第六十話 弱点
「嘘だろッ!?」
「あれぇ?」
首を左右に傾け、最小限の動きで挟み撃ちを回避したトゥーラ。
その凄まじい芸当をしたトゥーラの横を空中で通り過ぎた瞬間、レンは驚愕に、ミライは不思議そうに見つめた。
ミライとレンはそれぞれ向かいの魔法陣に着地すると、レンはバッと振り返って黒剣を構え、ミライは振り返ることなく白刀を構えずにキョトン顔。
「なんであたらなかったんだろぉ?」
「それはもういいから! さっさと切り替えて、武器構えろよ!」
背後からのレンの怒声に、ようやくミライは振り返って白刀を構える。
その人間のやり取りに、「緊張感の欠片もないな……」と呆れると、トゥーラは真剣な顔つきで語り始めた。
「私たち天使の身体能力は、人間とは比較にならないほど高い。だから、貴様たちの動きは全て見えていて、気配もわかる。……もう油断はしない。貴様たちの攻撃は二度と届かない。そんな武器で強くなった気でいようが―――私には勝てない」
首だけを振り向かせ、トゥーラは二人の人間に宣言した。
トゥーラは、人間を超越するほどの動体視力と気配感知で動きを捉えていたのだ。
(アイツは、今までオレたちの強さを知らなくて、油断してたからミライの攻撃が届いてたんだ。……でも、それはもう通用しねぇ。ミライの強さを知っちまったから……!)
まさしく、万事休す。
今までは、二人の力量を知らずに警戒されていなかったため、ミライの攻撃が通じていた。
……しかし、ミライの力量を知った今、トゥーラはミライを敵として認め、油断も隙もなく警戒している。
これでは、先のようなレンを囮にした(意図的ではないが)奇襲を仕掛けても、通用しないだろう。
だが、
(いや、だったら―――!)
そこに、レンは勝機を見出した。
「ミライ!」
「なにぃ?」
「オレの目を見ろ!」
「―――? なんでぇ?」
「いいから! オレの言う通りにしてくれ!」
「うん。わかったぁ」
レンが何をしたいのかわからないまま、ミライは言う通りにしてレンの茶色い瞳をジッと見つめる。
無意味にかに思えるアイコンタクトではあるが、実は大きな意味があった。
(作戦を言っちまったら、アイツにバレる。だから、アイコンタクトでしか伝えらんねぇ……。イチかバチかの賭けだ。伝われ伝われ伝われ伝われ伝われ―――)
そう強く念じながら、レンは空色の双眸を凝視する。
そんな時間を数秒ほど過ごすと、
「―――あぁ。そういうことかぁ」
ミライは満面の笑みで頷いた。
「ミライ、本当か!? ちゃんと届いたか!?」
「うん。バッチリぃ」
オッケーポーズするミライ。
ミライはわからないことはハッキリわからないと言うし、嘘をついても嘘だとハッキリ言う。
それが無かったから、ニヤリ、と確信めいた笑みをレンは浮かべた。
「おし! いくぞ、ミライ!」
「おぉ」
ミライとレンは、再び魔法陣を使ってトゥーラの周囲をグルグルと駆け回る。
トゥーラは目だけを動かし、気配を感知するために神経を研ぎ澄まし、二人の人間を捉えた。
(一体、何をするつもりだ……?)
「―――たぁッ!!」
短く気合を発し、レンは黒剣を振りかぶりながら飛び出した。
しかし、トゥーラの真正面でだ。
レンは真っ向からトゥーラを叩き斬ろうとしたのだろうが……あまりに無謀で、軽率で、無意味な行動だ。
そう思ったからこそ、トゥーラは嘲るように嗤った。
「バカか、人間。貴様の攻撃は私には通用しないと―――」
「んなもん、わかってるよ。バーカ」
トゥーラに攻撃せず、ただ横を通り過ぎたレンは、すれ違いざまに挑発した。
レンの攻撃は、その全てがトゥーラには通用しない。
そのため、レンは必要ないのだ。
いたとしても、無謀で、軽率で、無意味な行動しかできないのだから。
―――だが、その全てが今、ひっくり返る。
「―――やぁ」
突如として現れたミライが、ふざけた声と共にトゥーラの胴体に一閃を走らせる。
白装束が裂け、トゥーラの左肩から右脇にかけて大きな傷口が刻まれ、鮮血が噴き出した。
その痛みに、トゥーラはよろめいて落下しそうになるも、なんとか耐えて高度を維持した。
そして変わらず、ミライとレンは再び魔法陣を駆け回って、トゥーラに一撃せんと虎視眈々と機を窺っていた。
(あの人間の背後に隠れていたのか……!?)
