第六十五話 約束
オレとミライが出会ったのは9年前、小学校1年生の時だった。
ミライとは同じクラスだったけど、その中でアイツは浮いていた。
クラスメイトのヤツらとは幼稚園から顔ぶれが変わらないけど、ミライだけは違っていたから。
というのもあると思うけど、浮いてしまう一番の理由ではなかった。
その理由とは、
「―――ぼくといっしょにあそぼぉ」
「「「イヤだあああああああああ!!」」」
……ボールを持ったミライが、そう誘いながら追いかけ回していたからだ。
無限の体力を持つミライと、ソイツらでは次元があまりにかけ離れていて、すぐにバテて座り込んだ。
「お前、いつもヘラヘラ笑ってて気持ち悪いんだよ!!」
「髪白いじゃん、病気移るから近づかないでよ!!」
「不気味、気味悪い、関わらないで!!」
その時から、ミライはスゲェ美形だったけど……常時ニヤケ面、髪が真っ白だったことでメッチャ嫌われまくっていた。
酷い悪口を浴びたミライは、ボールを持ったまま小首を傾げる。
「ぼくぅ。げんきだよぉ?」
全然、傷ついている様子はなかった。
オレはそういうところになぜか興味を持ってしまい、ほっとけないと思って、
「仕方ねぇな……」
オレは木剣での素振り稽古をやめて頭をポリポリと掻き、「おい」とミライの背中に声を投げる。
オレの声に気づいて、ミライがゆっくりと振り返った。
「だれぇ?」
「佐伯レン。ってか、同級生の名前覚えてねぇのに追っかけてたのかよ……。オレがお前の遊び相手になってやるよ―――星無ミライ」
手に腰を当てて、ダルそうにオレはフルネームで呼んだ。
すると、ミライはパーッと一段と笑顔が明るくなる。
「ぼくとあそんでくれるのぉ? ぼくとトモダチぃ?」
「まー……そういうこった」
「あははぁ。やったぁ。―――ありがとぉ。レン」
そうして、オレとミライは友達になった。
オレたちは毎日、学校も放課後も一緒につるむようになって遊ぶようになった。
……でも、とんでもなく疲れる日もあった。
ミライが階段を使わないで飛び降りようとしたり、屋上から飛び降りたりしようとして、オレは必死に止めたんだ。
でも、結局ミライはオレの注意を無視して、その危険行為をするんだけど……。
しかも、骨折しないどころかケガすらしていなかった。
本当に変なヤツ、同じ人間か疑った。
だけどオレは、ミライと一緒にいる毎日は刺激的で、飽きなかった。
楽しかった……。
だから、ミライと友達になってよかった、ってそう思った。
ある日の放課後、オレとミライはボール遊びをした。
サッカーのPKをやっていて、ミライがシュートを打って、オレがゴールキーバーだった。
膝はガクガク。
「怖ぇんだけど……! ミライ、シュート加減しろよな! オレの顔面陥没すっから! わかってるよな! なぁ!?」
「わかってるってぇ。ミラクルハイパーレジェンドギャラクシースターダストシャイニングフォースミラクル―――」
「長ぇんだよ! さっさとシュート打てよ!? つーか、ミラクル二回目だし!?」
「―――ミライシュートぉ」
スドン、と大砲が放たれたような轟音で、ミライがボールを蹴ってシュートする。
死を悟ったオレは、ゴールを守ることを諦めて……頭を抱えてしゃがんで自分の身の安全を優先した。
結果、その行動は正しく―――ボールは一直線に凄まじい勢いで飛んでいき、ゴールネットを突き破った。
そして飛んでいくボールは、あるところで止まる。
「―――痛っ!?」
ゴールネットの奥には帰宅中の三人の男子高校生がいて、そのうちの体の大きい高校生の頭にボールが当たったんだ。
友達らしき高校生がボールを拾って、オレたちの存在に気づく。
「アイツらじゃね? お前の頭にボール当てたの」
「んだとぉ……!!」
その高校生たちがこっちへ近づいてくる。
……終わった、とオレは青褪めて棒立ちのまま逃げることができなかった。
「おい、ガキ。頭にボール当たったんですけどー。これ以上、頭悪くなったらどうするんですかー? ゴラッ!!」
「ひっぐっ……う、うぅ―――あっ」
オレの前に来た体の大きい高校生が威圧してきた。
……オレは怖くて泣いて、チビってしまう。
その頃には幻滅師を目指して体を鍛えていたとはいえ、小さなオレにとってソイツは巨人のように見えて、そんなヤツが睨みつけて荒げた声を出せば……誰だってこうなる。
「頭悪いの自覚してたんだ」
「おい、ちょっと待てよ! ビビりすぎて、このガキ漏らしちまってるぜ!」
大きい高校生の友達が、オレがチビったことでできた短パンのシミを見つけた。
それがチビった跡だと気づいて、ソイツに指を差されてバカにされて笑われた。
「マジかよ、情けねー!」
「お前のせいだぞ。……うわっ、ションベン臭いんだけど」
大きな男子高校生が大声で笑って、もう一人の友達の高校生は薄ら笑う。
ギュッ、とオレは服を掴み、項垂れて真下を見つめる。
恥ずかしくて、恥ずかしくて……消えたくなったから。
「―――レン。おもらししたのぉ?」
そんなオレを下から覗き込んで、ミライがそう言った。
思わず、驚きの声を上げて泣き止むと、
「なんだこのガキ!?」
「いつの間に……!」
三人の高校生もオレと同じような反応をした。
そしてオレは思い出した。
「……お前、今までどこ行ってたんだよ!」
「おしっこぉ」
オレが絶体絶命の危機に遭遇している時に、小便しやがって……この薄情もんが!
