第四十七話 解けない呪縛
「朽葉が、あんな目に遭ったのは、全部オレのせいだ……。オレが手紙なんか置かなきゃ……本当にごめん。そしてあの時、伝えられなかったこと、ちゃんと言うよ。―――オレは、朽葉のことが好きだ」
己の罪とアオイへの思いを全て洗いざらい吐いて―――レンは、告白した。
真っ直ぐ、アオイを見つめて。
アオイはその全てを聞いて、受け止めて、
「謝らないでください、レンさん……。むしろ、感謝しているんです。だって―――そのおかげで、ミライくんと出逢えたんですから」
微笑んだ。
見殺しにしたレンに対する、怒りも、憎しみも、嫌悪もなく。
懺悔してきたレンに対して、糾弾することも、非難することも、罪を咎めることもなく。
ただうっとりと―――初恋を思い出す、乙女のような柔らかな表情で微笑んでいた。
「………」
その言葉は、レンにはわかりきっていた。
あの時、アオイを救ったのが―――ミライだと知っているからだ。
異変を聞きつけたのか、ミライは校舎裏に来た。
そして、転がっていた鉄パイプを拾って―――シャドウを一撃で仕留めた。
その時、ミライの差し伸べた手を、涙を流したアオイが今と同じような笑みで掴んだことを鮮明に思い出した。
『東京災禍』以降、アオイはミライ以外の前でも笑うようになって、以前のような腫れ物扱いされることはなくなり、必然的に人気者になった。
アオイが笑顔になって、クラスに馴染めて、本当によかったとレンは思う。
(結局、朽葉を笑顔にしたのはオレじゃなくて……ミライなんだよな)
そう、思っているはずなのに。
自分が朽葉にしてあげたかったことを、ミライは無自覚にやってのけて、なぜだか悔しさが込み上げてきた。
「だから、ごめんなさい……レンさんの気持ちには応えられません。ワタシはミライくんのことが―――」
「言わなくていい、わかってるから」
八つ当たりしてしまって、レンは突き放すように言ってしまう。
……よりにもよって、好きな女の子に。
それでも、アオイの口からその言葉だけは……どうしても聞きたくなかった。
「……そんなに、ワタシってわかりやすいんですね。お恥ずかしいです……」
アオイの微笑が照れ笑いへと変わる。
「その、さっき言ったこと……忘れてくれ。ちょっと気まずいから。でも……またオレのこと、友達だって思ってくれるか? 朽葉」
「はい、もちろんです」
アオイは頷いて、そしてお互いに安堵した。
フったフラれた関係じゃなくて、元の友達に戻れたのだから。
「……朽葉、一つ聞きたいことがあるんだけど、いいか?」
「なんですか?」
アオイは小首を傾げる。
自分でもなんてつまらなくて、諦めの悪いヤツなんだろうと思いながらレンは問う。
「―――もし、あの時、助けに来たのがミライじゃなくて……オレだったらミライと同じ感情を向けてくれたか?」
その質問は予想外で、アオイは目を丸くする。
が、柔らかく微笑んで、瞳を伏せながら答えた。
「……いいえ、変わらないと思います。たとえレンさんが助けても、きっと、ワタシはいずれ……今と同じ想いに至るはずです。―――このハンカチをワタシに渡してくれるのは、ミライくんだけですから」
「あ……」
思い出した、ミライがアオイを救出した後の続きを。
ミライがシャドウが黒い塵と化す直前、脳天をカチ割って出た、赤黒い血をミライとアオイは浴びたのだ。
ミライがアオイを立ち上がらせた後に、ポケットからハンカチを取り出して、それでアオイの浴びたシャドウの血を拭いた。
……漆黒の瞳から零れ落ちた、涙も。
(そうだ、あれだ、あの白いハンカチだ……。じゃあ、オレは―――ミライに助けられたってことなのか……?)
「でも、ミライくん……このハンカチでワタシを拭いた後、『きたないからキミにあげるよぉ』なんて言って、ワタシはそのまま受け取って……。レンさんにお貸しした時も、ミライくんが代わりに血を拭いていましたが……あれが自分のだと気づかなくて、ワタシは悲しかったです。ワタシを救った日のことを忘れてしまったと思って……。ワタシは毎日、ミライくんのハンカチを、お守り代わりとして大切に持っていますのに……」
そう言うけれど、思い出に浸るように、アオイの表情はうっとりしていた。
そんな少女の独り言なんて聞こえないで、レンは胸の中がザワザワと何かが蠢いて、得体の知れない強い拒絶感に襲われて、
「………っ!!」
逃げ出した。
「―――! レンさん!」
アオイに呼び止められても、レンは逃げ続ける。
……ただ、ひたすらに。
アオイを置き去りにして、いつの間にかレンは寮の自室へと戻っていた。
無我夢中で、ここまで逃げてきた。
玄関を閉めて荒く息をすると、呼吸を整えることも、黒ブーツを脱ぐことも、電気もつけることもなく、真っ暗な寝室へと足早に向かう。
壁に立てかけている黒剣を乱暴に掴み、乱暴に鞘から抜いた。
(オレの心を縛るモノ……それは朽葉を見殺しにした、オレの罪だ。それを懺悔すれば、この罪悪感から解放されて―――)
「―――オレは、≪魔晶術≫が使える……っ!!」
そのために、レンは今日、己の罪をアオイに打ち明けたのだった。
真っ暗なこの部屋に、レンの荒い呼吸と、血走った鋭い眼光があった。
レンは黒剣に魔力を込めて、≪魔晶術≫の発動を試みる。
……黒の剣身には、ウツロがやったような、禍々しい闇のオーラは纏わなかった。
―――≪魔晶術≫は、今度もできなかった。
「どうしてだよ……クソッッッ!!」
自分の思惑とは違う結果に、レンは膝から崩れ落ちる。
今度な真っ暗なこの部屋に、ポタポタと床に雫が滴る音と、無力を呪う嗚咽の音だけがあった。




