第四十三話 マスター
歩道から外れて、路地裏を通っていく。
本当にこんなところに目的地である喫茶店があるのか、とレン、アオイ、サクラは疑いながらついてきたが、ついに路地裏を抜けた先に一つの喫茶店と思わしき店があった。
その店は木々に囲まれて、下は芝生でその上に石畳で舗装された道があり、それは扉まで続いていた。
自然の中にある、隠れ家的喫茶店で―――現世とは隔離された神秘的な雰囲気があった。
「ダリア……?」
レンが看板に書かれている、『DAHLIA』をカタカナ読みにして言った。
その喫茶店の扉をハテナが開けると、扉についていた鈴がカランコロンと鳴った。
エルザ隊も、後に続いて喫茶店の中へ入る。
店内には人工的な光源は一切なく、窓から入る自然光がその役割をしていた。
仄かに薄暗いが、不気味さはなく、心地いいと感じる。
そして、コーヒーのいい匂いが鼻腔をくすぐった。
カウンターと、アンティークなテーブルセットが置いてあるが、6人以外誰も客がいなくて、また店員らしき人物もいない。
初めてくる喫茶店に、レン、アオイ、サクラがキョロキョロと落ち着きなく店内を見渡している。
「―――いらっしゃい、待っていたよ」
その時、カウンターの奥から一人の男が、カウンターを挟んで6人の前に現れる。
その男は、60代ぐらいのメガネをかけたおじいさんだった。
細身の体だが、年寄りの割には背がとても高かった。
白髪まじりの髪を七三分けにして、白シャツの上に高級そうなベストを着て、そして親しみやすい蝶ネクタイをしている。
(デケェ……オレより頭一つ分くらいか? でもヒョロヒョロだ……これでガタイが良けりゃ、格好だけでも伝説の幻滅師と同じなのに。もったいねぇ……)
おじいさんの顔を見上げながら、レンはそんな感想を内心で零す。
が、そのおじいさんはレンの視線に気づかず口を開いた。
「久しぶりだね、ハテナ、エルザ……そしてミライ」
穏やかな声で言い、その男は柔らかく微笑んだ。
顔に刻まれたシワが、さらに深くなって穏やかな顔つきになる。
「ああ」
「ひさしぶりぃ。マスター」
「久しぶり、マスターっ★」
ハテナは短く返して、ミライとエルザは元気よく手を挙げて言った。
その三人の後ろにいるレンとアオイは、向こうに聞こえないようにヒソヒソと会話をする。
「あの三人……あのマスターって人と知り合いっぽいけど、ミライからこんなとこ来てる話なんて聞いたことねぇぞ……!? 朽葉、ミライから聞いてたか……?」
「いえ、聞いたことがないです……。ミライくん、こちらが質問をしないと答えませんから……」
「―――立ち話もなんだし、座りなよ」
マスターがそう促すと、左のカウンター席からハテナ、ミライ、エルザ、サクラが座り、慌ててアオイ、レンが座った。
全員が座るところを見届けて、マスターはしゃがむと三つのメニュー表を手に取って、それを初めて来店する三人に渡した。
「君たちは、うちに来るのは初めてだね。これ、メニュー表。好きなの頼んでね」
「「はあ」」
「………」
レンとアオイは吐息まじりの返事をして、サクラは無言で受け取った。
メニュー表の表紙から視線を外し、レンはカウンター席から男を見上げて質問。
「あの、ミライたちはメニュー表を暗記してるほどここに来てるんすか?」
「いや、それはないだろうね。彼らの場合―――」
「ミルクココア」
「チョコケーキぃ。チョコたっぷりぃ」
「ショートケーキ、クリームたっぷりっ★」
「―――と、こんな具合で決まってるから」
レンとアオイの口から、「あ、あはは……」と乾いた笑い声を漏れる。
「これなら確かに、いちいちメニュー表出さなくて済むな」
「そうですね……」
そんな一連のやり取りに無関心なサクラは、メニュー表をペラペラとめくって注文する料理を熟考中。
