第四十六話 罪
オレが中学一年生の時、先生は転校生が来ると言って、クラス中が沸き立った。
各区には幼稚園から大学まで一つしかなくて、転校するためには居住区が変わったりしない限りできない。
だから、転校生の登場というのは滅多にないイベントで、転校生とは希少種そのものだ。
だってオレたちは、ほとんど代わり映えのないメンツと、10年くらい一緒にいるんだから。
自分たちの新たな仲間となる転校生の存在が気になって気になって……オレたちは仕方がなかった。
先生が騒ぐオレたちを落ち着かせると、
「入ってきなさい」
廊下にいるであろう転校生にそう促した。
オレたちはワクワクとした眼差しで、教室の扉を見つめる。
と、ガラガラとその扉が開かれて―――オレたちの教室へ足を踏み入れた人物を見て、オレたちは目を大きく見開いて、息を呑んで、言葉を失った。
―――あまりに、キレイだったから。
転校生の正体は少女だった。
オレたちみたいな、よくある茶髪とか普通の黒髪とかじゃなくて。
夜みたいな、カラスの羽みたいな……そう漆黒の髪の毛をしていた。
瞳もそうで、オレたちとは違った色で、深い黒色をしていた。
その黒によって、肌の白さが際立っていたことを鮮明に覚えている。
誰も彼もがそのキレイな少女に心奪われていると、その少女が教壇に俯きがちに立った。
「……朽葉、アオイです」
どこか重苦しい声で簡潔に自己紹介をして―――朽葉アオイという転校生はお辞儀をする。
そして顔を上げた時。
中央の列で、一番後ろの席の座っていたオレと目が合った。
―――ドクン、と心臓が高鳴った。
その瞳は纏う雰囲気よりも、なんか暗くて、なんか悲しそうで、なんか辛そうで……心が痛そうだった。
いや、違う。
絶対に痛いはずだ。
そう勝手に決めつけた。
オレはそんな朽葉が何に傷ついているのか知りたくて、なんとかしてあげたくて、力になってあげたくて……笑った顔が見たいと思った。
そう、だから、その瞬間。
このキレイな女の子を救って、自分に笑顔を向けてくるこの女の子のことを想像して―――オレは、朽葉のことが好きになっていた。
一目惚れを自覚して、席も運がいいことに隣同士だったこともあって、積極的に声をかけた。
「朽葉! 転校したばっかだから教科書持ってねぇだろ! オレの見せてやるよ!」
とか、
「朽葉! 移動教室どこだがわかんねぇだろ! オレが案内してやるよ!」
とか、挨拶や自分語りの他にも話す口実はあったんだ。
けど、その度に、
「……大学までの学習範囲を網羅しているので、結構です」
って、
「……この学校の構造は頭に入っているので、結構です」
って、オレを一瞥すらせず、呟き声でそう拒否られた。
……冗談だと思ったが本当で、その時の授業の最後にやるテストは満点だったし、スタスタと迷子になることなく教室を移動していた。
クラスどころか、この第七区で一番美人である朽葉は、学校中の人気者になることは間違いなし。
……だったはずだが、初登場の陰気な雰囲気とさっきのような完璧さも相まって孤立していた。
いわゆるボッチというヤツで、イジメすら起きないほど孤独な立場に置かれた。
それでもオレは変わらず朽葉に声をかけ続けると、クラスメイトのヤツらに不思議がられて、
「関わらない方がいいよ……あの人」
「根暗で何考えてるかわかんないし、勉強も運動も機械みたいに完璧だし、スゲー不
気味」
「俺たちが何やったって、アイツ心開かねーよ。諦めろよ、レン」
朽葉には関わらない方がいいって、オレのやっていることは無駄だって言われた。
……カチンって、頭にきた。
「オレがどうしようとテメェらには関係ねぇし、朽葉のことよくも知りしねぇで好き勝手言うなよ! オレは朽葉を笑顔にしてやるって決めたんだ! 邪魔すんな!!」
感情的になって、オレはソイツらにそう言ってやった。
それ以降、オレまで孤立気味になったのは言うまでもないけど、別になんとも思わなかった。
むしろ、朽葉を笑顔にすることに専念できるってポジティブに捉えた。
そうしてオレは毎日、めげずに朽葉に話しかけた。
そんなある日、
「―――どうして、ワタシなんかに話しかけてくるんですか?」
初めて、『結構です』以外の返答があった。
相変わらず目は合わないままだったけど、思わずオレは声を上げて驚いてしまった。
「ど、どうしてって……! そ、それは、朽葉の笑った顔が見たくて……」
「どうして、ワタシなんかの笑顔が見たいんですか?」
「…………ぁ」
答えようと思ったが……声が出なかった。
『朽葉が好きだから』という言葉が、胸の奥から出ようとしなくて……ギュッて締めつけてきた。
その時、オレは思い知った。
こんな単純なことを伝えることが……とても怖いことだと。
オレにはまだ心の準備が、伝える覚悟ができていなかった。
それでも、なんとしてでも伝えないと、オレは授業中も家で寝る時も考えた。
一週間後、オレはついに思いついた。
ラブレターだ。
厳密にはラブレターじゃなくて、『校舎裏に来てください』という一文だけの手紙なんだけど……。
それを朽葉の下駄箱に入れて、そこに来た朽葉に告白するっていう流れだ。
これなら否応なしに、オレは告白せざるを得ない状況を作れるワケだ。
遠回しで、実に女々しいやり口だけど、逃げ道を潰すためにはこうするしかなかった。
思い立ったが吉日、オレは即行動に移した。
サプライズを込めて名前を書かないで、昼休みに来るように書いた手紙を、誰よりも早く登校して朽葉の下駄箱に入れた。
その時、初めての告白の緊張で手は震えて、手紙に手汗がついたけど、最初のミッションは無事に誰にも見られることなくクリアした。
ずっと心臓がバクバクしたまま午前の授業を終えて、一世一代の大勝負の昼休みがやってきた。
オレは校舎裏にやってくると、先に凛と背筋を正して待っている朽葉の姿があった。
それなのに……オレは、なぜか近くの草むらに隠れてしまった。
(何やってんだよ、オレ……! 告白するんじゃなかったのかよ!?)
