第四十二話 器物損壊
「「「やめてくれ~~~~~~~~~っ!!」」」
ミライとエルザが笑い声を上げながら、チンピラたちの愛車であるオープンカーをジャンプして大破していた。
車体はボロボロにヘコみ、タイヤはパンクして潰れ、破壊音が悲鳴のように聞こえる。
それをレン、アオイ、サクラは止めようともせず、ボーッと無感情な眼差しで見ていた。
自業自得であり、この二人の遊び相手に選ばれた時点で運の尽きだからだ。
道路の上で正座するチンピラたちの泣き叫ぶ命乞いに、ミライとエルザは破壊をやめて、小首を傾げて顔をそっちに向ける。
「なんでぇ? あそびはまだおわってないよぉ?」
「なんでっ? 遊びはまだ終わってないよっ★」
「遊びじゃないから!? 俺たちの愛車ぶっ壊しちゃってるから!?」
「せっかくかわい子ちゃんたちと楽しい時間を過ごせると思ってたのに、どうしてこんな目に……!」
「とにかく俺たちが悪かった……! 俺たちの有り金全部やるから、これで勘弁してくれ……!!」
言って、チンピラたちは三人とも財布を取り出して、有り金を全てエルザに差し出した。
エルザはそれを受け取って、いくらか数える。
「―――5万円っ? え、しょっぱっ!? しょっぱすぎるよっ!? エルちゃんたちこ~んなに遊んであげたのに、たったの5万ってありえないよっ!? でも、しょーがないなっ★ これでみんなを奢れるくらいにはなったから、特別に許してあげるよっ★ エルちゃんの寛大な心に感謝してねっ★」
チンピラたちを上から見下ろして、人差し指を突き出してウィンクするエルザ。
こんなことをしても許してくれるとは実に寛容で、天使のような笑顔に見合った心の持ち主だと、
(((―――悪魔かよ、コイツ……!)))
誰一人、思いはしなかった。
レンたちでさえそう思って、苦笑いしながら見ていた(サクラのみ無表情)。
チンピラたちは内心でエルザを睨みつけながらも、表ではそれを出さずに土下座する。
「「「ありがとうございましたっ!!」」」
不服な気持ちを押し殺して、早くこの悪魔から逃れたくて全身全霊で感謝を口にした。
それを見てエルザは笑顔を一つ送ると、ミライと同時にジャンプして車から降りた。
着地地点は、レンたちの前だ。
「それじゃ、お金も手に入ったことだしっ★ 行こっかっ★」
「―――行けるわけがないだろう、犯罪者」
キレイだが疲れ切った声が背後から聞こえ、レン、アオイ、サクラの三人は振り返る。
そこにいたのは、白衣を羽織った一人の女性だった。
身長が高く、手足がスラリと長い。
白衣を盛り上げている双丘は、サクラ以上。
大人の美貌を兼ね備え、色香を放つ、まさしく美人な彼女だが……。
長く伸ばしている灰色の髪はボサボサで、メガネの奥の目の下にはクマができているため、その魅力が低下していた。
「だ、誰だあの人……」
「さあ、誰なんでしょうか……」
「………(ふるふる)」
レン、アオイ、サクラは、この女性のことは知らなかったが、
「あぁ」
「ハテナっちじゃんっ★」
ミライとエルザはよく知っていた。
目をキラキラと輝かせて、レンとアオイの間を通ってその女性の元へ走り寄る。
「なんでここにいるのぉ?」
「わたしもエルザのパーティーとやらに呼ばれたからだ。……ミライ、顔をよく見せろ」
ミライの質問に答えて、エルザに名を呼ばれた―――ハテナはミライの頬に手を当てる。
ミライの柔らかなほっぺが凹むくらい、強く手を押し当てて。
そしてグイッと顔を近づけて、ミライの蒼い双眸を覗き込んだ。
ただ単に目を合わせているのではなく……その奥にあるナニカを確かめているようだ。
確認が終わったのか、ハテナはミライから顔を離すと、
「―――大丈夫そうだな……」
どこか安心したように呟いた。
それからエルザに向き直る。
「エルザ、お金を忘れたのだろう? 今回はわたしが出してやる。だから、そのお金を彼らに返すんだ。窃盗罪になるぞ」
