第五十五話 再来のアレ
ボスウルフはミライとエルザから逃げるように必死に走っているが、レンたちのことを狙っているのか、明らかにこちらへ向かってきていた。
「なんでテメェら、まだ倒してねぇんだよ!? つーか、なんでオレたち狙われてんのー!?」
「いやー、ウルフ・シャドーを全部倒した途端ね、ボスウルフがエルちゃんたちに勝ち目ないってわかって逃げ出しちゃったんだよっ★ ほら、狼って嗅覚鋭いじゃんっ? だから、レンっちたちを人質にして、エルちゃんたちに殺されないようにしてるんだよっ★」
「はぁ!? メチャクチャ迷惑なんだけど!?」
「めんごめんごっ★」
紅光を放つ黒大剣を持つ手とは反対の手で手刀を作って、エルザはウィンクしながら謝罪した。
……言葉からも、態度からも、全く謝罪の気持ちは伝わってこないものだ。
「お詫びするから、許してねっ★ ミライっち―――『アレ』、やりたがってたでしょっ? やってきなよっ★」
「いいのぉ? やったぁ。エルザちゃんがやってたからぁ。ぼくもやってみたかったんだよねぇ」
ダンッ、とミライは弾けるように地面を蹴り、急加速してボスウルフと並走する。
「『アレ』って何? 『アレ』ってなんだ!? ミライのヤツ、何する気だ!?」
「また、置いてけぼり」
「いえ、サクラさんだけではなく、ワタシもレンさんもさっぱりわからないのですが……。ミライくん、一体何をするつもりなんですか?」
「―――それじゃあいくよぉ」
アオイの問いに答えるように、ミライは跳躍して白刀をバットのように構えた。
瞬間、三人は理解して……青褪めた。
「み、ミライくん、まさか『アレ』というのは……!」
「ボスウルフ、こっちに飛ばす。サクたち、死す……!」
ミライとエルザの言う『アレ』とは、エルザが黒大剣の剣脊でシャドウを飛ばし、それで瀕死になったシャドウを四人が倒す、という先ほどやったヤツのことだ。
だから、
「こんのアホミライ、やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
レンは怒声を轟かせ、ミライを止めようとする。
……あんな巨体が吹っ飛んできたら、最早、対処できるはずもなく死んでしまうのだから。
「―――えぇい」
しかし、全くそれを聞いていなかったミライは渾身のスイングを放つ。
ボスウルフは「ギャウン……!?」と子犬のような悲鳴を上げて、ミライのフルスイングによって吹っ飛んでいく。
そうして飛んできたボスウルフの巨体と衝突し、三人の人間は死んだのだった。
「「「………え?」」」
なんてことはなく、ボスウルフは横に真っ二つに引き裂かれた。
最悪の事態には陥らなかったが、予想外の結果に死亡フラグの立っていた、レン、
アオイ、サクラは目が点になる。
ドスン、と音を立ててボスウルフの二つに裂かれた巨体が地面に落下すると、絶命の合図である黒い塵となり始めた。
ミライも着地すると、振り返って夜空へ舞い上がる黒い塵をキョトンとした顔で見た。
「あれぇ? レンにプレゼントしようとおもったのにぃ。なんでぇ?」
「峰の方でやんなかったからねっ★ ボスウルフぶった斬っちゃったのはっ★」
ミライの前にやってきたエルザが、ミライの疑問にそう答える。
ミライがウルフシャドウを吹っ飛ばせず両断してしまったのは、峰を返してスイングしなかったからだ。
けれど、その答えを聞いても、ますますミライはキョトンとした。
「ミネってなぁに?」
「―――ミライくんがいつも攻撃している方ではなく、反対の刃のことです」
背後から回答が聞こえて、ミライは振り返って回答主を見た。
回答主―――アオイの他に、レンとサクラもここへ集まってきた。
「へぇ。これミネっていうんだぁ」
白刀の峰を、ミライは興味深そうに見つめた。
腰に手を当て、レンは呆れたように溜息をついてミライを見た。