トゥーラは、ミライとレンの戦略を看破した。
攻撃するフリをしたレンの後ろには、ミライが待ち構えていた。
レンがトゥーラの横を通り過ぎた刹那、ミライが攻撃するというのがこの戦略だ。
要するに、奇襲である。
けれど、先ほどとは異なり意図的であるが……この戦略には大きな穴があった。
「―――次もいくぜぇ!!」
再び、レンは黒剣を振りかぶって飛び出した。
しかし、今度は背後だった。
すでにトゥーラはその気配を感知しており、振り返って手を伸ばした。
自分に傷一つつけられない攻撃など無視していたはずだが、それには理由があった。
(この奇襲の要は、この弱い人間。ならば、コイツを先に潰せばいいだけだ―――!)
レンの背後には、ミライが待ち構えている。
なら、陽動であるレンを先に潰すことで、この戦略を破壊することができる。
……レンの顔面とトゥーラの手の平の距離は、10センチにも満たない。
この距離がゼロになった瞬間、レンは間違いなく頭を潰され……死ぬだろう。
「貴様から先に、殺すッ!」
「―――させないよぉ」
刹那、レンとトゥーラの間に割って入ったミライが、トゥーラの魔の手を殺す。
―――レンに向かって伸ばされた、トゥーラの腕を斬り落とした。
ミライとレンは交差して、トゥーラを通り過ぎて魔法陣に着地した。
激痛に顔を歪め、冷や汗を流し、切断された腕の断面から勢いよく血を零すトゥーラ。
己を油断なく見据えるレンと、のほほんと笑顔で見つめるミライを忌々しく睨みつけた。
「陽動の背後に隠れて、本命が私に攻撃。だから私は、陽動である貴様を潰し、この戦略を壊そうとした。……だが、それすらも見越していた。陽動を殺す、一瞬の隙を突かれた……。しかし、理解できない。なぜ貴様は死を恐れず、あんな陽動ができるッ!? そしてなぜ―――作戦を共有していないのに連携が取れているんだ!?」
トゥーラが咆哮を向けたのは、レンだった。
戦力において無価値であるはずのレンは、陽動という役割において価値を見出していた。
しかしそれは、失敗すれば……死を免れない危険なモノ。
レンは、失敗した際に備えるべきはずの、自分の身を守れる手段がないからだ。
そして、作戦を共有した瞬間も見たことがなく、不可解だった。
天使は、それらの人間の異常行動が理解できない。
そのことに苛立つトゥーラに、レンは黒剣を肩に担いで告げる。
「決まってんだろ―――オレとミライがダチ同士だからだ」
「……ダチ、だと!?」
回答を聞いても、ますます理解できないトゥーラ。
それは致し方ない。
ミライとレンは人間で、トゥーラはバケモノ。
―――友情という強い信頼関係によって、この戦略が成立していたことなど知る由もなかったのだ。
そんなトゥーラに、レンは黒剣を胸の前に持ってきて続ける。
「あと、オレたちの武器は相棒だ。―――オモチャって、バカにすんじゃねぇ」
「―――!」
トゥーラは息を呑む。
トゥーラから見れば、レン個人など取るに足らない存在。
なのだが、相棒を侮辱されたレンの怒気の篭った眼差しに、人間を超越しているはずのこの天使は気圧されたのだ。
「そうなのぉ?」
しかし、ミライの一言で剣呑な空気がぶち壊れる。
「そうだよ! ってかミライ、さっさとアレでケリつけろよ。できんだろ?」
「よゆうだねぇ」
ミライとレンは理解し合っているようだが、
(アレ……?)
トゥーラだけは全く話についていけず、蚊帳の外にされていた。
アレに対する疑問が膨らんでいると、レンは切っ先をトゥーラに向けてミライに合図を出す。
「おーし、ミライ! あのクソ天使にお見舞いしてや――――――うわああああああああああああああ!!」
……はずだったのだが、途中で魔法陣が全て消え、レンは空中に立つ手段がなくなって、絶叫しながら落下していく。
(なぜ、あの人間は落ちて……もう片方のヤツが術をやめたからか?)
落下するレンを一瞥して、周囲を見渡す。
しかし、トゥーラの視界にミライはいなかった。
(どこだ……まさか―――上か!)
