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幻想終末の欠落者  作者: あした
【第五章】 深夜訓練
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第四十八話 お互い様

 4月24日。


 初めて訓練した日と同じく、壁の外へ通じる西門の前にイッキと候補生が向かい合っていた。


 しかし、その時とは状況が一つ異なっている。


 現在時刻は、午前0時。


 そう。


 空には青空ではなく夜空が広がり、街灯の仄かな光しかないここは薄い闇に包まれていた。


 この日の訓練は、いつもと一味違うようだ。


「お前たちには今から、この夜の中でシャドウを倒してもらう。シャドウはこの時間帯こそ、本来の力が発揮される。黒い体を活かして宵闇に紛れて襲撃し、加えて昼間より数段強くなる。……ただのシャドウだからといって油断は禁物だ。心して臨むように」


「「「はい!」」」 


 候補生は、気の引き締まった返事をする。


 初めての訓練や、天使の存在が明かされた時では、候補生は不安で質問ばかりをしていたが、今ではそれが全く無くなっていた。


 ―――教官の答えばかりを求めていては、強くなれない。


 そのことを、候補生は半月以上の訓練を経験したことで知った。 


 だから候補生は皆、不安の影すらない真剣な表情で、イッキの言葉を素直に受け入れることができた。


「この視界の悪さだ。まずは歩きながら向かう。目が闇に慣れ次第、いつも通り走る―――行くぞ」 


 イッキは振り返って、開かれた門の先を歩く。


 候補生も、その後に続いた。


「―――朽葉くちは


 アオイの背後で、誰かが名を呼んだ。


 アオイは振り返ると、レンがいた。


 どこか気まずそうにして、レンはアオイと目を合わせなかった。


「……その、あん時は色々と、朽葉くちはを置いてったりして……ごめん」


 レンらしくない、ハキハキとしないボソボソとした言葉。


 しかし、それは仕方がなかった。


 アオイに己の罪と思いを伝えるために第七区まで連れてきて、そしていざ伝え終えると、自分のつまらない質問のせいで、ハンカチがアオイの物ではなくミライだと知って。


 ……アオイを置いて、勝手に一人で逃げ出して帰ったのだから。


 その時の申し訳なさと、≪魔晶術ましょうじゅつ≫が使えない己の無力さが板挟みになって、そのような弱々しい語気になってしまった。 


 しかし、「ごめん」と伝えた時は、ちゃんとアオイの目を見て謝っていた。


 そんなレンの、半分だけの気持ちだけを察して、アオイは微笑んだまま首を横へ振った。


「……いいえ。きっとワタシが、レンさんを嫌な気持ちにさせるようなことを言ってしまったから……。だったら、謝るのはワタシの方です。ごめんなさい、レンさん」


 自分に非があったのだと、アオイが丁寧な所作で頭を下げる。


 その姿に、レンは激しく狼狽えた。


「ちょっ!? 頭上げろって、朽葉くちは! 朽葉くちはのせいじゃねぇから! ホント、オレが悪くて、弱いせいだから……。だから、頼むから頭上げてくれって、なぁ!?」


 レンは手と首をブンブンと横へ振って、アオイに非はなく、あくまで自分だけが悪いのだと必死に伝える。


 それが届いたのか、アオイはゆっくりと頭を上げた。


 その表情は、柔らかな微笑を浮かべていた。


「―――それでは、お互い様ということにしましょう」


 言って、アオイはニコッと笑った。


 意外な言葉に目を丸くするが、レンは徐々にアオイの真意が理解できた。


 アオイが『お互い様』と言ったことで、少しでもレンの抱えている気持ちを軽くしようとしたのだと。


 ……その気遣いに、自然な優しさに、レンの強張った顔が綻ぶ。


「あぁ……ありがとう、朽葉くちは


 レンの言葉に、アオイは笑みで応える。


 そして振り返って、待っていたサクラと共にイッキの後を追った。


「何、会話?」


「なんでもありません。行きましょう、サクラさん」


 そんな二人の会話を聞こえ、レンがボーッと立っていると、