「空宮は右利きだから右打ちの構えだけど、お前、左利きだから打ち方逆だろ―――って、なんで朽葉は平然と質問に答えてるし、オレはアドバイスしてんだよ!?」
アオイだけではなく、自分自身にまでツッコんでしまうレン。
ミライの打ち方が間違っていることを、どうしても指摘したかったようだ。
それから怒りの矛先をエルザに変え、レンはバシッと指差した。
「テメェ、空宮! ミライになんつーこと吹き込むんだ! コイツがアホだからなんとかなったけど、オレたち今ので死んでたかもしんねぇんだぞ!?」
「ニャハハッ★ ダイジョブだって、レンっちっ★ そん時はエルちゃんがなんとか
するから、怒ってないで、今も生を謳歌できてることに喜びなよっ★」
「あぁ……テメェのうぜぇ顔面に一発ぶち込めたら、素直に喜べそうだぜ……ッ!」
額にブチブチと青筋を立てて、笑みを浮かべながら握った拳をエルザに見せつけるレン。
今も八重歯を覗かせて笑うエルザに、今すぐその拳をぶち込みたいが……なんとか必死に耐えた。
レンとエルザの力量の差は歴然で―――カウンターを食らう未来しか、見えなかったのだから。
というか、前に一度エルザに背負い投げをされて見事な返り討ちに遭ったので、その未来が訪れることは確定しているのである。
「エルザ」
ふと、静かな声でサクラはエルザの名を呼んだ。
怒りに耐えるレンを笑っていたエルザは、サクラに視線を移す。
「何っ? サクラっちっ★」
「エルザ、ヒントくれた。だから、シャドウに勝てた。でも、最初、ヒントなかった。エルザ、夜のシャドウの力、知ってる。サクたち、夜のシャドウに勝てない、知ってる。なのに、最初から、任せた。……気になる」
最初、レン、アオイ、サクラはエルザの指示により、三体のシャドウを撃破することになった。
が、結局シャドウに傷一つつけられず、ミライとエルザに助けられた。
そして先ほどでは、エルザのヒントによって自分たちの力で大量のシャドウの撃破に成功した。
サクラは、自分たちがヒントに気づいてくれることを見越して、エルザが自分たちにシャドウを任せたところまでは理解している。
……が、ヒントを与える前の段階で、なぜ実力のない自分たちとシャドウを戦わせたのか、その理由がわからなかった。
サクラは、真っ直ぐなジト目でエルザを見上げる。
「理不尽命令、真意、教えて」
「ニャハハッ★ そんなの決まってるじゃんっ★」
サクラの問いに、エルザは淀みなく、
「―――みんなの力を、エルちゃんが信じてるからだよっ★」
八重歯を覗かせた、屈託のない笑顔で答えた。
あまりに真っ直ぐすぎる言葉に、
「「―――!」」
レンとアオイは目を見開き、
「ぼくもぉ」
ミライは手を挙げて同感し、
「やっぱり、そうだった……」
人知れず、サクラは極々うっすらと微笑んだ。
その言葉は、サクラにとって予想通りのモノだった。
なんだか恥ずかしくなってしまい、エルザから顔を逸らして、レンは赤らんだ頬をポリポリと掻く。
「よく恥ずかしげもなく、そんなことハッキリ言えんな……言われたこっちの方が逆にハズいぜ」
でも、と頬を掻くのをやめて、レンはエルザを真っ直ぐ見つめる。
「信じてくれていいぜ。その分だけ、オレもお前を信じる―――リーダ―」
「わ、ワタシもです! エルザさんのこと、信じてます!」
レンの言葉に、アオイも続いた。
予想外の言葉に、エルザはらしくない様子で目を丸くする。
そう、いつになく自分に対して素直なレンに。
エルザは今まで、レンをイジったり、からかったり、オモチャのようにして遊んでいた。
そんな扱いをしているレンが、自分に対して信頼を寄せてくるとは予想外の何物でもない。
それに動揺を隠し切れなかったが、すぐにエルザらしく「ニャハハッ★」と笑った。
「ありがと、レンっち、アオイっちっ★ でも、『ハズい』なんていけないよ、レンっちっ★」
「え? なんでだよ」
「―――だって『ハズい』ってことは、エルちゃんに惚れちゃったってことでしょっ?」
「…………は?」
