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幻想終末の欠落者  作者: あした
【第一章】契約
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第三話 志望動機

 大聖堂の中に入り、入隊試験が行われる大広間へ続く廊下を歩いている途中、先導するエルザが思い出したように首を振り向かせた。


「―――そーいえば、美人ちゃんと低沸点くんって名前なんて言うのっ?」


朽葉くちはアオイです。エルザさんのようなおキレイな方に美人だなんて、お世辞でも嬉しいです。ありがとうございます」


 爽やかな笑顔で、アオイは名乗る。


 アオイは、本気で自分の美しさに無自覚。


 そのため、そこには嫌味な雰囲気など微塵もなかった。


「お世辞じゃねぇと思うんだけど……。オレは、佐伯レン―――って、今テメェ、オレのこと低沸点つったよな!?」


「アオイっちとレンっちって言うんだっ★ よろしくねっ★」


 前を向いて、エルザは手をヒラヒラと振った。


「無視かよ!? それと『レンっち』ってなんだ!? 初対面なのに馴れ馴れしすぎんだろ!?」


(いきなり、あだ名呼びですか!? エルザさん、コミュ力お化けです……!)


 スルーされたレンはエルザに怒り、そしてアオイは距離の詰め方に驚いていた。


 けれど、二人ともいきなりのあだ名呼びに、不思議と不快感はなかった。


 それくらい自然で、呼び慣れているようにも感じた。


「もー大声出さないでよ、レンっちっ★ ここは廊下って言っても大聖堂の中だよっ★」


「ぐっ……」


 何も言い返せず、レンは悔しげに顔を歪めた。


 おちゃらけたり、ふざけたことばっかりするエルザに正論を言われたからだ。


 そして一応の一般常識はあるのだと、レンの中でエルザの情報が一つ増えた。


「それに、無駄なエネルギー使わない方がいーよっ★ 試験に備えて、体力温存しとかなきゃっ★ ―――ま、ちょーど着いちゃったんだけどねっ★」


 先頭のエルザが、両開きの木製の扉を開ける。


 ギィ、と木の軋む音。


 廊下と大広間の境界線を跨ぎ、四人は大広間の中へ足を踏み入れた。


「わぁ。みてみてぇ。スゴいよぉ」


「とても、幻想的です……」


 ミライとアオイの反応が気になって、レンは二人と同じモノを見るために顔を上げる。


「―――! なんだ、これ……」


 思わず、そう呟く。


 視界に広がるのは、まさに異世界。


 張り巡らされたステンドガラスを通して入る陽光は、色鮮やかな光彩でこの空間を幻想的にさせる。


 天井には豪華で大きなシャンデリアが吊るされ、空間の両側には白亜の柱が並び、最奥の祭壇にはパイプオルガンと女神像が置かれており、それがこの神聖な空気を生み出していた。


「それじゃ、行こっかっ★」


 エルザが歩き出して、それによってレンの意識が現実へと引き戻される。


 三人も、エルザの後に続いた。


 この時、圧倒的な光景を目にしていて気づかなかったが、自分たち以外にも大勢の人がすでにいた。


 約1000人ほどだろうか。


 しかし、圧迫感も窮屈感も特になかった。


 それだけこの空間はまだ人を収容する余裕があり、広大だということを示していた。


 キョロキョロ、とこの空間に慣れていない、ミライ、アオイ、レンは周囲を見回しながら進む。


 ある程度進んだところでエルザが立ち止まると、三人もそこで止まった。


 大体この空間の中心あたりに、四人は並び立った。


 すると、二人の人間が壇上に立つ。


 どちらも祭服を身に纏っていることから聖職者で間違いないだろうが、しかし年齢が違い、青年と老人だった。


 約1000人分の視線がその二人に集まり、青年の方が口を開く。


「志望者の皆さん、初めまして。僕はイリス教の司教をやっている―――ヌルと言います。よろしくお願いしますね?」


 ヌルと名乗ったメガネをかけた青年は、赤と青のツートンカラーの髪をセンター分けにして、メガネの奥の瞳は白と黒のオッドアイだった。


 柔和で優しい声と見た目に、緊張していた志望者たちの強張った顔が少し緩む。


 ヌルの隣にいる老人は自己紹介に続くこともなく、杖をついて立ったまま穏やかに微笑していた。


 半ばお飾りのようだと、不謹慎にもそう思う者も少なからずいた。


「それでは早速、『天影軍てんえいぐん』入隊試験を始めます。……と、その前に一つ、お尋ねたいことがあります。―――そこの君にです!」


 ヌルは壇上から、ミライたちのいる中央を指差す。


 まるでライブステージのようだ。


 指を差された人物を全員が見て、その人物はブンブンと首を振って自分だと理解する。


「お、オレ!?」


 指を差されたのは―――レンだった。


 自分を指差しながら尋ねると、「はい」とヌルは頷いた。


「まず、どうして君は幻滅師エクソシストになりたいと思ったのですか?」


「それは……」


 そっと目を閉じて、レンは過去の記憶を呼び起こす。


 瞼の裏に、小さな自分の頭を撫でる二人の人間の姿が浮かんだ。


 自分を救ってくれて、自分に憧憬を抱かせた、太陽と月のような幻滅師エクソシスト


 ゆっくりと目を開けると、レンはヌルを真っ直ぐ見据えた。


 今も変わらずに燃えている胸に手を当てて、



「オレを救ってくれた、憧れてる幻滅師エクソシストがいる。オレは、その人たちみたいに強くなって、誰かを助けて、この世界を救う。そして―――親父とお袋を殺して、ダチを傷つけた、シャドウをこの世界から一匹残らず消すための力が欲しい。……もう、誰も失いたくねぇ。ただ、それだけだ」



