第五十四話 地の利作戦
「サク、方向音痴。迷子、なりすぎた……」
サクラは時間を稼いで『あそこ』へ向かうはずだったのだが、まさかの方向音痴が災いして、時間を稼ぎすぎていた。
そのため、呼吸は乱れ、額には玉のような汗が浮かんでいた。
しかし、そのおかげで、追いつかれそうになっても感覚で道を変えたり、小柄だからこそ行ける狭い道を通ったり、サクラはシャドウから逃げることができた。
そして、
「でも、到着」
紆余曲折を経て、『あそこ』を目前にしていた。
「いざ、最終決戦―――!」
体に鞭を打って、サクラは足の回転数を上げて加速する。
サクラが入ったのは、廃墟の中で今にも倒壊しそうなほどボロボロな廃墟だった。
無論、サクラを追いかけていたシャドウたちも咆哮を上げて侵入した。
夜のせいで、ますます真っ暗な廃墟の中。
サクラはジト目を細めて、前方を注意深く観察した。
(あった……!)
瞬間、サクラはスライディングした。
なぜサクラが突然そんな行動をしたのか疑問を持たずに、シャドウたちはサクラを追いかけ続け―――転倒した。
まるでドミノ倒しのように、先頭が転び、連鎖するように最後列まで全てのシャドウが転んだ。
―――サクラがスライディングして潜り抜けたのは、この廃墟をなんとか維持している両端の柱に括りつけているツタだ。
そして今、シャドウたちはそれに引っかかって転倒し、柱が折れ、廃墟の崩落が始まろうとしていた。
「氷咲! こっちだ!」
「早く逃げてください!」
廃墟の外にいる、レンとアオイの切羽詰まった声が届き、サクラはそちらへ振り返って駆け出す。
ここまで誘導した時点で、体力は限界に近かった。
それでも体力を振り絞って、懸命に足を動かした。
……だからか、頭上から迫る瓦礫に気づけなかったのは。
「「―――!?」」
声すら出せず、レンとアオイは息を呑むことしかできない。
否、たとえ声を上げたとしても、きっと間に合わないだろう。
サクラの頭蓋が瓦礫によって割れ、死亡するイメージが想起する。
そう思われたが、サクラは足元の瓦礫を拾い、それを投げて上から迫る瓦礫の軌道を逸らした。
そのまま危機を回避し、サクラは廃墟の外へ脱出してレンとアオイと合流した。
直後、廃墟は完全に崩落した。
一つ息を吐いて、サクラは無表情ピース。
「―――投げるのも、得意」
「いや、それさっき聞いたんだけど……」
もう一度サクラに同じセリフを言われ、レンは呆れて片手を左右に振って否定の意。
けれど、汗を流しながらも無事に逃げ果せたサクラの姿を見て安堵した。
「マジで頑張ったな、氷咲……」
「サクラさんがいなければ、絶対に作戦は成功できませんでした!」
フルフル、とサクラは首を横に振る。
「作戦、まだ続いてる。アレ、やらないと」
「あぁ、そうだな。アレ、やんねぇとな?」
「ですね……」
ニヤリ、とレンとアオイは意味深な笑みを浮かべる。
二人の笑みから、初めて見る悪戯心が垣間見えた瞬間であった。
三人はここから移動して、崩落によって積み上がった瓦礫の上に向かった。
すると、瓦礫が動き出して、ひょっこりと大きな頭が現れた。
―――シャドウの頭だ。
大口をポカンと開けて、三人の人間に見下ろされていた。
人間よりも遥かに巨大なシャドウにとって、普通ではありえない現象が今まさに起こっていた。
「オレと朽葉がツタを探して、この廃墟に罠を張る。そして、氷咲がシャドウをここまで誘導して―――」
「罠にハメます。それによって廃墟の崩落が始まり、瓦礫の山の下敷きになれば、シャドウといえど弱体化するはずです。そうして弱り切ったシャドウを―――」
「フルボッコ……!」
「「「―――名付けて、『地の利作戦』!!」」」
両手に腰を当て、レン、アオイ、サクラは眼下のシャドウに言い放つ。
「間に合った……!」
エルザに宣言する時は間に合わなかったが、今度は同時に言い終えたことに、サ
クラは人知れず感動を覚えた。
「ガギャ……?」
困惑の声を漏らして、シャドウは太い首を傾げる。
何を言っているのか、まるでわからないからだ。
しかし、バケモノに人間の言葉が通じないことなど、とっくに三人は知っていた。
「ま、こんなこと言っても無駄だよな。朽葉、氷咲、準備だ」
「はい!」
「………(こくり)」
アオイは黒槍を、サクラは黒弓を持ち、≪魔装≫を発動。
そして、レンもゆっくりと黒剣を抜き放ち、≪魔装≫を発動した。
シャドウは、三つの武器が放つ紅光に照らされた。
その光はまさに、
「―――フルボッコ開始いいいいいいいいいいいいいいいいいッ!!」
死の宣告、そのものだ。
レンの合図のもと、三人はシャドウの頭部を攻撃しまくる。
……シャドウの悲鳴が夜空に響き渡った。
◆
「弱体化したシャドウなら、余裕って思ってたけど……」
「あの強靭さが無くなることはありませんでしたね……」
「でも、全部倒せた……」
―――レン、アオイ、サクラは、全てのシャドウを倒した。
今、三人は瓦礫の山の上で寝転がって休憩をしている最中だ。
……息を荒くして、大量に汗をかいて。
それには理由があった。
「アイツら、一ヶ所から出てくるんじゃなくて、ボコボコ別のとこから湧いて出てきやがって……モグラ叩きしてる気分だったぜ」
「あはは……倒すだけでも大変でしたが、その移動も大変でしたね。でも、そのおかげで体力が鍛えられました……」
「同時出現、一番焦った……」
「それな!」
「それな、です!」
ボソッ、と呟いたサクラの一言に、レンとアオイは激しく同意した。
三人は瓦礫から脱出したシャドウを容赦なくフルボッコにして、身動きの取れない強靭な体を攻略してみせた。
ひたすらソレを繰り返すのだが、前に倒したシャドウとは別の場所から新たなシャドウが頭を出したため、三人はそこまで移動しなければならなかったのだ。
また、一度だけ同時にシャドウが頭を出したことがあった。
三人はソレをどうやって乗り越えたのかというと……単純に一体を先にフルボッコにして、もう一体が脱出して逆襲する前に高速移動してフルボッコしたのだ。
そしてそれが、三人が疲労困憊になる大きな原因だった。
「……そろそろ戻ろうぜ。どうせアイツらのことだ、ソッコーであの狼ども倒しちまってるはずだ」
「そうですね、きっとワタシたちが帰ってくるのを待ちくたびれているかもしれません」
「むしろ、迎えにくる」
サクラが何気なく呟いた、その時だ。
「―――あっ、ちゃんとシャドウ倒せたみたいだねっ★」
「―――あははぁ。みんなげんきでよかったぁ」
エルザとミライの声が聞こえてきたのだ。
三人は上体を起こして、
「噂をすれば……サクラさんの言う通り、ミライくんとエルザさんが迎えに来てくれましたね」
「サク、予言的中」
「さて、合流するとすっ―――かぁ?」
突如として、レンの口から間抜けな声が漏れる。
それはミライとエルザに顔を向けると、
「―――ワオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!」
……吠えながら走る、ボスウルフを見てしまったからだ。




