第四十四話 普通
注文を取り終えてから、しばらくして。
全員の注文した料理をマスターは作り終えて、その品をカウンターに並べた。
ハテナはミルクココアを飲んで、ミライとエルザはフォークでケーキをパクパクと食べて。
サクラは積み重なった分厚く大きなステーキを、ナイフとフォークを使って上から順番に食べていた。
ちなみに、一切れがそのステーキの四分の一のサイズで、それを一口で頬張っている。
サクラの口は小さいのに、一体どうやって食べているのだろうか……。
一方でアオイとレンは注文した料理が届いているというのに、全然手をつけず座っているだけだ。
「まさか、これほどまでにインフェルノだったとは……」
アオイが料理に手をつけないでいる理由はわかる。
目の前の巨大ステーキの山積みは、とても食べ切れるものではないと自信を喪失するほどのボリュームなのだから。
「いや、朽葉のまだマシだろ……。だってオレなんか……カレーに加えて、そのバケモンなんだぜ」
そう。
なぜかレンだけ、注文したカレーの他に、注文した覚えのないインフェルノ・ステーキタワーが突如、目の前にドンッと置かれたのだ。
それに比べれば確かに、アオイはレンよりだいぶマシだ。
アオイもそれを見てそう思い、ナイフとフォークに手を伸ばして食べ始めた。
切ったステーキの一片のサイズはとても小さく、ゆっくりとそれを口に運んで、後悔と共に咀嚼する。
「おいしいです……」
と、アオイは呟く。
次は先ほどよりも早い動作で、少し大きくステーキを切って口に運んだ。
それを見て微笑むマスターに、
「な、なぁマスター……オレ、これ頼んでないんだけど。年取りすぎて、耳もバカになってんのか?」
少し怒り気味に、レンはインフェルノ・ステーキタワーを指差して水を差した。
マスターは「ん?」とレンに視線を移すが、笑みを崩す気配はなかった。
「いいや、バカなのは頭だけで、耳はピンピンだよ。ちゃんと少年の注文通り、カレーにプラス、インフェルノ・ステーキタワーをお届けしたよ。どっちも熱々の出来立てさ」
「頭が終わってる時点で、耳も終わってんだよ、じいさん……」
だからこうなったのか、と呆れて納得してしまって、レンは食べ切れるカレーから食べ始める。
「―――うめぇ……」
レンの口から素直な感想が零れる。
その言葉に、やっと全員が自分の手料理に手をつけてくれたと実感する。
マスターの微笑はシワを作って、より優しいものになった。
「おいしかったぁ」
チョコケーキを食べ終えて皿にフォークを置き、ミライがお腹を撫でながら言う。
ハテナは横目でミライの顔を見ると、口周りにヒゲのようについたチョコクリームがあった。
「―――口元が汚いぞ」
ハテナは呆れた様子でミライの顔についているチョコクリームを指で掬って、自分の口元へと運んで舐めた。
その一連の流れを見て、レンは口に運ぼうとしていたスプーンが止まって、アオイは切ったステーキを刺したフォークを落とした。
レンは唖然と、アオイは羨ましそうな、悲しそうな表情をしていた。
一方、エルザはショートケーキのおかわりをマスターに頼み、サクラは無我夢中で肉を頬張り、まるで興味がなかった。
「えぇ。ハテナおねぇちゃん。そのチョコぼくのだよぉ」
「だったら、ちゃんとキレイに食べることだな」
ほんの僅かなチョコクリームを食べられてミライが不満を口にすると、ハテナに正論を返された。
ミライとハテナの様子を見て、レンは前々から思っていた疑問を口にする。
「……あの、ハテナさん」
「なんだ?」
「ハテナさんは、ミライの姉さんなんすよね? その、本当に失礼なこと言うんすけど……顔とか、性格とか、丸っきり似てないっすよね?」
そこで一旦止めて、レンは逡巡する。
が、ここまで来てしまったら、もう言うしかないと決心する。
深呼吸して、
「―――本当に、姉弟なんすか……?」
触れてはいけない禁忌に、レンは足を踏み入れた。
ただの疑問だが、そんな心持ちだった。
そこから息が詰まるような静寂が流れ、
「いや、本当の姉弟ではない」
―――ることはなかった。
「……へっ?」
予想の遥か斜め上で、レンは間抜けな顔をする。
怒られるか、重たい沈黙が流れるかと思ったのだが、まさかのあっさりとした返答だったから。
そんなレンに、ハテナはより具体的に説明する。
「わたしとミライに血の繋がりはない。ミライの両親はすでに亡くなっていて、その人たちがわたしの恩人だから、ミライを引き取ってこうして面倒を見ているだけだ」
言って、ハテナはミライの頭を撫でる。
……その時、死んだ顔のままなのに、ハテナの瞳は優しく見えた。