そう思いながら、オレはミライを睨みつけた。
「ションベン漏らしに小便……少女? まあ、どっちでもいい。おい、俺にボールを当てた詫びしろよ。―――俺たちと遊ぼうぜ」
ゴキゴキ、と大きい高校生は拳を鳴らす。
……遊ぶって言っても、ただの遊びじゃないとオレは察する。
間違いなく―――暴力関係だ。
「ホントぉ? ぼくたちとあそんでくれるのぉ? やったやったぁ。なにするのぉ?」
「それはな―――テメーらを一方的にボコるんだよ!!」
と、ミライの頭上に大きい高校生の拳が降りかかる。
友達のピンチに、オレは叫んだ。
「ミライ!!」
しかし、ミライは動く様子もなく、拳が顔面に当たる寸前に、
「―――こういうことぉ?」
その高校生の腹にパンチした。
「うおおおおおおおお!?」
あの大きな体が、嘘のように吹っ飛んだ。
……しかも、自分よりも遥かに小さい小学一年生の小さな拳の打撃によって。
オレも、二人の高校生も、開いた口が塞がらなかった。
「あははぁ。たのしいねぇ。このあそびぃ」
仰向けに倒れる大きい高校生を見て、ミライは笑顔になる。
ハッ、と二人の高校生はミライを潰そうと動き出す。
一人はミライを蹴ろうとするが、
「ぎゃは!」
ジャンプしたミライに顎をアッパーされて泡を吹く。
そして最後の一人が背後からボールを投げて、
「うっ……!」
ミライが気づいて蹴り返して、そのボールがソイツの股間に直撃する。
悶絶して、股間を押さえたまま……うつ伏せに倒れていた。
「―――スゲェ、たった一人で高校生を倒した……」
倒れ伏す三人の高校生を見回すミライに、オレはキラキラした目で見ていた。
「あれぇ? もうおわりなのぉ? もっとあそぼうよぉ」
満面の笑みを浮かべるミライ。
その笑顔を見ていた三人の高校生は怯えた顔をしていたが、
「「「あっ……」」」
そんな吐息を漏らして……どこかスッキリしたような間抜けな顔をした。
しかし直後、悔しそうに歯噛みして立ち上がると、
「「「覚えとけよ~~~!」」」
なんてクサい捨て台詞を吐いて、子どもをイジメた三人の高校生はオレたちから逃げ去っていった。
ここの公園は地面なんだけど、ヤツらの逃げた足跡にはもう一つ、水滴が零れたような跡があった。
あぁ―――アイツらも漏らしたんだ、とオレは察した。
「ざまぁみろ、バーカ」
オレはその情けない背中に向かって、あっかんべーしてやった。
今までの仕返しだ。
「あぁ。どっかいっちゃったぁ」
残念そうに言って、ミライはボールを拾う。
まだあの高校生たちと遊びたがっているミライが信じられなくて、どっか行ってくれたことに清々していたオレは軽く引いてしまう。
だけど、オレはこう思ったんだ。
もしかしたら、コイツとなら……。
「み、ミライ!」
これから言うことに緊張して、呼び慣れているはずの名前を呼ぶのに躓いてしまう。
でも、それを気にする素振りはなく、キョトンとして「ん?」とミライは振り返る。
ボールを持つミライの変に透き通りすぎている目を見て、オレは決意を伝えた。
「オレ、強くなりたい……。さっきのヤツらを追っ払えるくらい……いや、シャドウを倒せるくらい! ―――オレは、幻滅師になりたい!! お前の友達だって胸張れるくらい、お前を追い越すくらい、絶対に強くなってみせる!!」
「へぇ。そうなんだぁ」
「だからさ、ミライ! ―――オレと一緒に、幻滅師目指そうぜ!」
高所からの飛び降りでも無傷なほど、体が丈夫ってのは前々から知ってた。
そして今ので、自分よりデカい相手に対してビビらない精神力、巨体を軽々と吹っ飛ばせるパワー、囲まれた状況で攻撃されても対処できる視野の広さがあることがわかった。
どれも、オレが目指す幻滅師になる上で欠かせぇモノばっかだ!
ミライは、幻滅師の才能の塊だ!
これはもう、ミライには幻滅師になってもらうしかねぇ!
だけど、オレがミライを誘ったのは、それが理由じゃない。
予感があったんだ。
―――ミライとなら、どこまでもいけそうって。
どんなことがあっても、ミライと一緒なら、オレは乗り越えられるって……そんな気がしたんだ。
ううん、絶対だ。
絶対にミライとなら、オレはなんだってできるんだ。
突然のオレの宣言に、ミライに目を丸くした。
だけど、
「うん。ぼくぅ―――エクソシストになるよぉ」
ミライは、オレの誘いに乗った。
オレと同じ道へ進むと言ってくれた。
その言葉が嬉しくて、どんな未来があるのかワクワクして……オレの心は希望で満ち溢れていた。
だからオレは思わず、ミライに小指を差し出した。
「それじゃあ、約束だ! オレたちは一緒に幻滅師になる! ―――オレたちはずっと親友だ!!」
「うん」
ボールを脇に抱えて、オレと指切りげんまんして、大きく頷くミライ。
親友と呼ばれたことが嬉しかったのか、ミライの優しい笑顔が一段と温かいものになった。
そして間違いなくその笑顔は―――決して消えることのない、希望そのものだった。




