束守れそうになかったよ。…………………………ごめん)
ただただ後悔で己を苛み、直後、瞳の光は完全に消え失せる。
レンは死んだ。
レンは成れなかった。
レンの生涯は、本物の希望を夢見るだけの―――偽物の希望で終わった。
血溜まりで濡れた赤い足で、クアはレンの死体を仰向けに変える。
「絶対に逃がすとホザいておきながら、それを果たすことができずに無様に死ぬとは……なんたる矛盾」
死んだレンの顔を、心底つまらなそうに、ゴミを見るような眼差しでクアは見下ろす。
一切の光が入っていない死んだレンの瞳。
それが気に食わなくて、目障りだった。
クアは片足を軽く上げる。
そこから、レンの鮮血が一滴零れ落ちた。
刹那、
「―――だから人間は、ゴミなんだ」
クアはレンの顔を足で踏み潰した。
(なんだ……!?)
しかし、レンの眼前で踏み潰そうとした足が止まる。
何か嫌な気配を感じて、クアはサッと振り返った。
そこには、右腕を失った少年がいた。
(あれは、黒髪のゴミが抱きかかえていた……人間か?)
クアは、その少年に心当たりがあったようだ。
その少年はキョロキョロと、周囲を見渡す。
「あれぇ? きょうかぁん。サクラちゃん。エルザちゃん。アオイちゃん」
絶命した、教官と、仲間と、トモダチの名を呼び、
「―――レン」
視線を前に戻して、レンを見つめた。
「みんなぁ。ねてるぅ。チぃいっぱいだして『イタイ』のにぃ。あれぇ―――おそらいっちゃったのぉ?」
レンから教えてもらった『痛み』から……全員が寝ているのではなく、死んだことを理解した。
かつてのように笑ったり、怒ったり、呆れたり、驚いたりせず、ピクリとも動かない死体たち。
その時、少年の表情と感情にある変化が生じる。
「ぜんぶキミがやったのぉ? ―――スゴぉい! ぼくとあそぼぉ!」
キラキラとした純粋無垢な瞳で、本当に心の底から楽しそうな笑顔で、興奮する少年はクアを遊びに誘う。
―――純白は穢されない。
―――無垢な心は色褪せない。
トモダチの死如きでは―――希望は、決して消えない。




