第五十八話 ぼくがまもるからぁ
「―――お前たちが逃げ続けても、その度にまた私はすぐ追いつく。だから、無駄な足掻きはやめて、今ここで大人しく……私に殺されろ」
≪鬼装≫状態のミライと≪魔装≫状態のレンは、トゥーラに追いつかれ、大通りで大きく距離を取って対峙した。
そしてその天使は、二人の人間に死以外の選択肢はないと宣告する。
「―――? ホンキでにげてないよぉ? ぼくぅ」
笑顔のミライの言葉に、トゥーラは眉を曇らせた。
「どういう意味だ?」
「だってホンキでにげたらぁ―――」
ミライの姿が消える。
否、弾けるように地面を蹴ったことで、凄まじい速度によってそう錯覚した。
たった一足で刹那のうちに、ミライはトゥーラの眼前に迫った。
「―――キミとあそべないじゃん」
喋る速度とは正反対の、紅い軌跡を描いた鋭い剣閃。
トゥーラは、ミライの攻撃に辛うじて反応でき、首を傾けて回避した。
……遊ぶ、と言った割には、ミライは一瞬で決着をつけようと首を切り落としにかかっていた。
あるいは、この程度の攻撃を避けられないヤツとは、殺し合いたくないと思ったのかもしれない。
(まさか、わざと私と戦うために遅く逃げていたのか……! なら、コイツらは本来なら―――このスピードで行動できるというのか!?)
「あははぁ。まだまだぁ」
直後、無垢な笑顔のミライから放たれたのは、まるで―――嵐のような斬撃。
高速に放たれたその一撃一撃は、相手に確実にダメージを与えるモノで、蓄積され続ければ、いずれ致命傷になりうるモノ。
その危険性を知っているからこそ、トゥーラは全身全霊をもって全ての攻撃を紙一重ではあるが回避した。
そして、ミライが白刀を振り上げた一瞬の隙を突き、トゥーラはミライの脇腹を蹴って廃墟まで吹っ飛ばした。
ドーン、とミライが叩き込まれた廃墟からそんな衝突音が響き、そこから煙が立ち昇る。
それを蹴った後の姿勢のまま見聞きしていたトゥーラは、蹴った足を地面に戻した。
「とりあえず、なんとかしたが……」
トゥーラは周囲を見渡す。
「もう一人の人間は、一体―――」
「―――どこにいる、ってかぁ!」
背後からの威勢のいい声に、トゥーラはバッと振り返る。
そこには―――紅光を放つ黒剣を振り下ろそうとする、レンがいた。
トゥーラは驚愕に目を見開き、そしてその瞳は言っていた。
―――いつの間に、と。
それに気づいていたのか、気づいていないのか、レンはトゥーラの求めている答えを教えた。
「背後から回り込んでたから―――なッ!!」
同時、レンは全身の力を込めた渾身の一撃を放つ。
ミライとトゥーラが戦っている中、レンはトゥーラに見つからないよう大きく迂回して、死角である背後まで接近できた。
なんとも、単純な答え。
黒刃の向かう先は、トゥーラの首。
いよいよ、レンの刃がトゥーラの首に触れた。
「―――ッ!?」
(刃が、入らねぇ……ッ!!)
レンの斬撃は、トゥーラの首を断つことなく、正真正銘、ただ『触れる』だけに終わった。
どれだけ押し込めても、刃が入る気配などない。
夜のシャドウですら、辛うじて刃が入ったというのに、全くもってかすり傷すら与えられない。
瞬間、レンはイッキの言葉を思い出す。
天使は―――進化系シャドウすら凌駕するほどの高い戦闘能力を有している、と。
それは、いつも戦っているシャドウではなく、強化された夜のシャドウも含まれているのだと、レンは理解した。
けれど、理解できない点もあった。
コレは『凌駕』している程度では収まらないほど、圧倒的な身体能力を有している。
今ので、それがハッキリとした。
が、そんなレンの思考を置き去りにするように、
「貴様、今私に―――何をした?」
殺意に目を剥き、トゥーラは憤怒の言葉を発した。
「………ぁっ」
殺気の篭った眼光に、レンは恐怖に支配され……攻撃することも、逃げることもなく、ただただその場から動けなかった。
まさに、蛇に睨まれた蛙の如き、怯えぶり。
「この私に傷をつけようとしたこと―――死をもって、罪を償え」
ゆっくりと、トゥーラはレンへと手を伸ばす。
否、トゥーラはゆっくりと動いているのではない。
レンが死を予感し、走馬灯を見ているため、視界の一切がスローモーションになっているのだ。
けれど、ゆっくりといえど、確実にトゥーラの手は近づきつつある。
そして、走馬灯の世界の中で、トゥーラの手がレンの頭に触れる。
「―――ッ!?」
ことはなく、トゥーラは半身をズラしていた。
レンを殺すことをやめ、顔をしかめるトゥーラ。
なぜ、そうなったのか―――?