「あははぁ」
ハテナに頭を撫でられるミライは嬉しそうに笑うが、
「ミライくんは、ご両親を……っ」
「………」
(ミライは……オレとおんなじだったのか)
アオイは心を痛めたのか顔をしかめて、自分と同じく両親がいないと知ったレンは憐れむような目でミライを見た。
痛みなんか知らないような顔で笑っているミライの気持ちを、まるで二人が代弁しているようだった。
そんなアオイとレンの気持ちを察して、
「こんな世界だ。両親がいないなんて、そう珍しいことではない。―――普通なんだ。それに、ミライはこうして笑っている。だから、キミたちが気に病む必要はない」
そうハテナが声をかける。
……が、その『普通』という言葉が胸の中に引っかかって、アオイとレンの曇った表情が晴れることはなかった。
◆
「こんなにお腹がいっぱいになったの……初めてです」
「ヤベッ、吐きそう……」
食事を終えて、喫茶店の外へ。
来店時には晴天だった青空は、茜色に染まって夕方になっていた。
アオイはお腹に触れて、レンは口元を手で覆って、青褪めた顔をしていた。
結局、二人はインフェルノ・ステーキタワーに挑戦するも、食べ切れず敗れてしまった。
食べたステーキの枚数は、アオイが10枚中たった1枚、レンは2枚だった。
レンはステーキを食べる前にカレーを完食していたため、かなり健闘したと言えるだろう。
外にいるのはレンとアオイだけではなく、マスターも含めた全員がいた。
なぜ、外に出ているのか。
その理由は、
「―――みんな準備はいいかい? 写真撮るよー」
喫茶店を背景にして、6人で写真を撮るためだ。
パーティーの記念にと、マスターが誘ったのだった。
本当はこのパーティーは、小隊の結成を祝うためのもので、本来ならハテナは部外者なのだが。
リーダ―のエルザが「ハテナっちも入ろっ★」ということで、一緒に撮ることになった。
レンとアオイはハブってしまうのは申し訳ないと思っていたため、こういう時のエルザの馴れ馴れしさは頼もしいと思う瞬間だった。
レンとアオイは青褪めた顔をやめて、頑張って元の顔色に戻して笑顔を作る。
並びは左から、ハテナ、アオイ、ミライ、エルザ、レン。
そして一人分間を空けて、サクラはそっぽ向いて立っていた。
カメラを構えるマスターは、あの呪文を唱える。
「じゃあ、いくよー。はい―――ゴルゴンゾーラチーズ!」
その瞬間、マスターはシャッターを切る。
マスターはカメラから目を離すと、撮った写真を画面越しに確認してクスッと笑った。
写真の中では、ハテナは死んだ顔のままクスリとも笑っていなくて、サクラもそっぽ向いたままだ。
そして真ん中のミライとエルザは、写真を撮る直前に肩を組んで、満面の笑みでピースしていた。
とすると、笑いの原因は残りの二人しかなかった。
アオイはミライと手を繋いで顔を真っ赤にして、レンは何もされていないのに……目と鼻の穴と口が全開で驚愕の顔をしていた。
怒りで顔を真っ赤にして、レンはその原因の人物を指差す。
「―――テメェ、空宮! オレの脇腹くすぐっただろ!!」
「ヒュッヒュヒュ~っ★ エルちゃん、わっかんないな~っ★」
できない口笛を吹いて、頭の後ろで手を組んで知らんぷりするエルザ。
しかし、レンが言ったように、エルザは物凄い速さでレンの脇腹をくすぐって絶叫を上げさせたのだ。
この一触即発の剣呑な気配を察して、マスターが仲裁に入る。
「まあまあ、いいじゃないか。これも青春……大切な思い出だよ。次来た時、現像したものを渡すよ。その時には、きっと笑えるはずさ」
「あぁ、そうだな!? オレを笑い者にするんだからな!? ってか、その写真現像すんなよ! 酷すぎんだろ!?」
(ミライくんと手を、手を……っ!? ダメです、ニヤニヤが止まりませんっ!)
心の中で歓喜を叫んで、アオイは緩む頬を押さえようと手を当てる。
その瞬間、頬に電撃が走るような衝撃がして、バッと手を離した。
(み、ミライくんと繋いだ手で―――頬に触れてしまいました~~~~~っ!!)
「―――なんてハレンチな女なんですか、ワタシっ!?」
アオイは一人で勝手に悶絶して、勝手に自分を罵倒しだした。
「あははぁ。みんなたのしそうだねぇ。ハテナおねぇちゃん」
「ああ。楽しそうというより、カオスだがな」
エルザ、とハテナは名を呼んだ。
ガルルッ、とレンに睨みまれていたエルザは、ハテナの方を向いてハッと思い出す。
パチン、と手を叩いた。
「エルちゃん隊の結成パーティー、これでおしまいっ★ みんな、解散っ★」
エルザらしい雑な締め方で、小隊の結成パーティーが終わった。




