第四話 試験開始
そんな感想を抱けたのは、一瞬だった。
ヌルから、何か圧のようなモノが発せられる。
直後、バタバタと音がした。
人が倒れたのだ。
ドミノ倒しのように、バラバラのタイミングで次々と気絶した。
(なんだ、これっ……!?)
(息、がっ……!?)
そんな者たちがいる中でも、レンとアオイはなんとか意識を保っていた。
しかし、息が詰まるような胸の圧迫感、全身から噴き出す汗。
立っているのが、やっとだった。
苦悶に顔を歪ませながらも、僅かに残る気力を振り絞って、ヌルが発したモノの正体を考える。
……でも、なんの手がかりもなかった。
見えない、聞こえない、触れられない―――五感では全く感じ取れないのだから。
確かなことは、心臓がギュッと握られているような、そんな生命が脅かされている危機感だけだ。
そして、もう一つ疑問が生まれた。
「あれぇ? みんなどうしたのぉ?」
「退屈すぎて、眠たくなっちゃったんじゃないかなっ★」
「そっかぁ。ちょうどおひるねのじかんだもんねぇ」
ミライとエルザが平然としていることだ。
声も軽ければ、会話の内容も薄っぺらい。
コレを日常の一部と感じながら過ごしているのかと思うほど、二人は何事でもなかったように周囲を見回していた。
信じられない、とアオイとレンは驚愕に目を見開いた。
手をパチンと叩く音が聞こえると、呼吸と自由を奪っていた謎の圧が消え去る。
ヌルが解いたようだ。
「はぁ……はぁ……」
「けほっ……けほっ……」
解放されて、レンは息切れを引き起こして、アオイは咳き込む。
冗談抜きで死にかけた二人の顔は、重い病を患う病人のように真っ青になっていた。
その違和感に、やっとミライとエルザは気づく。
「ふたりともぉ。どうしたのぉ?」
「顔が真っ青っ★ 大丈夫っ?」
「あ、あぁ……問題ねぇ」
「わ、ワタシもです……」
どうしてそんなに余裕でいられるのか問い質したかったが、生憎とそんな余裕はなかった。
無事だと伝えるので、精一杯だった。
「意外と生き残りましたね」
元の穏やかな口調と表情で、ヌルは志望者たちを見渡す。
「そこで倒れてる人たちは―――入隊試験、不合格です。今のを耐えられないようであれば、この先、生き残れませんので。……あ、気絶しているから意味ないですね」
「―――はぁ……!? んなの、聞いてねぇぞ……っ!?」
怒声にすら成り果てていない掠れた声。
当然だ。
先の死に追い込む謎の圧の感覚が残っており、未だに顔色も悪く、体調も大きく崩された。
無断で『不合格』を言い渡した理不尽に対して、怒鳴りつけたくても怒鳴れないのだ。
けれど、ヌルはレンの怒りを感じ取る。
睨みつける鋭い眼光と、全身から溢れ出る怒気によって。
それを受けながらヌルは平然と、そして怒るレンを納得させる。
「厳密には試験ではありませんが、ちょっとふるいにかけただけです。理由はそう、皆さんも授業か何かで学んだ―――『世界終末』です」
その単語を聞いた途端、志望者たちの顔が曇る。
志望者たちは今年3月で中学卒業をした者たちから、30歳以下の大人たちで構成されている。
それがこの『天影軍』入隊試験を受けるための年齢条件で、ミライたちは今年16歳を迎える中学校を卒業したばかりの15歳だ。
よって志望者たちは、小学校で学んだ『世界終末』の意味を知っていた。
「20年前、シャドウという未知の怪物が世界中に出現し、これを幻滅師が滅しました。―――しかし、ヤツらはこの地球に『影呪』という、80億人いた人類を1000万人にまで減少させる……悍ましい呪いを残しました。これこそが、人類史上最悪の厄災―――『世界終末』です。それによって現在、日本の人口は70万人にまでなりました。……たったの、70万人です。だからこれ以上、人口が減るのは日本どころか人類存続の危機ですし、無暗に入隊させられないんですよ。僕たちが欲しているのは、死なずに魔を滅する絶対的強者。そのために僕は、少しでも君たちの力を見極めようと……ふるいにかけさせていただきました」