「あ、ホントっ? ラッキーっ★」
エルザはポカンとこっちを眺めているチンピラたちに近づき、
「はい、これ返すねっ★」
しゃがんで、チンピラたちの前に5万円を置いていった。
「あ、ああ……」
金髪のチンピラがボンヤリと5万円を取ると、エルザはすでに踵を返していた。
戻ってきたエルザは、ミライと一緒にハテナに笑いかける。
しかし、ハテナは口角が上がる気配もなく、死んだ顔のまま二人を見ていた。
「あ、あの、ミライと空宮の知り合いっぽいけど、アンタは一体……」
おそるおそるレンが尋ねると、ハテナは緩慢な動作でレンに顔を向ける。
それにミライとエルザも続くように、レンの方に体を向けた。
「そうだったな、挨拶が遅れてすまない。私は『天影軍』研究部門研究長の―――星無ハテナだ」
そうハテナが自己紹介すると、レンとアオイが驚愕の声を上げて、サクラは半目を少し見開いた。
「ほ、星無ということは、ハテナさん、あなたは……!」
「ああ。ご想像の通り、わたしはミライの―――」
「―――おかあさぁん」
と、代わりにミライが答えた。
瞬間、レン、アオイ、サクラの目が点になる。
エルザは顔を後ろに向けて、クスクスと肩を揺らして笑っていた。
ハテナはミライの肩を掴んで、自分と向かい合うように振り向かせた。
「違う、お姉ちゃんだ」
「ママぁ」
「お姉ちゃんだ」
「ははうえぇ」
「お姉ちゃんだ」
―――かあさん、かあちゃん、おかあさま、ははぎみ、ママうえ、マンマー、おふくろ、オカン。
以降もミライは様々な母親の呼び方をして、その度にハテナはお姉ちゃんだと訂正する。
何回も何回も、そしてお互いに譲らない。
そのやり取りを眺めていて、レンとアオイは困ったように苦笑した。
普通に考えてハテナのような若い女性が、ミライのような15、6の子を産んでいる可能性は限りなく低いし、何よりハテナがちゃんと『お姉ちゃん』だと証言してい
る。
なので、どっちが真実を話しているのかハッキリしていた。
それでも苦笑しているのは、あの姉弟のやり取りが変だから……。
「でも、あのハテナさんが研究部門のトップの方だとは。ミライくんのお姉様はスゴい方なんですね……」
「あぁ……都市の復興に、シャドウの研究、『魔晶器』の開発してるだけじゃなくて―――」
『その答えは簡単です。あの少年―――星無ミライさんが、幻双力を宿しているからです』
「ミライの幻双力なんて力があることを解き明かした人だからな……研究長って役職に就いてるのも納得だぜ」
ミライの力について語るウルグの言葉を思い出し、レンとアオイのハテナを見る目が変わる。
お姉ちゃんだと繰り返し訂正する変な人から、天才と評すべき頭脳明晰で優秀な研究者だと。
『天影軍』の研究部門は、ミライたちが所属を目指す、幻滅師のみで構成された幻滅部隊と同じくらい重要なポジションだ。
レンの言った通り研究部門では、『世界終末』以前までの文明レベルまで日本を復興し、シャドウの謎を解明するために研究を行い、幻滅師に必要不可欠な『魔晶器』の開発などしており、日本に絶大な貢献を果たしていた。
「ミライ……いい加減、わたしも疲れてきたんだが」
「あははぁ。たのしかったねぇ。ハテナおねぇちゃん」
こうして、ハテナとミライの攻防が決着すると、ハテナは疲れと共に溜息をつく。
「……すまないな、キミたち。時間を取らせたようで……行こうか」
いや、ハテナがミライをスルーすればこうならなかった、とレンとアオイは思ったが、それを言ったら余計長引くと考えて口を閉ざした。
そうして、今度はハテナが先導して、この場を離れて6人で目的地へ向かう。
取り残されたチンピラたちは、遠くなる背中たちから愛車のオープンカーへ視線を変えて、
「「「―――あれ? 器物損壊じゃね?」」」
ミライとエルザの罪について気づいた。
……でも、報復が怖かったので通報しないことにしたのだった。