「―――あははぁ。あたらなかったぁ」
ミライが、縦に走る紅い一閃を、トゥーラに放ったからだ。
しかしソレは、トゥーラに回避され、虚空を切るだけ。
―――かに思われたが、地面を割り、尋常ではない速度で白刀が振り下ろされた
ことで強力な風圧を発生させ、その風圧でトゥーラの頬にピキッと切り傷を作っ
た。
その傷から人間と同じ赤い鮮血が零れ、トゥーラは堪らず後退し、ミライと大き
く距離を取った。
「ミライ……」
「だいじょうぶだよぉ。レン」
呆然とするレンに、ミライは首を振り向かせて伝えた。
「―――ぼくがまもるからぁ」
「……!!」
ミライのいつもの笑顔を見た瞬間、レンの胸にチクッと痛みが走った。
レンはその胸に手を当て、握りしめ、俯いた。
「ミライが、オレを、守る……」
近くにいるミライさえ聞こえないほど小さな呟きをして、レンはミライに言葉を返すことはなかった。
その場面を、トゥーラは睨みつけながら見ていた。
いや、レンなど眼中になく―――ミライだけに意識を向けていた。
(あの人間の攻撃、さっきのが全力……!? 今まで手を抜いていたのか!?)
初めのミライとの攻防では、ミライは本気の斬撃を放っていなかった。
それは、先刻の一太刀を見れば明白だ。
地面を割り、風圧だけでトゥーラの頬に傷をつけたのだから。
その事実を目の当たりにして、あえて手加減して、あえてギリギリで回避できるほどの剣速にして、ミライが舐め切った戦闘をしているとトゥーラは推測した。
―――しかし、ミライはナメているのではなくただ遊んでいるだけで、トゥーラは先の剣撃が本気だと思っているようだが……実は外れていた。
そのことに気づくことなく、トゥーラは怒りが湧き上がった。
ミライに見下されたこともそうだが、何より怒りが湧いたのは、
(人間の分際で、私の顔に傷をつけるなど―――万死に値するッ!!)
頬に切り傷を与えられたことだった。
その傷口を指先で触れ、トゥーラはその整った顔を、煮え滾るような怒りで醜く歪ませた。
―――愛した男に不倫をされて怒り狂う、女のように。
「……落ち着け。怒ったとて、あの人間たちに勝てるわけではない」
けれど、そう呟いてトゥーラは怒りを抑え込む。
冷静さを欠けば、足元を掬われる。
それが、敗北に直結することを理解しているからだ。
そして、現状を立て直す必要があることも。
だから―――白翼を広げ、トゥーラは飛び立った。
「―――あっ」
「あぁ。おそらとんじゃったぁ」
レンは間の抜けた声を漏らし、ミライは額に手を翳して、羽ばたく天使を見上げる。
地上から500メートルほどの高さのところで、トゥーラは空中で二人の人間を見下ろした。
(地上戦で相手をするのは厄介だ。しかし、私たちは空を飛べる。……人間では、ここまで来れまい。空中戦に持ち込めば、私の独壇場。―――私に傷をつけたことを後悔しろ……!)
確かに人間には翼などがないため、空を飛ぶことはできない。
空中戦なら、天使は無敵だと言える。
しかし、相手が『ただの人間』ではなく『異常な人間』だったら―――?
「ミライ、あん時みたいにやるぞ……!」
「うん―――≪陣鬼・展開≫」
ミライは頷き、もう片方の手を前に翳して≪鬼晶術≫を発動。
ミライとレンの前に、魔法陣が展開された。
そして二人は、その魔法陣に乗って跳躍すると―――またその先に新たな魔法陣を展開。
その繰り返しで、上空を制したと勘違いしているトゥーラに近づいていく。
(魔法陣が空中の足場に……!? あれが、ヤツの≪鬼晶術≫なのか!?)
トゥーラは、ミライの≪鬼晶術≫の能力をそう推測した。
そして、いずれここに到達することを予感し、
「来させるか―――ハッ!!」
二人の人間を打ち落とし、殺すべく、美しい翼を振って羽根を射出する。
弾丸のように迫る無数の羽根は、直撃すれば一溜まりもないだろう。
だから、ミライとレンは魔法陣上りをやめた。
「羽根を飛ばしてきやがった!? 空中だと逃げ場がねぇし、このままだと蜂の巣にされんぞ、オレたち!?」
「あははぁ。こうすればだいじょうぶだよぉ―――えぇい」
ミライは飛んでくる羽根に向かって手を翳すと、上った後の魔法陣がミライとレンの前に並び―――トゥーラの羽根攻撃から守った。
「なっ!? 使った足場を防壁にしただと!?」
これには、トゥーラは驚きを隠せなかった。
「いこぉ。レン」
「おう!」
ミライとレンは魔法陣上りを再開し、ついにトゥーラと同じ高度に達した。
トゥーラの周囲に魔法陣を展開。
その魔法陣の上を、二人の人間はグルグルと駆け回る。
そして魔法陣を蹴って飛び出し、トゥーラの正面からミライが、背後からレンが―――得物を持った腕を伸ばして刺突攻撃を仕掛ける。
二人の挟み撃ちに、
「フッ―――私には、見える」
首を左右に傾け、トゥーラは二人の攻撃を回避した。




