第六十六話 仲直り
(いーよ、いーよ! その調子だ! これでこそ僕が見込んだ男だよ、レン!)
レンの潜在意識の中で、右腕を切断されたミライを見て、ウツロは歪な笑みを浮かべる。
それはとても、心の底から愉快そうに……。
(やっぱり、僕の思った通りだ……。僕がレンの体を借りた状態で攻撃するとあのガキは反撃してくるけど……レンが自分の意志で攻撃すれば何もしてこない。―――アハッ、これならあのガキを殺せる……ッ!!)
ウツロはミライを殺したかった。
レンに取り憑いた時、ウツロはミライに顎をハイキックされて、頭からシャンデリアに突っ込むという恥辱を受けた過去がある。
その復讐をするために、自分の願望をレンの願望だとすり替えて、そして都合のいい甘い幻を並び立てて―――レンを誘惑した。
(あのガキが死ねば、レンはその罪悪に心が押し潰される。そーなれば―――レンの『本当の願望』が崩壊し、生きる意志を失う。それに僕が付け込めば……簡単に体を乗っ取れる)
生きる意志を失うほどに契約者の心が弱まれば、その隙を突いて悪魔は体を乗っ取ることができる。
ウツロはそれを狙っているようだが……それを放棄した。
(でも、それじゃつまらないよね? だから、『君の代わりに僕が君の復讐を果たすから、その体を渡して』って言う。これなら、すんなりとレンは僕に体を渡すだろーし、僕の予言も正しいことになる。あんなにも頑なに僕に体を渡さなかったレンが、僕に体を渡すよーに求める……。なんて面白そーなんだろー! アハハハハハハハハハハハハッ!!)
なんとも陰湿な方法で、ウツロはレンの体を手に入れたいようだ。
ウツロは以前、レンの潜在意識の中で『君は、自ら僕に体を渡す時が来る』という予言をレンにした。
それは、決して適当なモノではなく、確信があったからだ。
レンの中にある、ミライへの『黒い感情』が膨らみ―――その果てにミライを殺害する、と。
だからウツロは、ミライを殺せるこの絶好のチャンスを狙って、レンの『黒い感情』の膨張を誘導した。
そして、レンが人を殺すことへの抵抗が強く、罪悪感に苛まれやすいことも、レンの潜在意識の中に棲むウツロは知っている。
人を殺すことへの罪悪感が人一倍大きく、またその相手が親友だということで罪悪感がさらに大きくなり―――レンの心が崩壊する。
そうして、ウツロはあの言葉を言って、それにレンが頷く。
ミライを殺せて、レンの体を乗っ取ることに成功し、
(―――レンの体を使って、アイツを殺してやる……ッ!)
怨敵を殺しにいくことができる。
これこそが、ウツロの計画の全貌であり―――願望だ。
その願望の成就まで、あと一歩。
ウツロは、仕上げとばかりに最後にレンの背中を押す。
『レン、あともーちょっとで君の望みは全部叶うよ? 君の好きな子も、君の欲してる力も……全部、君のモノ。さー、ミライを殺そ?』
甘く囁くウツロ。
しかし、レンは無言だった。
『レン?』
不思議に思ったウツロが名前を呼んだ。
その時、
「……嫌だっ。オレは、ミライを殺したくない―――っ!!」
≪魔装≫を解除したレンが、腹の底から叫んだ。
それは一糸纏わぬ本音だった。
『はー? 何言ってるのさ。ミライを殺さなきゃ、何も手に入んないし、望みは叶わないままだよ? 本当にいーの? それで』
「いらねぇよ……ミライを殺して手に入る、力も、朽葉も、願望なんて全部いらねぇッ!! ≪魔晶術≫もいらねぇッ!! 幻滅師になんかなりたくねぇッ!! オレは、オレは……っ!! 大切なヤツを誰一人失いたくねぇ……死んでほしくねぇんだよっ!! いつの間にか、本当の望みを忘れてた……。嫉妬っつーくだらねぇクソみたいな感情に流されて、テメェの誘惑に負けて……親友を、いつか守りたかったアイツを、オレは殺そうとした……。でも、アイツの笑ってる顔を見て思い出した……本当の望みを。―――オレは、ミライと対等になりたかったんだ……」
泣きそうなレンは笑って、思い出させてくれた親友の空のような双眸を見つめる。
レンは、力を欲していた。
それは、シャドウと天使に復讐を果たすためでもあり、その敵から大切な人たちを守るためでもある。
けれど、レンは≪魔晶術≫という力を欲するあまり、大切な人を殺そうとした……。
欲望に目が眩んでいたのだ。
が、今のレンは違う。
本当に、一番大切なコトを思い出した。
だからこそ、大切な人を殺すことでしか手に入らない、力も、愛も、夢も、復讐も―――全部いらないと言った。
「テメェの方じゃねぇか、ミライを殺したがってたのは……。アイツにやられたことにムカついて、テメェはオレを利用して殺そうとした……。わかってんだよ、こっちは……。テメェの願望を、オレの願望にすり替えてんじゃねぇよ―――ッ!!」
『―――!!』
激しく怯えるウツロ。
それはレンの怒声ではなく、計画を言い当てられたことによるもの。
レンは、ウツロの心の声が聞こえない。
つまり、ウツロの思惑を知ることはできない。
でも、ウツロが何を考えているのか想像できた。
ミライを殺そうとウツロが唆し、そんなことをするキッカケに心当たりがあったから。
だから、ウツロの計画がわかったのだ。
「だから消えろッ!! もう二度と、オレにこんなことすんじゃねぇッ!! 話しかけてくんなッ!! ―――わかったかッ!!」
