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幻想終末の欠落者  作者: あした
【第六章】極限解放
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第六十七話 死なせねぇ

朽葉くちは……」


 その声に振り向いたレンが、茫然自失のアオイの名を呟く。


 エルザの背から降り、アオイは足早にこちらへ近づいてくる。


魔晶術ましょうじゅつ≫の使用後の疲労感は残っているはずだが、目の前の残酷な光景を目にしたことで全て消え、アオイはレンから引ったくるようにミライを抱きかかえた。


「ミライくん、嘘ですよね……? 起きてください、ミライくんっ!!」


「落ち着いて、アオイっちっ★ ミライっちは死んでないよっ★ ただ気絶してるだと思うなっ★」


 エルザにそう言われて、アオイはミライの心臓に耳を当てる。


 ドクン、と微かだが、ミライの心臓の音が聞こえてきた。


「―――ミライくん、生きて……。よかったです、本当に……本当にっ!」


 泣きそうな声で、アオイは自分の胸にミライの顔を抱き寄せる。


 ……そのままで、レンを横目で見た。



「……レンさん、ミライくんにこんな酷いことをしたのは天使ですよね。今―――どこにいるんですか」



 その問いに、レンは答えようとした。


 ―――天使ではなく、自分がミライの右腕を斬ったのだと。


 ミライを傷つけた罪から目を背きたくない、逃げたくない。


 だから、正直に告白しようとした。


 嘘をついて罪を免れたり、これ以上、罪を重ねたくなかったのだ。


 ……でも、喉が凍りついて声が出なかった。


 アオイの瞳は昏かった。


 光が一切入っていなかった。


 どこまでもどこまでも、底の見えないような暗闇のような双眸だった。


 その昏い眼差しを直視してしまったレンは、蛇に睨まれた蛙のように、今のアオイが恐ろしくて何も言うことができなかった。


 意識が暗闇に飲み込まれ、頭の中が真っ白になった。


「レンっちっ★ 天使は見当たらないけど、倒したんでしょっ?」


「あ、あぁ……」


 けれど、エルザの明るい声によって暗闇から抜け出し、思考を取り戻す。


 ただ、そう答えるレンは、エルザに目も合わせず俯いていた。


「だったら、アオイっちっ★ そんなことするより、今はみんなと合流して帰ろっ★ 早くしないと、ミライっちの命に関わるからねっ★」


 レンの異変を気にせず、エルザは遠回しにミライを傷つけた報復をする必要はないと、優先すべき行動をアオイに告げた。


「………はい」


 アオイは渋々と納得する。


 憎しみは未だ、黒い瞳に刻まれたまま……。


 サクラはそんなアオイに寄り添うこともできず、離れたところから悲しそうに見つめていた。


「じゃ、行こっ★」


 一人だけ元気なエルザを先頭に、アオイがミライの体に切断された右腕を乗せてお姫様抱っこして、サクラとレンが後に続く。


「―――どうして、ミライくんがこんな目に……っ!!」


 悲痛なアオイの声が聞こえた直後、その瞳から涙が零れる。


 その涙は目を閉じるミライの瞼の上に落ちて、ミライまで泣いているように見えた。


 それを一番後ろにいるレンの目に入ってしまって、


「ごめん……」


 誰にも聞こえないように、罪悪に胸を締め付けられたレンが、そう懺悔を零した。


 レンが、アオイの泣いているところを見るのは二度目。


 ……けれど、前の涙と、今の涙は―――輝きが異なっていた。



 候補生がシャドウの大群と死闘を繰り広げているであろう場所へ戻ると、そこは死体で溢れ返っていた。


 鉄のような血の匂い、光を失った目……。


 しかし、シャドウの死体にそんな痕跡は一切残らない。


 黒い塵と化して消えるからだ。


 なら、この死体は―――?



「―――なんで、候補生コイツらが、死んで……」



 呟きを落としたのは、レンだった。


 至るところにある死体は全て、共に幻滅師エクソシストを目指して訓練の日々を過ごした候補生たち。


 あまりに凄惨で、残酷な死の光景を目の当たりにして……エルザ隊は思考停止になる。



「———なぜ、まだゴミどもが生きている?」



 上空から透き通るような、けれど怒りに満ちた声がした。


 導かれるように、エルザ隊は見上げて、声を発した存在を確認する。


 月を背にして浮く、灰色の髪の美しい男の天使が、


「まさか、我が同胞を殺したというのか……っ?」


 悲痛に顔を歪めて……泣いていた。


 四人の人間は、なぜその天使が泣いているのかは理解できた。


 天使の言う、同胞。


 それはエルザ隊が倒した、五体の天使のことだから。


 人間を『ゴミ』と呼んだりするところも、そっくりだ。


 彼らが死んだことに、悲しんで泣いているのだろうと直感する。


 しかし、白翼を広げて上空に佇む天使は、先ほどの天使たちと全く異なる点があった。


(アイツ、他の天使とはちげぇ―――翼が四枚もある……!)