眩しいくらい八重歯を覗かせた笑顔でバカ発言するエルザに、レンは渾身の呆れ顔。
レンが『ハズい』と言ったのは、エルザの真っ直ぐな言葉が照れ臭くて言ったのだ。
決して、エルザを好きになったからではない。
すぐにでもレンは訂正したいところだが、
「もー、レンっちが惚れちゃうのもしょーがないけどねーっ★ だってエルちゃん、超絶美少女だからーっ★ でもでもー、いくらなんでも乗り換え早すぎじゃないっ? 薄情者だぞ、レ・ン・っ・ちっ★」
……その前に、エルザが特大の爆弾を投下してきた。
エルザは、自分が爆弾発言をした自覚がないのだろうか。
ウィンクに加えて、ピンと人差し指まで立てていた。
「……一生惚れねーし、自分で美少女言うな! ってか、なんつーこと言ってんだよ、テメェ!? 空気読めないにも程があんだろーが! あーあ、テメェに言ったオレがバカだったー!!」
頭を抱え込んで全力で後悔に嘆くレン。
……フラれたことを、この口の軽い女に言うのは間違いだと思い知った。
「話の内容、理解不能」
そう、ジト目で呟きを落とす。
一人の少年が一人の少女にフラれ、それを知っているエルザが今こうしてイジっていることを、サクラは知らないのだから理解できないのは当たり前である。
すると、サクラは発見する。
エルザとレンを見ないように顔を逸らす、隣のアオイを。
自分にも顔を逸らすアオイに対して、サクラは様子がおかしいと心配して尋ねた。
「アオイ、どうしたの?」
「い、いえ、なんでも、ありません……っ」
サクラへ顔を向けないまま、アオイは歯を食いしばりながら返答。
アオイは今、気まずい顔をしながらも、嘘をつくことへの拒絶感でそうなってしまったのだ。
少年をフった少女は、そんな感覚を覚えるくらい正直者でバカ真面目。
その返答にも、アオイの態度にも眉間にシワを寄せて、サクラはますます不審顔を浮かべる。
直後、レンは頭を抱えるのをやめて、エルザと対峙した。
何をするのか?
当然、アレに決まっている。
「―――これ以上、イジられて堪るか……やっぱテメェは絶対にボコす!」
雄叫びを上げて、レンはエルザの憎たらしい笑顔にぶち込まんと全力のパンチを放つ。
その瞬間、怒りによって我を忘れていたレンだが、この先に起こる―――エルザにカウンターを食らう未来が頭に浮かぶ。
マズい、と思ったが、その危機感は即座に消え去る。
このまま怒りに身を任してもいいと、その先に自分の敗北する未来があってもいいと、投げやりになったから……ではない。
ほんの僅かな刹那の中で、レンは自身の勝利を確信したのだ。
(腰の捻り、体重移動、振り抜き、どれも完璧に連動してる! 加えてこの至近距離、当たらないワケがねぇぜ! へへっ、ざまぁみやがれ……オレの勝ちだ!!)
「―――うん、まだ1000年早いかなっ★」
満面の笑みで紡がれたエルザの一言が聞こえた直後、
「え?」
気づけば、レンの体は宙を舞っていた。
それはレンの打ち込んだ腕を絡め取って、振り返ったエルザがその勢いごと利用して背負い投げをしたからである。
……またもレンはエルザにカウンターを食らい、敗北したのだ。
「かはっ……!」
背中が地面についた瞬間、レンの息が一瞬止まる。
そして、
「また、これ、かよ……」
そう最後に言い残して、撃沈。
倒れ伏すレンの腕から手を離す。
それから腰に手を当て、指を夜空に向けて勝利のポーズ。
「またもエルちゃん勝利ーっ★ レンっちってば、ホント学ばないよねっ? 最強無敵のエルちゃんに勝てるわけないじゃんっ★ もーホント、レンっちのクソ雑魚っちっ★ ニャハハッ★」
眼下の気絶するレンを罵りまくるエルザ。
自身に敗北した者に、エルザは恐ろしいくらい容赦がないようだ。
すると、エルザは勝利の笑みをやめて困惑顔。
あることを思い出して、指を唇に当てて小首を傾げた。
「でも―――なんでウルフ・シャドー、こんなとこいたんだろっ?」