告白を前にして、急にヒヨってしまった自分をしゃがみ込んだまま罵る。
逃げ道を断つためにああしたのに、これでは水の泡じゃないか。
そう頭ではわかっていても、朽葉を見た瞬間、あの恐怖を思い出してしまったんだ。
……『好き』って伝えることの恐怖が。
(コイツがうるさくなきゃ、締めつけてこなきゃ、オレは……っ!)
好きって言えるのに、とバクバクとうるさい心臓に頭にきて、オレは激しく動悸するその音の発生源を片手で押さえる。
その時、朽葉から重たい溜息が聞こえて、オレは草むらから朽葉を覗く。
「リンチでもなければ、告白でもなかったですね……。やっぱりワタシは、誰からも必要とされない―――『いらない子』なんでしょうか……」
「………!」
朽葉は、いつもより悲しそうに言った。
自己否定しているように、本気で誰にも必要とされないと、『いらない子』だと思っているように見えた。
―――オレは、それを否定しようと草むらから立ち上がった。
「違う! オレは朽葉のことが―――好きだ!!」
どうしてか、この瞬間だけは胸を締めつけていたものから解放されて……伝えることができた。
だが、その声は届くことはなかった。
その時、ドーンという巨大な破壊音が轟いてかき消されたから。
思わずそれに驚いて尻もちをついてしまい、またオレは草むらに隠れることに。
そして朽葉は、何事かと慌てた様子で音のした方を見ていた。
『緊急警報! 緊急警報! シャドウの襲撃により、第七区の壁が破壊され、多数のシャドウが侵入! 至急、幻滅師は出動し、直ちにシャドウを滅殺! 民間人は近くの避難場所へと避難せよ!』
近くの警報装置から、男の緊迫した声がした。
ギリッ、とオレは奥歯を噛んで視線を下げる。
(クソッ、こんな大事な日にふさけんじゃねぇぞ! ……最悪だ。でも、早く避難しねぇと)
そう思っていると。
小さな悲鳴と尻もちをつく音。
そして、ドンッ、ドンッ、という大きな足音がした。
それは朽葉の方から聞こえて、オレは急いで状況を確認する。
「………ッ!?」
自分でも、顔が歪んでいるのがわかった。
尻もちをついて、肩が小刻みに震えている朽葉の前には―――シャドウ
が見下ろしていた。
「い、いや、来ないで、ください……」
その体勢のまま、アオイは弱々しく懇願して後ずさる。
……でも、人間の言葉が通じないシャドウには無意味なことで、陰惨に大口を三日月のようにつり上げた。
きっと―――アオイの顔が絶望に染まっていたからだ。
ヤツらはそれが大好物だと……教科書に載っていた。
シャドウは気持ちの悪い嬉しそうな吐息と一緒に、朽葉へと太い腕を伸ばす。
当然、そんな体勢では逃げることもできない。
……首を掴まれて、軽々と朽葉を持ち上げた。
首が圧迫されて、朽葉の真っ白な顔が赤くなって……キレイな顔が痛みと苦しさで歪む。
朽葉は首を絞めるシャドウの手を解こうと、ジタバタと手足を動かして必死に抵抗した。
……でも、それも虚しく、むしろシャドウが喜ぶだけだった。
オレは頭が真っ白になって、ただ息を殺すことしかできないでいると、
「誰か、助け、て……」
弱々しく言葉を紡いで、救いを求めるように、朽葉が決死に手を伸ばした。
―――オレのいる、草むらの方に向かって。
その瞬間、オレは思考ができるようになって、朽葉を助けるために
―――
(あの手はオレにじゃない、他の誰かだ、幻滅師にだ、助けを求められているのは決してオレじゃない……! オレじゃないんだ、絶対に……! 嫌だ、死にたくない!!)
行動しなかった。
いや、行動しようとすらしなかった。
ただ、クソみたいな言い訳を並べ立てて……自分の命を優先した。
―――オレは、朽葉を……好きな子を見殺しにした。
それがオレの……一生、消えることのない罪なんだ。