 その天使の白翼は二枚ではなく、四枚だった。


 故に、先刻の天使より高位の存在だと理解し、その背後にいる100体以上いる天使の大軍がその説得性を高めていた。


(何なんだ、あの天使は……!?)


 危機感と緊張感、焦燥と恐怖に苛まれながら、レンは高位の天使を睨むつける。


 が、そんな視線にも気づかず、高位の天使は泣いたまま独り言を言った。


「リブロ、トゥーラ、ジレオ、スーナ、ジャイガ……なぜ、お前たちのような勤勉な者たちが、あんなゴミどもに殺されなければならないんだ……? 今回も、私のためにと先にゴミの処理に向かい……リブロなんか、特に私を慕ってくれていたというのに、なぜだ……? 勤勉な者が無惨に殺されるなど―――矛盾している!!」


「それでしたら、クア様。アレを、あの人間たちに見せるべきかと」


 両手で頭を押さえて怨嗟を吐く高位の天使―――クアに、側近と思しき天使が対照的な粛々とした態度で提案する。


 瞬間、クアの怨嗟が止まり、頭を押さえていた手を元の位置に戻した。


「そうだな、お前の言う通りだ」


 平静を取り戻したのか、落ち着いた声音で側近の天使に言うクア。


 それから、エルザ隊に手を翳して、もう一体の側近の天使に指示を出す。


「あのゴミどもに―――アレを返してやれ」


 ……涙が乾き、陰惨な笑みを浮かべて。


 指示を出された側近の天使は「はっ」とクアの命令に従って、こちらへ向かって何かを投げてきた。


 鈍い音を立てて、エルザの前に落ちてきたのは、


「―――イッキっち……」


 草壁イッキだった。


 口元から血が流れ、目には光が入っていない。


 ……つまり、イッキはすでに死んでいた。


 理解できなかった。


 自分たちの教官であり、圧倒的な戦闘能力を誇るあのイッキが、殺されるなんてありえない。


 たとえ天使の軍勢であっても、そんなの信じられない、想像できない、絶対にできない。


 ―――草壁イッキが、負けるわけがない。


 けれど、呼吸も瞬きもしない死に顔、身じろぎ一つしない死体。


 草壁イッキが死んだことを受け入れさせようと、目に映る骸が理解にねじ込んでくる。


 それによって再び、さらに深く、エルザ隊は絶望に叩き落された。


「やはり、知り合いだったようだな。師だろうか? まあ、どうでもいい。何かに使えると思い死体を運んできたが……正解だったようだな。―――人間の心を折るには、死を受け入れさせるには、十分な効果だ。その人間ゴミは、私たちをたった一人で食い止めていた。しかし……それにはやはり限界がきて、最後には死んだ。ゴミども、貴様らにも同じ末路を辿ってもらおうか―――死ね」


 クアは、人間に死を宣告する。


 天使の軍勢が戦闘態勢に入った。


 抱きかかえているミライを、アオイはギュッと強く抱きしめる。


(このままでは、ワタシや、ミライくんや、皆さんが……!! でも―――)


 アオイは一縷の望みにかけるように、


「エルザさん! エルザさんなら、あの天使たちをどうにかできますよね!? お願いですエルザさん―――倒してくださいっ!!」


 エルザに懇願した。


 三体の天使を瞬殺したエルザなら、この状況を打破できるのではないかとアオイは思った。


「ニャハハ……無茶なこと言わないでよ、アオイっち。いくらエルちゃんが最強無敵でも―――上位天使には勝てないよ……」


 しかし、その願いは届かなかった。


 エルザの背中は、震えていた。


 こんな弱気なことを言う覇気のないエルザは初めてで……最早、自分たちには死しか選択が残されてないことをアオイは悟ってしまった。


「そん、な……」


 アオイは俯くと、ミライの顔が見えた。


 眠っているミライを、「ミライくん……!」とアオイは抱きしめる。


 それを後ろから見ていたサクラは、


「何も、できない……っ」


 ただただ無力な自分に悔しく、顔をしかめて項垂れることしかできなかった。


 そうして気絶する一人を除き、四人の人間は死を受け入れた。



「―――死なせねぇ……」



 はずだった。


 後ろにいたレンが歩き出して、仲間たちを庇うように先頭に立つ。


 そして黒剣を抜き放ち、構えた。


 その時。



 ―――漆黒の剣身には、闇のオーラが纏っていた。




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