最後にレンは叫ぶ。
それに対してウツロは、
『―――うん、わかった……。もう二度と、君に話しかけないよ……』
最後にそう言って、もうレンを誘惑することはなく脳内会話が終了した。
……けれど、その声は酷く、悲しそうだった。
ウツロの計画が失敗した原因。
それは、レンの感情の変化を把握できなかったからである。
悪魔は契約者の―――怒り、憎しみ、嫉みなど負の感情の動きが見える。
しかし反対に、友情、親愛、希望などの正の感情の動きが見えない。
そのため、ミライとの約束を思い出したことで、レンの中の正の感情が大きくなり、負の感情を上回ったことをウツロは把握できずに計画は失敗した。
そして―――悪魔の『絶対』は、絶対ではないことが人間によって証明された。
今のでウツロに言いたいことを全部吐き出したが、その反動で呼吸が乱れてしまう。
「レン。ぼくにおそらいってほしくないのぉ? イタイままだよぉ?」
ミライの言葉を、レンは首を横に振って胸をギュッと握りしめる。
「……ミライ、お前がいなくなった方が、もっと痛いよ、ずっと痛いまんまだよ……。一生、その痛みから立ち直れないよ、オレ……」
今にも泣いてしまうそうなレンは、ミライの蒼い双眸を見つめる。
「そうなんだぁ。よかったぁ。ぼくおそらいきたくなかったんだぁ。もっとあそびたいよぉ―――レンとぉ」
そう、ミライは言った。
瞬間、レンが必死に抑え込んでいた、涙腺が決壊する。
クシャクシャになって、罪悪に押し潰されそうになって、レンは嗚咽を漏らして涙を流した。
「う、うぅっ……」
「それとエルザちゃん。アオイちゃん。サクラちゃん。ハテナおねぇちゃん―――みんなかなぁ。あれぇ? なんでないてるのぉ? レン」
遊びたい人を残った左手で数えていたミライは、レンが泣いていることに気づいて大きな目を丸くする。
「ごめん、本当にごめん、ミライ……。オレはお前に、取り返しのつかねぇことを……っ!! ごめん……っ!!」
もう一度、レンはミライに謝る。
……自分が斬り落としたミライの右肩を、レンは悲痛に歪んだ顔で見つめていた。
「ぜんぜんいいよぉ。なかないでぇ。ほらぁ」
「え……?」
ミライは左手を差し出してきて、その唐突な行動にレンの流れる涙が止まる。
これはなんの手? と、不思議そうに見つめているとミライは満面の笑みでこう言った。
「―――なかなおりしよぉ」
レンはミライの笑顔に誘われるように手を伸ばす……が、やめた。
「オレに、そんな資格……ねぇよ。お前の腕……斬ったオレなんかが、お前の親友でいちゃ……ダメだろ」
「なんでぇ? ぼくたちヤクソクしたじゃん。―――ずっとシンユウだってぇ」
「………!? お前、そのこと覚えて……」
「あたりまえじゃん。チビってたもぉん。レン」
グサッ、と悪意の欠片もない真っ直ぐなミライの言葉が、レンの胸に突き刺さる。
そうだった、とレンは静かに思う。
ミライがチビっていることを覚えているなら、自分との約束も覚えているのは当たり前だ。
「それにさぁ。エクソシストになりたくないっていってたよねぇ。レン。ヤクソクやぶっちゃうのぉ?」
「………」
レンは俯き、拳を強く握りしめる。
「仲間を裏切ったオレが、小隊の一員として居続けてもいいのかな……?」
「エルザちゃんといっしょにレンであそぶのたのしいからぁ。いてほしいなぁ」
「お前の腕斬ったオレが、まだお前の親友でいてもいいのかな……?」
「ぼくひだりききだからぁ。おハシつかえるからだいじょうぶだよぉ」
「特別な才能の無いオレが、みんなができる≪魔晶術≫を使えないオレが、幻滅師になることを諦めなくても……いいのかな?」
「―――うん。それがぼくたちのヤクソクだからぁ」
肩が震える。
瞳から大粒の涙が流れる。
声は嗚咽まじり。
でも、それは―――決心ができたから。
もう絶対に消えたり、曲げたり、見失ったりしない、そんな決心。
レンは袖でゴシゴシと涙を拭って顔を上げ、
「もう、絶対間違わねぇ……。ちゃんと自分の力で強くなってやる……。お前がオレを守ってくれたみてぇに、今度は、オレがお前を守れるくらい強くなるよ……。そしてもし―――お前が笑えなくなっちまった時、必ず助けてみせるよ」
真っ直ぐミライの目を見つめて―――その手を、今度こそ掴んだ。
トゥーラに殺されそうになった時、助けに入ったミライに『ぼくがまもるからぁ』と言われた。
その時、ミライに守られるのが嫌だと思ったが、本当はそうではなかった。
ミライに守られるだけの自分が嫌で、ミライと対等でないことが嫌だった。
……そして、自分と同じく両親を失ったミライが、その痛みを理解して笑えなくなった時、絶対に助けたいとも思った。
だからレンは、こう宣言し、誓いを立てたのだ。
「うん。がんばっ―――」
てぇ、と言えないまま、スルリとミライの白い手がすり抜ける。
……そのままミライは仰向けには倒れた。
「ミライっ!」
咄嗟に黒剣を落として、レンはミライを片膝をついて抱き寄せる。
そして全身の力が抜け落ちたミライの顔を覗き込んでいると、
「―――ミライ、くん……?」
レンが抱きかかえる―――右腕を失ったミライを見つめ、エルザにおんぶされたアオイが、呆然と呟く。
……最悪のタイミングで、エルザ、アオイ、サクラと合流してしまった。