それに続くように、レンとアオイもメニュー表に視線を落とす。
「色々なのある……どれもうまそう……」
「はい、悩んでしまいますね……」
料理の画像がないメニュー表の文字列と睨み合って、レンとアオイは真剣にどれにするか悩んでいる。
文字列といえど、その料理の味や匂いが想像できてしまい、そうなってしまうのだ。
そんな二人を朗らかな笑みで見ていると、
「………」
無言でマスターを凝視するサクラがいた。
マスターはその訴えるような視線に気がついて、「ん?」とサクラを見やる。
「決まったのかい?」
優しく尋ねると、サクラはコクリと頷く。
そしてメニュー表を突き出して、注文したいものを指差した。
「……! お嬢ちゃん、これ頼むのかい? この―――インフェルノ・ステーキタワーを……!」
つぶらな瞳を見開いたマスターがそう言うと、「え?」とハテナ以外の四人が、カウンターの上に手を置いて身を乗り出した。
サクラの指差すメニュー表を見ると、本当に『インフェルノ・ステーキタワー』と書かれていた。
「……なんか、ヤバい気配がすんだけど、それ」
「うん、実際ヤバいよ。巨大ステーキがタワーのように10枚重なったものだからね……。これを頼んで、痛い目を見た人はたくさん見てきたよ……。こんなことを僕の方から言うのもおかしいけど……お嬢ちゃんは小柄だから、とても食べ切れそうには見えないよ」
「イケる、お肉食べたい」
マスターの忠告など意に介さず、サクラは自分の意志を貫いた。
だって、お肉が大好きなのだから。
そうサクラの好物について各々知って、マスターとレンが面食らっていると、
「―――ワタシも同じく、インフェルノ・ステーキタワーをお願いします!」
アオイが手を挙げて高らかに注文した。
アオイに視線が集まって、もう一度、二人は面食らう。
アオイがサクラと同じものを注文したその理由は、
(……以前、サクラさんと一緒にランニングした時、サクラさんはお肉が好きだとおっしゃってました。それはつまり、こういうことです―――サクラさんのお胸が大きな秘訣は、たくさん、お肉を食べるということです! あの時は教えていただけなかったのですが、ワタシはその答えに辿り着きました……。サクラさんと同じように、ワタシもお肉を食べれば……ワタシの貧しいお胸も少しは成長できるはずです!)
貧乳から脱却するためだった。
正直、サクラのようにお肉が大好きかと言われれば、アオイは好きではない。
どちらかと言えば苦手な方だ。
胃もたれするから。
しかし、それでもコンプレックスである貧乳を解消するためならば、アオイは頑張れることができる。
苦行のようなそれを乗り越えた先に、最高のご褒美があることを信じて……。
すると、
「……お嬢ちゃんたちの意志はわかった。ならば、僕はその意志に応えなくてはいけない……ダリアのマスターとして。―――誠心誠意、インフェルノ・ステーキタワーを作らせてもらうよ!」
サクラとアオイの強い意志を汲んで、マスターが二人に宣誓する。
年寄りなのにその声には凄まじい熱意があって、マスターとしての確かな矜持が宿っていた。
……しかし実際には、サクラはただお肉が食べたいだけで、アオイは胸を大きくするためだけだという、欲望に塗れたものだが。
マスターのやる気が満ち、燃え上がるようなつぶらな瞳をレンに向ける。
「少年、女の子二人がインフェルノ・ステーキタワーに挑戦するんだ! 男なら黙ってられないし、負けられないだろう!? 挑戦せずに逃げ出すなんて、男として一生の恥だ! 少年も、インフェルノ・ステーキタワーを注文するよね!?」
「いやぁ、オレ普通に―――カレー食べたいんすけど……」
レンは気まずそうに、頬をポリポリと指で掻きながら注文した。