「―――もしかしてレンっち、アオイっちに告ってフラれたのっ?」


 猫のような口の形、バカにしたような目。


 明らかにレンをからかっている顔をする、エルザが目の前に現れた。


 レンの淡い恋心を察していたエルザは、冗談を言っておちょくろうとしているのだ。


 しかし、


「まぁな―――完膚なきまでに玉砕したわ」


 無言で返すわけでもなく、かといって怒鳴りもせず。


 レンは、諦めたような笑みで答えて歩き出した。


 ポツン、と一人取り残されたエルザは、しばし呆然と立ち尽くす。


 そして、


「ニャジでっ?」


 予想外にもレンの恋が終わったことを知ってしまい、間抜けに紅い双眸を丸くした。



 五分もしないうちに目は闇に慣れ、イッキと候補生は足場の悪い道路を走っていた。


 壁の中とは違って、街灯のような明かりは一切ない。


 そこからシャドウが飛び出してくるのかと思うと、候補生の顔が恐怖で歪んでいる……わけではなかった。


 むしろ、この闇を楽しんでいるようだった。


 夜の闇のおかげで、この荒廃した世界の残酷さと悲惨さが隠され、夜空に浮かぶ星々のキレイな輝きだけが見えた。


 昼と夜の世界のギャップと美しさが新鮮で、候補生はそれを楽しんでいた。


 そして、それはミライも同じで、空色の双眸には満天の星空を映していた。


「ほしキレぇイ。キラキラしてるぅ」


「ミライくん……星空に夢中になってしまうのはわかりますが、首を痛めてしまいますよ?」


 顔が地面と水平になるくらい、ミライは首を上げていた。


 ミライが首を痛めることを心配し、並走するアオイは優しく諭すように言った。


 その様子を後ろから見ていたレンは呆れ顔。


「あれでよく躓かねぇな……」


「確かに常人なら絶対躓いちゃうけど、ミライっちだからねっ★」


 レンが独り言を零すと、並走するエルザがそう答えた。


 首を上げた状態では、当然上しか見えないので、前も下も見えない。


 そのため、ちょっとした突起に気づかず、躓いて転んでしまう。


 しかし、これは常人の話だ。


 運動神経抜群のミライであれば、首を上げた状態でも、いつもと変わらずに走るなど朝飯前。


 そして、ミライなら―――


「仰け反りながらでも余裕だよっ★」


「―――どうしたのぉ?」


 背後からエルザの声が聞こえ、気になったミライが振り返る。


 否、仰け反っていた。


 宵闇の中でも目立つ真っ白な髪が重力に逆らえず下へ落ち、おでこを見せるミライは目を丸くして、やはり躓く気配すらなく普通に走っていた。


「気持ちわりぃよ!? ってか、よく走れんな、それで!?」


「アホ」


 レンだけではなく、一番後ろのサクラまでツッコまれる始末だ。


 ミライを見るサクラのジト目が、よりジトさ加減が増していた。


 その時、初めての訓練と同じ十字路の場所に近づきつつあり、イッキは走りながら候補生に指示を出す。


「この深夜訓練は、夜明け前まで行う。それまでに、各小隊は散らばってシャドウを100体倒し、それを終えたら再びここへ集合しろ―――散開!」


 瞬間、イッキは跳躍して定位置であり特等席である、廃墟のタワーの頂上へと向かう。


 先導する教官がいなくなり、候補生は小隊ごとに四方八方へ散開しようとする。


 そしてエルザ隊は、


「―――エルちゃん隊は、どんな時も真っ直ぐドストレートっ★」


 ということで、そのまま真っ直ぐ突き進んでいく方針になった。


 拳を前に突き出して先頭を走るリーダーの背中に見て、レンはその決断理由に苦笑いしてしまう。


「安直すぎんだろ……」


(でも、シャドウを100体倒すだけでいいんだ。なんかソッコーで終わる気がすんだけど。そんなんで―――オレ、≪魔晶術ましょうじゅつ≫使えるようになんのかよ……)


 クリア条件があまりに簡単で、走りながらレンは物足りなさに不満を抱き、焦りと不安と悔しさに唇を噛む。


 ―――朽葉くちはアオイへの恋は諦めたが、≪魔晶術ましょうじゅつ≫を使えるようになることを、レンはまだ諦めていなかった。


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