 その中にある、正の想いと負の意志を乗せて答えた。


 太陽と月の幻滅師エクソシストに救済される前、レンは、目の前で両親をシャドウに殺された。


 それが未だにフラッシュバックすることがあり、悪夢として現れることもある。


 ―――記憶に刻まれ、忘れたくても忘れさせてくれない。


 しかし、逆にレンにとって好都合だった。


 シャドウに復讐することが、絶望する暇を与えず、生きる理由となっているのだから。


 炎のように燃え上がる茶の瞳を見て、ヌルは「うんうん」と頷いて、


「なるほど。『憧憬』『救済』『復讐』、そして……誰かの死の『拒絶』。素晴らしい動機ですね。ちょっと中二臭いですが」


 小バカにしたように笑った。


「うっせー!」


「それでは、隣の君は?」


 レンは『中二臭い』とバカにされて怒声を上げるも、それをヌルはスルーして隣のアオイに動機を聞く。


 指名されるのは想定外だったので、ビクンと肩が跳ねてしまう。


「も、もちろんシャドウを滅ぼし、世界を平和にするのもそうですが。一番は―――た、大切な人と一緒にいるため……です」


 アオイは頬を赤く染めて、人差し指の指先をくっつけたり離したりとモジモジして、隣の少年の顔をチラチラと見ながら答えた。


「その、大切な人というのは誰ですか?」


「そんなの決まっているじゃないですか! ミラ―――って、言えるわけないじゃないですか!?」


「引っかかりませんでしたか……」


 落ち着きのない仕草をやめて、意気揚々とヌルの質問に答えようとしたアオイだが、途中で我に返る。


 こんな公の場で、しかも本人がいる前で、そんな告白も同然のことなど言えるわけがないからだ。


 自然な流れで質問したのにもかかわらず、思い通りにいかず、ヌルはボソッと呟くことしかできなかった。


「―――はいはぁい。ぼくもぼくもぉ」


 その場でピョンピョン飛び跳ねて、ミライは手を挙げてヌルにアピールする。


 それに気づくも、レンとアオイの時とは違って、ヌルはやる気がなさそうだった。


「彼女で最後のつもりでしたが……まあ、いいでしょう。―――君は、どうしてですか?」


 待望の質問にミライは、


「エクソシストになってぇ。シャドウといっぱいあそぶんだぁ。あははぁ」


「いや、あははじゃねぇよ。シャドウはお前の遊び相手じゃねぇから。ぶっ倒す敵だから」


 満面の笑みで言うと、レンは訂正ことツッコミをした。


 シャドウは人間の遊び相手ではなく、倒すべき人類の敵。


 間違いなく、レンの言うことの方が正しい。


 けれど、間違いなくミライにとって―――シャドウは遊び相手だった。


「それとねぇ。エルザちゃんともヤクソクしたんだぁ。かみ―――」


「―――はーい、ストップストップーっ★」


 ミライは幻滅師エクソシストを目指す動機の続きを話すが、目に見えぬほどの速度でエルザに手で口を覆われた。


 結局、ミライは最後まで答えることができずに終わった。


「なにするのぉ? エルザちゃん」


「前に言ったじゃん、ミライっちっ★ それじゃ、みんなへのサプライズになんないでしょってっ★ エルちゃんたちは運命共同体なんだから、しーってしなきゃダメだよ、しーっ★」


「そうだったぁ。ごめんねぇ」


 エルザはピンと立てた人差し指を唇に当てて注意すると、ミライは頷くも口を手で塞がれているため、発する声は全部モゴモゴしていた。


「運命、共同体……!?」


 ズドーン、とアオイは雷が落ちたようなショックを受ける。


 大和撫子は真っ白な灰のようになって、床に手と膝をついた。


「そん、な……ミライくんとエルザさんは、ただの『お友達』ではなく『運命を共にする』間柄……だったんですか? それではワタシは、ワタシは……っ!」


「いや、たぶん違うと思うぞ? 朽葉くちはが思ってるのと。全然そんな感じに見えねぇし、あの二人……」


 頭上からレンがボソッと否定すると、


「ですよね!? ミライくんとエルザさんがそんな関係であるワケがありません! きっと別の運命を共同する間柄なだけです! 教えていただきありがとうございます、レンさん!」


 先ほどの凄まじい落ち込みっぷりが嘘のように消え、立ち上がったアオイはキラキラした瞳をレンに向けて感謝。


 同時に、灰のような体に色を再取得。


 どんな時でも素直なアオイは、根拠のわからない言葉一つで瞬時に気持ちが切り替わるのだ。


「お、おぉ。どういたしましてだけど、立ち直りはえぇな」


(でも、なんか複雑な気分だな……)


 アオイの元気の取り戻しように若干引きながらも、レンはほろ苦い心境へ至る。


 友達が元気になったというのに、素直に喜べないどころか、かえってレンの方が元気を少し失った。


「結局、志望動機がよくわからなかったのですが……」


 半目になって、ボソッと呟くヌル。


 それから気を取り直して、コホンと咳払いしてから全体に語りかけた。


「理由は人それぞれ違うと思いますが、皆さんも彼らのように幻滅師エクソシストを目指す動機があるはずです。それはとてもとても素晴らしいことです。ちゃんと目的意識がハッキリしているということですから」


 その時、違和感を覚える。


 雰囲気が変わったからだ、ガラリと。


 穏やかだったはずのヌルが、



「―――だが、そこに揺るがぬ信念があるのならな」



 正反対の、咎めるような鋭い眼差しを向けて、声音が重く低くなったから。


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