もう一度パンッと手を叩き、ヌルは次の話題へ移る。
「とにかく、今の皆さんには挑戦する資格があるようです。―――さあ、始めましょうか」
ヌルは自らの祭服を払うと、髪色と同じ赤と青の双剣が腰に差さっていた。
その二つの柄を握って抜いた瞬間、剣身に光が帯びる。
―――剣身の色が、赤から紅に、青から蒼に変化した。
それは刃に光が反射したことによって引き起こされた現象ではなく、ヌルがナニカをしたからだ。
ヌルは水の流れのような自然さで、目線の高さまで掲げた双剣の剣身を交差させる。
そして―――空間そのものを切り裂くように、紅剣と蒼剣を同時に振り下ろす。
当然、そのクロスした剣閃は虚空を切るだけ。
しかし、
「うわあ!? なんか、あっちこっちに穴ができてるんだけど!?」
「ブラックホール!?」
底の見えない闇の穴を、この空間に誕生させる。
床、壁、柱―――至るところに、無数に。
まさしくブラックホールのようなソレに、志望者たちは警戒心から身構えた。
理由は明白だった。
……あの闇から何が現れてくるのか、まるでわからないから。
「一体、あそこから何が出てきやがる……!」
「先ほどの話から察するに……シャドウ、とかでしょうか……」
アオイの推測に、レンは無理やり口角を上げて好戦的な笑みを作る。
「いいぜ、やってやるよ……。シャドウがなんだろうが関係ねぇ……。目の前に立ちはだかるモンは―――全部ぶっ潰すッ!」
その意気込みは、虚勢ではあるが本音だ。
レンは、目の前に立ちはだかるモノ全てに立ち向かう気で満々だった。
いよいよ、闇の中からナニカが現れようとする。
より一層身構えて注視していると、その全貌が明らかとなった。
「シャドウではなくて……」
「武器……?」
予想外の状況に、アオイとレンは呆然と呟く。
闇から現れたのは、剣、槍、斧といった、数々の武器。
それらが、そこら中の床、壁、柱に突き刺さっていた。
「皆さん……まさか僕が、ここにシャドウなどといったバケモノを召喚すると思いましたか? しませんよ、こんな神聖な場で。グチャグチャに破壊されたり、血塗れになっても困りますから」
「だよねぇ。あそこからシャドウがでるわけないよぉ」
「うんうん、1ミリも殺気感じなかったからねっ★」
ミライとエルザは、最初からあの闇からシャドウが出現しないことを予知していた。
それは、さすがに自分たちの安全を保障するはず、といった簡単な先読みではなく。
ただただ純粋に、闇の中から死の気配が感じられなかったからだ。
「皆さんの周囲にあるのは、幻滅師が魔を滅ぼすために使用している、『魔晶器』という武器です。―――これから皆さんには、この中から一つ、お好きな『魔晶器』を選んでいただきたいと思います。それを手にすれば、合格です」
「マジで!? 『魔晶器』を入手するだけで合格とか最高じゃん!」
「しかも、好きなの選んでいいって!」
「当然だよな! だって俺たち、さっきのヤツ耐えたから、資格は十分あるってことだよ!」
「やったー! これで私も幻滅師だー!」
憧れの幻滅師になれて、さらには幻滅師のみが所有できる『魔晶器』が手に入ると思い、志望者たちのテンションが一気に上昇する。
そして、子どもが買ってもらうオモチャを選ぶような無邪気な笑顔で『魔晶器』を見回していた。
「何か裏がありそうな予感がするのですが……」
「だな……こんな簡単そうな入手イベントで合格できるわけがねぇ。でも―――やるしかねぇ!」
ヌルの真意なんかどうだっていい。
いずれにせよ、挑まなければ前には進めない。
世界を救う力も、復讐する力も手に入らない。
―――幻滅師になれない。
ブレない気持ちで一歩前に出て、レンは目の前にある黒剣の前に立つ。
それを見て力強く頷き、アオイは眼前の黒槍の前に立った。
意を決して、二人は同時に『魔晶器』を掴み、引き抜く。
その時。
―――バタン、とレンとアオイは意識を手放した。