瞬時に上を見ると、そこにはレンと同じように落下していく、ミライがいた。
自分に気づいてくれたからか、ミライは笑顔になってトゥーラに続く魔法陣をいくつも展開した。
空中で、ミライは白刀を振りかぶる。
「―――≪陣鬼・連衝≫」
上段から振り下ろされた白刀は、魔法陣を割っていく。
全ての魔法陣を割った時、白刀には凄まじい破壊力が宿り、その先には―――目を見開くトゥーラがいた。
そして笑顔のミライが持つ強化された白刀の刃が、
「――――――!!」
トゥーラの首を、肉体から切り離した。
そして分かたれた二つの物体は、隕石のような勢いで地に落とされていく。
大気が振動して、本当に隕石が落下したような、道路の上にクレーターを作って二つの物体は地上に墜落した。
モクモク、とその衝撃で大きな煙が立った。
(スゲェ……ミライのヤツ、首を斬りやがった! オレじゃ全然歯が立たなかった、天使の首を……!! だけど―――)
「オレ、落下死しそうなんだけど~~~~~!?」
トゥーラが無様に叩き落されたのを見て、そこから視線を下へ移すと……レン自身も地上に墜落寸前だった。
しかし、絶叫するレンの眼前に魔法陣が展開され、うつ伏せの姿勢でそこに着地して無事地上へ舞い戻った。
その横で、もう一つの魔法陣が展開され、そこにミライが着地。
……レンのような情けない姿勢ではなく、ちゃんと立った状態で。
「カエルのマネぇ?」
「違っげーよ! ってか、魔法陣出すの遅ぇよ! あともうちょっとで死ぬとこだったぞ!?」
「いきてるからいいじゃん。あははぁ」
「笑って誤魔化すな!!」
鬼の形相をやめて巨大な煙を見ると、レンは安堵の笑みを浮かべた。
「オレたち、倒したんだな……天使を」
呟いた直後、煙からゆっくりとした足音が聞こえてくる。
それが近づいてくると、煙から見覚えのあるシルエットが見え―――ついにナニカが出てきた。
「―――よくも、ここまで私をコケにしたな……人間」
煙の中から現れたのは、トゥーラだった。
……いや、その表現は適切ではない。
切断された首を唯一残っている手で持ち、ボロボロの姿で立っているバケモノ、という方が最も適しているだろう。
白い肉体から切り離された首、切断された腕、胴体には斜めに大きな切り裂かれた痕、薄汚れたボロボロの白い翼と装束。
その天使が持つ首が殺意の眼で睨みつけてくるが、ミライの≪陣鬼・連衝≫をモロに食らったことで虫の息だった。
「あれぇ? マホウジンすくなかったのかなぁ?」
「な、なんでテメェが生きてんだよ!? ミライに首斬られて、なんで……ッ!?」
「そう驚くな―――まだ、これで終わりではない」
瞬間、トゥーラの切断された腕から、胴体の傷口から、黒いナニカが蠢き―――腕が再生し、胴体の傷が無くなった。
その両手で首を元の位置に戻すと、やはり黒いナニカが蠢き―――くっついた。
気づけば、白い翼もキレイになっていて、身に着けている白装束以外、全てが元通りになっていた。
「嘘、だろ……」
「シャドウができることを、私たちができないワケがないだろう?」
レンが呆然と呟くと、首を傾けて陰惨な笑みを浮かべたトゥーラがそう言った。
シャドウよりも遥かに脅威である人類の敵―――天使。
シャドウが再生能力を有しているなら、その上位に位置する天使がそれを有しているのは道理だ。
そう理解してはいても……この現実は、あまりに受け入れ難かった。
「へぇ。テンシってスゴぉい。すぐげんきになっちゃったぁ」
「感心してる場合じゃねぇよ……。シャドウと同じってなら、再生できねぇほどの攻撃を浴びせてやりゃあいい……もう一度、オレが陽動をやる! その隙にぶち込んでくれ、ミライ! そうすれば、オレたちの勝ちだ!!」
「わかったぁ」
レンの叫びに、ミライはのほほんと頷く。
そして、二人は同時に駆け出した。
「人間が、私に勝つ……だと。それはありえないな―――ヘタレの人間」
が、その前に発せられた一言で、二人は走るのをやめた。
トゥーラはレンに向かって指差し……ある単語に、レンは取り乱した。
「へ、ヘタレ……オレが? ど、どこがヘタレって言うんだよ!?」
「なんとなく、そんな気がしただけだ。……お前が死角から攻撃した時、私は不意を突かれて、その攻撃を食らってしまった。しかし、お前は≪魔晶術≫を使わなかった。使えば、より確実なダメージを私に与えられるはずなのに、だ。それはなぜか……なぜならお前は―――≪魔晶術≫が使えないからだ」
ドクン、とレンの心臓が跳ねる。
トゥーラが告げたからだ。
……レンの、最大の、弱点を。
「≪魔晶術≫が使えないとは……幻滅師として致命的で―――劣っている」
「……あぁ、そうだよ。オレは≪魔晶術≫が使えねぇ。何回も何回もやってもな―――でも、だからどうした」
ギュッ、と黒剣を握ってレンは開き直る。
いつの間にか、心臓は落ち着いていた。
「オレの弱点言って動揺させても、こっからテメェが逆転することはねぇ。時間稼ぎをしたって無駄だ……テメェはここで、終わりだ!!」
トゥーラは眉をひそめる。
「何を言っているのだ、ヘタレの人間。―――致命的な弱点があるのは、お前だけじゃない」
次にトゥーラが指を差したのは、
「貴様もだ―――頭の悪そうな人間」
のほほんと笑みを浮かべている、星無ミライだった。




